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第2話 彼女のお願いと、僕の承諾

 授業に戻った後、彼女は僕の隣を歩いていた。

 いや…「隣」っていうのは正確じゃないか。同じ方向に向かっていたけど、二人の間にはほぼ2メートルの距離があった。


 それでも明らかに、彼女は僕についてきていた。


 あの、今は"友達"らしい女子たちとの一件以来、石田さんは一言も口を開いていなかった。表情はこわばっていて、まるであの場で宣言したことをまだ消化しきれていないようだ。


 彼女が友達が欲しいのは知っていた。前から気づいていた。

 だが、そこまで強く望んでいるとは思わなかった。あんなことまで言い切るほどに。


 それでも、彼女は「それだけの価値があった」と確信しているようだった。


 突然、彼女の声が沈黙を破った。


「巻き込んじゃって…本当にごめんなさい…全て、私のわがままで…」


 彼女の声はかすかな呟きで、時には独り言のように聞こえた。


「気にしないで」と僕は答えた。「別に、そんなに迷惑じゃないし。それに…君には必要だったんだろう?」


 彼女は少しだけ顔をこっちに向けたが、完全にはこっちを見ようとしなかった。


「前から気づいてたんだ」と続けた。「君が友達を作ろうとしてるって」


 彼女の肩が小さくすくんだ。


「そのこと…誰にも言わないでください。すごく…恥ずかしいですから」


「言うつもりはないよ」と僕は即答した。「誰かに話そうなんて思ってない」


 そして、ほとんど考えずに付け加えた。


「でもさ、一つ聞いていいか? あの後、どうするつもりなの?」


 石田さんはうつむいた。指先がもじもじと動いている。


「…もう一度、手伝ってくれませんか」と呟くように言った。

「もちろん…私が迷惑じゃなければ、ですけど」


 もう一度手伝う…?


 つまり、僕と付き合っているふりをすることも厭わない、ってことか?

 いや、確認もせずにそんな風に決めつけるわけにはいかない。


「つまり…付き合い始めようってこと?」と僕は慎重に尋ねた。

「君があの子たちに言ったことを守るために」


 彼女の反応は素早かった。ぴたりと足を止め、目を見開いた。驚かせてしまったみたいだ。


「ご、ごめんなさい!」と早口で言った。「やっぱり…イヤですよね。そりゃそうです…最初から私が無理やり巻き込んだんだから」


 彼女の口調が、僕を居心地悪くさせた。

 僕が怒っているからじゃない…むしろ、怒っていない自分がここにいることが、どこかおかしい気がして。


 僕はため息をついた。


「わかった」と最後に言った。「君が気にしないなら、俺もやるよ」


 彼女はぱっと顔を上げた。


「但し書きだ」とすぐに付け加えた。「俺がもう巻き込まれてるからやるんだ。ただ、それだけの話だ」


 彼女の顔が、まるで奇跡でも起きたかのように輝いた。


 突然、彼女は深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます、田中さま!」


 …は?


