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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
1章

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第8話 護りたい者


 いつもならアンナが来る時間に、リタが部屋に入ってきたことで、レティシアは不思議そうに首をかしげた。


「レティシアお嬢様、おはようございます。エディット様がお呼びになっておりますので、本日は私がレティシアお嬢様のお手伝いをいたします」


 リタはレティシアの顔を見ると、わずかに彼女の顔色が悪いことに気付いた。

 けれど、顔に出してしまえば、レティシアが気にすると思い、平然を装う。

 彼女は慣れた手つきで、レティシアの身支度を素早くやっていく。


「本日の朝食はエディット様のお部屋にお持ちしますが、レティシアお嬢様は食べたい物のご希望はございますか?」


 昨日の夜、部屋に連れてこられたレティシアは、何となく気まずくて早々に寝たフリをした。

 暫くしてから、レティシアが眠ったと思ったリタは静かに部屋を出て行った。

 しかし、レティシアは手紙の内容を考えて、なかなか寝付けずに、ベッドの上で何度も寝返りを打っていた。

 それでも眠れなかった彼女は、結局はいつもの鍛錬をして、力尽きるまで一睡もできなかった。

 そのため、リタに朝食を聞かれたレティシアは、まだ眠い目を擦りながら首を横に振るとあくびが自然に出る。


「かしこまりました。では、今朝の朝食はエディット様とレティシアお嬢様が好きな物を用意させます」


 レティシアが眠たそうにしているのを確認したリタは、レティシアの身支度を整えながらそれだけを伝えた。

 身支度が整うと、今度は「失礼します」と断りを入れ、リタはレティシアを抱き上げてエディットの部屋へと向かう。


 リタの腕の中で、まだ眠たそうにしていたレティシアだったが、リタに気が付かれないようにちらりと様子を(うかが)うと、どこかピリピリとした雰囲気を感じた。

 その様子から、すでにリタはエディットから昨日の手紙の件で、何かしら聞いたんだとレティシアは考える。


(もしかしたら、手紙の内容について知ることができるかもしれないわね)


 レティシアはそう思うと、考えるように視線を少しだけ下げた。

 しかし、それと同時に手紙の内容が、相当悪いものかもしれないと予想してしまう。



 レティシアを抱き抱えたリタがエディットの部屋に入ると、エディットは弱々しく「レティ、おはよう」と言いながら手を広げる。

 リタからレティシアを受け取ったエディットは、そのままソファーの方へ向かい腰を下ろした。


(お母様、薄っすらと目の下にクマができてる……。きっと眠れなかったんだわ)


 エディットの顔色をみたレティシアは、純粋にそう思って心配になった。


 リタが食事を取りに行くのに部屋を出ると、エディットは自分と同じように毛先へと向かうにつれて青くなっている銀髪を、優しくヘアブラシを通してレティシアの髪を2つに結ぶ。

 エディットの表情はとても優しく、愛おしそうにレティシアを見ている。


 その後、リタが朝食を持って戻ってくると、レティシアとエディットは食べながらリタと3人でたわいもない話をし、ゆっくりと食事の時間を過ごした。


 朝食を食べ終わるとリタが紅茶を入れたが、穏やかな空間にレティシアは気が緩んだことで眠くなって横になった。


 エディットは横になってウトウトしているレティシアを見ると、思わず笑みが零れる。

 彼女はそのままリタと話を続け、ひと時の安らぎを感じた。

 しかし、紅茶が冷めた頃にドアをノックする音が聞こえ、エディットは緊張から強ばったような表情をした。

 エディットは気持ちを落ち着かせるために、ふーーっと息を吐き出し、短く「どうぞ」と返した。

 一拍を置いて、入室の許可を得たジョルジュとパトリックが部屋の中へと入ってきた。

 

