第4話 夜の電話
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家に帰る途中、ポケットで携帯が震えた。
着くまで見ないでおこう、と決めた。
石田さんの家からの道のりは、思ったよりずっと短かった。
それでも、今日起こったことを頭の中で繰り返さずにはいられなかった。
家族の誰かがこのことを知ったらと思うだけで、鳥肌が立った。
きっと、しつこくからかわれるに決まっている。
自転車をガレージに入れ、家の中へ入った。
「ただいま」
「お兄ちゃん」
陽気な声がすぐに僕を出迎えた。
12歳の妹が、まるで一日中待っていたかのように走り寄ってきた。
ご機嫌な時は、彼女は僕をそう呼ぶ。
機嫌が悪い時は、名前で呼ぶ。
便利なシステムだ…たまに面倒くさいけど。
「あら、お帰り」
母が台所から現れた。
「おかえり。学校はどうだった?」
「普通だよ、いつも通り」
靴を脱いだ。
「そういえば、父さんは?」
「いないわ。出張で」
母はほんのりため息をついた。
「戻るのは二週間後よ」
最初からそんな気はしていた。
僕はそれ以上何も言わず、自分の部屋へ上がった。リュックを机の上に置き、ようやく携帯を確認した。
石田さんからのメッセージだった。
[今日は色々と、本当にありがとうございました]
別に驚くような内容じゃないけど、それでも少しほっとした。
少なくとも、やった甲斐はあったんだ。
深く考えずに返信した。
[大したことじゃないよ。本当に]
その後、返事は来なかった。
夜はいつも通りに過ぎていった:無言の夕食、宿題、日課。
課題に集中し始めた時、携帯が鳴り出した。
こんな時間に電話をかけてくる人は、一人しかいない。
「もしもし…どうした?」
彼女が返事をするまで、数秒かかった。
彼女のことを考えれば、さっきの言い方は少し冷たすぎたのかもしれない。
「ご、ごめんなさい…もう電話しません。ただ…ただ、どうやって知り合ったか、何て話せばいいか考えたくて」
彼女の声は、いつもより緊張しているようだった。
「いや、待ってよ」
僕はため息をついた。
「俺も忘れてた。でも…本当のことを話せばいいんじゃない? 少なくとも基本の部分は」
僕らは中学校で知り合った、夏の日。
彼女が僕の隣に座り、ほとんど話さなかったけど、そうやって全てが始まったんだ。
「よかったら、何か付け加えてもいいよ」
僕は続けた。
「たぶん、それだけじゃあの子たちを納得させられないかも」
向こう側からは沈黙が返ってきた。
「じゃあ…私、何か作り話してもいい?」
彼女は慎重に尋ねた。
「怒らない?」
「怒らないよ」
考えずに答えた。
「説得力があれば、それでいい」
数秒が過ぎた。
「わかりました…決まったら、また連絡します」
「ああ、がんばれよ」
電話は切れた。
僕は宿題に戻ったが、二分も経たないうちに、また携帯が鳴った。
今度は彼女はためらわなかった。
「田中くん…なんか、いい考えが浮かんだかもしれない。でも、どう思うかわからなくて」
「どんな考え?」
「あなたが私に告白して…私がそれを受け入れたって言おうかなって」
僕は一瞬黙った。
「…もっとバランスの取れた話にしたほうがいいかも」
結局そう言った。
「全部俺がやる役ってわけにはいかないだろ」
彼女は怒らなかった。
むしろ、別の選択肢を考え始めた。電話は切らずに。
「そういえば…もう宿題終わった?」
僕はため息をついた。
「今やってるよ」
少し間を置いた。
「君もだよな、多分」
彼女はすぐには答えなかった。
「たぶん…これ、いつか本当になるかも」
「え? 今なんて?」
小さな沈黙があった。
「なんでもない」
彼女は早口で答えた。
「気のせいだよ、きっと」
彼女の返事方は少し変だったけど、僕は追求しなかった。
何かを引き出そうとしても、今は無理だろう。
「そういえば、君はもうだいぶ進んでるんだろうな」
話題を変えるように言った。
「俺はだいたい半分くらい」
「え? もっと進んでると思ってた」
彼女はくすくすと小さく笑った。
「私、もうほとんど終わってるよ」
彼女はさっきよりリラックスしているように聞こえた。
「早いな」
僕は言った。
「いつもクラスでトップクラスなのも納得だ」
短い沈黙があった。
「で、できた…終わったよ」
彼女は柔らかい声で告げた。
僕は自分のノートを見つめた。
「もう?」
思わず口に出た。
「なるほど、成績がいいわけだ」
彼女のその自信は、一瞬で消え去った。
「ご、ごめんなさい…」
「いや、違う」
慌てて言い直した。
「本当に感心してるんだ。いいことだよ」
向こう側は、すぐには返事をしなかった。
「そう…ですか」
彼女は呟いた。
「ありがとう」
電話は数秒間、沈黙に包まれた。
不快じゃない…けど、心地よいとも言えない。
「石田さん」
「は、はい!」
明らかに動揺している。
「あの…さっきの話、もう何て言うか決めた? あの子たちに」
「まだ、はっきりとは…」
彼女は正直に答えた。
「なかなか難しいです」
「筋が通ってれば、それでいいよ」
僕はため息をついた。
「もう、君を信じるよ」
「できるだけリアルに聞こえるようにします」
彼女は決意を込めて言った。
「大げさにはしません」
「了解」
僕はノートを閉じた。
「明日、君が決めたことを教えてくれ。俺も言うことを間違えないように」
「わ、わかりました」
少し間を置いて、
「じゃあ…明日、話しましょう」
「ああ。おやすみ」
「えっ?! は、はい…お、おやすみなさい…」
彼女はすぐに電話を切った。
僕は数秒間、携帯を見つめていた。
もしかしたら、あれを言うのはまずかったかも…
でも、今更考えても仕方ない。
結局、電話をかけ直すことはせず、宿題を続けて、そろそろ寝ることにした。
明日は長い一日になりそうだ。いったい彼女は何を考えつくんだろう、あの新しい友達に話すための。




