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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

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第86話 深い意識の世界で眠る


 ルカがレティシアを見つけ、彼女を抱えて野営ポイントに連れてきた翌日の神歴1496年10月13日。


 討伐に参加していた隊員が、朝食の片付けや、武器の手入れをしながら、1つのテントを見つめていた。

 彼らの視線の先には、レティシアが眠るテントがあった。

 そして、レティシアが眠るテントの前で、ルカとアランは深刻な表情で話している。


 アランは、ここに辿り着くまで苦しい戦いを繰り返してきた。

 そのため。レティシアを見つけた場合、前回と同じように彼女を即戦力にすれば、戦闘が楽になると考えていた。

 しかし、見つけ出したレティシアは即戦力として使えず、むしろ守らなければない状況にアランは頭を抱えている。


「ララの様子はどんな感じなんだ?」


「ああ、まだ眠ってる。時折うなされてるから、悪い夢でも見てるんだと思う」


「そうか……タイミングが悪かったとは言え、こんな状態になるなら1人にするんじゃなかった……本当、ルカの言う通りにしてればよかったよ……まだピアスにも反応がないんだろ?」


「ああ、多分だけど、通信とかそういった物は、無意識に置いて行ったり、遮断してるんだと思う」


 レティシアは朦朧とする意識の中で話声が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。

 瞼はいつも以上に重く、すぐに閉じてしまいそうになる。

 見覚えのある天井が視界に入り、今いる場所がテントだということを理解した。

 だが、なぜここに居るのか分からず、彼女は起き上がろうとするも、体が思うように動かない。


「ララ、起きたのか?」


 微かな物音を聞き、ルカは声をかけながらテントの中に入った。

 彼はレティシアの傍に駆け寄り、目覚めた彼女の頬に手を伸ばす。

 そして、真っ赤になった頬に優しく触れてから、額に手を当てる。


「ルカの手、冷たくて気持ちがいいわ」


 かすれた声でレティシアが言うと、ルカは彼女に優しい目を向ける。


「だろうな、今自分がどんな状況か分かるか?」


「そうね……とても眠いわ。それと、体がすごくだるいわね」


「後は?」


「特にないわ……あえて言うなら、ルカの声が変わったような気がするわ」


「それなら大丈夫そうだな」


 そう言ったルカがテントの外に出ると、彼の足音が遠ざかって行く。

 その足音でレティシアは彼がどこかに行ったのだと分かり、目を閉じた。


(また置いてかれるんだわ……だけど、本当に私はなんでここにいるの?)


 レティシアは体を起こそうとするが、思うように体に力が入らない。

 テントの中には、思わず漏れ出したような短い力み声が微かに広がる。

 1人で起き上がれない状況に、彼女の表情には焦りが浮かぶ。


 暫くすると、テントに戻って来たルカは、レティシアに近寄り、額に触れる。


「さっきより上がってるな……ララ、少しでもいいから、1回これを飲んで」


 ルカはレティシアの体を起こし、水の入ったコップを運ぶ。

 しかし、軽く傾けて彼女に飲ませようとするも、口の端から水が零れていく。

 弱り切った彼女の体は、1人で水を飲むこともままらないのだ彼は思った。

 そのため、彼は少しでも飲ませようと、今度はスプーンを使って彼女の口元に水を運ぶ。

 そうすると、わずかではあるが、彼女の喉が上下に動いた。


「ララ、どこまで覚えてる?」


「皇帝陛下と話したところまで……ねぇ、ルカ……お母様がね……」


「ああ、聞いたよ。大変な時に傍にいなくて悪かった」


「私ね……何もできないまま……あの日から、一歩も前に進めていない……」


「違うよ、ララはちゃんと前に進んでる」


「違わないわ……だって……だって、お母様が……」


 レティシアが泣きそうな声で言うと、ルカは胸が締め付けられるような思いがした。

 彼は彼女にとって母親が何よりも大切だったことは、昔から知っている。

 そして、彼女が母親のために、この5年間いろいろと調べ、ひたすら考えてきたことも知っている。

 結果が出なかっただけで、何もしていなかったわけではない。

 そのため、彼女の言葉が、彼には彼女自身を否定しているようにも聞こえた。


「ララ……今は体調を治すことだけを考えよう。この森に入った時のことは、ジャンに聞いたけど、ララがこの森に入ってから、どう過ごしていたのか俺は詳しく知らない。だけどララにあった時、ララは高熱を出していた。そして、今もその熱が引いてない」


(そう……私、熱があるのね……だから体が思うように動かないのね)


