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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

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第48話 知識の探求者


 神歴1491年2月28日。

 書庫では、パラパラと流れるように紙がめくられる音、そして本を閉じる音が響く。

 本を開くたびに、インクの香りが広がり、本が閉じられると、紙の香りが吐き出される。

 魔法で灯された部屋は、冷たく温かみを感じない。


(これも違うか……)


 レティシアはそう思うと、勢いよく本を閉じた。

 彼女の顔からは、焦りと疲労の色が見て取れる。


「レティシア、これとかは?」


 ルカはそう言って、レティシアに本のタイトルが分かるように、表紙を見せた。

 しかし、彼女が表紙を見ると、左右に首を振る。

 それを見た彼は、落胆したい気持ちはあるが、それでも表情に出さない。


『それは、もう読んだわ』


 レティシアはそれだけ言うと、本を棚に戻して次の本を取り出した。

 本を開いた彼女の顔は、いつになく真剣な表情だ。

 速読に追いつこうと、本のページが1枚また1枚休むこともなく変わり。

 文字を追う瞳は、休むことを忘れ左右に動き回る。

 彼女の眉間には深いシワが刻まれ、自然に目が細くなっている。


 先日のジョルジュからの報告で、レティシアはエディットの体調が良くないのだと感じた。

 そのため、あれから書庫でこの世界の治療学や、魔法治療について詳しく調べている。


 目に見える傷や打撲ならば、回復薬を使えば治る。

 しかし、風邪など内側からくる病気は、薬を飲まなければならない。

 そして、エディットの症状は外から見ても分かることができなかった。

 フリューネ家には腕のいい掛かりつけの医師がいるにもかかわらず、ジョルジュが言えなかったことを考える。

 その医者でも原因が特定できない、内側からくる体調不良だと彼女は断定した。


 転生者であるレティシアの経験上、人の体内に魔力を流して原因を探す方法を知っている。

 だが、この帝国でそれをしてもいいのか、彼女には分からない。

 その他に、この帝国にも教会は存在するため、聖魔法での治癒魔法もある。

 それでも、レティシアは教会側が、どの程度の聖魔法を扱えるのか知らない。


 そこで、レティシアが調べているのは、大きく分けて2つだ。


 1つは、人に魔力を流しても大丈夫だという法律の有無。

 これは、人の体内に直接魔力を流すことによって、異常を探せる医術だ。

 しかし、これには重大な欠点が存在する。

 それは自分以外の魔力が体内で混ざり合うことによって、双方が魔力暴走をおこす可能性があることだ。

 そのため過去の世界では、相性が比較的合いやすい夫婦や家族、または治癒師しか行えなかった。

 そして、何より相性や魔力コントロールが難しく “危険行為” とされていた。

 国に許可を取ればできたが、その行為を行える者は王宮のお抱え治癒師数名と、大魔法使いしかいなかった。

 その結果、過去の世界でもあまり知られていない方法でもあった。


 2つ目は、魔力の流れや、外見でも分からない奇病が過去にもあったかだ。

 これは、単純に風邪でも魔力が弱まったり、不審な流れをすることを考えた結果だ。

 もし過去に似た事例があれば、そこから新しい治療法も見つかる。


 今のところ、レティシアはこの2点に重点を置き、ルカとここ数日書庫に籠っている。


(私がお母様の体内に魔力を流すのは、今の魔力コントロールじゃまだ足りない。過去の全盛期ぐらいじゃないと、まず無理だわ……それでも方法があるなら調べておいた方がいい……後で聖魔法についても調べたいけど……精霊が見えることを、教会側に知られるリスクも上がる……。そうなれば連れて行かれる可能性もあるわ……できれば、それだけは、まだ避けたい……)