 レティシアは呑気にエディットの隣でくつろいでいたが、険しい顔をして入ってきたジョルジュとパトリックを見て驚いてしまう。

 けれど、咄嗟にエディットの方を見ると、ジョルジュとパトリックの顔を見ても驚く様子はない。


「やっぱり、ジョルジュとパトリックは感がいいのね。それとも他に考えられなかったのかしら?」


 エディットは困った顔のまま愛想笑いを浮かべ、昨晩の封筒を何も言わずに差し出す。


 封筒を見てジョルジュは一瞬だけ眉を(ひそ)めた。

 けれど、すぐに真面目な顔つきでエディットの方を見ると頭を下げる。


「失礼します」


 ジョルジュは封筒を受け取って中に入っている手紙を読み終えると、リタとパトリックにもその手紙を見せた。

 彼は沸々と血がたぎるような感覚を覚えると、気持ちを落ち着かせるために平然を装う。


 パトリックは手紙を読み終えると、エディットやレティシアの前だということも忘れてしまう。

 親であるダニエルが、彼はどうしても許せないと思った。

 彼は興奮して頭に血がのぼった状態で、こめかみに青筋を立てながら怒りをあらわにする。


「あの人は、何を考えてるんですか!? 今までエディット様が大変な時期も大切な時もお傍にいなかった癖に! なのになぜ、お嬢様の大切な1歳のお誕生日に帰ってくるって言えるんですか!? 今日まで準備していたことの全てが無駄になったじゃないですか!! どんないやがらせなんですか!? 本当、あの人はなんなんですか!?」


 リタは悔しそうに拳を握ると、内側から沸き立つ感情が沸点を超えた。

 そして、彼女は自分の感情を吐き出す。


「そうですよ! エディット様だってあんなにレティシアお嬢様の誕生日会を、楽しみにしていたではありませんか!! なぜ、あんな人のために大切なお嬢様のお誕生日会を、中止しなければならないのですか?!」


 状況がいまいち理解ができなかったレティシアは、2人の顔を交互に見つめる。

 そして、レティシアはジョルジュの方をみると、彼はリタから受け取っていた手紙をレティシアにも見せる。


 手紙の内容はこうだった。


『  2週間後に帰る。

   少しの間だけ、心身共に休みたいから

   できれば屋敷内の使用人を、自分が滞在

   する時期だけでも減らしてほしい。

             ダニエル・フリューネ』


(他に書くことがあったでしょうに……これにはさすがの私も、呆れて何も言えないわ。多分、お父様は私が生まれた日付すら、覚えていないのでしょうね)


 レティシアは手紙を読みながら、そう思った。


 ダニエルからの手紙は、エディットへの心配もなく、子どもに対する関心もない。

 さらに言ってしまえば必要最低限のあいさつすら書かれておらず、身勝手な要求だけが書かれていた。

 帝国では、子どもの初めての誕生日は、パーティーを開いてその家に住む全員で精霊と大地に感謝する風習がある。

 ダニエルが滞在する時に使用人を減らすということは、必然的にレティシアの誕生日パーティーができないことを意味するのだ。



 ジョルジュは怒り心頭のリタとパトリックを見て、逆に冷静になり、いつものように落ち着いた雰囲気で話し出す。


「エディット様。誠に勝手ではありますが、ダニエル様が滞在する期間中は、息子のモーガンを呼び寄せてお屋敷に滞在させたいと思っております。そのため、息子の滞在許可をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 許可を願い出たジョルジュに対して「よろしいでしょう」とエディットは短く許可を出した。

