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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
3章

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第80話 不穏な空気


 レティシアが、噴水の近くで女性の遺体を見つけて1週間が過ぎた、神歴1496年8月3日。

 リグヌムウルブの街には、張り詰めた空気が漂っていた。


 噴水の周りにある花壇から、魔導師のバッジが見つかった。

 それによって、人々の中では犯人が魔塔関係者だという憶測が飛び交っている。


 そして、この日も宿屋に(こも)っていたレティシアは、窓から外の様子を眺めていた。

 宿屋の前の通りでは、魔塔関係者と思われる男性と、獣人の男性が言い争っている。

 些細なことから始まった言い争いは、次第に人を寄せ付けて大きくなっていく。


(私が戦争を起こす前に、エルガドラ王国とガルゼファ王国が戦争になるんじゃないの?)


 レティシアがそう感じてしまうほど、人々の間には不穏な空気が流れている。


 本来であれば、互いが大人の対応していれば、平和的に治めることのできる小さなトラブル。

 それさえも、不穏な空気や相手に対して持った不信感が募り。

 騎士たちが、止めに入らなければならない騒動にまで発展している。


(それにしても多いわね……まるで人々の不安を、煽っているようにも見えるわ)


 窓の外を眺めていたレティシアが、部屋の中の方を見ると、アランが慌ただしく動いている。

 それは、出掛ける準備を始めてから、1時間経っても終わっていない。


「アラン、念入りに準備しているけど、どこかに行くの?」


「ああ、これから城に戻る。ガルゼファ王国とのことで、未だに体調が良くない親父に代わって、おれが話し合いをすることになった」


「そうなのね、それじゃ」

「ララには悪いが、君にはここに残ってもらう」


 アランは、一歩踏み出しながらレティシアが言うと、彼女の言葉を遮った。

 そのことに対し、レティシアは不満に感じながらも、顔に出さないようにしながらアランに尋ねる。


「それは、この前私が話したことと、何か関係があるのかしら?」


「そうだな、ないとは言えない。それと、ヴァルトアール帝国から連絡を受けて、あの皇子も連れて行くことになった。その護衛にアルノエも連れて行くが、ララを1人でここに残らせることを、ルカは良く思わなかった。でも、おれはステラがいるから問題ないと思ってるし、もしララを連れて行くなら条件として、魔力封じの首輪と手枷を君にすると言ったら、ルカもここに君を残すことに、納得してくれたよ」


 魔力封じの首輪と手枷をともに使うということは、傍から見たら罪人と変わらない。

 それでも、アランは冷静な態度で話し、レティシアは顔を(しか)めた。


「そこまで私を警戒しているの?」


「おれはララのことを警戒してない。ただ……ララを連れて行くなら、魔法が完全に使えない方が城の中も安全だからだ」


「よく分からないけど、城の中も安全じゃないなら、普通は魔法が使えた方がいいんじゃないの?」


「あのな……ララは魔塔や教会に連れて行かれたくないんだよな? それなら、魔塔や教会関係者が多く滞在してるあの城の中では、完全に魔法が使えない方がいいと思ったんだよ。魔力に反応する代物とかいろいろあるからな。それに……城の中に、こちらの味方と言えない精霊師がいる。それなら、なおさら魔力を完全に封じた方が安全だろ」


「確かに精霊師がいるなら、精霊が反応しないように魔力は封じた方が安全ね。それなら仕方ないわ。それで、いつ頃ここに戻るのかしら?」


「王都までは馬車での移動になる。往復だけで考えても、2週間ほど移動に日にちが掛かるから、どんなに早くても1ヵ月は戻って来ない。その間、幼い君を1人にしておけないと思って、ルカに頼んでヴァルトアールから人を呼んでもらった」


(また、私の知らないところで、勝手に話が進むのね……)


