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第一話 過去の一幕

船に乗って49日が過ぎた。ついに陸地が見えた。

新天地だ。僕の人生がここから大きく変わる。

ここから先はきっと楽しい事だらけだ。今までいたようなごみ溜めとは違う、本当の世界がそこにある。

しぶきをあげて、船は陸地へ進む。

まるで僕の人生の門出を祝福するように、舞い上がる波しぶき。顔を撫でるしょっぱい潮風。はるか頭上を飛ぶ海鳥の鳴き声。すべてが新鮮だ。

生きてる。

僕はこれまでにないくらい、そう感じていた。

ここで僕は自由に生きるんだ。気の赴くままに、子供の時には考えられなかった生き方をするんだ。

今から踏み締めるこの大地を何一つ知らないというのに、胸の中で期待ばかりが膨らんで、それが危うい希望に過ぎない事は分かっているのに、口角が上がって仕方ない。

まだ、何も為せていないのに、ここまで来た達成感で天にも昇る心地だ。

やれる、やってやる。僕は絶対に、ここで栄光を掴むんだ。















「これ頼む」

短く、ぶっきらぼうな声で男が言う。

「はい…第五階層のマヴェルの心臓五つの採取ですね。心臓は傷みやすく、腐りやすいので、皮の袋に入れて保管してください。布の袋では破損の可能性がありますので、気をつけてくださいね」

「あぁ、分かった」

アガンス王国の都ハタヌにある冒険者ギルド『レパーツ・イントレア』に所属する一人の冒険者が、今まさにダンジョンに向かおうとしていた。

歳は三三十路(みそじ)十路に段々と引きずり込まれようとしているくらいで、口に出す程老け込んでいるという訳では無いのだが、なんというか、若々しさや瑞々瑞々しさ(みずみずしさ)しさといったものが無い。

生涯現役でダンジョンに潜り続ける冒険者としては、中堅寄りのルーキーといった立ち位置なのだが、とにかくパッとしない。目を見張るものが何一つないのだ。

「納品はいつまでに?」

「そうですね……遅くとも、今週中には。依頼元は製薬所関連の卸売り業者なので、早いに越した事はありませんが」

小首を傾げ、考えるそぶりを見せたギルドの受付嬢は冒険者に真摯に答えた。

「そうか…分かった。なるべく早めに終わらせよう」

「はい、お気をつけて」

「ソロじゃなきゃ早く終わるわよ、このはみ出し者が」

笑みを浮かべて送り出そうとする受付嬢の頭に腕を置いて、後ろから女が出てきて、語気の強い言葉を吐く。

「ちょ、事務長…」

「いつまで一人でやってる訳?馬鹿なの?死にたいの?さっさとパーティーを作って、集団で依頼受けなさいよ、なんで一人なの?カッコつけ?ヤメテくんねぇかな、ギルド評議会に絞られるのはこっちなんだわ!分かってくんねぇかなぁ!」

「一人の方が気楽なんでな」

「てめぇ一人の気楽さのために、うちは評議会に睨まれてるの分かんねぇかな!お前のためにいちいちひげ面どもの説法聞かされてる身にもなれってんだよ!死ね!普通に死ね!ほんとに死ね!」

捲し立てて話しまくる事務長と呼ばれた眼鏡の女は、同じく眼鏡の受付嬢の頭から腕をどかすと、冒険者に人差し指を突き付けた。

「良いかぁ!耳の穴かっぽじって、よぉぉぉく聞け!お前みたいな時代に逆行する奴なんかはお荷物なんだよ!ただでさえ、依頼の達成率には頭を抱えてるってのに、お前は一人で行ってっ!何日もかけてっ!ちんたらちんたらちんたらちんたら…わざとやってんの?!」

「わざとじゃない。毎回言ってるが、そんなに速度重視でやってたら危険も増える。それに、技術革新は結構な事だが、納期やら期日やらが短くなりすぎなんだよ!こっちの負担をまるで考えてない」

負けじと冒険者が吐き捨てるように言うと、互いが互いに火をつける形で、口論はヒートアップしていく。

「はぁあぁぁ!あんた何言ってんの?!早く依頼達成できるようになったんだから、依頼元が納期を短くするのは当たり前だろぉ!」

「それで負担が増えてるのはこっちだ!依頼元に交渉して、納期を長くするようにしてもらえよ!前々から言ってるけどさ!」

「うちは依頼元から仕事もらって飯食ってるの!立場的にこっちの方が弱いのに、そんな事言える訳ねぇだろ!」

「じゃあ、そんな短い期間で依頼吹っ掛けてくるような連中なんか、冒険者ギルド全体でハブっちまえよ!」

「逆に、依頼を達成できないギルドがハブられんの!どれだけ早く依頼を達成できるかが、ギルドの評判に関わるの!」

眉間に皺を寄せながら怒鳴り散らす事務長と、歯を噛み締めて怒りを露わにする冒険者。そして、その間に挟まれる受付嬢。

「はぁぁ……」

口論の最中、一人深いため息をついて肩を落とす緑の髪の若い受付嬢は、自分が働くギルドに、明るい未来を見出す事が出来なかった。

世の中が予測不能で、自分の道行きが不透明なのはいつもの事だ。だが、最近は全くもって流れが読めない。

魔力を多分に含んだ魔石の一つ、ループストーン。大陸西部にあるダンジョンの内壁に使われていたもので、空間と空間を繋ぐ力があり、どんなに進んでも、新しい通路にたどり着けず、ダンジョンに潜った冒険者たちが一向に帰還も依頼も出来ない環境を作り出してきた原因。

