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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
3章

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第76話 月明かりと朝日


 月明かりは小さくなったフェンリルと、幼いレティシアを美しく照らし出す。

 風は木の葉を揺らしながら吹き、まるで使い魔になったフェンリルに、魔の森がさよならを告げているようだ。

 初めて使い魔と契約した少女は、肩に乗る小さくなったフェンリルの頬を優しくなでるながら聞く。


「ねぇ、その名前で本当に良かったの? 私が死ぬまでか、契約を解除しない限りその名前よ?」


『ステラという名を、私は気に入ったぞ? それはそうと、レティシアよ。そろそろ戻らなければ日が昇るぞ? そなたは戻らなくとも良いのか?』


 レティシアは言われてすぐに上を向くと、星がまだ輝き、深い群青色の空が広がる。

 しかし、移動に掛かった時間と戦闘していた時間を考えれば、野営しているとこらから離れて結構経つ。


「まずいわ!! 見つかったら確実に怒られる! 急いで戻るから、振り落とされないでねステラ!」


 慌てた様子でレティシアは言うと、身体強化(コンフィルマ)浮遊魔法(トリスティク)を使って木々の上まで浮上する。

 朝を告げる光を待ちわびながら、空にはたくさんの星が煌めく。

 彼女が移動を始めると、風の音で他の音が聞こえなくなり、ステラはレティシアの上着に入った。

 レティシアの髪が風になびき、その動きが彼女の速度を物語る。


 少女の顔には焦りが見え、それでもわずかに口角が上がる。

 長年レティシアは、使い魔を求めていた。

 そのため、予想していなかったことだが、この出会いに喜びもあるのだろう。

 野営ポイントが近付くと、レティシアは地面に降りて今度は森の中を駆けて行く。

 彼女の足が地面を蹴るたびに、土や小石が後ろに散らばる。

 しかし、その音はわずかに遅れて聞こえ、通り過ぎた所から風が舞う。


 野営ポイントにたどり着くと、レティシアは辺りを見渡しながら恐る恐る足を踏み入れた。

 彼女の鼓動は早く、呼吸は乱れて肩で息をする。

 焚火の所では、まだ獣人族の2人がスヤスヤと寝ており、テントの外には他の気配がない。

 そのことに彼女は安心して深く息を吐き出し、額の汗を洋服の袖で拭った。


(バレていないわね……危なかったわ……)


「ねぇ、ララ? 君はどこに行っていたのかな?」


 背後からレティシアがよく知っている者の声が聞こえ、彼女は驚いたように肩が上がった。

 背筋をピンと伸ばした彼女の額からは、今度は先程と違った汗がジワリと滲む。

 ゆっくりとした動作で彼女が振り向くと、腰に手を当てながら立っているルカが笑顔で見つめている。

 しかし、その目が少しも笑っておらず、怒っているのだと彼の雰囲気が語る。

 レティシアの背中から冷たい汗が流れ、彼女の手が微かに震えていた。


「えっとね……ルカ……こ、これには、ふかぁぁい事情があってね……」


「うんうん。俺が怒るって分かってて、それでも黙って行くふかぁぁい事情ってなんなのか、俺も詳しく知りたいかなぁ?」


 レティシアが困ったように額に汗をかきながら言ったが、それでもルカは表情を変えずに聞いた。

 彼の声はとても冷たく、感情のこもっていない声は肌をゾッとさせる。

 ルカは空間消音魔法(サイレント)を使うと、再度レティシアに同じ質問を繰り返す。

 気配からルカは彼女が何かを連れていることに気付き、それがさらに彼の怒りに水を差した。

 そのため、彼の声はさらに冷たさを増し、レティシアの心臓は激しく音を鳴らす。


「それで? 上着に入ってるのは何か、説明してもらえるかな?」


 ルカがそう言うと、ステラがレティシアの上着から出て姿を見せた。

 瞬時に、彼はその正体が幻獣であることに気が付き、震えてる幻獣に目を向ける。

 幻獣は珍しく、容易く国を滅ぼせる存在だ。

 その幻獣がレティシアといることで、ルカは苦虫を嚙み潰したような表情をした。


「はぁ……本当に黙るのやめてくれないかな? レティシア、このことに関しては君が悪いと分かってるよな?」


「はい、分かっています」


「それなら、何があったか説明してくれるかな? 俺も幻獣が出て来たことで、結構君に詰め寄りたい気持ちを我慢してるんだ。ちゃんと説明がないなら、その子は連れて行けないよ?」

