表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/224

第74話 森の中の告白


 神歴1496年7月8日、魔の森に入って7日目。


 早朝に目覚めレティシアは、火の番をしている狐獣人に声をかけ、1人で近辺の探索に向かった。

 まだ冷たい空気が肌を優しくなで、まだ鳥たちは巣の中で眠る。

 手元をランプで照らしながら、彼女はしゃがんで薬草を探す。

 そして、薬草を見つけると、丁寧に採って麻袋に薬草を仕舞う。

 以前、薬草を採りながら、彼女は紫色の破片を見つけている。

 そのことから、また落ちていないか、薬草を探しながら注意深く地面に意識を向ける。

 しかし、想像以上に薬草が見つからず、彼女は周辺を睨むように見ていた。

 彼女の我慢は限界を迎え、小声で不満を吐き出してしまう。


「もしかして、薬草採取のやり方を知らないの!? 普通はもう少しくらい残っているわよ! まさか薬草を見つけたら、何も考えずに全て取っているの!?」


 少女の小さな声は闇に薄れ、優しく風が森の中を吹き抜ける。

 星々が輝いている群青色の空にさよならを告げ、東の空がほのかな薄紅色に色づき始めた。

 次第に、空は薄紅色から金色に変わり、柔らかな光で世界が満たされていく。

 焚火の炎が風に揺れて踊り、朝を迎えるのを残念そうにパチパチと音を鳴らす。

 地平線の向こうから一筋の光が現れ、新たな1日の始まりを告げるスタートラインを引く。

 その光は夜を愛しむようにゆっくりと高くなり、ついには太陽の一部が地平線から顔を出す。

 火の番をしていた狐獣人は、眩しそうに片方の目を閉じ左手で太陽の光を隠した。


 薬草を探していたレティシアは、野営している場所から1つの気配が、森に入ってきたのが分かった。

 太陽は冷たい風を暖め、小鳥は喜ぶように歌いながら飛ぶ。

 彼女は手を止め、気配が近付いてくる方向に目を向ける。

 早朝から彼女を探すことがあるのは、大抵ルカかアルノエだ。

 けれど、この気配はそのどちらでもない。

 徐々に気配は近付き、数メートル先の木の陰に身を潜めると、彼女は静かに木の陰から出てくるのを待った。


「ララ、おはよう。少しだけ良いかな?」


 テオドールは木の陰から出てくると、声をかけながらレティシアを見て優しく笑いかけた。

 返答を待たずに彼女との距離を詰めた彼は、彼女の隣まで来るとおもむろにしゃがんだ。

 彼女の方に顔を向けると、彼女の表情から呆れていることが分かる。

 それでも、彼はその場から離れる気はない。


「おはよう。テオは私の返事なんて聞くつもりは、なかったと思うけどね」


 しゃがんだテオドールを見ながら、レティシアは呆れたように言った。

 それでも、彼はマルシャー領にいた頃のように、純粋な笑顔を彼女に向ける。


「ごめんね。どうしても話しておきたくて」


「薬草を探しながらでいいなら、別に構わないわよ?」


「それでもいいよ。僕の話をララに聞いてもらいたいだけだから」


「そう? なら好きに話してちょうだい」


 レティシアは興味なさそうに言うと、視線を地面へと向けた。

 そして、テオドールが来るまで過ごしていたように、周辺を探しながら少しずつ場所を移動する。

 木漏れ日が彼女を照らし、土の湿気の香りがふわっと立ち込め。

 低木の葉が優しく風に揺れ、木々の香りが空気中に混ざり合い、ほのかに太陽の匂いが漂う。

 テオドールの瞳は静かに彼女を見つめ、微かに微笑んだ彼は小さな口を開けて話し出す。


「ありがとう、ララ……あのね、僕さ……ララを追い駆けた日から、ずっと考えてたんだよ……僕はエルガドラ王国に着いてから、なんだかんだずっとララたちに守られてる。そのことで、アランからいろいろと言われて……正直に言えば……ララにも嫌われたと思ってるし、ここに僕の居場所はないって感じてたんだよ……別にララたちが僕の存在を無視したとか、そういうわけじゃないのに……ララたちと一緒にいる意味を考えれば考えるほど、僕は場違いな場所にいる気がしたんだよ」


