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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

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第87話 明日へと進むために


 無音の空間には、ただ暗闇が広がっている。

 膝を抱え俯いていたレティシアは、顔を上げて辺りを見渡した。


(いつものが始まらない? 私……まだ死んでないんだわ)


 これまで、レティシアは死ぬたび、暗闇の中で最初に願った時の光景が、彼女の前に映し出されてきた。

 なかなかその光景が映し出されないことで、彼女は死んだのではなく、まだ生きている証明に繋がる。

 だけど彼女は、生きてることが分かると、なんとも言えない気持ちになった。


(そう、私は死んでないのね……良かったと喜ぶべきかしら? それとも悲しむべき? お母様は、もうこの世にいないのに……)


 レティシアの中に生きたいと思う気持ちはある。

 しかし、助けたかった者を、守ることも、助けることもできなかったことを考えると、それでも生きてていいのか分からなくなった。


 助けられなかった命。


 傍観者として見送った命。


 奪ってしまった命。


 助けて、死にたくないと叫ぶ人々の死に際の声が、幻聴のように聞こえてくる。

 それは、これまで彼女が直面してきた悲痛な叫び声だ。

 けれども、次第にその声はエディットが死んだのも、レティシアのせいだと責める声に変わった。


 叫びながら否定したい気持ちと、完全に否定できない現実に、レティシアは打ちひしがれる。


 自分を守るように、彼女は目を瞑り耳を塞ぐ。

 それでも聞こえてくる声に、気が狂いそうになる。


 言い訳を並べても、事実は何も変わらない。

 どんなになかったことにしようとしても、過去が消えたり変わることなどない。

 そのことが分かっているからこそ、エディットの死が彼女の心を蝕み重く圧し掛かる。



『……レティシア、迎えに来たわよ』


 暗闇の中で全ての声を消し去るような、鈴の音のように透き通る声がした。


『ねぇ、聞こえているのでしょ? レティシア、いつまでその場所で立ち止まっているつもり?』


 鈴の音のような声は、立て続けに言うと、呆れたようにため息をこぼした。

 怯えたようにゆっくり耳から手を離したレティシアが顔を上げると、彼女の瞳には小さな白い狼が映る。

 小さな狼は彼女の前に座り、透き通る声とは違い、金色の目で厳しい視線を向ける。


『お母さんがいなくなったら、レティシアにとって他の人たちなんてどうでもいいの?』


『そうじゃない! ――でも、こんな私に何ができるのよ!?』


『そんなのステラにも分からない。でも、ステラの主はレティシアだよ? 主なら主らしく堂々としていなさい』


 ステラが言うと、レティシアは背を向けて、また膝を抱え膝に顔を埋めた。

 その様子を見ていたステラは、今にも泣きだしそうな顔をしている。


『無理よ。――それに、私がいやなら、ステラが契約を破棄すればいいわ。今ならできるでしょ?』


『……ねぇ、レティシア。あなたにとって……ステラはどうでもいいと思える存在だったの?』


『ステラのことは好きよ? でも、その好きがどのくらいなのか、私には分からない』


『……ステラがいなくなったら、レティシアは悲しい?』


『悲しいわ……まだ知り合って間もないけど、ステラは私の……』


『私の?』


『私の大切な使い魔よ……』


『それでいいんじゃないの? ダメなの?』


『分からなくなるの……本当に好きだったのか……大切だったのか……お母様のことだってそうよ。本当に好きだったはずなのに……その気持ちが曖昧なものに変わっていくわ』


『そう、それならレティシアがお母さんを助けたいと思った気持ちは、全部嘘だったのね』

『それは違う!!』


 ステラは挑発するように言ったが、間髪を入れずにレティシアは否定した。


『それなら、立ち上がりなさいよ! レティシアは愛してた人や、守りたかった者を、奪われるだけの人生でいいの?』


『いやよ! 私の大切な家族を奪ったことを、絶対に許さないし、もう私の大切な人たちを奪わせたりなんてさせない……!』


『レティシア……それでいいのよ。答えなんて、とっくに出ているじゃない。大切だから守りたいと思うのも、好きだから守りたいんだよ? どうでもいい人なら、仕事以外で守ろうなんて思わない。それとね……もう、周りの顔色を(うかが)ってなくていいの。ステラがいるんだから、国が相手でもレティシアは負けないわ。だから……もう少しだけ、レティシアは自分の気持ちを優先して、自由に生きてもいいんだよ?』


 ステラが覗いたレティシアの過去は、最終的にレティシアが決断してきた。

 けれど、どの人生も彼女は周りに振り回されてきたと言ってもいいような人生だった。

 他人のために自分を犠牲にすることを、ステラは悪いと思ない。

 それでも、他人のために犠牲になり続ける人生が、良いとも思わない。

 人の顔色を(うかが)い、自己犠牲を続ける人生ほど、自分を殺し続ける人生だとステラは思う。

 そして、そこには自分というものが何ひとつ残らないとも、ステラは考えている。


『自由に生きる……ね……ねぇ、ステラ。私、本当は怖いの……今まで私の決断が間違っていることが多かったから、後悔することも多かったの。そのことで、守れたはずの命も守れなかったし、見捨ててしまった命もあった……もちろん生きたいと望む者も、敵ならその命を奪ったわ。後悔しないように生きてるつもりなのに……いつの間にか後悔が積み重なるの……』


