第40話 騎士団と小さな姫
昨年と同様に指輪が壊れた次の日、ダニエルは帝都へ帰って行った。
前回と違う大きな点を挙げるとすれば、金の話を一切しなかったこと。
そして、レティシアの部屋から、宝石を盗めなかったことの2点だ。
宝石に関しては、レティシアが前もって対策していたのが大きい。
それによって、ダニエルが盗むことを防ぐことができたからだ。
したがって、ダニエルが大胆な行動に出たが、これはレティシアの予想範囲内だった。
しかし、ダニエルが街にまで彼女を追い掛けたことに関しては、予想外の出来事だった。
その結果、彼に協力者がいることも考え、屋敷で働く人を、疑わなければいけない事態となった。
そのため、ダニエルが帰った後も、相変わらずレティシアは自室に戻ることはなく。
騎士団の宿舎で寝起きをして、早朝の訓練も欠かさず続けている。
神歴1490年4月25日。
朝霧が残る訓練場では、剣と剣がぶつかり火花を散らす。
その中で新鮮な空気は、心と肺を満たしてくれている。
空はまだ薄暗く、しかし、東の空にはすでに朝日の兆しが見え始めていた。
訓練場の周りには、芽吹き始めた木々が立ち並び。
その葉から新芽の香りが漂う木の下では、レティシアが寝そべっている。
ニルヴィスはレティシアの隣まで来ると、静かに腰を下ろす。
そして、彼は彼女の頭を優しくなでながら声をかける。
「ボクたち騎士団のお姫様は、訓練場の隅でお昼寝ですか?」
『寝てないよ……疲れたの……』
「ふふっ。そっか~そっか~。さっきはすごかったねぇ~。浮遊魔法を使って、あそこまでレティシアちゃんが戦えるとは、正直ボクは思ってなかったよ」
先程ニルヴィスは、浮遊魔法を使って戦闘訓練に参加していたレティシアと手合わせをした。
けれど、どんなに彼女が魔力で身体強化したところで勝てるはずもなく、ニルヴィスは彼女が短剣に魔力を込めると思わず軽く薙ぎ払っていた。
『魔法なら勝てたもん……』
「短剣に魔力を流し出した時は、本当にびっくりしたよ~。本気で命の危険を感じたし……まぁ、剣を使った戦闘訓練では、違反なんだけどね~。身体強化までしか認めてないし」
レティシアは力で負けるが、魔力量は努力の甲斐もあって格段に増えている。
そのため、魔法の勝負になれば、簡単に負けることなどない。
そして、レティシアには戦場での経験もあるため、後は体がついて行ければいいだけの話だ。
それでも、レティシアは負けたことが悔しいと思い、空に手を伸ばすと彼女の口からため息がこぼれる。
『……身長が大きくなる魔法……ないかなぁ』
ニルヴィスはレティシアの言葉に驚いた。
なぜなら、それは昔の彼も思ったからだ。
ニルヴィスは遠くの空を見つめ、少しだけ過去のことを思い返しながら話す。
「――あはははっ! レティシアちゃん、面白いことを思い付くね~。でも……残念ながら、そんな魔法はないんだよ……。ボクさ……小さい頃は、身長も周りと比べてうーんと小さくてさ。力もなかったから、いろいろと調べたんだよね……それでも見つからなくて……兄さんたちは大きいのに、ボクは大きくならないことに、すごく悩んだよ……。まっ! 成長と共に体は大きくなったんだけどさっ! それでも、当時はそれがとても苦しかったし、つらかった……いつも、何重にも重りが積みかなったみたいに、ずっとボクに付き待ってたから……。その時、身長と力を補うように、レティシアちゃんみたいに付与付の武器を使ってて……、その知識と経験でボクは認められて……今、騎士団にいる」
レティシアは、どこか寂しそうなニルヴィスの横顔を見る。
いつも無邪気な彼も、もしかしたらつらい過去があったのだとレティシアは思った。
そして、レティシアは過去を話してくれた彼に感謝して、彼女の気持ちを言う。
『私は、多分……どんなに頑張っても、ニルヴィスより身長が大きくなることも、筋肉が付くこともない。それでも、魔法を自在に操るための体や体力は作ることができる。……だから、そんなに悲観していないよ。私は私のできる範囲で、私の護りたいものを護る。大丈夫だよ、ニヴィ。……ありがとう。私が落ち込んでると思ったんでしょ?』
ニルヴィスは立ち上がったレティシアを目で追い掛けると、彼女は振り向いて口角を上げて笑った。
その笑顔が眩しく、ニルヴィスは目を細めるように見ると、彼女は大丈夫だと思って安心した。
