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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
1章

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第6話 普通の子ども


 庭から自室に運ばれ寝ていたレティシアが目を覚まして体を起こすと、また気付いたら寝てしまっていたことに項垂れた。


(あぁ、また寝てしまった……。まだまだ体は乳児だから普通はもっと寝るのよね。それに、過去の知識と経験はあるものの、今世では足元にも及ばない……時間は有限だもの……)


 こればかりは、レティシアにはどうしようもないことだ。

 彼女はため息をついて、諦めたように頭をガシガシかく。

 そして、今度は自分の小さな手足と立派な赤ちゃんボディーを見つめる。

 どうにか剣術の稽古が出来ないか考えてから、短剣の大きさを目の前で想像してみるが、短剣ですら今の体では扱うことが難しいと肩を落とした。


(短剣もまだ早いか……。そろそろ魔法を使うための体力と持久力も、剣術と一緒につけ始めたいんだけどなぁ……そうすれば、何かあった時の対処法も変わってくる……)


 フリューネ家には、帝国が管理する帝国騎士団とは違った騎士団が存在する。

 騎士団をもつ理由はいろいろと考えられるが、フリューネ領が海に面しているため、治安なども考えると必要なのだろう。


 1度レティシアは、直接エディットに騎士団が訓練する様子を見学したいと申し出たことがある。

 けれど、レティシアに何かあっては大変だと、エディットとリタに猛反対された。

 その際、その様子を遠目に見ていた騎士団の面々が、とても残念そうにしていたのをレティシアは見ている。

 そのため、エディットとリタさえ許可してくれれば、騎士団の方にも顔を出せる可能性があることを彼女知っているのだ。

 だが、こればかりは1人ではどうすることもできず、時間が解決してくれるのを彼女は待つしかない。



 それならば! とレティシアには他に用事や特にやることもないため、見つからないように浮遊魔法(トリスティク)を使って書庫へと向かう。


 最初の人生で学びたくても学ぶことができず、無知だったこともあって “知識は大切” であり “知識は財産” であると彼女は常々思っている。

 そして、本を読んで物事を学ぶことで損をすることは絶対にない。

 いつだって学ぶことは “いつか” 自分のためになるのだとも考えているからだ。

 しかし、今のレティシアは、本を読むことに対して楽しいという感情を一切持っていない。

 長い年月と何度も繰り返される転生によって、そのような感情はとうの昔に消えてしまったのだ。


 転生者であるレティシアは、見たことを理解し、記憶してしまう特殊な能力を持っている。

 この能力が結果的に、彼女が本に向き合う姿勢を変えたのかもしれない。

 それは彼女の行動からもうかがい知ることができる。

 彼女が本を読む際は、じっくり1ページを読むというよりも、ページをパラパラとめくることが多い。

 その行動は、本を読むというよりも、書かれている物事を認識し、知識として頭の中に詰め込む感覚の方が正しい。

 一瞬だけ見たその内容を理解し、その内容を転生してもなお、長期記憶で覚えている。

 1冊の本をペラペラとめくると、その情報が頭の中にある本棚に新しく入っていくような感覚なのだろう。


 書庫の壁一面には無数の本が整然と並べられており。

 高い所の本も取れるように、はしごが本棚に寄り掛かっている。

 レティシアは棚から本を取り出すと、何冊もパラパラとめくっては木製の床に置いていく。

 書庫の照明は柔らかく、静寂で落ち着いた書庫の雰囲気にとても合っている。


 生まれて半年がたった頃から、レティシアは変わらない生活を送っている。


 レティシアがこの書庫を初めて訪れたのもただの偶然からで、用事がなければ本来書庫には常に鍵がかかっている。

 だけど、ある日レティシアが書庫の前を通ると鍵を開く音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いたのだ。

 多少そのことにレティシアも警戒したが、導かれるようにして彼女は書庫へと入って本を読んでいた。


 その時のレティシアは、書庫に居ることを誰にも伝えていなかった。

 そのため、自室で寝ていたはずのレティシアが消えたと、屋敷内では小さな騒ぎに発展していた。

 エディットは汗を流しながら屋敷の中を走り、レティシアを探し回った。

 その時、書庫で呑気に本を読んでいたレティシアを見つけると、エディットは彼女のことを叱った。

 それは、レティシアが生まれて初めて母親という存在から安否を心配されて叱られたということでもあった。

 始めは驚いた顔をしていたレティシアだったが、叱られているはずなのに、彼女はどこか嬉しそうに微笑んでいた。

 けれど、エディットはレティシアがなぜ笑っているのか、理解できない様子が表情に出ていた。


 その後の話し合いで、レティシアはエディットから書庫の鍵を与えられ。

 誰かに伝えなくてもレティシアが書庫にいることを、その日から屋敷で働く全ての人が把握することとなった。


 レティシアが時間も忘れて本を読んでいると、夕食の時間になったのかリタがレティシアを迎えに来た。


「レティシアお嬢様、夕飯の時間です。今日もたくさんの本をお読みになったようですね。どの本がお読みになって楽しかったですか?」


 リタに尋ねられたレティシアは、首をかしげながらも適当に『これかな?』とテレパシーを使って伝え、帝国の歴史が書かれている本を指さす。


(本なんて、いまさら別に読んだところで楽しくなんてない。ただの知識よ。物語が書いてある本を過去でも見かける機会はあったけど、読む機会はなかったから選ばないようにしてるし……今世でこんな生活が続くなら、物語が書かれてる本を少しでも多く読んでいたら、いつかは楽しいと思えるようになれるのかな?)


