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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
4章

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第82話 闇に沈む者


 見渡す限り、辺りは黒く塗りつぶされた空間。

 目に見えるものなどなく、香りも感じない。

 ただ聞こえるのは、静かな呼吸音が1つだけ。


 先が見えず、進むことも、戻ることもできない。

 出口のない暗闇に飲み込まれていく。


(私は……また死んでしまったのかしら……)


 レティシアは、自分が何をしていたのか、何を考えていたのか、何を感じていたのか、全てが霧に包まれていた。

 彼女の心は、深い悲しみと無力感で満ちていて、それ以上何も受け入れられなかった。


 エディットが死んだと知らされた瞬間の記憶を、彼女は辿ろうとした。

 しかし、その記憶は砂のように指の隙間からすり抜けていく。

 あの瞬間の記憶を必死に捉えようとするが、それは彼女の意識の深い部分に沈んでいき、手の届かないところへと消えていく。


 辺りを見渡したレティシアは、その場にしゃがんで膝を抱えた。

 幸せだった日々を思い出すと、喉の奥が痛むくらい熱を持ち始める。

 鼻はツーンと痛くなるが、それでも瞳に涙が浮かぶことはなかった。


 周りがレティシアを護りたいと強く思うほど、彼女の行動には制限が掛かってきた。

 私のことを心配しているから……私のことを大切にしてくれているから……

 彼女はそう思えば、周りの気持ちを無下にできなかった。

 そのため、その制限の中で、彼女なりにできることをやってきた。

 エディットの病気について調べたくて、本当は魔塔に乗り込みたい気持ちもあった、教会に行きたい気持ちもあった。


 それでも、魔塔も、教会も、そこに行ってしまえば、連れて行かれる。

 そうすれば、2度とみんなの元に戻れない可能性があることも、レティシアは知っていた。


(それでも……手掛かりを見つけるのが、遅過ぎたんだわ)


 できたことは、きっと他にたくさん有ったと考えれば考えるほど、答えのない後悔がレティシアの中で増えていく。

 何が悪かったかなど、後になればなんとでも言える。

 何度も人生をやり直して分かっているはずなのに、それでも考えることを止められない。


(いつも後悔しかないわね)


 我が身可愛さに、やらなかったことを1つずつ上げれば、レティシアの中で小さな疑問が生まれる。


(私は、本当にお母様のことを、愛していたのかしら……)