「薬も飲ませたい、少しでも食べられるか?」


 ルカは木椀からスプーンでスープをすくい、レティシアの口元に運んだ。

 彼女がゆっくりスープを飲み込むと、彼は安心したような表情をし、再度彼女の口にスープを運ぶ。

 彼が彼女に食べさせる姿は、幼い頃の2人を思い出させる。

 しかし、あの頃とは状況も違えば、彼女の母親であるエディットはもうこの世にいない。

 どんなに強く望んでも、2度とあの頃には戻れないのだ。

 そのことが分かっているように、2人の間には静かな時間が流れる。

 そして、木椀に入っているスープが半分も行かないところで、彼女が首を左右に振った。


「これも飲んで、俺が調合したから、何も心配しなくてもいいから」


 柔らかい声色で言われたレティシアは、安心して薬を飲んだ。

 しかし、どうも薬の味が分からない。

 だけど、薬の色で美味しくないのだとレティシアにも分かる。


「ルカ、入るぞ」


 そう言いながらテントの中にアランが入ってくると、彼はレティシアの近くに座り、ルカと同じように彼女の額に触れた。


「だいぶ熱が高いな、移動するが大丈夫そうか?」


「問題ないと言いたいところだけど、思うように体が動かないんだと思う。一応、移動しても大丈夫なように、アルノエに背負ってもらうが、戦闘は無理だ」


「そうか……。実は数名の隊員から話があって、ここにもう一泊するのはどうかと提案された」


「それは、なんとも言えないな……できれば少しでも早く街に戻って、しっかりと彼女を休ませたい。だけど、正直に言うと、ここに残っても先に進んでも、また魔物が襲ってこないとも言えない」


「ああ、完全にお手上げだ」


(私がみんなの足を引っ張っているんだわ)


「私なら大丈夫よ。だから、少しでも前に進んで」


 レティシアの言葉を聞いたアランは、憂いを帯びた顔で彼女を見つめた。

 彼は彼女が物事を深く考え、自分自身で解決策を見つけようとする強さと独立性。

 そして、問題の本質を理解し、それを解決するための方法を模索することは知っている。

 そのため、王都に行く時に彼女を残しても、大丈夫だと考えていた。

 だが、彼女の自己犠牲も頭に入れて置くべきだったと、彼女の弱った姿を見てさらに後悔が募る。

 しかし、彼は拳を握ると、静かに立ち上がる。


「悪いな……いろいろと無理させて……」


 アランがテントの外に出ると、彼の移動を知らせる声がテントの中にも聞こえた。

 だけど、ルカはレティシアを寝かせると、彼女の頭を優しくなでて言う。


「ララは何も考えずに、今はしっかりと休め。大丈夫だ、今度こそララの傍にちゃんといるから」


 レティシアはルカの言葉を聞いて、静かに瞼を降ろした。


(私……皇帝陛下と話して、お母様が亡くなったことを聞いたんだわ……それからの記憶が曖昧だ……転生を始めてから……記憶が曖昧になることなんて、1度もなかったのに……)