 レティシアはそう思いつつも、楽しんでいる場合ではないと思い直す。

 その代わりに、今の彼女に必要だと思うことをテレパシーを使って伝える。


『ねぇ、リタ。次は、貴族の名簿帳を見せてほしい。覚えておいて損はないと思うし、この家に生まれたからには覚える必要があると思うの』


 リタは一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「……かしこまりました。明日までに、ご用意いたします」


 レティシアが書庫に来るのは、決してただの暇潰しではない。

 本を読むのが早いと言っても、時間は無限にあるわけでもない。

 必ず誰にでもその命にいつか終わりが来る。

 そして知識が必要になるのは、いつも突然のようにやってくることを、レティシアは普通の人よりも多く知っている。


 “未来が見えたり” “未来を知っている” と言うなら、このような備えなど全く不要なのかもしれない。

 けれど、この世界の未来などレティシアは全く知らない。

 だからこそ、レティシアは何が起きても大丈夫なように備えている段階でもある。


 彼女がなぜそこまで己を鍛えようとしているのか、それは謎の気配以外にも繰り返された転生の中にも答えがある。

 何度も繰り返された転生の中で、彼女はたったの1度も病気や怪我などせずに、その寿命を全うすることがなかったのだ。


 1度目の人生で過労と栄養失調で彼女は亡くなったが、奴隷として生きた2度目の人生は最初の人生よりも、さらに過酷なものだった。

 3度目の人生からは、過労と栄養失調にならないように気をつけていた。

 けれど、頭脳戦で戦う術を身に付けていなかった彼女は、まんまと策略にはまって身に覚えのない罪で処刑された。

 それから戦争や争いごとに巻き込まれ、6度目の転生をした時。

 人から狙われる命なら戦う術を身に付けようと決心し、その頃から戦う術を彼女は増やしてきた。


 けれど、どの人生も30歳という壁を越えることができなかった。


 唯一、大魔道士として生きた10度目の転生で、それまで生きられなかった時間を取り戻すかのように長い年月を生き続けた。

 それでも、最後は天変地異を止めるために亡くなった。

 しかし、13度目の転生を果たした現在。

 あの天変地異が、自然界だけで起きた異常な出来事ではない可能性が浮上している。


(今はまだなぜ守りたいのか理由は分からないけど……この短期間に、守りたいと思う人たちができた。……あの天変地異が、もしも誰かによって引き起こされたものだとしたら、魔法が存在するこの世界でもまた同じようなことが起きるかもしれない。それなら私ができることは、少しでも増やしておいた方がいい)


 レティシアはそう思うと、初めてエディットからもらったネックレスを小さな手で強く握りしめた。

 すると、リタはゆっくりとレティシアの手に彼女の手を重ねると幼い手は少しだけ強張る。

 不思議そうに覗き込んだレティシアに向かってリタは、優しく微笑みかけると口を開く。


「レティシアお嬢様、いつでもあなたのそばにはエディット様がおられます。もちろん私もおります。今はまだ理解できないかもしれませんが、大人とは子どもを守る存在です。――ですから、今は少しでも多く、子どもとしての時間を大切にお過ごしください」


 諭すように言ったリタの声は、とても安らぎを感じさせる、落ち着いたものだった。


 今世でレティシアは、誰にも転生のことについて話してはいない。

 それでも、この屋敷で働くものたちはレティシアが他の子どもと同じではないことを、すでに幼いレティシアから感じていた。


 生まれて半年を過ぎてからレティシアは、歩く練習やカタコトであるものの話すようになって、いよいよ普通じゃないと周りも気が付いた。

 そのことで屋敷内全体に妙な団結力が生まれ。

 エディットが何も指示していないにもかかわらず、屋敷を出入りする業者ですらレティシアのことを外で話したりしない。


 生後半年の乳児が、喋り、歩く。

 本を遊ぶためではなく、読むためにせがみ、読み(ふけ)る。


 庭に座らせれば座ったままで動かず、終いにはその場で寝てしまっている。


 これのどこが普通だと言うのか分からず、エディットはジョルジュやリタと夜遅くまで話し合った。


 ある時、エディットたちがレティシアの言っていることが全く理解できないでいた時があった。

 その時、レティシアが困ったような顔をして、思い悩んだようにした後『聞こえる?』っとエディットたちの頭の中で声がした。

 エディットたちはそのことに驚き、目を見開きながらレティシアの方を向くと、彼女はその反応に満足そうに笑った。


『良かった、聞こえてるのね。これテレパシーって言うんだけど、直接3人の頭の中に直接話しかけているの。話が伝わらないなら、この方が早いかと思って……。この世界にこんな魔法があるのかな? まぁ、それは分からないけど、これからはジョルジュとリタとお母様だけの時は、テレパシーの方が楽だからテレパシーを使うね。だけど、慣れないと不快に感じる人もいるから、もし不快に感じたらその時に言ってほしい。私の方で、使用頻度を考えたりするから』


 嬉しそうに言われた3人は、やはりレティシアが普通ではなかったのだと悟った。


 それから、ちょくちょくレティシアがテレパシーを使い話しかけてくるようになり、リタやエディットは彼女との会話が今までよりも増えた。

 けれど、レティシアとの会話は子どもと話しているというよりも、大人と話しているように感じられ、エディットはそれについて悩んでリタにも相談していた。


(きっとレティシア様は、早くに大人にならなければならないと思っているのでしょうね。しかし、そのような必要はありません。レティシア様、あなたのことを大切に思っている方々がいます。――ですから、ゆっくりと大人になってください。子どもが子どもらしく過ごすことも、心の成長において非常に重要なことです)


 リタは口には出さずに思うと、レティシアのことを抱き抱えて彼女の背中を優しく何度も触れる。

 そして、ゆっくりとした足取りでエディットが待つ食堂へと向かった。


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