 テオドールは、手が届く距離にいるレティシアの背中を見つめた。

 彼と変わらない大きさの背中が、彼女に嫌われたと思った日から、彼には大きく見えている。

 そのことも相まって、彼女が振り返らないことに対し、彼は寂しさを覚えた。

 エルガドラ王国に来る前は、彼の隣が彼女の居場所だと、彼は考えていた。

 しかし、今の彼は彼女の背中を、いつも見てることしかできない。

 そして、今の彼女の隣には、いつも彼じゃない誰かが並んで歩く。

 そのため、これ以上彼女と心の距離が広がれば、もう彼女の隣に居れないのだと彼は感じていた。

 彼女に少しでも触れたい気持ちを堪え、彼は伸ばしかけた手を引っ込めて話を続ける。


「――まぁ、実際に場違いなんだけどね……。だから、僕がここで死んでも誰も悲しまないし、そんな僕に生きる価値はあるのか考えた……生きる意味や、これから生きていく意味も考えた……そうしたらね、不思議と僕は思うようになったんだよ……生きる意味も生きる価値も、何もしてない僕には何もないって……それから、僕は何をやるべきなのか、僕に何ができるのかを考えるようになった。……まだ何もできてないけど、それでも……もう逃げないって決めたんだ……」


 テオドールはそう言うと、少しだけ地面に視線を落として黙った。

 2人の間には沈黙が流れ、木の葉を揺らす風の音と鳥たちの歌が森の中に広がる。

 レティシアはテオドールの方を1度だけ振り返ったが、またすぐに手元に視線を移した。


(テオはまだ子ども……子どもが生きる意味とか、自分の存在価値を考えることじゃない。それでも、皇子として生まれた彼を、周りが子どもでいることを許さないし、彼の立場が子どもでいることを許さない)


「それに、いろいろ考えるようになって、ララにちゃんと謝らなきゃって思った。……ララと離れたくないという自分の気持ちを優先して、その後に何が起きるのか何も考えてなかった。その結果、僕が勝手に付いて来たことによって、君とかルカやアルノエに迷惑を掛けて本当に悪いと思ってる。そして、僕の行動が原因で、ロレシオに対して君たちが不信感を感じた。本当にごめんなさい」


 途中で立ち上がったテオドールは、そう言ってレティシアに頭を下げた。

 けれど、彼女は振り返ることもなく、そのまま薬草を採集しながら話し出した。


「別にもういいよ。私もエルガドラ王国へと旅立つ前に、あなたとちゃんと話すべきだったのよ。そうしていれば、あなたが私たちに付いて来るようなこともなかった思っているわ」


「ううん。僕が悪いんだ……本当にごめんなさい。……後ね……これからは自分の身は自分で守るようにするよ」


「テオは戦えるの?」


「自分の身は自分で守れるよ。生きるためなら、武器を持って戦う……僕が手を汚さなくても、もう僕の手は真っ赤に染まってるんだってことも、ちゃんと分かったからもう大丈夫だよ……それに、もう真っ赤に染まってるなら……、自分が守りたいモノを、自分の手で守りたいと思った。だから、敵と味方……どちらを優先すべきか、何を優先すべきか、もう間違えたりしない」


