表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/223

第45話 影と光の交錯


 神歴1491年2月5日。

 厨房は活気に満ち、様々な音で溢れる。

 壮麗な装飾が施された空間は、料理を芸術に変える舞台のようだ。

 大理石のカウンタートップには、新鮮な食材が並べられ、その色とりどりの美しさが目を引く。


 ジャンは白いエプロンを身につけ、手際よく食材をリズミカルに切る。

 彼の手元は素早く、しかし確実で、その動きはまるでダンスのようだ。

 大きな暖炉では、鍋が煮立ち、その中からは美味しそうな香りが立ち上っている。

 煮込まれた野菜と魚の香りが混ざり合って、空気中に広がる。


「ジャン! ごはん! おにく!」


「はははっ! レティシア様は、本当にお肉が好きですね! 残念ながら本日は、お魚でございます」


 昼食の仕込みをしながら、ジャンは笑った。

 彼はオレンジブラウンの瞳の瞳に、椅子に座って楽しそうに足を前後に揺らすレティシアを映す。

 暖かな夕日のように輝く瞳は、彼の優しさと力強さを表している。

 そして、その色は深みがあり、まるで古代の琥珀のようだ。


「おさかなも、すき!」


「そうですか、それなら良かったです」


 レティシアは精霊たちから、厨房にエディットが出入りしていると聞いた。

 彼女はそれを確かめるために、コッソリと厨房に来ている。


「ジャン、きょう、おかあさま、ここにくる?」


「そうですねぇ、本日はこちらへ来る予定はありませんよー。もう少しでレティシア様のお誕生日ですから、準備で忙しくしているのでしょうね」


「そっか!」


(誕生日の準備で忙しいなら、分かるけど……昨年もお父様が来たから、プレゼントをもらったぐらいで、別にパーティーをしたわけじゃない……そのお父様に関しても、今年は来るとも、来ないとも、どちらの報告も聞いていない……準備で忙しいって、来ない前提なの? 本当に今年は来ないの……?)


 レティシアは考えながらも、それを表情には一切出さない。

 その代わり、彼女は嬉しそうに出されたココアを飲んでいく。


「ジャン! ありがとう、またあとでね!」


 ココアを飲み切ったレティシアは、椅子から飛び降りると、今度はテラスに向かう。

 しかし、その途中でパトリックと会い、彼女はテラスにエディットがいるか聞いた。

 だけど、返ってきたのは、今日も出掛けていないって言葉だった。


(絶対に変だ……まるで避けているみたい? でも、避ける理由は? アンナの時のこと? いや……でも、お母様に限って、それだけで避けたり……しないはず……)



 ニルヴィスは会議を終えて、レティシアを探していた。

 彼女が行きそうな場所を回り、彼女の足取りを追う。

 すると、テラスから戻る廊下で、顎を触りながら、肩を落として歩くレティシアを見つける。


「レティシアちゃん、どーしたのー?」


『あ、ニヴィ。お母様に会えなかったなぁって考えてたの。そっちは、もう会議は終わったの?』


 ニルヴィスは、元気に振る舞うレティシアの様子に、嘘が含まれていることに気が付く。

 けれど、彼はあえて気が付いてないように振る舞う。


「うん、終わった~。でも、これと言って、進展はないかな~」


『そうなんだね……! ねっ! 気分転換に、一試合しない?』


 レティシアは腕を伸ばし、人差し指を立てながらニルヴィスに言った。

 少しでも、彼女はモヤモヤとした気分を変えたかった。

 考えれば考えるほど、ぬかるみから抜き出せなくなる。

 そんな感覚に、彼女は呑み込まれそうになっている。

 だけど、彼女を見たニルヴィスは、頭の後ろで手を組んで口を開く。


「残念ながらしませーん。今日、レティシアちゃん団服の練習着も着てないじゃん」


『着替えてくるからやろう!』


「やーだよっ! 今日、ボクたちを止める人がいないんだから」


『ニヴィのケチーーー!』


 ニルヴィスは手を頭の後ろで組んだまま、悔しそうに言うレティシアを見た。

 彼女は、両手を固く握りしめ、その手は力の限りに拳を作っている。

 その力強さが彼女の感情の深さを物語る。

 彼女の体は前に曲がり、まるで重たい荷物を背負っているかのようだ。

 彼は彼女から視線を逸らすと、軽く息を吸い込み、長い廊下を見ながら言う。


「ケチでも別にいいよ~それにボクこの後、訓練場に顔を出して指導するから、どのみちレティシアちゃんと一試合は、できないんです~! だから、レティシアちゃんも一緒に訓練場行くなら、着替えておいで」