「な、なんでそんなことするんだよ」と僕はぎこちなく言った。「そんな必要ないって…それに、その敬称はやめてくれ。同い年の奴に『さま』って呼ばれるの、変だろ」


 彼女はゆっくりと頭を上げ、何か重要なことを理解したかのようにうなずいた。


「じゃあ…どう呼べばいいんですか?」


「さあな」と僕は答えた。「変な呼び方じゃなければ、別にいいよ」


 石田さんは数秒考え込み、ぼそぼそと僕の名前を口にした。


「『田中くん』では…どうですか? 普通、親しい人はそう呼びますよね」


「いいよ」と僕はうなずいた。

「でもさ、さっきの話、まだ気になってる。詳しく聞かせてくれなかったんだ」


「放課後なら…お話しできます」


 断られるかと思ったが、彼女はその提案を嫌がっているようには見えなかった。


「了解」と僕は答えた。「急いでないから、君が話したい時にでいいよ」


 僕らは教室に向かって歩き出した。


 今日は少し家に帰るのが遅くなるな、と思った。


 まさか自分にこんなことが起こるとは。

 悪い夢なのか…それとも、良いことなのか。


 …まあいい、やってしまったことは仕方ない。

 もう後戻りはできない。いや、考えてみれば、別に戻りたいとも思わなかった。結局、承諾したのは僕自身なんだから。


 良い面を見れば、これから彼女と過ごす時間は増える。

 問題は別のところにあった。彼女の信頼を得るのは、簡単なことではなさそうだった。


 彼女はまだ、僕との間に一定の距離を置いていた。大げさなものじゃないが、それでも「彼女が僕の隣にいることに本当に安心しているのか」と疑問に思わせるには十分だった。彼女のそらした視線も助けにならない。僕をどう扱っていいかわからないみたいだ。


