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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

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第49話 愛情のレシピ


 神歴1491年3月2日。

 鏡の前で白いレースのワンピースを着た女の子が、楽し気にクルクルと回る。

 彼女が回るとスカートがふわりと広がり、まるで妖精のようだ。

 足元には、ロイヤルブルーの瞳に似た青い靴が輝く。

 丁寧にアップされた髪は、後れ毛が軽く巻かれて彼女の魅力が引き立つ。

 耳元には、緑の小さなピアスがほのかにキラリと光る。


『ねぇ、ルカ。今日の私はかわいい?』


 ルカは楽しそうに回るレティシアを、暖かな眼差しで見つめる。

 今日の彼は、彼女の隣に立っても恥ずかしくないように、フォーマルな装いだ。

 黒でまとめた服装の胸元には、青のポケットチーフが顔をのぞかせる。


「ああ。レティシア、かわいいよ」


「それじゃ、ボクたちのお姫様、参りましょうか」


 ニルヴィスは、レティシアに笑顔を向けて言った。

 騎士団の制服を着た彼は、いつもは外している首元のボタンを留め。

 ハーフアップの髪は、今日は1つに束ねている。

 彼はレティシアに手を差し出す、それは姫を護るナイトのようだ。


『ニヴィ、髪の毛ありがとう! とってもかわいいわ!』


 レティシアは、子どものような笑顔を向けて言った。

 ニルヴィスの手を取る彼女の袖口からは、黒と青の糸で編み込まれたブレスレットがちらりとのぞく。

 歩き出したレティシアは、弾むような足取りで進む。


「いいえ~。レティシアちゃん、実はね、ルカ様も手先が器用だから、髪型も頼めばいろいろとやってくれると思うよ~? 今度お願いしてみてもいいと思うよ~」


「そうだな、俺が今度からやってあげるよ」


 ルカはレティシアに柔らかな微笑を向けた。

 すると、振り返った彼女が満面の笑みを見せる。

 その瞬間、ルカは自分の胸が小さく弾むのを感じる。

 しかし、その感情が何を意味するのか、彼は確信が持てない。


『ふふふ、それじゃ2人に頼むわ!』


 明日には、ダニエルが例年通り屋敷に来る。

 なので、今日は少しばかり早い、レティシアの誕生日会が開かれる。

 毎年ダニエルの要望で、屋敷内で働く使用人の人数が制限されてきた。

 全員でお祝いするなら、ダニエルが来る前しかない。

 そのため、今日は朝から屋敷内が賑わっている。

 夕食時にいろいろと渡されると、レティシアが部屋に戻る時が大変になる。

 そのことを気遣って、昼からレティシアの部屋には使用人が訪れた。


 丁寧に磨かれた白い廊下には、華やかな花が飾られている。

 窓から見える月明かりも、ほのかに温もりがあるように夜を照らす。


 レティシアたちが食堂に着くと、いつもとは違う雰囲気に包まれていた。

 綺麗に飾られた壁の装飾に、テーブルにも料理を邪魔しない花が飾られている。

 しかし、テーブルにはいつもとは違い、少しだけ歪な形に切られた野菜や、少しだけ焦げた料理が並ぶ。

 レティシアはそれを見て、不思議に感じる。

 左右の壁際には、真新しい制服に身を包んだ使用人が並んで立ち。

 ジョルジュやリタとパットリックは、レティシアが贈ったお揃いのハンカチが胸ポケットから見える。


 エディットは、遅れてレティシアが食堂に来たことに気付いた。

 彼女は、視線を泳がせると、胸の辺りで手を祈るように組んだ。

 深い青いドレスは、腰のあたりから広がり。

 スカートの部分は、星が鏤められたようにほのかに輝く。

 しかし、エディットは緊張と恥ずかしさから、小刻みに手足が震える。

 それでも歩き出すと、頬が熱いことに気が付きながらもレティシアに近付く。


「レティ、まだ数日早いけど、3歳のお誕生日おめでとう」


「おかあさま、ありがとうございます!」


 エディットは気持ちが落ち着かず、前で組んだ手で指を弄り始めた。

 並ばれた料理を、横目で見ると恥ずかしさで顔がさらに熱くなる。

 心臓はうるさいくらいに、どんどん早くなっていく。


「あ、あのね? す、少し、見た目が悪いんだけどね? 今日のご飯は、お母さんが作ってみたの……そ、その……レティが、前にお母さんの手料理を、食べたいって言ってたから……」


 エディットはちらりと、レティシアの様子を見ては自信を無くす。

 なぜなら、レティシアが呆然とテーブルを見つめているからだ。

 エディットは、1度だけレティシアが言った言葉を覚えていた。

 それは何気ない会話の中で聞いた、娘の小さな願いだと思っていた。

 誕生日プレゼントに悩んだ彼女は、儚げに話した娘の些細な願いを叶えたいと思った。


「レティシアに隠れて、いっぱい練習したんだけどね……ジャンみたいに上手にできなくて……で、でもね? あ、味は、ジャンが保証してくれたわ! レティ……それでも食べてくれる?」