 人の愛し方が分からない彼女にとって、愛していたかどうか、1人で考えても答えなどでない。

 少しずつ抜け出せない闇へと、レティシアは引きずり込まれていく。



 ◇◇◇



 レティシアが本来の姿に戻ったステラにまたがると、ステラは森の中を突き進む。

 しかし、レティシアの瞳は光を失くし、その瞳は何も映していないようにも見える。


 レティシアが魔物を見つけると、目の動きや呼吸の仕方まで確かめているようだ。

 そして、そのまま迷いがない短剣は魔物の急所を刺していく。

 相手が動きを止めると、虚ろな目をしたレティシアが、魔物の体内を漁り始める。

 それは、まるで何かを探しているようにも見える。

 しかし、探していた物が見つからなかったのか、彼女は魔物から丁寧に取れる素材を剝ぎ取っていく。

 そこに彼女の思考などなく、彼女の行動は、まるでプログラムされた機械のようにも感じられる。

 その様子を静かに見ていたステラは、レティシアに声をかけた。


『レティシア、残ったお肉は、ステラが食べるよ。今日のご飯がまだだから』


 魔物の素材を取り終えたレティシアは、素材を空間魔法に放り込んだ。

 何も映さない瞳がステラを見つめ、彼女の近くまで行くと、右腕をポンっと1度だけ軽くたたいた。


 きっと、食べていいよっという合図なのだろう。


 ステラは盗み見るようにレティシアの表情を見て、少しだけ泣きそうな表情を浮かべる。

 けれど、急ぐように一口で魔物の肉を食べると、彼女はレティシアの近くで姿勢を低くした。

 ステラがゆっくりと食事していれば、その間にレティシアが1人で走り出してしまう。

 そのことを、ステラはとても恐れているのだ。

 ステラはレティシアが彼女の背中に乗ったことを確かめると、再び森の中を走り出した。


 緑に茂った森は夏の息吹を感じられ、新鮮な空気が彼女たちの肌をすり抜けていく。

 森の中心まで行くと開けた空間が広がり、そこに大きな泉が存在する。

 この泉は、前回アランたちとレティシアが森に入った時よりも、さらに奥にある泉だ。

 そのため、この近くにいる魔物の強さも格段に上がっている。


 透き通った綺麗な泉の水は、乾いていた2人の喉を潤す。

 しかし、魔物気配がし、顔を上げたレティシアが戦闘態勢に入った。

 けれど、ステラはそれを止め、泉の奥に広がる森から出て来た魔物と話をしに向かう。

 魔物から情報を得ると、ステラはレティシアの元に戻った。


『この泉の奥は、まだ操られている魔物は、いないみたい』


 レティシアは観察するように、泉の向こうを見ながらコクリと首を軽く縦に振った。

 感情を失い、まるで人形のようなレティシアの姿を、ステラは悲しげに見つめる。

 そして、彼女は大きな体で、レティシアの傍に寄り添う。


 エディットが亡くなったと報告を受けた日。


 静かに立ち上がったレティシアは、覚束ない脚で歩き、何も告げずに部屋から出て行った。

 話を盗み聞きしていたジャンとステラは、途中で異変に気付き、慌てて彼女の後を追い駆けた。

 彼女に追いついた2人は、虚ろな目をした彼女に対し、宿屋に戻るように説得し続けた。

 しかし、レティシアの足は止まることなく、歩みを続けていた。


 そのまま森に入った彼女は、操られている魔物だけを次々に倒し、魔物の体内を漁ったのだ。

 それはまるで、無意識に紫の破片を探しているようで、その光景を見ていた2人は彼女を止められず、ただ見ていることしかできなかった。


 そして、その日を境に、レティシアが魔の森に姿を消した。


 レティシアが森に消えて2日経った頃。

 この状況のレティシアから目を離さず、ジャンを守れないと思ったステラは彼を帰らせた。

 その際、帰らないと言い張ったジャンに対し、ステラは『必ずレティシアを連れて帰るから!』と言い聞かせた。

 そのこともあって、彼女は何度かレティシアを背中に乗せたまま、森をでようとした。

 しかし、レティシアはそのたび、走っている彼女の背中から飛び降りた。

 結局、ステラはレティシアが怪我する危険性の高さを考え、それ以降そういった行動を止めた。


『ねぇ、レティシア。ステラはね、そろそろ宿屋に戻った方がいいと思うんだ。あのジャンって人も、きっと心配しているよ?』


 ステラはそう言うが、縦にも横にもレティシアは首を振らない。

 しかし、静かに立ち上がった彼女は、ステラの肩を2回たたいた。

 それから彼女は街がある方向を指し示すと、街とは違う方向に歩みを進める。

 一瞬、指し示された方向に振り返ったステラが視線を戻すと、遠ざかるレティシアが視界に入った。

 その瞬間、ステラは悲痛な表情を浮かべ、慌てた様子でレティシアの後を追う。

 そして、並ぶようにして、また森の奥へと進んで行く。


 隣を歩くレティシアに、ステラは悲しげな視線を向けている。

 けれど、ステラはレティシアの前に出て姿勢を低くすると、またレティシアを乗せて森の中を走って進む。


 暫く走ると、レティシアがステラの背中をたたいた。

 ステラはレティシアを降ろし、体を小さくしてレティシアに付いて行く。


 気配を極限まで消し、隠れながら歩みを進めると、複数の禍々しい気配を放つ魔物が佇んでいた。

 本来魔核がある部分には、放たれる気配と同様の禍々しい物が、存在している。

 魔物の目の瞳孔は開き切っており、呼吸が戦闘もしていないのに荒い。


 レティシアが弓を射るような体制になると、冷気がそこから広がる。

 背筋を伸ばし、標的を見つめる瞳に光はない。

 けれど、氷の矢を出現させた彼女の姿は、息を呑むほど静かである。


 シュッと鋭い音共に氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)が放たれると、氷の矢は導かれるかのように魔物の頭に命中した。

 その瞬間、条件反射のように、他の魔物が一斉にレティシアの方を向く。

 そして、魔物たちがレティシアに突進してくると、彼女は風刃魔法(ウェントス・ラーミナ)を使って、胴体と頭を切り離した。


 そこから、プログラムされたかのようにレティシアは魔物体内を漁る。

 けれど、人が近付いて来るのを察知したのか、時を止めたかのように彼女の動きがピタリと止まった。

 ゆったりとした動きで振り返った彼女は、光が宿っていない瞳で一点を見つめている。

 その姿は、頭のてっぺんから足の先まで赤黒く血で汚れ、髪は絡んで束になっている。


 周囲の茂みの中から、カサカサと足音が聞こえ、彼女を警戒しているような気配が感じられる。

 足音の感覚は徐々に狭まり、剣を持った男性が茂みの中ら飛び出した。

 彼は雄たけびを上げるように、上から下に向かってレティシアに斬りかかると、瞬時に彼女は後ろに跳び退く。

 だが、それを待っていたかのように、彼女の退いたところに1本の矢が飛んでくる。

 それでも彼女が難なくかわすと、追い打ちをかけるように甲高い女性の声がした。


炎球魔法(グロブス・フラッマ)


