9話
松下の姿は光星小学校の正面入口の前にあった。
時刻は午後の15時前。まもなく児童らの下校時間であった。周りには特に誰もおらず、ここに来る途中に見た登下校を見守る監視員のボランティアが数人いたくらいだった。
立ち止まっていると怪しまれるため、松下はゆっくりと学校の外周を歩いた。
今日は事件から10年の日。松下は自分のような記者やテレビ関係の人間がいるかと思ったが、そんな事はなかった。
話題になった事件とはいえ、もう10年も前。テレビで特集が組まれたとしても、それだけの話。しかも何も進展が無いときている。警察も未だに捜索しているとはいえ、打つ手が無いことを松下は容易に想像出来た。
校庭側にやって来ると、フェンス越しに1人の女性が校庭をじっと見つめている事に松下は気が付いた。ゆっくりと彼女に近付く。
「すいません。」
松下は彼女に声を掛けた。女性はあからさまに慌て始めた。
「大丈夫ですよ。学校の人間じゃありません。ましてや警察の人間でもないです。」
「⋯そうですか。」
「失礼ですが、何故校庭を見ていたんですか?」
松下は既に勘を働かせていた。
「その⋯。」
「児童集団失踪事件の関係者の方ではありませんか?」
女性が松下を見る。松下の勘は当たったようだった。
「私、フリージャーナリストの松下和之と申します。」
松下は名刺を彼女に差し出した。
「ジャーナリストの方?」
「10年前の事件を個人的に調べていまして。個人と言っても、大きな編集社と繋がりはありますのでご安心を。」
「そうですか。」
女性は明らかに松下に対して不信感を表した。
「お話し、聞かせてもらえませんか?」
「私、何も言っていません。」
「では、関係者の方ではないんですか?」
「⋯。」
「事件から10年です。警察も捜索しているとは言いますが、どこまで動いているか分かったものではありません。動きたくても、情報が無くて動けないのかもしれませんが。」
「何が言いたいんですか?」
「もはや警察に頼っていても、何の進展も無いという事ですよ。個人で動かなければ。」
「あなたに話せば何か変わるんですか?私にはそうは思えません。」
「話す事があるんですね?」
女性は溜め息をついた。
「私は協力すると言っているんです。お子さんの捜索に。」
「何を分かったような事を。」
「何でも構いません。取材させて頂けませんか。」
「お断りします。」
彼女は松下の横を通り過ぎ、歩いて行く。
「諦めたんですか?」
松下がそう言うと彼女は足を止め、すぐに松下の方へ戻って来た。
「誰が諦めるものですか。いい加減な事を言わないで⋯!」
「ではお話しを。」
松下は依然として落ち着いている。
「恐らくこの事件が世間の話題に上がるのは、10年の節目である今日くらいなもんでしょう。後は年に一度、事件発生日に何かニュース番組が流れるくらいでしょうかね。」
「⋯。」
「記事になれば、何か情報が手に入るかもしれませんよ。」
「これまで何も分からなかったのに。今になって何が分かると?簡単に言わないで。」
「やらなければ可能性はゼロのままです。」
「⋯。」
「どうです?」
「確かにそうですね⋯あなたの言う通りです。」
彼女は名刺を見つめながら呟いた。
「今日の夕方5時から〇〇市共同会館の2階で失踪事件に関係するご家族達だけの会合があります。そちらにいらして下さい。取材を許可します。皆には私から伝えておきますので。」
「よろしいんですか?あなたの一存で決めて。」
「私は会長です。岩崎葉子と申します。」
「美琴?入るよ?」
美怜がゆっくりと部屋の扉を開けた。美琴は窓の外をじっと見つめていた。
「大丈夫?」
美琴は美怜の方を見ると、頷いた。
「そっか。良かった。」
美怜はベッドに腰掛けた。
「気にしなくていいんだからね。美琴は何も悪くないんだから。」
美琴は俯きながらも、美怜の横に腰掛けた。
「⋯。」
「ねえ美琴。何か⋯。」
美怜は言葉に詰まった。聞いてはいけないのかもしれない。でも、聞きたかった。
「何か⋯覚えてる事はある?」
「⋯。」
「ごめん⋯忘れて。ごめんね。」
「⋯しょ⋯。」
「えっ?」
「みんな⋯一緒⋯。」
「みんな一緒?」
「みんな⋯一緒⋯。」
「どういう意味?」
「分からない。でも⋯これだけ⋯覚えてる。」
今までで一番長く美琴が話した。それも大事な事を。美怜は目を丸くして彼女を見た。
「それは⋯誰かが言ったの?」
「⋯分からない。」
「一緒にいた子の誰かが言ったの?」
「⋯分からない。」
「そっか。」
「⋯ごめんなさい。」
「いいの、謝らないで。謝る事じゃないから。」
美怜はその言葉の意味を考えた。事件から初めて美琴が話した、何かの情報だった。
【みんな、一緒】
誰が言った言葉なのか。この言葉だけでは何も分からない。しかし、事件と何か関係があるなら重要な言葉なのかも知れない。美怜はそう考えた。
「美琴、お母さんには話してもいい?」




