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新しい街と古い刃

俺はそんな感傷に浸っていた。

だからだろうか。つい、目に入ってきたものに近づこうなんて考えたのは。

「ん?お…どこ行く?」

「ちょっとな」

後ろから声をかけてくるインヘルを残しつつ、俺は道の端に向かう。

ガヤガヤと騒がしい酒飲み達の声が飛び交う場所の隣、煌々と光る店の隣で、小さくうずくまる者が居た。

「よう、初めてか?」

俺はそう、陽気に声をかけた。

小汚い民族衣装のような茶色の布を纏い、一枚の薄い布の上に居るそいつはこちらを見上げた。

「ここじゃあ、金はもらえないぜ」

俺は膝を曲げ、目線をそいつの位置に持っていく。

頭まで被った布から見える瞳には、警戒と不信感が見て取れた。

そいつは少し身体を後ろに下げ、両手を体の前に持っていき、身を守る姿勢を取った。

こちらには信用されるつもりはない。こいつとはどうせ一期一会以下の、関係と呼べるものすらできないで別れるのだから、そんなものは必要ない。

俺は今日、貰ったばかりの報酬の中から、一枚、金貨を取り出して、奴の前に置いた。

「貴族街に行きな。でかい家がたうさんあるところだ。ノブリスオブリ―シュっていうので金貰えるぜ」

奴は金貨を手を伸ばし、直前で止めて、俺の顔を見た。

俺は笑って見せると、踵を返して、来た方向へと戻る。

我ながら、柄にもない事をしたものだ。

「おい、辞めろよ…」

戻ってくると、インヘルは怪訝な表情を浮かべた。

「何が?」

「乞食だろ?さっきの。奴らにやる銭なんてあるかよ」

「別に良いだろ?減るもんじゃない」

「金は減ってんだろ」

「また、稼ぎゃ良い」

俺は笑いながら言った。

いつもこんな事をしている訳じゃない。特段、人助けが趣味って訳でも無い。

それでも、今日だけは視界に入ったあいつに、何かをしてやりたかった。

「酔狂だぜ?お前」

「お前に言われたくねぇなぁ」

「けっ…」

思い当たる節しか無いインヘルは、いつもの悪態をついた。

「まっ、良いじゃん。明日は久々にダンジョンだ」

「報酬は高いんだろうな?日帰りだからって、ピンハネされちゃ黙ってねぇぞ」

「誰もそんなことしないさ…事務長はするかもな」

俺はインヘルの方を見ながら、冗談を飛ばす。

「へっ、あのババアはほんとにやりかねねぇ。金だけがあいつの友人だ」

それにインヘルは乗っかって、事務長を口汚く罵り始めた。

「もう、30の大台を軽く超えてるってのに、貰い手の付かねぇ年増が偉そうにさぁ…ギルドの受付なんかに立つもんじゃないよなぁ」

「え、事務長ってまだ30の半ばもいってないだろ?それに、まだ皺とか少ないし、若く見え……」

俺の言葉を遮って、インヘルはため息交じりに吐き捨てる。

「あのなぁ…ありゃあ、魔道具(まどうぐ)だよ」

「魔道具?」

「そ、魔法使いが作った化粧道具の類で隠してんだよ」

分かってねぇなぁと言わんばかりの呆れ顔で、インヘルは講釈を垂れる。

「良いか?女ってのは外見に生きるのさ。外面ばっかり磨く。んで、内面はボロッカスだ。魔法なんざで皺を開いて、肌の艶を保つために、魔力水(マジックポーション)(魔力を液化したもの。実験から料理にまで使用される。効果のほどは不明)を朝と晩に塗りたくる。本当の美人てのは完成されてるもんだぜ?それに成れねぇ格下が憧れるからろくな事にならねんだ」

「事務長が使ってるの…見た事あるのか?」

「あるぜ。女への土産を選んでた時に偶然買ってるのをな」

俺は苦笑いを浮かべた。

聞いてはならない他人の事情を聴いてしまった気がしたのだ。

次に事務長と口喧嘩をする時は、この事を思い出してしまうだろう。

(頭に血が上って、口に出さないように気をつけないとなぁ…でもまぁ…あんな風にミニさんの前でやり合うのもなぁ…)

俺がそんな事を考えていた時だった。

誰かを罵倒する声が街に響いた。

「おぉおい!!性無しぃ!」

とっさに声のした後ろを振り返ると、そこには数人の冒険者風の男の背が見えた。

誰かを囲んでいるようだが、こちらからでは姿が見えない。

「ここ…来て良いとこだっけぇ?!!」

「二度と顔見せんなっつったよな!!」

「さっさと消えろよ、木偶がよぉ!」

冒険者達は次々に罵声を浴びせると、腕を振り上げたり、足を蹴り上げるような動作をしているのが見て取れる。

ここからでは少し遠くて、詳しくは分からないが殴る蹴るをやっているのは分かった。

「お、喧嘩か?リンチかぁ?」

インヘルが他人事だと思って、今起きている事の具体的な名前を口にする。

だが、俺は男達の方へと足を踏み出していた。

「おぉ、おい!ちょっと…」

「知り合いかもしれん」

戸惑うインヘルに俺は言葉少なに告げる。

「知り合い?お前に殴られる知り合いなんて居たか?」

「ナデーシェ。覚えてるか?」

「あぁ、“魚糞ぎょふんナデーシェ”だろ?魔力量が少なすぎて、役に立たねぇから、嫌われてる…」

「最近そいつの悪口が“性無しナデーシェ”になったんだ」

俺は騒ぎを見る人々を避けながら、男達に近づいていく。

「使い物にならねぇ癖に!」

パァン!