『フェンリル、お前も分かってるよな? たとえお前がどんなに強くても、俺の前じゃ無力だってことを……消されたくなければ、包み隠さず話せ』


 ルカはレティシアに尋ねるように聞いた後、テレパシーを使ってステラに話しかけていた。

 彼の声は冷静さと厳しさが混ざり合い、しかしその声には怒りや脅威も含まれ威厳を感じられる。

 ステラはルカから感じた殺気に、思わず後ずさってレティシアの方を見上げた。

 しかし、レティシアが反応していないのを見ると、ルカの殺気は自分だけに向けらたのだと知る。

 そのため、彼が本気で彼女を、この世から消し去る力を持っていることに気付いた。


『……人の子の分際で、人の身に余る力を持っておるのか』


『黙れ。彼女にそれ以上のことを聞かせてみろ。容赦なく本気でお前を消す』


『……青臭いのう……なぁに、心配せずともこの会話は彼女には聞こえておらぬ』


 レティシアはルカの顔と、足元にいるステラを交互に見ていた。

 ルカが本気だということも、長い付き合いで分かっている。

 そのため、話さなければと思うが、彼がなぜ怒っているのか分かっているからこそ、言葉が出てこない。

 喉の渇きを感じながら、彼女は恐る恐る彼に説明するために話し出した。


「あのね……気配はずっと気が付いていたの……それで、呼ばれた気がして……」


「それで? 1人で向かったのか? 俺を呼ぶことは考えなかったのか?」

『それで、何が目的だ?』


 ルカは口ではレティシアに聞き、器用にテレパシーを使ってステラに尋ねた。

 表情を変えず冷たく聞いたルカに対し、ステラは息を吐き出し、レティシアは困ったように眉を下げてしまう。

 ステラの表情は悲しげで、フェンリルとしての威厳はどこにもない。

 そして、レティシアはルカに対し弱弱しく答え、ステラもテレパシーを使ってルカに話す。


「起こそうと思ったわ……でもステラが離れていくから……1人で来いってことだと思って……ごめんなさい」


『警戒せんとも良い。この力は彼女のためにしか使わぬし、彼女が望まなければ使わぬ。魔物の異変のことで、彼女とそなたらの力を借りたいのだ……私が森の中に居っても、そのうち傀儡(かいらい)にされてしまうと思うてな……それなら彼女について行こうと決めたのだ……少年は不服だろうがな……だが、これは森の魔物たちとも話した結果だ』


 ルカは頭をかくと、苛立ちを吐き出すかのように深くため息をついた。

 レティシアの言い分も、ステラの話も、どちらも理解できる。

 それでも、ステラさえいなければと考えてしまい、ステラに鋭い目つきを向けてしまう。

 しかし、レティシアの話に関しては納得ができずに、彼の感情がめちゃくちゃになる。

 結局のところ、彼女にとって彼の存在とは一体なんだろうと考えてしまい、ルカはレティシアに尋ねる。


「それでも、テレパシーを使って起こすこともできただろ? 何が起きてるのか分からないこの森で、突然何も伝えずに俺が消えたら、レティシアは心配しないのか?」


 ルカの言葉を聞いて、レティシアは俯いてしまう。

 彼女は彼が心配するとは考えていた。

 そのため、彼が気付く前に戻る予定だった。

 しかし、彼がどのような気持ちになるのかまでは、少しも考えていなかったのだ。

 レティシアは何も答えられず、暫しの沈黙が流れて空気が重く変わる。

 けれど、小さく息を吐く音がすると、彼女は顔をあげた。


「……レティシア、君はもう少し護られる側の人だと自覚を持った方がいい。君がいなくなったことで、少なくとも俺は心配したし、エディット様から君を任せられた俺は、君を絶対に護らなければならない。それなのに、君が突然いなくなれば、それもできなくなる。

 君が1人で考えて行動できるのも知ってる……だけど前にも言ったよな? 自分を大切にしてくれって。その言葉の重みを、君はもう一度よく考えるべきだ。そうすれば、決してこのようなことは、しなかったはずだからな。

 それとステラ、レティシアの近くには俺もいたはずだ。それなら、幼いレティシアだけを呼ぶんじゃなくて、俺も呼ぶべきだと思うが? これからレティシアと行動をともにするなら、君も彼女の身の安全を考えて動くべきだ。それが使い魔として契約した者の使命でもあるからな。