 女性が放った攻撃は、矢をかわしたレティシアに向かって飛んでいく。

 すると、ボーンっと大きな音が森に轟き、レティシアがいた周辺は黒い煙に包まれた。


「やったか!?」

「狙い通りだ!」


 最初に斬りかかった男性と、矢を放った男性が嬉しそうに言うが、彼らは戦闘態勢を崩さない。

 次第に黒い煙が風によって流され、視界は段々と鮮明な物に代わる。

 そこには、防御結界デフェンセィオ・オビセで守られたレティシアの姿があった。


「なんで今ので無傷なのよ!!」「な、なんで!?」


 茂みの中から、2人の女性が困惑した様子で慌てている。

 声からして、先に話した女性が攻撃を仕掛け、もう1人は回復役なのだろう。

 しかし、感情がこもっていないレティシアの虚ろな目が、彼女たちを捉えた。

 レティシアは弓を構えるように弓を引くと、そこには氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)が出現する。


「おいおい、冗談だろ!? クソッ!!」


 レティシアが女性たちに視線を移したのが分かったのか、剣を持った男性がレティシアに向かって行く。

 剣は左下から右上に向かって流れ、避けなかったレティシアの胴は斬り付けられた。


「へっ! 油断したな」


 男性の頬が緩み、彼はそう言って喜んだ。

 だが、その喜びも、彼の表情も徐々に歪んだものへと変わる。

 レティシアだったものは色を失くし、無色透明な水に姿を変え、バッシャと音を立てて勢いよく地面に広がった。


「な、なんだよこいつ!!」


 炎に包まれた時、レティシアは防御結界デフェンセィオ・オビセと同時に、操水幻影魔法アクア・シクムラクルムを使って彼女の水幻影を創り出していた。

 そのため、男性が斬ったのは囮でもあり、彼らを攻撃する手段の1つでもあったのだ。


 本物のレティシアは、同時に4本の氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)を出現させていた。

 矢の先端は揺れることもなく、静かに彼らに狙いを定める。

 しかし、このままでは、レティシアが彼らを殺してしまう。

 そう思ったステラは、彼らの背後にいたレティシアの肩に飛び乗った。


『今なら見逃してやる。だが、これ以上やるなら、お前たちは死を覚悟することだ』


 強い殺気を含んでステラが告げると、悲鳴を上げて彼らは逃げ帰るようにしてその場を離れていく。


 暫くの間、彼らが走り去った方を、弓の構えを崩すこともなくレティシアは見つめていた。

 けれど、氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)が消えていくと、興味を失くしたように先程倒した魔物に視線を向け、ステラの右腕を軽くたたいた。


 ステラは久しぶりにゆっくりと食べながら、全身が汚れているレティシアに向かって言う。


『いつまでも魔物の血を洗い流さないから、レティシアが魔物と間違われたのよ? レティシア、そろそろステラの言うとおりにして、泉で水浴びしよ?』


 レティシアに聞こえてるのか、はたまた聞こえていないのか、それはステラには分からない。

 けれど、レティシアが静かに歩き出すと、ステラは慌てて元の大きさに戻り、魔物を平らげて彼女の後を追う。


『だいぶ魔物は狩ったと思うけど、まるでいたちごっこね』


 ステラがそう言うも、レティシアからの返事はない。

 辺りが暗くなっても寝ないレティシアに付き添い、ステラも森を走り回る。


『ステラはレティシアの味方だよ? でも、レティシアが何を考えているのか、全くステラには分からない。そんなに、ステラのことが信用できない?』


 ステラはレティシアに話しかけるが、それでも彼女は何も言わない。


『本当に、ただのお人形さんね』


 悲し気にステラは言うと、レティシアを地面に降ろした。

 そして、彼女はレティシアと意識の共有を試みた。

 けれど、繋がった意識の中で、ステラの言葉がレティシアに届くことはなかった。


 だが、それでも諦めず意識の共有を続けたステラが見たのは、レティシアの過去と、彼女の叫びだけだった。

 意識の共有を辞めると、ステラは大きな体でレティシアを包んだ。

 その瞳には、溢れんばかりの涙が浮かぶ。


『レティシア、ステラはレティシアの傍にいるよ』


 ステラは、長い年月を生き続けて幻獣となった。


 しかし、レティシアが抱えていた悲しみを、彼女は経験したことがない。

 幼い頃は、親に愛してもらい、仲間に守られて強くなった。

 けれど、それでも彼女は1人になったことがある。


 大切な友と別れ、久しぶりに会いに行くと、すでに友は亡くなっていた。

 その時、彼女は人族と彼女に流れている時間。

 そして、彼女と仲間に流れている時間が、違うことに気付いた。

 それから、その悲しみが癒えるまで、深い森の奥で1人静かに過ごした。


 だが、自ら孤独を選ぶのと、他者によって孤独にされるのは違う。

 そのことが、どんなにツライことなのか、ステラには分からない。

 だけど、今は独りじゃないのだと、彼女はレティシアに伝えたかった。

 たとえ、この先ステラが取り残される未来があろうとも……伝えたかったのだ。


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