軽い破裂音が鳴る。

男の一人が拳を振るったようだ。

殴り飛ばされた背の小さい人物がよろけて、地面に倒れる。

「ガキの癖に酒でも飲みに来たのかよ!」

「お前みたいな奴に飲ませるもんも、食わせるもんもあるわきゃねぇだろ!」

「かーえーれ!かーえーれ!」

「かーえーれ!かーえーれ!」

男達は罵り、傷付けるだけでは留まらず、帰れと大声で叫び始めた。

「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」

「「「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」」」

その声は伝播し、街に居る人間のほとんどがその声に同調し、叫びの一端となって加わっていく。

「「「「「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」」」」」

俺はその声が大きくなっていく中を、逆流するように、倒れた男の元へと向かっていく。

「なんだよ、これ…こんなに嫌われてたか…?」

インヘルが驚きと戸惑いを声音に乗せて呟く。

6年前にはこんな光景は見られなかっただろう。一体、ハタヌの街は何が起きてしまったと言うのか。

インヘルにとっては、この街の変貌ぶりに恐ろしさすら感じてしまうだろう。

だが、俺にとってはこれはこの街の影、というより、この世界の陰でしかなかった。

「ナデーシェ!!」

俺は大勢の敵意の叫びを穿つように、大声で名前を呼んだ。

ナデーシェを取り囲むようにして嬲っていた冒険者風の男達が振り向いて、こちらを視界に認める。

「おっ!お仲間だぜ?」

「弱虫め、魔法で仲間に助けを呼んだのかぁ?!」

「攻撃魔法はすぐに使えなくなる癖によぉ!」

男達は嘲る様に笑う。

数多の人の目が俺に突き刺さる。

嘲笑、侮蔑、忌避、卑下………様々な感情がぶつけられる。

俺は人垣を突っ切る様に、前へ進むと、男達の横を通り過ぎて、倒れこむナデーシェを抱きかかえる。

「おいっ!ナデーシェ、しっかりしろ!」

下を向いたままの顔を覗き込み、声をかけるが、意識が朦朧としているようで、応答が無い。

「ははっ!“性無し”に“逝き遅れ”だ!」

「お似合いだぜ!」

「役者は揃ったか?木偶の坊さんよぉ!」

背後から、男達の声が聞こえる。

「行くぞ、ナデーシェ」

俺は男達に構わず、やせ細ったナデーシェの身体を抱えるようにして持ち上げる。

「あぁ…ハァ…あぁ…ハァ…なぁ…と…トザイ…さん……」

かき消えるような声を出して、ナデーシェがこちらの方に顔を向ける。

俺の胸辺りしか縦に伸びていないナデーシェの背は、病人のように痩せている。

身体を抱えているだけなのに、触れるだけで骨の感触が伝わってくる程だ。

「何も喋るな。歩けるか?」

「あぁ…ハァ…ハァ…御厄介に…ハァ…ハァ…なる訳には…」

「馬鹿野郎…」

こんな時まで救いの手を払いのけてどうすると言うのだ。

俺は今にも倒れそうになっているナデーシェでは歩く事は無理だと判断し、一度持ち上げた身体をゆっくりと下ろすと、前かがみになった軽い身体に食い込ませるように自身の身体を入れて、細いひざの関節を持って息も絶え絶えな馬鹿を持ち上げる。

「…ちょ……ちょ………」

「大丈夫だ。行くぞ」

俺におんぶされる形となって、耳元で荒い呼吸のまま困惑する男に俺は一声かけてから歩き出す。

「「「「かーえーれ!かーえーれ!かーえーれ!」」」」

「帰れ!“逝き遅れ”!二度と面見せんな!」

「さっさと死ねよぉ?!」

人々は口々に罵詈雑言を浴びせてくる。

当然だ。俺みたいなのは、こう言われて当たり前なんだ。

いつまでも、いつまでも、冒険者なんかにしがみついて生きてるからこんな事になる。

俺は振り返る事無く、歓楽街を背に足を前に出す。

明確に、どこに行こうとか、帰ろうとか、そんな思いはどこにも無かった。

ただ、逃げ出したかった。

こんなところから、一刻も早く。

「地獄で泣いて謝んなぁ!『遅れまして申し訳ありません』ってなぁ!」

ハハハハハハハハハハハハ!!

ハハハハハハハハハハハハ!!

アッハッハッハハッハッハッハ!!

笑い声が辺りにこだまする。前からも、後ろからも、横からも。上からも聞こえてくる。

まるで、街そのものが俺達を笑いものにしているかのようだった。

(駄目だ。考えちゃいけない)

馬鹿で良かったとつくづく思う。

嫌な事があっても、すぐに忘れられる。

明日は、ダンジョンに潜るのだ。それも、大きな仕事だ。

早く帰って寝た方が良い。

俺は痩せこけたナデーシェの身体を支えながら、罵詈雑言の中を進む。

大丈夫。今日はたまたま、ここに居る事がばれて、目についてしまっただけだ。

明日になりゃ、ここに居る皆は全部忘れてくれるだろう。

そうなりゃ、また平穏が戻ってくる。

いつもの平穏な日々が—————————————————————

ふと、静寂が訪れた。

遠巻きに笑っていた人々の顔から笑みが消えた。それどころか、呆気にとられたかのような顔をしている。

街全体が音を失ったかのように静かになっている。だが、どこか、拭いきれない緊張感が辺り一帯を支配していた。

首の毛が逆立ったのが分かる。

振り返ると、そこには一人の男の顎にダガーを突き立てるインヘルの姿があった。

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