それと同時に、身体的な限界を受け入れ、前向きな彼女を素敵だと感じた。
彼は彼女の頭に手を伸ばすと、頭をくしゃくしゃとなで、立ち上がりながら言う。
「さぁーって……それなら、ボクはまた戦闘訓練に戻るけど、レティシアちゃんは走り込みしてきてね」
レティシアは訓練へと戻っていくニルヴィスを見届けると、彼に言われた通りに走り込みをした。
その時の風を、彼女はとても清々しいと感じた。
ロレシオは訓練が終わると、一足先に執務室に戻っていた。
彼は溜まっている仕事をしていたが、書類を見る顔は険しい。
しかし、ドアが開きレティシアが重い足取りで執務室入ってくると、嬉しそうに微笑ましく彼女を見つめる。
けれどロレシオは時計を見て、ソファーに倒れ込むように横になったレティシアに声をかける。
「レティシア様、お疲れさまです。少しお休みになりますか?」
『ん-……寝る……寝る子は育つって、言ってた……誰かが……』
「それでしたら、先に湯浴みをされてはいかがでしょうか?」
ロレシオは思わず笑いそうになったが、グッと堪えた。
彼は急いで立ち上がったレティシアを見ると、今度こそ我慢ができずに口角が上がる。
そのことを隠すように、彼は書類に視線を戻した。
『シャワーを浴びてくる!』
レティシアはそれだけ言うと、慌てて浮遊魔法を使ってシャワールームへと駆け込んだ。
この後、シャワーを浴びに騎士たちで溢れかえるからだ。
実はニルヴィスとアルノエやロレシオの3人や、隊長や副隊長クラスは、部屋にシャワールームが付いている。
しかし、レティシアの部屋には付いていない。
1度だけそのことで、部屋を交換しようと彼女は3人から言われた。
けれど、3人が実力で勝ち取った部屋だからと、レティシアは断っている。
そして、騎士たちは、訓練後にレティシアが汗を流したいだろうと、気を使って時間をずらしている。
そのため、シャワールームの中で彼らと鉢合わせることはない。
しかし、レティシアが遅くなればなる程、彼らがシャワーを浴びる時間が短くなる。
それをレティシアも知っているため、体が重くても入りに来たのだ。
レティシアがシャワーを浴びてタオルで軽く乾かした後、ニルヴィスが作ったラフなワンピースに着替えて外に出る。
すると、レティシアと入れ替わるように、騎士たちがシャワールームへと入っていく。
レティシアは執務室に戻ると、ロレシオの姿はなかった。
その代わり、ニルヴィスがソファーに座って、資料を読んでいる。
ニルヴィスはレティシアがソファーの近くまで来ると、資料から視線を上げた。
彼はレティシアの髪がまだ濡れていることに気が付くと、テーブルに書類を裏返して置き、彼女に声をかける。
「おかえり~レティシアちゃんおいで~。髪の毛、乾かしてかわいくしてあげる~」
ニルヴィスは膝をポンポンと軽くたたくと、レティシアが彼の膝に座る。
彼は彼女の髪に魔法を使って乾かすと、ヘアブラシを使って丁寧にとかす。
そして、彼女の髪を見つめながら、彼はゆっくりと口を開く。
「そう言えば、こないだレティシアちゃんが言ってた犬の件だけど、あれはボクたちの方で、処理していいの?」
レティシアはニルヴィスの言葉に、一瞬だけ鼓動が早くなったのを感じた。
しかし、彼女は冷静に考えて言う。
『そうだね。その辺のルールについて私は知らないし、それなら騎士団の決定に任せた方がいいと思うわ。それがどんな結果でもね』
ニルヴィスはレティシアの透き通る声の中に、わずかに悲しみの音色が聞こえた。
それでも、彼は前に進もうとする彼女を、強いと感じる。
ニルヴィスは彼女の髪を綺麗に2つに分けて、寝ても痛くならない位置でリボンを結ぶ。
その手付きは、羽でなでるように優しい。
「……分かった。それなら、ボクたちなりに考えてみるよ」
「あり……がとう……」
レティシアは髪を整えてもらっている時、気持ちがよくなった。
ウトウトしたまま彼女はお礼を言う。
「いーえ、レティシアちゃん、おやすみなさい」
ニルヴィスは優しく言うと、レティシアを自分の方に向きを変えながら抱き寄せる。
トン、トン、トン、と一定のリズムで優しくたたきながら、ニルヴィスは先程の資料に手を伸ばし読み始める。
(寝ないよ……まだ……寝ない……よ……)
レティシアは、たまに聞こえてくる紙をめくる音と、背中を軽くたたかれる心地よさに、意識が夢の中へと誘われるように落ちていった。