それを発見した上、ダンジョン内の階層間の瞬間移動に使用する実験を成功させて、その方法を実用化した天才が生まれてしまったのだ。

これが大陸全土に広まった影響で、今まで数日かかっていた階層移動が数秒で出来るようになり、冒険者の疲労の原因だった数日分の食料と野営の資材を持っていくという一番大変だった部分が省けてしまった。

冒険。そう呼ばれていたものは、張り詰めた緊張感も、肩に食い込む重い荷物も要らない、ハイキング程度にまで落ちたとは言わないが、これまでとは違って、途中で食料不足に苦しんだり、道に迷って無駄な階層移動をしなくて済む、気軽に行けるお手頃日帰り登山感覚の代物になってしまったのだ。

そして、多くの若者が好奇心全開で冒険者になり、ギルドも乱立、あっという間に冒険者ギルド戦国時代……………

(あぁ……あの頃は週七で夜勤だったなぁ…懐かし)

それが今となってはこの閑散ぶりである。

少し前までは、掲示板に張り出される依頼を取り合うように、冒険者達がひしめき合っていたものを………それが今となっては……………

「あのな!結局のところ堂々巡りなんだよ!現状を変える気が無いんだろ?なら、このまんまいりゃあ良いじゃねぇか!」

「だ!か!ら!あんたが他の冒険者と一緒に依頼受ければ、短期間で依頼が達成できるだろ!それを繰り返せってんだよ!」

(あぁ~…まじで未来が見えないよぉ~………)

自分のすぐ横で舌戦を繰り広げる二人を見る気力も、受付嬢には残されていなかった。時代に置いて行かれた冒険者ギルドの末路は悲惨である。

歴史だけはある古いギルドは、新興ギルドよりも潰れにくいと言うのは根拠の無いジンクスに過ぎない。歴史に名を残す事なく、水泡と消える。

このギルドは運良く時代の荒波に飲まれる事無く、生き残れているだけに過ぎないのだ。そのしぶきはたっぷり浴びてはいるが。

こんな時代だからこそ、思わざるを得ない。

旧時代の終わりと新時代の到来。それの狭間で翻弄される名もなき者達の事を、誰が想ってくれるのだろうか、とーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「大陸西部からもたらされた転移石を使用した移動法の普及によって、ダンジョンの攻略は一気に進んだ訳です。これを都市間移動に使えないかと考えたのが、当時、東岸都市同盟の一角である港市国家リパトの魔導研究所所長であり、大魔導師であるアルセナ・コモースって奴なんですね~」

カッカッカッカッカッカッ……

黒板の上をチョークが音を立てる。

教室の中はいつもより静かで、それでいて緊張感が無い。うざったい感じや、気取ったような感じも無く、ただ、授業が進行していて、それを滞らせるものは一つも無い、この空気が素晴らしい。

俺はその空気を作り出している張本人である、一人の社会科の先生に尊敬の念を持たざるを得なかった。

「ちなみにアルセナは大の実験好きでね、転移魔法以外にも色んな研究をしているんだけど、中でも、物体の浮遊実験は有名なんだ。大型貨物船を空に浮かべて、空中輸送を実現しようとするんだけど、実験の最中に石造りの桟橋の上に浮かべてた戦艦を落としちゃってね、壊しちゃうんだ。その時の負債で首が回らなくなって、あちこち借金しまくったから、遺産が何一つ残らなかったって話が残ってるんだよ」

笑みを浮かべながら、そんなマニアックな小話をするその先生はとても楽しそうで、見ているこちらも楽しくなってくるようだった。

「ちなみに、このダンジョンの階層移動に使われた移動法なんだけどね。これのせいで、ダンジョン攻略がしやすくなったって言ったけど、ダンジョンに潜るハードルがうんと下がっちゃってね。そしたら若い人がみぃんな冒険者になって、ギルドもたくさん増えたんだ。でも、前にも話したと思うけど、冒険者ってどんな人たちだった?」

問いかけるように話す先生を見つつ、僕は心の中でほくそ笑んだ。

答えは決まってる。冒険者がどんな連中かなんて、教えられなくたって分かるもんだ。

「元傭兵だったり、難民だったりした人達だったよね。ようは誰もやりたくない仕事をやってでも生き延びようとする思考と、そのための技術を持ってる人達だった。それを、何も知らないわけぇのが行ったところで、どうにかなる訳ないじゃんねぇ、腕も無いのに。そんでバッタバッタ死にまくって、大陸全体の人口が1パーセント減っちゃうくらい死んだんだ。結果、乱立してたギルドは軒並み倒産して、冒険産業は冷え込んじゃったって訳。何事も知らない事には手を出さない方が良いって訳だね~」

そんな言葉で、先生は授業を話を締めくくった。身振り手振りだけでなく、話に緩急を付けていて、話が頭に入ってきやすい。話し上手とはこういう人の事を言うのだろうな。

僕はそう思って、退室していく先生の後を追いながら、頭の中で何の話をするかを考え始めた。

(今日は、転移魔法の話が出たし、東岸都市の話も出たな。その辺りの話をするか。でも、この時代のワベドリズって基本、西部は戦争、東部は商業発展、文化勃興とかって感じだからなぁ、こういう傾向って他の大陸にも言える事なんだろうか)

そんな事を考えながら、老い始めた、少し猫背の背中を僕は追いかけた。


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