猫になった王子様
事故だった。本当に、ただの事故だったのだ。
観察任務の一環で、母船を離れ、周囲の衛星帯を軽く飛行するだけの予定だったのだ。ちょっとした息抜きのつもりだった。
なのに、まさか重力計が壊れていたなんて。ぼくは宙に舞ったままコントロールを失い、気づいたときには青白く輝く惑星の大気圏に突っ込んでいた。猛烈な熱、衝撃、スピン、光・・・そして、闇。
そして今。
なんだこの姿は!? びっくりして跳ね起きたぼくは、自分の体を見下ろして、がくがく震えた。毛がある。もふもふしている。指がない。肉球がある!
尾、もちろんある。耳、ちゃんと動く!鼻がなんか匂うような!!
ぼく、ニャンダード・ターマ・シャグラン。銀河帝国の皇弟の長男。生粋の高等種族で、銀河大学院を主席で卒業した超エリートだ。
それが今は「ネッコ」だ。
「なんでまた」この言葉を何度呟いたことだろう。
思考回路が混線する。だが、冷静になれ。落ち着けターマ。呼吸を整えろ。この場所はなんかいい匂いだ。匂いを嗅ぐんじゃない。呼吸だ。
これはなんだ?これはただの環境適応による肉体変化だ。単なる見た目の変化?もしかして、「ネッコ」にぶつかったとか・・・いずれにせよ、一過性のものだ。状況を楽しんで記録して報告するんだ。ぼくは出来る。
だが、この体以外、何もない。第一・・・裸だ。毛がいっぱいあるけど・・・そりゃ・・・この外見だから。
脳内に冷や汗の概念が流れ込む。冗談じゃない。ここは未開惑星。文明レベルだって分からない。事故で生身の貴族が落っこちるような場所じゃない。見つかったらマズイ。
「ネッコ」がご馳走だったりしないよな!三枚に下ろされるなんてごめんだぞ。
変な実験をされて、解剖なんてされたら、銀河法廷がうるさいぞ!
そうして草むらの中で一人パニックになっていたところへ、「あら、猫ちゃん?」と声がかかった。
びくっとして振り返った。この星の生物か・・・ヒューマノイドだ。いきなり噛みつかれる心配はなさそうだが、いきなり手を出された。
首のうしろをなでられた。
「や・め・ぐるるるる・・・」
ダメだ。のどが、鳴る。
ぼくの意思と関係なく、勝手にのどがゴロゴロ鳴ってしまう。この体特有の現象か?
気持ちいい?いやいやいや、そういう問題じゃない。やめろ、落ち着けターマ、お前は皇帝の甥だぞ!
「かわいいわねぇ。ちょっと痩せてる?」
そのままひょいと持ち上げられ、腕の中に収められる。ふわっとした体温。心音が近い。あたたかい匂い。くそ・・・なんだこの幸せな感じ!
「うちに来る?ご飯あげるから」
いや、ご飯?あぁご婦人!
なんて魅力的な提案を・・・
ちょっとだけなら・・・情報収集も必要だし。うん、それに身を隠すにも絶好のチャンスだ。
「にゃあ」
ああ。なんという屈辱的な発声。
それでも、女性の部屋は案外快適だった。
ふかふかのクッション。日当たりのよい窓辺。香ばしい魚の匂い。ぼくのために用意された、皿に盛られたカリカリ。
ぐるるるる・・・
気づけば食べ終え、洗ったように綺麗になったお皿!
だって、ぼくが気がついた時には。このぼくがお皿を全力で舐めていたのだ。
情報収集しようと、テレビやスマホと呼ばれる端末に目を向けたが、ぼくのこの姿では文字が打てない。スクロールもできない。耳をぴくぴく動かすくらいが限界だ。
だが、練習して習得するつもりだ。
「あたたかい」
不意に腕の中に戻され、なでられる。あごの下をこしょこしょされる。やめろ、やめろ、のどがまたゴロゴロ言いだすじゃないか……!
ダメだ、意識が・・・溶けて・・・いく・・・
「Zzz・・・ぐる・・・Zzz・・・」
次に目を覚ましたときには、毛布の上だった。部屋は静かで、窓から月が見えている。あの月の向こうに、ぼくの母船があるはずだ。
「戻らなきゃ」
でも、もう少しだけ・・・このままでも、いいかなぁ
いやいやいや、違う! ぼくはニャンダード・ターマ・シャグラン! 銀河帝国の誇り高き皇族だ!
だけど・・・もう少しだけ。
ぼくは、また目を閉じた。
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