 レティシアは森で過ごしていた時期を思い出そうとするも、記憶が飛んでいたり、記憶が曖昧だった。

 彼女がハッキリと覚えていることは、ただ紫の破片を探し出し、犯人を捕まえたいと思っていたことだけ。

 だが、それが彼女の感情だったのか、記憶が曖昧だとそれすらも曖昧になる。

 なぜなら、あの時に感じていた感情が、自己を保護するための防衛機制という可能性が存在するからだ。

 考えれば考えるほど、ぬかるみにはまったように抜け出せず、彼女の意識は深い闇へと沈んでいった。



 ◇◇◇


 アランの率いる討伐隊は、3日掛かる道のりをレティシアが寝ていることを考慮し、4日掛けて魔の森を出た。

 そして、彼らは解散すると、ルカたちはその足で宿屋へと戻って来た。

 だが、それから3日経っても尚、あれから眠り続けているレティシアが目を覚ます気配がなかった。


 10月20日の空はどんよりと暗く、日差しを覆い隠す雲が空を支配する。

 部屋の中は静寂に包まれ、寝息だけが微かに聞こえていた。

 開け放たれたドアをノックすると、アランは部屋の中にいたルカに声をかける。


「ルカ、ララの様子に変わったことはあったか?」


「いや……全く起きる気配がない」


 目を覚まさないレティシアを心配して、付きっきりで看病していたルカは答えた。

 彼の表情には心配と不安が混ざり合い、疲れているようにも見える。


「医者を手配するか?」


「アランには悪いが、正直この状況で医者は信用できない……薬の調合なら俺もできるし、後少しだけ様子が見たい……もしそれでも目が覚めなかったら、その時は頼む」


「分かった、でも……あれだな……さすがに侍女は連れてくるべきだったな……」


 2人はレティシアの姿を見ると、ため息をついた。

 侍女を連れていない彼女は、自分のことはほとんど自分でしてきたため、今までルカたちが困るようなことはなかった。

 だけど、今の彼女は目を覚ますこともなく、ひたすら眠り続けている。


 ルカが見つけた時は、血が付いて固まった髪は複雑に絡まり、服から出ていた部分の肌は赤黒く染まっていた。

 彼女が着ていた洋服も元の色が分からず、思わず顔を背けたくなるような匂いがしていた。

 その状況の彼女を宿屋まで連れてきたが、そのままにはしておけなかった。

 そのため、ルカは彼女の着替えや入浴をどうするか悩んだ。

 結局ルカは、タオルをお湯で濡らし、固く絞ったもので彼女の体を拭いて着替えさせた。

 それでも、肌着も変えず、体を拭いただけでは限度がある。

 そろそろ入浴させて、少しでも不快感を取り除いてあげたいと、ルカは考えていた。


「そうだな……これなら遅くなってでも、来てもらえば良かった……入浴させたいな……」


『それはやめた方がいいわよ? ステラがそうしようとした時、ララはステラのことを拒絶したから』


 窓から現れたステラがそう言うと、ベッドの所まで来てレティシアが眠るベッドに飛び乗った。

 そして、椅子に座るルカとレティシアの間に割って入る。

 彼女は静かに腰を下ろし、まるでそこが自分の居場所だと主張するかのように、レティシアの隣で丸くなる。


 ルカはステラの行動に対し何か言いたげな表情をしたが、軽く息を吐き出すと神妙な面持ちで話しかける。


「ステラ、それでどうだったんだ?」


『……ララが起きてから報告するわ。その方がララも安心するから。ララはね、彼女だけが知らないことが増えるのが怖いのよ。みんなに置いてかれたと思うから』


 ステラが大きく口を開けたあくびをした後、気怠げに答えると、ルカは目を伏せた。


「そういうつもりは……」


 チラリとその様子を覗っていたステラは、目を閉じて鼻で笑った。


『ルカはずっと一緒にいたのに、それにも気付かなかったのね。ステラは魔の森にいた時、ララの気持ちが知りたくて、ララと意識を共有したの。ララはね、前回の討伐から帰った時は、すでに体調が悪かったの。だけど置いていかれると思って、ステラにも言わなかった。なんでだと思う?』


「……分からない」


『邪魔だと思われて、みんなに置いていかれることを恐れたからよ、後はララの過去の生い立ちも関係しているけどね』


「そんなことを考えたこともなかったのに……それに、過去の生い立ちって、どういうことだ?」


『それは、ルカが知らなくてもいいことよ。ララの目が覚めるまでステラも寝るわ』


 モヤモヤとした気持ちを隠すように言ったステラは、ルカから視線を逸らしてレティシアの方を向いた。

 ステラはどれだけ彼がレティシアを大切にしていたか、彼女と意識を共有して分かっている。

 そして、体調が悪いことを彼に気付かれないように、彼女が必死で彼に隠していたことも知っている。

 そのため、彼が気付かなかったのは、仕方がないことも分かっていた。

 だが、ステラが気付かなかったのは、レティシアがステラを信用していなかったことだとも言える。

 彼が彼女から多大な信頼を寄せられてることに対し、ステラは彼に嫉妬してしまったのだ。


「ステラ、おれとルカにあの日から何があったか話してほしい、それもダメか?」


 アランは今すぐにでも寝てしまいそうなステラに慌てて聞くと、片方の目を開けたステラが振り返った。

 そして、アランとルカの方を見た彼女は、気怠げに顔を上げて答える。


『それならいいわよ? あの日……ジャンが宿屋に着いてから、ララは通信魔道具でどこかに連絡していたわ』


「ニルヴィスに連絡したんだな、それなら俺たちも聞いた」


 そうルカが言うと、ステラは頷き、魔の森に入っていった経緯と、森での生活を話した。

 その中には魔物血で汚れたレティシアを、冒険者が間違えて討伐しようとして、逆にレティシアが返り討ちにしたこと。

 レティシアが薬草も探していたこと、常にレティシアの感情が伴ってなかったことを、彼女は事細かに話した。


「それで……小さな赤い獣か……」


 ステラの話を聞き終えたアランは、口元を手で隠しながら驚きながらも納得した様子で呟いた。


『それは知らないわ。ステラはララから離れたら、もう会えないと思ったから、食事を盗る時しか離れなかったもの』


「ステラ、話してくれてありがとう」


『いいわよ、傍にいることしかできなかったもの。それと……アラン、後でララにも城での話をしてあげてね』


「分かってる、ちゃんと話すよ」


『ありがとう』


 ステラはもう少しだけレティシアに近寄ると、彼女と同じように深い眠りについた。


 日差しを覆い隠していた雲から、とうとう雫が落ち始めた。

 水滴が窓に当たり出すと、それは徐々に強くなり、静寂を破る冷たい雨へと変わっていく。

 雨から逃げるような人々の足音と、雨が窓を打つ音が静かな部屋に響いていた。


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