表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/223

番外編*不器用な愛情のスープ


 神歴1491年1月15日未明。

 フリューネ領には灰白色の空が広がり、コンコンと雪が降り続けていた。

 微かに揺れる木々は音も立てず、世界は静寂に包まれている。

 降り積もる雪は音を吸い込み、微細な響きすらもかき消すかのようだ。

 ふわりとした風が吹き抜けると、積もったばかりの雪がサラサラと音を鳴らす。

 それは、まるで精霊たちの囁き声が響いているようでもあった。



 エディットは暗い廊下を歩きながら、ふと窓の方を見た瞬間に足が止まり、そこに映った人物を眺めた。

 手にしている灯りは、近場を照らすには十分だが、窓に映る人物の顔が疲れているように見えた。

 彼女が頬に手を当てると、窓の人物も同じように動く。

 自分でも疲れているという自覚はあるものの、窓に映る姿さえ疲れているように見えるとは、少しも考えていなかった。

 思わず口からため息がこぼれ、手元に視線を向けると、疲労が口から洩れた。


(レティシアが生まれて、初めての誕生日を迎えてから、年々疲れやすさを感じるわ……。ダメね……こんな疲れた顔をしていたら、またリタに怒られてしまうわ……)


 エディットは軽く頬を2回たたくと、宙を舞う雪を時折眺めながら歩き出した。

 それでも、時々足の先に感覚がないように感じ、疲労が溜まっているのだと思った。

 1階の長い廊下は静まり返ており、幼い頃に両親の目を盗み、屋敷を探索したことがふと頭を過ぎる。

 怒られたことまで思い出すと、笑いそうになって口元に手を当てたが、それでもクスッと笑いが零れた。


(レティシアも夜中に出歩いているのかしら? もし、あの子が私と似ていたら、夜中に厨房に来てしまうと思っていたけれど……あの子は、食べ物よりも本を選びそうね……)


 何気なくそう思うと、心は少しだけ軽くなり、疲労も消えてしまいそうだと感じた。

 けれど、気持ちとは裏腹に、足取りは重く、視界の先に見える明かりが遠くに感じてしまう。

 立ち止まってふぅと息を吐き出すと、息苦しさに負けて咄嗟に壁に手をついた。

 持っていた灯りを落としそうになるが、音に驚いて娘が起きてしまうと考えると、落とさないために手に力が入る。


(本当に……少しは休まないとね……。でも、私が親としてレティに出来るのは、これぐらいだもの……)


 壁から手を離し、重たく感じる頭を軽く押さえると、前を向いて再び歩みを進める。

 音を立てないように歩いている途中、コツンと靴音が耳に届き、咄嗟に立ち止まって思わず顔を(しか)めてしまう。

 誰か来ないか不安に襲われ辺りを見渡すが、誰も来ないと分かると、一度足元を睨んで歩き出す。

 それでも、同じ音が聞こえる度、彼女は周りを見渡して自分の足元を睨んだ。



 明かりに導かれるように厨房に入ると、エディットはホッと胸をなで下ろした。

 厨房に立つ人物の後姿は、他に誰も来ていないことを示し、彼の髪が夕日のように見えた。

 そして、窓辺に小さな袋を置き、頭を一度上下に揺らすのを見て、彼のことを思うと心が軽くなる。

 振り返った彼が、髪色と同じオレンジブラウンの瞳でこちらを見ると、思わず笑みが零れる。


「今日は遅かったですね。どうかしました?」


 心配そうに見つめるジャンから目を逸らすと、彼が用意してくれたエプロンを自分でつけて行く。

 すると、彼が近寄ってきて背後に周ると、エプロンの後ろを結んでくれる。

 微かに微笑むと、彼に対し申し訳ないと感じてわずかに視線が下がってしまう。


「いえ、何もないわよ。少しだけ仕事が長引いたの。今日もお願いね先生」


「毎回言っていますが、先生と呼ぶのは辞めてくださいよ」


 ジャンの困ったように笑う顔を見たエディットは、自然にふふふっと笑ってしまう。


「あら、私は間違っていないわ。だって、ジャンが私に料理を教えているんですもの、立派な先生だわ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、揶揄(からか)うような口ぶりで女性の声が響き、2人の間に一瞬の沈黙が生まれた。