 表情や態度に出さなかったが、ジョルジュから言い出してくれたことにエディットは、内心ホッとしていた。


 ダニエルからの要求を聞く必要などない。

 だけど、要求を聞かなかった場合、彼がどういった行動をとるか見当もつかず、エディットはダニエルからの要求を聞くことにした。

 しかし、使用人を減らすとなれば、それだけでレティシアが1人になる機会が多くなる。

 そのためエディットがジョルジュを呼んだのは、ジョルジュの家であるオプスプル家にレティシアの護衛をお願いするためでもあった。


 オプスブル家が密かにレティシアを護衛してくれれば、少なくともレティシアがダニエルに連れ去られる可能性は低くなる。

 仮に誰かを雇い、連れ去る算段を企てようとも、皇族からも依頼を受けているオプスブル家なら、最悪の事態にはならないと、エディットは考えていた。

 だけど、ジョルジュが自ら息子を呼び寄せると言ったことで、エディットが考えすぎかもしれないと思っていたことを、否定する結果となって彼女を不安にさせた。


 エディットは昨晩からいろいろ考えてしっかりと眠れてないのだろ、レティシアたちが部屋に訪れた時より疲れた顔をしている。


「もう、3人とも下がっていいわ」


 エディットが告げると、ジョルジュとパトリックは心配そうな表情を浮かべた。

 しかし、リタは悔しそうに、それでいて少しだけ泣きそうな顔をして、エディットの部屋を出て行く。


 レティシアは普段から表情をあまり表に出さないリタが、あのような顔をしていたことに少しだけ胸が苦しくなる。


 きっと、リタはエディットにもっと頼ってほしかったのだろう。

 だが、エディットはリタも下がらせた。



 3人が部屋を出て行った後、部屋に残っていたレティシアは、エディットを安心させるように話し出す。


『お母様、大丈夫ですよ。私はお母様の味方ですし、この屋敷で暮らしているみんなもお母様の味方です。そのことだけは、絶対に忘れないでください』


 レティシアはそれだけ言うと、エディットに優しく微笑みかけた。


「――レティシア。大好きよ」


 エディットはそう言ってレティシアに手を伸ばすと、彼女を抱きしめた。


(私の大切なレティ……。何が何でもお母さんはあなたを護るわ)


 ギュッとレティシアを抱きしめる腕に力が入ると、エディットはそう思った。

 エディットはつらい時も苦しい時も、レティシアが生まれた時に全てこの子に会うための時間であったと思っている。

 そのため、レティシアをどんなことからも護るつもりでいる。


 けれど、本当の家族からの愛を知らないレティシアには、自分も親から護られることがあることを知らない。

 知らないからこそ、自分は護られる立場ではなく、まだ弱くてもエディットを護る立場であるべきだと考えているところがある。

 だからこそ、ジョルジュが息子を呼び寄せる理由は、エディットの護衛だと考えていた。


 レティシアはエディットを抱き返す。

 そして、心の中で強く思う。


(大丈夫、大丈夫ですよ、お母様。お母様は私が護ります)



 ◇◇◇



 エディットの部屋を出たリタは悔しそうに歯を食いしばった。

 そして、先に下の階に向かっていたジョルジュを追いかけた。


「ジョルジュ様、お待ちください。――モーガン様をお呼びになるのでしたら、レティシア様と歳の近いモーガン様のお子様も呼び寄せてください!」


 ジョルジュは足を止めて振り返ると、悔しそうに話すリタを真剣な眼差しで見つめてから、静かに怒りを抑えたような声で話す。


「リタ。エディット様に必要とされなかったことが悔しいですか?」


 まるで心の内を見透かされたようで、リタは恥ずかしくなって顔を伏せてしまう。

 しかし、ジョルジュは手を後ろで組むと、リタを見つめながら話を続ける。


「パトリックもですが、リタはあの場にレティシア様もいることを忘れ、感情のままに発言していました。今のエディット様は、全てのことを警戒し、最悪の事態のことも考えて疲れています。そんな時に、感情のままに発言してしまうような人を、母親であるエディット様が、レティシア様のそばに置いておくと思いましたか?」


 2人は事実を認めることしかできず、何も言い返すこともできず、ただ黙っていた。

 顔を伏せていたリタは、溢れてくる涙が出ないように目を強く瞑ると、拳を強く握りしめる。

 一方、パトリックはただ静かに立っていて、拳を強く握りしめていた。


「反省するのは当然ですが、レティシア様に謝罪することも忘れないでください。――それと孫の件ですが、最初からそのつもりでした。しかし、部外者がオプスブル家のことに、口を出さないで頂きたい」


 ジョルジュは熱のこもらない冷たい声で言うと、(きびす)を返して再び歩き出した。


 リタは危険を伴う可能性がある場所に、ただオプスブルだからという理由で子どもを呼ぼうとしていたことに気付くと、自分の行動を恥ずかしく思う。

 どうしたらいいのか分からず、ソワソワしていたパトリックは、頬を指でかきながらリタに声をかける。


「リタさんも、リタさんなりにエディット様の力になりたくて、行動した結果だったと自分は思うんです。きっとジョルジュ様は、そこまで気にしていないと思うので、あまりご自身を責めないでください」


 パトリックはそれだけ言うと、ジョルジュの後を追った。


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