 後、ステラにはこの後に話があるから、俺に付いてこい。……次は許さないからな」


 ルカは真剣な面持ちで言うと、レティシアとステラの頭をクシャと優しくなでた。

 そして振り返り、足早にテントの方へと向かう。


『レティシアよ……約束しよう……ステラは、あの者を2度と怒らせぬ』


 ステラはそう言って、ルカが立っていた場所を見つめながら小さく震えていた。

 東から登る太陽が彼女の震える姿を柔らかく照らし出し、周囲の木々は静かに風に揺れる。

 しかし、彼女はおもむろに歩き始め、まだ震える手足でルカの後を追う。

 彼女の足音は焚火の音と混ざり合い、鳥たちが優しく見守る。


 テントの中に入ったルカは、苦しそうに胸を押さえた。

 結局レティシアが何も言わなかったことを考えると、胸が締め付けられるよに痛む。

 けれど、彼にはその感情が何か理解できず、ただ痛む胸を押さえることしかできない。

 彼を夜に置き去りしたように、昇り始めた朝日がテントの中をほんのり明るく照らし、影を落とす。

 喉の奥が焼けるように熱く、呼吸をすればするほど息が苦しい。

 彼は腰に手を当てながら天井を向いて、肺を満たすために空気を吸い込んだ。

 それでも痛む胸は苦しく、気持ちを押し込めるように彼は息を止めた。

 歯を食いしばって心の中に湧き上がる感情を抑えつけ、目を閉じて自分を落ち着かせる。

 そして、正面を向いてゆっくり息を吐き出し、時間をかけて少しずつ瞼を開けていく。

 テントの入り口がわずかにめくれ、そこから日の光が反射して入り込む。

 その光を目で追いながら、彼は唇を軽く噛んだ。


『あぁ……面倒くせぇ……』


 ルカのテレパシーが聞こえると、ステラは先程まで恐怖しか感じなかった彼の雰囲気が、変わっていることに驚いた。

 しかし、先までなかった彼の服にシワを見つけると、彼が感情を押し込めてくれたのだと悟る。

 ステラはルカの前まで行くと、彼を見上げながら腰を下ろした。

 この少年がレティシアのことを、どんなに大切に思っているのか知り、ステラは自分の行動を申し訳なく思う。

 そのため、話しかける彼女の声も柔らかいものとなる。


『そう申すな少年……少年が彼女のことを大切に思うとるのは、私には分かる。だが、それでも力を貸してもらえぬか?』


 暫くの間、テントの中で沈黙が流れた。

 少年を見上げる白い幻獣は、ただ静かに彼の言葉を待ち続ける。

 彼の表情は険しく、それでもどこか悲しげにも見えた。

 しかし、沈黙は彼のため息によって終わりを告げる。


『……分かった……だけど、いくつか条件がある……。まず俺の力に関しては、彼女には言わないでほしい……これは絶対だ……』


『……良かろう。彼女の雰囲気からしても、そなたのことを大切にしておるようだしな……それは守ろう。他には何かあるのか?』


『ああ、俺がレティシアに何を言っても、多分……使い魔を手に入れた彼女は、俺の手を離れて自由に動き出す……だから、俺が傍にいない時は護ってほしい……頼めるか?』


 今にも泣きそうな表情でルカが言うと、ステラは彼の思いの重さを知る。

 そして、その気持ちの意味も、その正体にも気が付いていないのだと感じた。

 ステラから見ればルカは赤子も同然だ。

 それでも、人の身に余る力を持ち、傍から見たら幻獣よりも恐ろしい存在。

 その彼が切実に頼む姿に、ステラは彼の危うさと彼の優しさを感じ取った。


『……本当に青草いのう……。契約を結んだ以上、彼女の身を護るのが私の使命でもあるが……良かろう。そなたの頼みだと思うて、傍を離れぬようにしよう』


『悪いな……頼む……』


 ルカはそう言うと、足元に視線を向けた。

 目を強く閉じて拳を握ると、次第に拳は白く変わる。

 結局、彼には彼女を止めることなどできない。

 そのことを知っているからこそ、複雑に感情が渦巻き、彼を苦しめる。

 しかし、少しでも彼女の安全が確保できるなら、今は彼女の使い魔に頼るしかない。

 そして、彼には割り切るしか、気持ちの行き場がないのだ。


 外では小鳥がさえずり、他のテントから人があくびをしながら出てくる。

 世界は鮮やかに染まり、新しい1日の始まりを告げていた。


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