 レティシアはそう思うと、ひたすらページをめくって頭に知識を詰め込んでいく。



 紙をめくる音と時計の秒針の音だけが響く書庫は、異質な雰囲気が広がっていた。

 ルカは時折レティシアの様子を(うかが)うために、彼女に本のタイトルを見せて顔色を見る。

 それでも、返ってくる返答は短く、彼はどうしようもない無力感で足元に影が落ちていく。

 彼女が置かれている現状を考えれば、彼は少しの弱音も言えないし、吐き出せない。

 少年は受け継がれてきた力や知識があっても、無駄なんだと思う。


 ルカは書庫の扉の方から人の気配を感じると、夕食の時間だと思い出す。

 そして、ゆっくりと扉が開かれて、中にアルノエとニルヴィスが入ってきた気配がした。

 彼は気配を追い、本棚の間からニルヴィスが姿を見せると、その手にバスケットが握られていて安心する。


「お疲れさまぁ~今日はエディット様が食堂に顔を出さないみたいだったから、レティシアちゃんの好きなお肉のサンドイッチを、ジャンに頼んで作ってもらったよ~」


「ニヴィ! ありがとう!」


 ニルヴィスはレティシアがお礼を言うと、持ってきた布を取り出した。

 嬉しそうに笑ったレティシアが手を差し出すと、彼は小さな手を丁寧に拭く。

 そして彼は、迷うこともなく彼女がサンドイッチを手に取るのを見つめた。

 彼女が大きな口を開けて頬張ると、彼は思わず笑いそうになる。

 ニルヴィスは微笑ましいと感じたが、彼女の顔に疲労が見えて眉を下げた。

 ふと、床に座るルカを見ると、ルカの顔色も疲労に染まっている。

 彼はルカのために、サンドイッチを手に取ると少年に渡す。

 少年が無言で受け取り、黙々と食べながら本を読む姿に、ニルヴィスは胸が重くなる。


(んーーー! やっぱり、ジャンの作るご飯は美味しい! お行儀がいいかと言われたら、ものすごく悪いんだけど……それでも、私は好きな物を、好きなように食べるのも、やっぱり好きだな……)


 レティシアはそう思って、もう1度口を大きく開けて頬張った。


 その瞬間、遅れてきたロレシオは、レティシアが口いっぱいに頬張る姿を目撃してしまう。

 彼は床に座るルカや、立ちながら食べるアルノエの方にも目を向けた。

 そして、彼は頭が痛いと感じて、目を閉じると額を右手で押さえる。


「レティシア様……少しお食事の作法を、我々も教えなければならないようですね……」


『……大丈夫だよ! ロレシオは、私が食堂でどうやって食べているか、知らないだけだから……。いつもは、ちゃんとテーブルマナーはできてるよ!? ね?』


 レティシアは聞くように言った。

 彼女を連れて食堂に行ったことのあるアルノエとニルヴィスは頷く。


 ルカは視線を上げて、レティシアの方を見て短く「ああ」と返事した。


『それで、なんでロレシオは遅かったの?』


 ルカはレティシアが話しながら、バスケットからサンドイッチを手に取ると思わず小さく笑ってしまう。


「本当に、食べるの好きだよね」


 ルカはポツリと呟くと、レティシアに聞こえたのか、彼女が睨んでいた。

 それすら、彼にはかわいく見えて口角が上がる。


『ルカ! 食べられるって幸せなことなのよ!』


 ロレシオはレティシアとルカの会話を聞き、首を左右に振る。

 しかし、彼が遅れた理由を話していないことを思い出す。

 彼は小言を言いたい気持ちを堪え、レティシアを見て話す。


「レティシア様、それで俺が遅れた理由ですが、実は先程エディット様から、3月2日にお食事のお誘いをもらいました」


 レティシアは、ロレシオの言葉を聞いて疑いの目を向けた。

 彼女は最近のエディットの態度から、素直にそのことを受け入れられない。


『……お母様が、私とご飯を食べてくれるの……?』


「そうです。なので、その日の夕食は食堂でお願いしますとのことです」


「やったーーーー!」


 レティシアは嬉しさが込み上げて、思わずテレパシーを使わずに叫んだ。

 ほのかに頬を染め、目を輝かせた彼女は聞く。


『レオ! 本当よね!? 嘘じゃないんだよね!?』


「はい、本当のことです。先程エディット様から、直接言われたので間違いございません」


 ロレシオが言うと、レティシアは思う。


(ずっと避けられていたのに、お母様が久しぶりに私との時間を作ってくれる! 嬉しい! どうしよう!? ドレスはどれを着よう? アクセサリーはどれを着けよう!)


 ルカはレティシアが嬉しそうにしているの見ると、自然に笑みが零れた。

 だけど、彼はレティシアの瞳が嬉しさで涙ぐんでいることに気が付く。

 その瞬間、彼は少しだけ視線を落とした。

 それは、彼がエディット以上も存在でないような気がしたからだ。

 それでもルカは、それで良いのだと思う。

 なぜなら、彼女が幸せなら彼はそれ以上望まないから。

 ルカは視線を上げて、レティシアに向かって優しく微笑んだ。


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