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冷たい夜

ハタヌの夜はいつだって寒いものである。

それは雪が降り積もる冬であろうと、肌に張り付くような暑さの夏であっても変わりはしない。

底冷えする訳でも無く、特段、心地良いという訳でも無い。

ただ、冷たいのだ。

病人のか細い命の光を消し去る様に非情で、子供の小さな命を刈り取る様に、残忍だ。何一つ、有益なものをもたらす事は無い。

屋根と壁に守られていなければ、大の大人を一昼夜寝床から出れなくする程の冷たさは、毎年、憐れな浮浪者を屍に変えていた。

そんな冷たさの中で、唯一頼れるものは人との繋がりであろう。

しかし、それすらも、時間が奪っていってしまった。

変わり果てた友人を見た時の寂しさは、何と比べても恐怖を煽るものでしかない。

誰もが落ちぶれたくて落ちぶれた訳では無い。

誰もが、ありとあらゆる偶然の落とし穴が、自分の足元に開かれるとは思わないのだ。

例え、常日頃からそれに備え、恐れ、怯み、全ての事に気を払って生きていても、いつ何時、自分が飲み込まれるかは分からないのだ。

だが、例えそれを目にしても、なぜそうなってしまったのかと、憤りを隠さない者も居る。





「ふざけやがって…」

インヘルは真っ暗な夜の闇の中で悪態をついた。

「あんな甲斐性無しかよ、あいつはぁ!」

6年、それはあまりに長すぎたのかもしれない。

物事の変わる様についていける程、この男は心身が成熟していなかった。それこそが、この男の良さでもあったが、今はそれが発揮される時では無かった。

「仕方がないだろ。皆闘うのは疲れるんだ」

「疲れるだぁ?なら、奴らの一人勝ちだな。数だけは多いんだから」

俺はインヘルの気持ちもそれなりに分かるつもりではあったが、今は老鍛冶屋の気持ちに寄り添っていたかった。

「良い気にさせんだよ、あぁ言う風に草臥(くたび)れて、なんにも出来やしねぇって顔がな」

「そう言ったってなぁ」

ギルド協会は冒険者ギルドの乱立と同時多発的な倒産を防ぐために、アガンス王国が設立した団体の自治組織にして、共同体だった。

国中の様々な職業によって構成された数百は下らないギルドを一元的に管理している。

これに与しない者、加わろうとしない者は敵にほぼ近い認定を受け、協会に所属しているギルドから締め出されてしまう。

「昔のようには行かねぇさ。好き勝手やれてた頃とは大違いだ」

協会に所属していないギルドはとかく官憲に目を付けられ、多くが廃業に追い込まれていった。

【レパーツ・イントレア】が生き残っているのだって、ギルドマスターと事務長が協会の言う事を聞いて、波風が立たぬようにしているからだ。

(本当は、パーティーを組んだ方が、彼らの助けにはなるんだろうね…)

「とにかく、もう寄るところも無いし、帰ろう。晩飯は何か作ってやるからさ」

「けっ…」

インヘルは苦虫を潰したような顔をしながら、俺の後をついてくる。

仕方が無い事だ。

飲み込むしかない。生きるためには必要な事だ。

俺はそう言い聞かせながら、帰路を急いだ。







市場が広がる中心街は多くの魔力灯で輝いている。

郊外と違って、ここは多くの飲食店が立ち並ぶ歓楽街だからだ。

夕方から賑わいを見せるこの街は、様々な文化の入り混じるところだ。

一口に飲食店とは言っても、大衆食堂と飲み屋を兼ねているところもあれば、酒を楽しむ事に特化した店もある。

それぞれ、看板に書かれている文字も、目印にしているものも違う。

あるものは(ほうき)。あるものはバケツ。あるものは(さじ)を店の壁に立てたり、ぶら下げたりして、客の目を引く。

恐らく、店を切り盛りしている方から見れば、故郷のありふれた光景なのだろうが、何も知らないこちらにしてみれば、何のためにそんなものを店先に置いておくのか見当もつかない。

だが、そのうち、一軒くらいは身に覚えがある成り立ちをしていたり、故郷のやり方だったりして、そこの店に入って、同じようにして入ってきた同郷の者達と飲み明かす。

それがハタヌの酒飲みの常道と言うものだ。

まぁ、俺はここを素通りするだけの日々なのだが。

「なぁ」

「酒は飲まんぞ」

「わあってるよ。他の連中はどうした?」

てっきり一軒寄って行こうなんていうと思っていたのに、予想外の事を聞かれて、拍子抜けしてしまう。

だが、俺は頭の中ですぐに合点がいった。

インヘルはムートロと同じように、落ちぶれた奴がいるかもしれないと怯えたのだ。

自分のあずかり知らぬところで、昔馴染みが腐っているとは思いたくないのだろう。

「他?あぁ…良く知らねぇんだ。いきなり居なくなっちまった。お前みたいにな」

「あ……そうかよ…」

だが、他の連中の事など俺は知らない。知る由も無い。

皆、居なくなる時は何も言わない。

霧が晴れるように、夜が明けるのと同じで、さも当然かのように。

「そう言うお前は何してたんだよ」

俺は怒気を隠しつつ、強い言葉を吐きつける。

「突然居なくなってよぉ。お前が居なくなって、皆ビビっちまったぜ?どうせこうなると思ってたとか、女から逃げたんだとか、人を殺したとか、色々色々言われてよ…!こっちとして、どうしたら良いか分かんねぇじゃねぇかよ…!」

「え…」

インヘルが間抜けな声を出す。こいつは本当に、自分が何かをした後の事を全く考えていなかったようだ。

「えじゃねぇよ……二度と黙っていなくなんなよ?」

俺は後ろを全く見ずにそう言った。

「お、おう…」

インヘルは少し驚きつつも、一応、返事をする。だが、こんなものに意味なんかない。

こいつはどうせ居なくなる。渡り鳥みたいなものだ。

それを止めはしないし、止められるものでもない。

居なくなってしまうのはこいつの(さが)だ。どうしようもない。

「で?何してたんだよ?実家帰ってたとか?」

俺は後ろを振り返った。

「女とか、借金とか、そんなんじゃねぇんだろ?」

「まぁ…」

「言えねぇか?なら良いけどよ…」

インヘルは口ごもって視線をずらす。

言葉を濁す時のいつもの癖だ。

はぁ…

俺は思わずため息をついてしまう。

(ほんと…こいつだけは変わんねぇなぁ…いつまでもガキのままだ)

ガヤガヤとした歓楽街を、口ごもったままのインヘルを連れて歩く。

誰かと一緒に帰るなんて久しぶりだ。

いつだってここは騒がしい。

腕を組みあって、肩を寄せ合って、泡立つ酒を飲みまくる。

聞こえてくるのは、愚痴に、自慢に、女の話。

そんな中を俺は一人寂しく帰ってたってのに…………

(良いなぁ。誰かと居るってのは…)

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