 2人は視線を交わすと、突然ジャンが笑い出し、釣られるようにエディットも笑い出した。

 厨房に置かれている時計は静かに時を刻み、2人の笑い声によって少しだけ掻き消されている。

 それでも、暫くするとその笑い声も徐々に小さくなり、2人はただ微笑んで見つめ合っているように見えた。


「夜も遅いことですし、そろそろ始めましょうか」


「そうね、それじゃ……とりあえず手を洗うわね」


 エディットは明るく言うと、手を洗うために蛇口をひねった。

 流れ出した水を見て、冷たそうだと思いながらも手を伸ばす。

 しかし、水に触れた瞬間、エディットは思わず首をかしげてしまう。


「ねぇ、ジャン。あなた、魔法が使えるようになったの?」


「いいえ? どうかしましたか?」


 振り返ったエディットは、彼が眉を(ひそ)めると内心戸惑った。

 しかし、それを悟られないように微笑むと、明るく振る舞う。


「ううん、なんでもないわ。私の勘違いだったみたいだわ」


 気持ちを落ち着かせ、エディットは再び水に触れるが、勘違いではないと改めて認識した。

 魔法が使われていないはずの水は、冷たいはずなのに、全く冷たく感じられない。

 けれど、これも疲労が原因なのかもしれないと思うと、なぜか腑に落ちて戸惑いが薄れていく。

 彼女は蛇口をひねって水を止めると、手を拭いて微笑んで見せた。


「さぁ、始めましょう! 何をすればいいかしら?」


「では、本日は一度失敗したことのあるポタージュを作りましょう。野菜は洗っておきましたので、2~3cm程度の角切りにしてもらえますか?」


 エディットは野菜を手に取ると、軽く「分かったわ」と答えた。

 そして、右手で包丁を手に持ち、左手の指先を丸くすると、違和感を覚えた。

 どういうことか、関節が固まったように動きづらくなっていて、思わず眉間にシワを寄せてしまう。

 手のひらを見つめて開閉を繰り返すうち、最初に感じた違和感は次第に消えていく。

 勘違いだったと考えれば、そんな気もして彼女は言われたように野菜を切り出した。

 まな板と包丁がぶつかる音が耳に届く中、彼女は先程のことを冷静に考えた。

 けれど、違和感ではないと思い直すと、小さな不安が生まれる。


「エディット様!」


 ジャンに声を掛けられ、エディットは驚いて彼の方を向いた。

 心臓は大きな音を立て、喉の渇きを感じてしまう。

 それでも、ニッコリ笑みを作ると、エディットは誤魔化すように口を開く。


「何かしら? 何か間違えてしまった?」


「いえ、間違っていません。ですが、どうかなさったのですか? 先程から声をかけていたのですが、聞こえてませんでしたか?」


「ええ、ごめんなさい……集中していて、気が付かなかったわ」


 エディットは曖昧に答えると、再び野菜を切り出した。

 ゴクリと唾を飲み込むと、また指先に違和感を感じ、不安が広がる。


「そういえば、レティシア様がエディット様を探しているそうなのですが、そろそろ会われてはどうですか?」


「ダメよ~レティは勘がいいのよ? レティと会ってしまえば、コッソリ料理を覚えていることがバレてしまうわ」


 何気なくエディットは答えると、ジャンの顔を見て困って微笑んだ。

 彼の表情から、心配しているのだと分かる。

 それでも、勘の良いレティシアのことを考えると、会うべきではないと思った。


「それに、レティは幼いけど、しっかりしているわ。会えないことも理解してくれると思うし、大人びているから少しくらい大丈夫よ」


「それなら、良いのですが……」


 エディットはジャンの顔を見て、一瞬だけレティシアの笑顔が脳裏に浮かんだ。

 そして、いつも1人過ごしていても、わがままを言わない姿を思い浮かべると、少しだけ寂しく思った。


「レティなら大丈夫よ。あの子は私たちが思うより、ずっと強い子だもの」


「……そうですね……それにしても……なんと言いますか……前回は一口サイズにと言ってサイズがバラバラだったので、今回は2~3cm程度の角切りと言いましたが……前回とあまり変わらないですね……」


 エディットは思わず目を伏せると、恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。

 それでも、まな板の上に並ぶ野菜を見ると、サイズがどれもバラバラだと見て分かる。

 ジャンの方をチラリと見ると、何かを考えている様子に、申し訳ないと感じてしまう。


(魔法と同じで、料理するときに同じ大きさにしないといけないのが、苦手なのよね……火加減の調節も難しいわ……)


 エディットはそう思うと、大きさがバラバラの野菜に目を向けた。

 同じ大きさに切っていたつもりなのに、どこから見ても歪でレティシアが喜ばないと考えてしまう。


「今回はポタージュなので、良く火を通せば良いだけです。それに、最終的には形は分からなくなります。なので、そんなに落ち込んだような顔をしないでください」


「そうね……ジャン、ありがとう」


 エディットはそう言うと、精一杯ジャンに向かって微笑んだ。

 それから、野菜たちを鍋に入れて水を加えると火を通していく。

 焦げないように、鍋の中を時折混ぜると、野菜の優しい香りが広がっていくのを感じた。

 野菜に火が通ると、一旦器に移してから網を使い、滑らかなペースト状にしていくと、うまくいっていると思った。

 それから、ペースト状の野菜を鍋に戻し、スープと混ぜ合わせて味を調えていくと、少し焦げ臭いと感じた。

 そして、出来上がったものを皿に移すと、少しだけいつも見ているスープと違うのが分かった。


「……途中まで良くできていたのに……」


「……最後に火加減に注意して見てましたが……なぜか焦げてしまいましたね」


 エディットは肩をすくめると、ガッカリしてため息をついた。

 しかし、「味は問題ないんですけどね」という言葉を聞き、どこかホッと胸をなで下ろした。

 自分でも味を確かめると、確かに味は美味しく、問題が一切ないと思った。

 けれど、見た目を考えると、これを見たレティシアがどう思うか考えてしまう。

 小さな物音が聞こえ、窓辺に視線を向けると、小さな袋が消えていることに気が付いた。

 それを見た瞬間、失敗は失敗だと考え直し、エディットはレティシアの笑顔を思い浮かべ、もう一度野菜を切り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