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第二話 レパーツ・イントレアの受付嬢

いつもの日々だった。特段、変わった事は何もない。

「ふざけんのも大概にしろ!少しはうちのギルドの事も考えてよ!」

「なら、そのギルドに加入してる冒険者の事も考えろよ!パーティーにノルマみたいなもんまで付けやがって、ふざけてんのはそっちだろ!ギルドメンバーは家族みたいな触れ込みはなんなんだよ!」

「パーティーにはパーティー毎に出来る許容範囲ってのがあるんですぅ!」

「何が許容範囲きょようはんいだ!今月は大きめの依頼、5個は行けるよねとか頼み込むのが許容範囲きょようはんいかよ!その結果がこの閑散かんさんぶりじゃないのか!」

「今日は、パーティー組んでる人達は依頼終わりで羽を休めてるんですぅ!こんな日にまでダンジョンに潜ってるのはお前くらいだわ!馬鹿めが!」

ギルド『レパーツ・イントレア』の入り口、木目のある長いカウンターの上で交わされる口論。そして、その隣で、うなだれる私。

「こんな日ってなんだよ?!」

「はぁああ?!今日が何の日か知らねぇのかよ、この馬鹿!何年この国にいんだよ!」

「うるせぇな!上の奴らが決めた決まり事なんざ誰が知るかよ!」

「あぁ~!友達居ないから誰も教えてくんないかぁ~!そうだよね、そうだよね!ごめんねぇ、気づかなくてぇ」

「友達が居ようが知るかよ、そんなん!」

互いに睨み付け、罵り合い、小一時間程は喧嘩する。これが不定期開催レパーツ・イントレア名物、早朝口論である。

朝っぱらから一人で依頼を受けに来るギルドの古参の一人と、ギルドの事務長による大喧嘩は、ギルドに加入している他の冒険者、つまりはギルドメンバーが周りに居ようと居まいと関係無しに勃発し、時間を気にして、古参の方が切り上げるか、事務長が叫び疲れて、奥に引っ込むかで突然終わる。

今日は他のギルドメンバ―が休みの日だったから、まだ被害は少ない。もし他のメンバーが居たら、事務長に「そんなにキレるとシワが増えるよ」とか、「トザイさん、古いな~考え方が」とか言って、火に油を注ぐ連中が必ず出てくる。そうなると、「やれ、言いやがったな。どいつだ、こんにゃろ」と言い返して、その場に居る全員が「あいつだ」「そいつだ」「あそこだ」「あの馬鹿」なんて言い始めるもんだから、そこかしこで大乱闘が発生してしまう。

皆、顔の形が変わるまで殴る蹴る。机が割れて、壁がへこんで、椅子が壊れて、飛び散る血と歯、上がる怒号に、呪詛じゅそ讒謗ざんぼう…………。

そうなると、辺り一面、血の海になってもう目も当てられない。

そのうち、ひょろガリのギルドマスターが出てきて、「ほら皆、お金あげるから、ここじゃなくて外でやってちょうだいな!」なんて、金貨をギルドの入り口から、道に向かって投げるもんだから、殴る蹴るやってた人達は皆、ギルドを我先にと出て行って、金貨を一枚、もう一枚と、土が爪に入るのも気にしないで、地面を抉る勢いで取りに行く。

そして、金貨を握ったその手を離せと、後に続く者が殴る蹴る……そうしているうちに、皆、土まみれの、ほこりまみれになって、中には、服が破ける人まで出てくる。

そうすると、服を洗濯女に預けるための金を得るため、替えの服を買う金を得るため、先を争って掲示板にかじりついて、フックにかかっている依頼札(依頼が書かれた木の札。字が読めない者が多いため、超要約して書かれている。例:サカナ、サンビキ、モトム)を凝視ぎょうしして、どれをするかを決めたら、早い者勝ちで、依頼札を叩きつけるようにカウンターに持ってくる。

そうしてきた人達に、依頼内容の詳細な説明をして、期日を伝えてから送り出す。これが私、ギルド『レパーツ・イントレア』受付嬢の朝だ。

その人達の対応が終わったら、提出済みの納品予定の物の中から、今日中に納品出来るものがあったら、事務長に一声かけてから、配達人ギルドに連絡して、依頼元に届けてもらう。

そしたら今度は、新しく舞い込んできた依頼を、達成難易度に合わせて等級を付けていく。そして、依頼札にすすを混ぜて作った、質の悪いインクで、依頼内容を超要約したものを書き込んで、掲示板のフックに戻す。

質の悪いインクは消えやすいが、その分、依頼札は書いたものを何度でも消して、何度でも新しいものを書き込める。短所は長所にもなり得るのだ。

そして、依頼料の適切な支払いと受け取り。依頼を達成した冒険者には、依頼主からの報酬の四割が支払われ、残りの六割がギルドに入ってくる。報酬の四割が正しく支払われた事を確認すると共に、六割がギルド内の金庫に入ったかを確認する。