「そう、それなら私からは、何も言うことはないわ」


 淡々と言ったレティシアは、手にしていた薬草を鞄に仕舞うと立ち上がった。

 野営している方角に歩き始めた彼女は、テオドールの方を振り返る様子はない。

 2人の距離は広がり、足音が段々と小さくなって森の音に掻き消される。

 立ち去る彼女の後姿を、熱い眼差しで見つめるテオドールの口は微かに動いていた。


 野営していた場所では、テントの片付けが始まり、朝食の香りが広がっている。

 レティシアが戻ってきたことに気が付いたルカは、彼女に駆け寄って声をかける。


「ララ、薬草を採りに行っていたのか?」


「ええ、やっぱりそんなに残ってなかったはわ。このまま討伐が長引けば、絶対に薬草が足りなくなるわよ」


 ルカはレティシアの話を聞きながら、何気なく彼女が戻って来た方向を見た。

 すると、その方向からテオドールが姿を見せ、ルカに対して微かに微笑んだ。

 その瞬間、ルカはいやな予感がして、鞄を開けようとしているレティシアに手を伸ばした

 そして、彼は彼女の手を掴み、アランがいる方角へと歩き始める。

 テントから出て来ていた討伐隊の隊員たちは、2人のことを首をかしげながら見ていた。


 少しだけ引っ張るように進むルカに対し、レティシアは困惑の表情を浮かべる。

 けれど、表情を顔に出さない彼からは、何を考えているのか彼女には分からない。

 彼女は1度森の方を振り返り、またルカの方を向くと話し始める。


「テオと話したの、勝手に私たちに付いて来たことを謝っていたわ」


「そう」


 短く返事をしたルカは、レティシアの手を離さずにしっかりと手を繋ぎ直した。


 テントの所にいたアランは、腰に手を当てながら歩み寄ってくるルカとレティシアの姿を見つめていた。

 2人が元々いた場所を見た彼は、テオドールの姿を見つけ、テオドールが2人のことを見ていることに気付く。

 だが、その視線はレティシアに向けられているようにも感じられる。

 その瞬間、ルカがなぜそのような行動を取ったか予想ができ、彼は首を左右に振った。

 そして、ルカとレティシアが彼の目の前まで来ると、彼は少しだけ呆れたような視線をルカに向ける。

 瞬時にルカが気まずそうにアランから顔を逸らすと、アランは一度視線を地面に落とし、頭をかきながら軽く息を吐き出して話す。


「まぁ、ルカにはいろいろと聞きたいし、いろいろと言いたいところだけど、今はこの先の話をしようか……その方がいいだろ?」


「……悪い」


「いいさ。一応このまま順調に進めば、明日の夜には街に戻れると思う。だが、襲撃を受ければ、その翌日の昼になると思っていい。それで、この先2人は敵襲があると思うか?」


「俺はないと思ってる」

「私もないと思うわ」


「2人は、なんでそう思うんだ?」


「町が近いからよ。街の近くでは、私たちを襲うだけの魔物の戦力がないもの。私たちを事故に見せかけて倒したいなら、森の奥しかチャンスがないわ。でも魔物じゃない襲撃も考えられるけど、そうなったら事故だと思わせるのは難しい。だから、襲ってくる確率も低いと思うわ」


「ララに同意見だ。ここで襲撃するぐらいなら、罠を仕掛けられる街の方が有利だ。そして、俺ならそうする」


「そうか……それなら、このまま先へと進む」


 アランは何かを考えるようにして言うと、街がある方角の空に視線を向けた。

 ルカとレティシアも同じ方角に視線を向け、ゆっくり唇を動かす。


「ああ」「ええ、そうしましょ」


 その後、アランが1時間後に出発することを隊員たちに伝えた。

 そこからは慌ただしく朝食や、テントの片付けが手際よく進められる。

 そして1時間後には、次の野営ポイントに向けて討伐隊が移動を開始した。


 レティシアは周りを警戒しながら、アランの隣で次の野営ポイントまで歩みを進める。

 しかし、森の奥から時折視線を感じ、振り返ってその存在を確かめようとした。

 けれどそこには何もなく、そのことを彼女は不気味に感じてしまう。

 そして、魔力探知の範囲を広範囲に広げていくと、遠い場所で強い反応を見つける。

 レティシアはこの反応が、討伐隊を森から追い出したかった主なのだと思った。


(私の魔力探知範囲内に、わざわざ入ろうとしてこないのを見ると、襲ってくる気はないってことよね。他の魔物たちも、襲ってくる気配はないし、範囲内に他の人の気配もない……これなら私とルカの予想通りになりそうね)



 森を進むレティシアたちは、その後も襲撃されることはなく、無事に次の野営ポイントにたどり着いた。

 夜を迎えても襲撃を受けなかったことによって、アランもこの魔物騒動に人為的な動きがあったのだと確信を持つことになる。

 そのため、今後のことも含め話すためにルカを呼び出し、テントに入って2人は話をしていた。

 けれど、テントに入っていく2人をたまたま見たレティシアは、その場に呼ばれなかったことを、少しだけ不満に感じてしまう。

 しかし、これはルカの仕事だからと思い直し、振り返った彼女はテントの中へと入っていく。

 そして、エルガドラ王国に来て初めて、大地との対話を試みるも、大地から反応が返ってくることはなかった。


(やっぱり、森に精霊がいないことが関係しているのかなぁ……それとも、大地の恩恵が弱いから? 後で他の場所でも試して、確かめてみよう)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