 レティシアは恥ずかしそうに、モジモジしているエディットの手元に視線を向けた。

 綺麗だった手は、傷だらけになって荒れている。

 レティシアはエディットが彼女と会わなかった理由が、そこにあるのだと思った。

 彼女の視界は歪み始め、次第にぼやけていく。

 行き場を失くした感情は、目尻から溢れ出し頬を伝って流れ落ちる。


「……ママ……ありがとう」


 レティシアの口から、思わず言葉がこぼれた。


 レティシアはどうしてエディットが、彼女を避けて会わないのか分からなかった。

 その理由を考えると、過去の人生で会った親たちの影が見え隠れしていたのである。

 何度も望まれず、何度も捨てられてしまった。

 そんな過去があるレティシアにとって、エディットの存在は大きく、失いたくない存在。

 なぜなら、エディットから受ける無条件の愛情が、レティシアにとって初めて親から受けた愛だったからだ。

 だからこそ、彼女はエディットから嫌われたと思えば、壊れかけの世界のように、足元から崩れ落ちそうだった。


(私は……まだ……ここに、いてもいいんだね……)


 レティシアはそう思うと、エディットに向かって駆け寄って足元に抱き付く。

 そして、エディットの前で、初めて子どもらしく涙を流した。


「ママッ……ママッ……ありがとう」


 エディットは泣いているレティシアの頭を、優しく何度もなでた。

 レティシアを見つめる視線は、愛情に溢れている。


「あらあら、レティがそんなことを言うなんて、珍しいわね。レティ、泣かないで……お母さんは、レティのことをいつも愛しているわ」


 エディットは優しく言うと、少しだけレティシアを彼女から離す。

 そして、その場に両膝をつくと、レティシアのことを抱きしめた。

 この時、エディットは泣く娘に、たくさん寂しい思いをさせたんだと知った。

 レティシアが彼女を探し回っていたのを、彼女は知っていた。

 それでも、普段のレティシアが、大人びていてわがままを言わない。

 だからこそ、少しくらいなら、彼女は大丈夫だと思っていた。

 だけど、そうじゃなかったんだと思うと、胸がひどく傷んだ。


「レティ、いっぱい心配を掛けたわね。ごめんなさい……でも、お母さんは絶対にあなたを護るわ。だからレティシア、覚えていて……何時もあなたの隣にお母さんがいるわ。たとえ傍に居なくても、気持ちは一緒よ? 愛しているわ。私のかわいいレティシア」


 エディットの抱きしめる腕に、少しだけ力が入ると、レティシアは声を出して泣いた。

 感情が抑えきれず、恥ずかしいと思う気持ちも消え去る。

 彼女は親から感じた愛に、ただただ気持ちが溢れた。



 ひとしきり泣いたレティシアが、落ち着きを取り戻した頃。

 レティシアとエディットだけが食堂に残り、使用人や護衛たちが退室していた。

 静かな食堂には、食器を鳴らす音が1人分響く。

 それでも、温かな2人の声が寂しさを感じさせない。


 エディットは膝の上に座るレティシアの口に、食事を運ぶと微笑んで見つめる。

 膝の上の重さが、娘の成長を彼女に伝えていた。


「レティ、どお? 美味しい?」


「うん! おいしいよ!」


「良かったわ。来年は、もっと上手にできるように頑張るわ」


「わたしも!」


 エディットはレティシアの言葉に驚いた。

 だけど、その驚きもすぐに嬉しさへと変わり、口元が自然にほころぶ。


「そうね。来年は一緒にやりましょう。お母さんね、今度レティと一緒に刺しゅうもしたいわ。一緒にやりたいことがいっぱいね」


「うん!」


 レティシアはエディットの笑顔が輝いて見えた。

 そして彼女は、自分を偽ることもなく嬉しそうに笑う。

 窓辺に座るエディットを見たときや、街に出たときに抱いた、一緒に出掛ける思いも叶うんだ。

 そう思うと、レティシアは嬉しくなって胸がふわふわと軽くなる。

 するとレティシアは、勇気を出して子どものように、わがままを口にする。


「ママ……わたしも……ママといっぱい、いっしょがいい……」


「ふふふ。今日のレティは甘えん坊さんなのね。お母さんは嬉しいわ」


 エディットは愛情を込めて言うと、レティシアの額にキスをした。

 そして、優しくレティシアを抱きしめ、エディットは話を続ける。


「レティシア、お母さんね。――レティシアの幸せだけを願っているわ……世界で1番に愛しているわ」


「ママ、わたしもママがしあわせだと、うれしい」


 レティシアは嬉しさを噛み締めながら言うと、手を伸ばしてエディットを抱きしめた。

 明日がくること、当たり前だと思う日常がないことを、人より多く彼女は知っている。

 レティシアは少しだけ怖くなって、次第にエディットを抱きしめる手が、わずかに震えた。

 この幸せを失わないためにも、レティシアはエディットの異変を特定しようと決めた。


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