 レティシアはそう思うと、胸がズキッと痛み、彼女は胸を押さえた。

 しかし、そのことを気付かれないように、笑顔を作り上げた彼女は微笑んだ。


「分かったわ。気を付けていってらっしゃい」


「ああ、悪いな。数日間は1人かもしれないけど、危ないことはするなよ? それと……これ、ありがとう。ララのことを信用してる」


 アランは新しくレティシアが渡したピアスを触って言うと、ニコッと無邪気に笑う。

 そして、レティシアの頭に優しく触れて、何度も優しくなでた。

 その手はわずかに震え、見上げている不安げな彼女の表情が彼の視界に入る。

 それでも彼は「大丈夫、おれは帰ってくるから」と言うと、彼女に微笑んだ。


 アランは命を狙われている。

 敵が誰かも分からないまま、最も命を狙われた城に戻るのだ。

 恐怖を感じていても、何もおかしなことではない。

 食事に毒が混入していたこともあり、城に向かう4人は、口にするものにすら気をつけなければならない。

 それが意味することは、城に滞在する期間中は常に警戒が必要になり、今以上に神経が磨り減るということだ。



 アランがレティシアから離れると、ルカはレティシアの所に向かった。

 彼の服装は上から下まで黒で統一されており、赤い瞳と陶磁器のような白い肌が、より美しく見える。


「ララ、アランに聞いたと思うけど、ヴァルトアール帝国から自由に動ける人を呼んだ。数日間は1人かもしれないけど、1人で森に入ったり、無理はしないでほしい。それと、なんかあったら、ブローチでニルヴィスやロレシオと連絡を取るといい。後、分かってると思うが、今度は指輪じゃなくて杖を選んだんだ、頼むから壊すなよ?」


「分かったわ、ありがとうルカ」


 順番を待っていたであろうテオドールは、ルカが離れると一歩踏み出した。

 しかし、アルノエが無表情のまま、テオドールを引っ張るようにして彼を連れて行く。

 テオドールの抵抗する声が部屋に響き、ルカとアランが話す声と交じり合う。

 途端に小さく笑う声がすると、頬を少しだけ緩ませたレティシアがいた。


 出発間際、ルカは手招きして、静かにステラを呼び出した。

 彼は、ステラにレティシアのことを念入りに頼んだ。

 レティシアを残していくことに対し、不安があるのだろう。

 彼の表情から()いが感じられ、ステラが真剣な表情で聞いている。

 ステラは彼の気持ちにこたえるように、力強く何度も立てに首を振った。



 ルカたちが出掛けて行くと、宿屋に残されたレティシアは、広くなった部屋を見渡した。

 いつもより広く感じる空間は、ただ静かに広がり、残されたことを実感させる。

 突然俯いた彼女は、洋服の裾を掴み、下唇を噛んでしまう。

 それは、まるで必死に残された事実と向き合っているかのようだ。


 けれど、彼女は顔を上げると、決意に満ちた表情を浮かべ、部屋の中央まで進む。

 部屋の真ん中まで行くと、彼女はその場に膝をついて魔方陣を描き始めた。

 奇麗に描かれる魔方陣は、入出制限を含んだ結界魔法である。

 これから、ルカたちが戻るまで、ここを守るのは彼女の役目。

 そのため、自分の身は自分で守らなければならない。

 入出制限は、ここを1人で守るのに最も適している魔法だ。

 1人で守るからこそ、彼女がやらなければならないことでもあった。


 描いた魔方陣を見ながらレティシアは「こんなもんね」と言った。

 すると、ステラは静かに魔方陣を観察するように見た。

 丁寧に描かれた魔方陣に間違いなど見当たらない。

 それでも、魔方陣を見つめるステラは、思わず眉を顰めた(ひそめた)