これらを確認するために、日々膨大な書類に目を通し、記載された内容に不備や不記載、収支の不一致がある場合は事務長に報告してから、払い戻しや、再度支払うなどの対応をする。

そんな事をしていたらあっという間に夕方になって、朝の喧騒が戻ってくる。それも、幾分かパワーアップして。

うちのギルドは、装備品を提供するだけでなく、酒類や軽食の販売も行っている上に、ギルド内は丸いテーブルや椅子で簡易的な酒場になっている。

何せ、こんな僻地に建てられた貧乏ギルドだ。酒で釣るくらいでしか、こんなところの冒険者になってくれる人間は現れない。

ダンジョン帰りに一杯。そう考える冒険者のおかげでこのギルドは常に黒字だ。主に、冒険事業の赤字を、酒場の黒字が埋め合わせる形で。

(そう言う意味では感謝してるんだけどさぁ………)

他のギルドは、酒場が併設されている事なんて無いし、都にあるとは言え、中心地や観光地から離れたスラム街の近くに立っていたりはしない。

はあぁぁあ……

私はため息をつきながら、がっくりとうなだれた。

冒険者ギルドなら、冒険事業だけでやっていきたい。それが普通じゃないか。それなのに、この体たらくはなんだと言うんだ。

(あああぁぁ………)

もっと、ちゃんとしたところに就職すれば良かった。親の紹介なんて無視すれば良かった。だが、いくら後悔したところで遅すぎる。

今はここで頑張るしかない。とは、分かっているのだが。

(別のところに入り直すにしても、中途は嫌われるだろうしなぁ……でもなぁ…)

こんなところに居るために、村から出てきたわけじゃない。

何年、くすぶり続けるつもりだ。いつ潰れるかも分からない、冒険者ギルドなのに、飲食で稼いでるところなんかで一生働き続けるのか。

そう思いつつも、中々、辞職には踏み切れなかった。

田舎から出てきた世間知らずの若い娘を、大手のギルドが雇うはずも無い。そう思って、親が進めてきた取引先のギルドである【レパーツ・イントレア】に勤めて早十年。

さびれ、草臥くたびれた街外れの建物が、冒険者ギルドである事を知っている人はどれだけいるのだろうか。夢見ていた受付嬢としての毎日も、可愛い後輩が入って来て、他愛も無い雑談をする事も無い。

毎日、量は多くとも、そこまでやりがいの無い業務に追われて、惰性的にこなす日々。これでは家族の農場を手伝っていた方が幾分もましだった気がする。

ダン…

私はカウンターの長机に突っ伏して、虚無感に身を委ねた。

(もうこのまま人生終わるくらいなら…いっそ……)

アガンス王国の都であるハタヌには、中心地の交易市場や教会から離れた歓楽街に、大規模な賭博場がある。

そこで一攫千金を夢見て、人生を放ってみるのも悪くないかもしれない。賭けで作った借金が返せないと、山奥の鉱山で日夜を問わず働かされるすだが、その時はその時だ。どうせ、こんなところに居たってどうにもーーーー

「ミニさん、依頼達成してきた。確認してくれ」

ぶっきらぼうな声が、突っ伏す私の頭の上から聞こえてきた。

「んぅ?」

「ミニさん、どうかしたか。寝ていたか?それならすまない。起こしてしまって…」

呆けた声を漏らしながら、ゆっくりと顔をあげた先に居たのは、今朝方送り出した冒険者だった。

「あっ!はいっ!すみません!はい!えぇっ、か、確認します!」

私は急いで身を起こすと、差し出された皮の袋を受け取り、カウンターの下に置いてある本を引っ張り出す。

≪魔物大全魔物大全(まものたいぜん)≫。そう書かれた分厚い本を開き、重い皮の袋の中身を確認する。

そこには、膜を張った大きな肉の塊が、今にもどくん、どくんという音がしそうな程に、肉が波打ち、黄色い血が噴き出していた。

マヴェルとは、牙が異常に発達した魔物だ。その身体を流れる黄色い血を生み出す心臓は、新薬の材料として重宝されている。

今回の依頼は、それを五つ入手せよという内容だった。

「はい、確かに。ちゃんと皮の袋での納品、ありがとうございます」

「いや、少し手間取ってしまった。階層の奥に群れで移動してしまったみたいでね。遅れたのを七匹ほど狩ってきたよ」

冒険者は苦笑いを浮かべながら、言う。

こんな事を言うが、依頼の受諾当日中に納品をしてくる猛者はそう居ない。実力のある人程、謙遜をするものだ。

「報酬を持ってきます。少々お待ちを」

「あぁ」

私はその冒険者に一声掛けると、カウンターの奥へと向かった。


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