11話
尋ねられた吉野は顔を上げ、岩崎の事を見た。岩崎は優しく微笑んいる。
「聞こえてました?吉野さん。」
「あっ⋯。」
「美琴さんは、何か、言いました?」
席に座る全員が吉野の事を見た。
「⋯何も⋯何も言いませんでした⋯!しかも⋯お母様は何故か私を怒鳴りました。止めて下さいって。でも⋯そんな事⋯止める事なんか出来ますか?どうして⋯どうして美琴ちゃんだけ!?だってそうでしょう!?あの子が帰って来たって事は、私達の子も何処かで生きてるって事じゃないですか!なのに何も⋯何も⋯話さず⋯しかも何も覚えていないなんて⋯あり得ない⋯!いえ、もしそうだとしても、あの子は思い出さなきゃいけない義務がある⋯!皆さんもそう思いませんか!?」
まばらな拍手が起こる。
「なのに⋯あの子ったら⋯いや、あの家族⋯仲良く外食なんてして⋯私は我慢出来ませんでした⋯!許せませんでした⋯何も知らないって顔までして⋯!何故あの人達だけ幸せを謳歌出来るんですか!?ねえ、皆さん!」
拍手がより大きくなる。
「吉野さん、頑張りましたね。」
岩崎が立ち上がり、ゆっくりと吉野の前に来て、しゃがみ込んだ。そして、涙をこぼす彼女の手を握った。
「見たのは、上の娘さんの美怜さんですね。先日、私も会いました。でも3人で外食なんて⋯珍しいですね。何かいい事でもあったんでしょうか。話して頂いてありがとうごさいました、吉野さん。勇気を出して、私達のために、いや、私達の子供のために直接美琴さんに聞いてくれたんですね?」
吉野は涙を拭いながら頷いた。
「本当にありがとうございました。皆さん、吉野さんに拍手を。」
皆が揃って大きな拍手を吉野に送る。
「私は⋯そんな⋯何も⋯。」
「いいんです。お気持ちは分かります。」
岩崎はゆっくりと立ち上がった。
「誤解の無いように申し上げておきます。安田さん一家に、何より美琴さんに罪はありません。彼女も被害者なのですから。ご家族にも、美琴さんにも幸せになる権利があります。その邪魔をする事は許されません。」
「も⋯勿論です⋯私は⋯そんなつもりでは⋯。」
「分かっていますよ、吉野さん。落ち着いて下さい。」
岩崎は再び円の中心に立った。
「私が申し上げたいのは、私達は等しく幸せになっても良いという事です。安田さん一家が幸せになれるなら、我々も幸せになれます。何より美琴さんは生きて帰って来た。帰って来てくれた。その事が、子供達が生きているという何よりの証拠ではありませんか?」
「で、でも⋯。」
吉野が声を出した。
「10年⋯もう⋯10年です⋯。皆さんは⋯まだ⋯まだ信じていますか?帰って来ると⋯。私は⋯もう限界です⋯。」
吉野の言葉に周りは静まり返った。彼女のこと見つめる者、俯く者、目を逸らす者⋯反応は様々だった。松下が岩崎を見ると、彼女は吉野の事を見つめていた。いや、睨んでいる様に見えた。しかし、声色は優しかった。
「吉野さん、我々が信じなくてどうするのですか?」
「⋯すみません。」
「この場所は⋯子供達を信じる者が集まる場所ですよ?」
「⋯はい。」
吉野は深く俯く、また涙を流しながら返事をした。
松下は何とも複雑な気持ちになっていた。我が子を待つ親達の姿。悲しくもあり、どこか狂気めいた物も感じる。しかしその狂気は子供に対する“愛”ゆえ。
何故、子供達は見つからないのか?一体何処へ行ってしまったのか?
松下はただそればかり考えた。
「松下さん。」
会合が終わり、皆が解散し始めた頃、岩崎が松下に声を掛けた。
「いかがでしたか?会合は。」
「正直、胸に来るものがありました。定期的にこのような会合を?」
「今日の会合は10年の節目ということもあって、少し形式的に行いました。いつもはもっとフランクです。自由に会話して終わる時もあります。」
「そうですか。では今日の会合に来れて良かった。」
「それは良かったです。記事は書けそうですか?」
「ええ、書けます。」
「どんな記事を?」
「皆さんの事です。今でも子供達の事を待つ親達がいる。その事を少しでも世間の人間に知ってもらいましょう。まあ私の記事なんてあれでしょうが⋯。」
「10年経った今でも、こうしてこの事件について取り上げて下さるだけで十分です。」
「お聞きしても良いですか?」
「はい、どうぞ。」
「岩崎さんは、安田美琴さんの事についてどう思われますか?」
「何故です。」
「彼女に対して、何か思う事があるのではないかと会合を見ていて思いまして。」
「思う事、ですか?」
「はい。」
「何を言わせたいんですか?」
「別に。深い意味はありませんよ。ただ、見つかったのは彼女だけですよね?私なら⋯。」
「私なら?」
「嫉妬するかもしれませんね。彼女と、そのご家族に。」
「嫉妬⋯してないと言えば嘘になります。」
「正直ですね。」
「でもそれはごく自然な事ではありませんか?」
「そうですね。」
「私は美琴さんが戻って来て本当に良かったと思っています。無事で良かったと。ただ⋯。」
「ただ?」
「戻って来たのがうちの子だったら、と思った事はあります。何万回も。」
そう言うと岩崎は松下に向かって微笑んだ。