「どうかした?」と僕は尋ねた。「なんか落ち着かないみたいだけど」


 彼女は胸の前で指をもじもじさせ、ちらりと僕を見た。


「そのこと…気にしないでください」と小声で言った。

「ただ…カップルがどんなことをするのか、わからなくて。少しは本で読んだことあるけど、実体験は全然なくて…」


 やっぱりな。

 とはいえ、正直に言えば、僕だって自慢できるような経験があるわけじゃない。


 実際、今だって…偽物の関係とはいえ、僕にとってはこれが初めての類いのものだ。


「僕も経験ないよ」と打ち明けた。

「でも、二人で学んでいけばいいんじゃないかな…その前に、一つはっきりさせたいことがある」


 彼女は少し顔を上げた。


「僕たちは…付き合ってるふりをするのか? それとも、全部が終わるまで本当に付き合うのか?」


 石田さんは黙った。慎重に、あらゆる可能性を分析するかのように考え込んだ。


「わかりません」と彼女は最後に言った。

「田中くんは…どう思いますか?」


 質問を投げ返されるとは思わなかった。

 でも、考えてみれば答えは明らかだった。


「僕たちは本当に付き合ってるわけじゃない」と僕は言った。

「恋愛感情があるわけでもない。だから…やっぱり、ふりをするのが一番だろ」


 彼女はゆっくりとうなずいた。


「…そうですね。私も同じ考えです」と小さく頷きながら言った。

「よろしくお願いします、田中くん」


「こっちこそ」と僕は答えた。

「うまくやっていこう、石田さん」


 僕らは少し照れくさそうに微笑み合い、再び歩き出した。


 教室に着くと、全てが再び奇妙に感じられた。

 かなり話したはずなのに、席に着くと、まるでただの顔見知り程度のクラスメイトに戻ってしまったみたいだった。


 たぶん、教室にいるからだろう。


 時が過ぎるにつれ、あることを思い出した。

 彼女に連絡先を聞いていなかった。


 別にメールしたいわけじゃない…

 でも、あの子たちに同じ話をするなら、筋の通ったストーリーを調整するのに便利だろう。


 考え込む間もなく、彼女の携帯が振動した。


 彼女の携帯が鳴るのを見るのは初めてだった。


 石田さんはすぐにうつむき、画面を隠したが、顔に浮かんだ小さな笑みを抑えることはできなかった。


 きっと、あの子たちだ。

 そういえば、彼女たちのグループに追加されたんだった。つまり、新しい友達からメッセージが来ているってことだ。


 彼女のためによかったと思った。


 ようやく、話し相手ができたんだ。


 まだ、あの時一体何が起こったのか気にはなっていたけど…彼女が話したい時まで待つしかないだろう。


 その日はあっという間に過ぎた。

 特に何も起こらず、気がつけばもう下校時間だった。


 別に子供のようにワクワクして待っていたわけじゃない。

 どちらかといえば、興味本位だった。


 しかし、石田さんは何かを説明しようと急いでいるようには見えなかった。あれだけ内気で人見知りなのに、今はとても落ち着いているように見えた。


 授業が終わり、教室を出始めると、彼女の表情はさらに和らいだ。


 変な感じだった…けど、良いことでもあった。

 彼女だって、一生恥ずかしがり屋のままじゃないんだろう。


 ちょうど出口に差し掛かった時、後ろから声がかかった。


 振り返ると、クラスの女子の一人だった。


 石田さんは足を止め、彼女のほうへ近づいた。何やら話し始めたが、僕のいる場所からは聞き取れなかった。


 二人とも楽しそうだった。数分後、笑顔で別れた。


 石田さんが戻ってきた時、その表情は周囲を照らすほど輝いていた。


「何の話してたんだ?」


「女の子の話、ねへへ。気にしないで」


 別に気にしてないよ。

 いや…気にする理由もないか。でも、いちいち言い争うのもアレだから、この話題はここまでにしておいた。


「ああ、そう。遅くなる前に帰ろうか」


 彼女は先ほどと同じ笑顔でうなずき、僕らは出口に向かった。


 正門をくぐりもしていないのに、彼女は突然、あの時のことを話し始めた。


 ***


 全ては彼女が水を飲みに行った時に始まった。


 ちょうど給水器から戻ってきた時、彼女は小さな女子グループに出くわした。


 最初の子は、髪を適当にサイドで結んだだらしないポニーテールと、自慢話のためにあるような声が特徴的だった。椎名朱莉。

 二人目は、くろくさらりとしたロングヘアで、あまり不良っぽくない外見だが、クラスでも八神さんの次に人気が高い。日向桜。

 そして最後、三人の中で最も目立つ子。ダークブラウンの髪、鋭い眼差し、無視できないほどの不良っぽいオーラ。八神香織。


「ねえ、今日みんな予定ない?」八神は少しイラついた口調で言った。「暇ならどこか行かない?」


 最初に反応したのは朱莉だった。ほとんど即座に。


「私、用事あるし…それに、彼氏とデートするんだ」


「そっか~」八神はため息をつき、桜を見た。「じゃあ、私たちだけで行くしかないね」


「私も…彼氏と会うと思う」桜は一瞬ためらった。「えっと…100%じゃないけど、多分」


「ちぃ…」八神が呟いた。「なんで今日なんだよ…?」


 そう言っている時、彼女は廊下の端から誰かがこちらを見ているのに気づいた。


 バレてしまった。


 八神が壁の方向をじっと見ているのを見て、朱莉と桜もその視線を追った…そしてそこにいたのは石田だった。


「あ…ごめんなさい」声はか細く、かすれていた。彼女はうつむいた。

「聞こうとしたわけじゃないんです。ただ…私も、あなたたちの仲間に入りたくて」


「は?」


 三人は黙り込んだ。何を言えばいいかわからず、顔を見合わせた。


 数秒後、彼女たちは無言で了解し合った。


「いいわよ」八神がついに口を開いた。「でも、友達になるなら、あなたの秘密を一つ教えてもらわないと」

 彼女は笑ったが、どこか優しさのない笑顔だった。

「他の誰も知らないようなこと。ほら…クラスの誰かと付き合ってるとか、そういうの」


 石田は凍りついた。


 数秒が過ぎた。さらに数秒。

 沈黙が気まずくなり始めた。


 八神がもう帰れと言おうとした時、石田が何か呟いた。


 八神はため息をつき、朱莉や桜との会話を再開しようとしたが、その時、答えがはっきりと届いた。


「はい…付き合っている人がいます」


 それで十分だった。


 三人は驚いて彼女を見つめた。


「彼氏がいるなら」朱莉が少し首をかしげて聞いた。「なんで一人でここにいるの?」


「それは…」


 彼女が答えようとする前に、田中が現れた。

 そうして、全てはあの後の出来事へと繋がっていった…今に至るまで。


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