『後悔って言うのは、生きている証だと思っているわ。自分で選んで生きてきた結果なの。だから、後悔がない人生ってつまらないと思うし、空虚なものだと思わない? それにね、後悔してからが大切だと、ステラは思うよ』


『そう……なの?』


 ゆっくりと振り返ったレティシアの顔は、不安そうに眉を下げて、子どものように頼りなかった。


『そうよ? 後悔する時間も大切だけど、同じ後悔を繰り返さないためにはどうするのか考えなさい。そうすれば未来に繋がるから。後悔だけして立ち止まっていれば、先になんて進めないわ』


『そっか……ステラは強いんだね』


『レティシア、それは違うよ? ――ステラもいっぱい後悔していることがある。でも、ステラを信じて、未来を託してくれたものたちがいることを、ステラは忘れていないだけ。その者たちのことを考えれば、反省する時間はあっても、後悔して立ち止まっている暇はないわ』


『未来を託してくれた者……?』


『そうよ……。少なくとも、レティシアはお母さんに託されたんじゃないの? 生きてほしいっていう願いを』


『……私を……宝物だと、言ってくれたわ』


『なら、その宝物も守らなきゃね』


『……うん、……そうだね、ねぇ……ステラ』


『なぁに?』


『……迎えに来てくれてありがとう』


『気にしていないわ……さぁ戻ろう。ステラたちがいるべき場所へ』


『そうね……戻ろう』


『レティシア、あなたのことを大切に思う人がいることを忘れないでね』


『うん……そうだね。ごめんね……ステラ』


 レティシアは立ち上がると、ただ真っ暗な暗闇を進む。

 だけど、彼女の隣にはステラが並んで歩く。

 出口など、どこにも見えない。

 だが、この先に出口があることが分かっているかのように2人の足取りは軽い。


『そういえば、ステラは私の過去も見たの?』


『見たわよ? いやだった? そうだったら勝手にごめんなさい』


『ステラならいいわよ』


(まだ、好きとか愛とか……よく分からない。いろんな不安も消えないし、後悔が無くなったわけじゃない。それでも……進んでみよう)


 過去で親の愛を知らずに育ったレティシアは、愛をよく知らない。

 今世では、エディットがわずかな期間だけ親の愛を注いだ。

 だけど、不安定なままで生まれた心は、不安定なままに育った。


 この先、レティシアが生きていく中で、彼女が向き合わなければならないことは多いのかもいしれない。

 それでも、彼女なら大丈夫だと、ステラは思いながら前だけを見据えた。


 ◇◇◇


 神歴1496年10月25日。

 ステラが眠りに入ってから降り続けていた雨は止み、それでも雲は空を支配していた。


「なんで起きないんだよ……」


 レティシアの手を願うように握っていたルカの呟きが、静かな部屋に広がる。

 彼の表情には、疲れや疲労が見え隠れさえしていた。

 それでも、彼がレティシアの傍を片時も離れる気配は見受けられない。

 そこに、静かに彼の様子を見ていたアランが声をかける。


「ルカ、ララは今日も起きないのか」


「ああ、ダメだ……あれからステラも起きない……」


 項垂れるようにルカが言うと、アランは目を閉じて後悔に満ちた顔をした。

 けれど、アランの行動を責め、彼の気持ちを軽くしてくれる者など誰もいない。

 それは彼の行動が全ての元凶ではないからこそ、行き場のない思いだけが募る。

 暫しの沈黙が流れ、大きく息を吸い込んだアランは、ゆっくりと息を吐き出してルカの背中を見つめる。


「ルカの気持ちも分かるが、ステラが帰って来て今日で5日目だ。さすがに医者を手配するぞ」


「……ああ……迷惑を掛けて悪い……頼む……」


「気にするな、できるだけ信頼できる医者を手配するから」


 アランはそう言うと、未だに眠り続けるレティシアの頬に触れた。

 そして、彼は彼女を見ながら、悲しげに話しかける。


「なぁ、君の覚悟ってこんなもんだったのか?」


 アランの言葉に反応したようにレティシアの指が微かに動いた。


「ち……が……うわ」


 レティシアの声が聞こえると、ルカは顔を上げて彼女の顔を覗き込んだ。


「レティシア!!」


 レティシアはゆっくりと瞬きを繰り返し、ルカの手を軽く握り返した。

 その瞬間、ルカはこれが現実だと安堵したような表情をし、目には涙が浮かんだ。


「おいおい……嬉しい気持ちも分かるが、聞き耳を立ててる奴がいるかもしれないから、一応呼び方は気を付けろよ」


「わ、悪い」


 呆れたように注意をしたアランの目には、薄っすらと涙が揺れ動く。

 ルカはバツが悪そうな顔をすると、それでも嬉しそうにレティシアに微笑みかけた。


『起きたわね、ステラの主』


 ステラは大きく体を伸ばしながら言うと、レティシアの隣に座った。


「ええ、久しぶりに良く寝たわ」


 かすれた声でレティシアが言うと、ステラはレティシアのおなかに顔を埋めた。


『お寝坊さんよ……レティシア』


 そう呟いたステラの目には、涙が浮かび、目を閉じると静かに零れ落ちた。


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