『はーい!』


 元気にレティシアは返事すると、急いで着替えをしに戻る。

 だが、浮遊魔法(トリスティク)を使っていない彼女は、普通の子どもと同じ速度だ。

 彼女は後ろをちらりと見ると、走ることもなく、ニルヴィスが歩いて追い掛けて来ている。



 ニルヴィスは嬉しそうに目を細め、腕を組んで眺めていた。

 彼の視線の先では、鏡の前でレティシアがクルクルと回る。


「本当に、その団服を気に入ってくれてボクは嬉しいよ」


『かわいいんだもん! ニヴィ、洋服を作るの好きよね。宿舎に置いてある洋服、ニヴィが作ってくれたのばっかりだし』


 ニルヴィスはレティシアがそう言いながら近付くと、彼女を椅子に座らせた。

 彼は、彼女の髪を丁寧にヘアブラシを使ってとかしていく。

 彼女が喜んでくれるなら、好きで服を作り続けて良かったっと彼は思う。

 彼の表情はとても穏やかだ。


「ボクは作るのが好きだからね~。でも、騎士団に入ってなかったら、作ることもしなかったと思うよ~? リボンは黒にするね~」


『そうなの?』


 レティシアが聞くと、鏡に映ったニルヴィスの顔は少しだけ曇った。


「うん……。そんなもんだよ。騎士団に来たから、いろいろと試したいことをやってるんだよ……。家に居た頃は、毎日が息苦しくて、息が詰まる思いしかしなかったしね。まぁ~兄さんたちと、常に比較されたし」


『……そっか』


 レティシアは、ニルヴィスが以前に話してくれたことを思い返す。

 きっと何重にも重なった重りの中には、彼を否定する言葉も含まれているのだと彼女は思う。

 そして、その息苦しさも、息が詰まる気持ちも、彼女は知っている気がした。

 それは彼女が、遠い記憶の中で、消してしまいたかった記憶だからだ。


「ボクを騎士団に誘ってくれたジョルジュ様には、感謝しかないけどねっ!」


 ニルヴィスは彼の家がいやで、死ぬつもりで家から逃げ出した。

 彼は、そのことを後悔したことはない。

 だけど、もう少しだけ、家族と向き合えていれば、違った未来があったのかもしれないとも思う

 必死に足掻いて、認められるようになっても、当時の記憶が彼を縛る。

 だから、彼は無邪気な青年を演じる。

 少しでも失敗して、誰かに失望されないために。


「はいっ! かわいくできたと思うよ!」


『ニヴィ、ありがとう!』


 レティシアは鏡の前で彼女の姿を確かめる。

 髪はリボンと一緒に髪の毛が編み込まれた、ハーフアップだった。

 こういうのも、手先が器用なニルヴィスは得意だ。

 彼女は、また鏡の前で回り出したい気持ちをグッと堪え、ニルヴィスと一緒に訓練場へと向かった。



 訓練場では木剣が空を切る音と、木剣と木剣がぶつかる音が響く。

 その中で、青年の声が透き通るように聞こえる。


「そこ!! 踏み込みが浅い!!」


「「「はいっ!」」」


「声だけじゃなくて、剣先にもしっかり意識を向けろ!」


「「「はいっ!」」」


「剣だけ振り回すな!」


「「「はいっ!」」」


(こういう真面目なところを見ると、ニヴィってやっぱり副団長なんだって思うのよね。アンナの時もそうだけど……いつもは、ニコニコしているし、軽くウェーブがかったミディアムヘアーの無邪気な少年って感じの、かわいいタイプなのに)


 レティシアはそう思いながら、ニルヴィスの様子を観察していた。

 しかし、暫くすると、ニルヴィスと視線が合う。

 レティシアは彼の口の動きを見ると、おいでと言われていることに気付く。

 なんだろう? っと思い、彼女は走って向かう。

 すると、彼は少しだけ意地悪そうな表情を浮かべた。


「レティシアちゃんは、座ってないで走って来てね。今日の訓練に参加しなかった罰だよ」


 ニルヴィスは目を見開いたレティシアが、かわいく思えた。

 けれど、次第に眉を下げて彼女が頬を膨らませるのを見て、思わず笑いそうになる。

 そして彼は、彼女が「せっかく、かわいくして、もらったのに……」と呟くのを聞いて、嬉しいと感じた。

 彼女が走っていくのを、彼は微笑んで見送った。


「つーかれーたーっ!」


 レティシアはそう言いながら、いつもの木陰にゴロンと横になる。

 整えてもらった髪も、走ったせいで崩れ、彼女はため息をこぼす。

 しかし、すぐに彼女を呼ぶニルヴィスの声が聞こえる。


「レティシア様! もうすぐお昼なので、そんな所で寝てないでくださーい!」


(あーもう! あれからずっと走ってたんだから、少しくらい休んでも、(バチ)は当たらないって……)


 レティシアは心の中で悪態をつきながら、すぐに体を起こすと立ち上がる。

 そして、彼女はすぐさま歩き出す。


 彼女が歩いていると、背後から強い風が勢いよく吹き付けた。

 レティシアは足を止めて、顔に当たらないように髪を抑える。


()()()は、変わらないな」


 風がやむとレティシアの後ろから、そう言った声が聞こえた。

 その瞬間、彼女の胸は大きく弾む。

 そして彼女は声がした方を振り向くと、自然に視界が歪んでいく。

 最後に合った時より、少しだけ背が伸びたその姿に、彼女は思わず言う。


()()()()、そんなに変わっていないと思うけど?』


 レティシアは声の主を見つめると、黒髪の少年が彼女に向かって優しく微笑む。

 そして彼は、ゆっくりしゃがむと、口を開く。


「レティシア、おいで」


 レティシアはその言葉を聞くと、短い手足を必死に前へ前へと動かす。

 彼に向かって走り出した彼女は、その勢いのまま彼に抱き付いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