 8歳の子どもが描いたにしては、あまりにも奇麗で、そのことに対して違和感すら覚える。

 しかし、それよりも気になったことが、彼女にはあった。


『レティシア、これは誰に教えてもらったの?』


「そうね、私が住んでいた家の書庫にあったわ」


『手を加えたでしょ?』


「そんなに加えてないわよ?」


『これ、他であまり使わない方がいいわよ。この世界の知識じゃないものが、入っているわ』


「どこら辺が違うの?」


『この辺りは、ステラの知らない知識』


 ステラが指し示したのは、レティシアのオリジナルで作った魔力遮断結界(センディセプタ)が描いてある場所だ。

 そのことから、レティシアが作り上げた魔法は、この世界に存在していない証明にもなる。


「それは、私のオリジナルだから、ステラが知らなくても大丈夫よ。他に気になるところはある?」


『ないわよ、後はステラも知っている』


 そう、ステラも魔方陣に描かれていることは、知っている。

 しかし、魔法や魔方陣は “知っている=使える” に直結しない。

 だからこそ、高難易度の魔方陣を、レティシアが描いたことに戸惑いもある。

 そして、魔方陣が正常に発動したことも、ステラを驚かせた。


(後でこの世界にある、魔法封じ系のアイテムを確かめておいてもいいかもしれないわね……もしかしたら、違う付与術が使われているかもしれない)


 ステラの反応からレティシアはそう思うと、出掛ける準備を始めた。

 アランが城に向かったことを考えれば、エルガドラ王国とガルゼファ王国の状況は芳しくない。

 そのため、少しでも街に出て、今の状況を彼女自身が確かめる必要があった。

 それは、街の状況だけに留まらず、今後予定している魔の森に向かう討伐のこともだ。

 情報収集ができないルカやアランのためにも、魔の森の情報を集めておく必要がある。

 そして、他にも気になることが彼女にはあった。


 準備を終えたレティシアは、ステラを連れて宿屋を出る。

 彼女はできるだけ気配を消し、冒険者ギルドへと向かった。



 冒険者ギルドに入ると、レティシアは立ち止まることもなく掲示板へと向かう。

 ギルドに集まる冒険者の人数も多いが、掲示板にはびっしりと、様々な依頼が出されている。

 端から端まで見ていくと、以前に見た時より、回復薬に使う薬草採取の依頼が増えていた。

 しかし、それと同じように、魔物討伐の依頼も格段に増えている。


(前回、討伐部隊を組んだ討伐から、日数が空いているのもあるけど……それでも、魔物討伐の依頼が異常に多いわね)


『ステラ、文字は読める?』


『読めるわよ? 魔物討伐の依頼が多いわね』


『ステラはこれを見て、どう思った?』


『ん-。質問の意図が分からないけど、ステラが森を離れてから、操られている魔物が増えたかもしれない、とは思ったよ』


『ごめん……そういうことが聞きたかったの。ステラがそう思うなら、そうなんだろうね』


『アランたちが、次に魔物討伐に向かうのっていつなの?』


『この前、アランに聞いた時は、回復薬の補充とかで、来月の中旬って聞いたわ』


『そう、その前にアランたちが帰ってきたらいいね。その方がちゃんとした作戦が立てられるわ』


『そうだね、何事もなく、無事に戻ってきたらいいけど……』


 レティシアはテレパシーで伝えると、掲示板から張り紙を1つ取った。

 そのまま彼女は流れるように振り向き、出口へと向かう。


 空は晴れ渡り、眩しく太陽はリグヌムウルブの街を照らす。

 眉間にシワを寄せたレティシアは、目を細めると手で太陽を隠した。

 けれど、彼女は歩き始めると、図書館がある方向へと進む。

 肌に張り付くような暑さとは裏腹に、彼女の気持ちは冷めていた。


 レティシアは歩きながら、先程手にした張り紙に目を向ける。

 その張り紙には【志願兵募集】と書かれていた。


 彼女は張り紙を睨むように見ると、ボッと張り紙が燃え上がる。

 たちまち張り紙は黒く変わり、灰となった紙は風に乗って飛んでいく。


(私も人のことは言えないけど、私と同じような愚か者が戦争を起こそうとしているのね)


 図書館に向かう足取りは力強く、彼女の瞳は前を見つめている。

 リグヌムウルブの街は賑わい、けれど、目に見えない暗い影を落としていた。


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