第36話 秘密の告白
朝日が昇り、訓練の終わりを知らせる。
鳥たちは活動をはじめ、屋敷の中では慌ただしく使用人たちが働く。
初めて騎士団の訓練に参加したレティシアは、訓練を終えると宿舎にある1室に案内された。
部屋の中央にはテーブルとソファーが置かれ、窓の方を見ると窓が壁を挟んで2つ並ぶ。
その窓に挟まれた壁の前には、大きな執務机が置かれ存在感がある。
左右の壁を見ると、それぞれガラスの扉が付いた棚があり、近くには執務机があった。
それぞれの机の上には、書類の束が処理を待つように綺麗に積み上げられている。
ロレシオはレティシアに、紅茶を出してソファーに座るように促す。
彼女が座るの見てからロレシオは、彼女の前に座る。
そして、ロレシオの両端には、アルノエとニルヴィスが腰掛けた。
「改めまして、フリューネ騎士団で団長して居ります、ロレシオ・クローリーです」
「同じく、フリューネ騎士団で副団長しております、ニルヴィス・アルディレッドです」
「右に同じく、アルノエ・ワーズでございます」
彼らはそう言うと、レティシアに深々と頭を下げた。
部屋の中には静寂な時が流れ、3人はレティシアの様子を窺う。
しかし、彼女の表情からは、何も読み解くことはできない。
ロレシオは緊張から膝の上に置いていた手で、震える膝を掴むと話し出す。
レティシアがどう受け止めるのか分からず、拒絶されたらと考えるだけで、彼の額には薄っすら汗が浮かぶ。
「我々騎士団ができた背景には、帝国が大きく絡んできます。ですが、まだレティシア様に伝えて良いと、エディット様から許可されて居りません。しかし、我々フリューネ騎士団は、長年それを護って参りました。そして、フリューネ騎士団が優先するのはフリューネ家からの指示ですが、オプスブル家から指示があれば、フォス隊やスキア隊はフリューネ家の安全のために、フリューネ家から指示されなくても動くことがあります。――今回はオプスブル家からの指示で、我々3名がレティシア様の護衛に付くことになりました。このことに関しては、エディット様にも報告した際、エディット様からもお願いをされましたので、双方の意思は同じだと思って居ります。……仕方がなかったとは言え、団名並びに役職を誤魔化し、レティシア様に嘘を申し上げてしまい申し訳ありませんでした」
ロレシオは深々と頭を下げると、彼は両隣が同じように頭を下げたのが感覚で分かる。
しかし、彼は突き刺すよう視線をレティシアの方から感じると、仕方のないことだと思いながらも、悔しそうにズボンを握りしめた。
レティシアは背筋を伸ばし、彼女の言葉を待つロレシオを真っすぐに見つめる。
その瞳は氷のように冷たく、まるで探るような視線を彼に向けている。
彼女はスーッと目を細め、3人を見ながら話し出す。
けれど、その声はまるで冬の部屋に入る隙間風のようだ。
『ニルヴィスもだけど、今回ロレシオが事実を明かす理由は短剣の件があったからだと思うけど、その短剣は結局どうなったの?』
「はいは~い。その短剣の話はボクからするよ~」
ニルヴィスは無邪気な笑顔で片手を上げて言うと、レティシアに向かって続きを話し始める。
彼女の反応を見つめる彼の目は、彼女の眉がわずかに動くのを捉える。
「まず、短剣の使用はルカ様から許可があったけど、ルカ様との話し合いでエディット様には報告しないことになった。君が知られたくないだろうって……」
レティシアの視線がニルヴィスに突き刺さる感覚にもかかわらず、彼は気にする様子はない。
しかし、ニルヴィスは冷静に大人のように振る舞う彼女を見て、自分とは違うのだと思うと、少しだけ胸が痛んだ。
『そうね。できればお母様には、無駄に心配を掛けたくないから、それは助かるわ』
「うんうん。それでね?」
ニルヴィスはそう言うと、彼の気配が変わる。
彼の顔からは真実を見極めようと、いつもの笑顔は消え。
1つでもレティシアの動きを見逃さないように、ダークグリーンの瞳で真っすぐに彼女を見つめている。
「魔力暴走のきっかけになった付与術に関してなんだけど、なぜ今の段階で、あんなものを付与したのかボクは知りたい。教えてくれるかな?」
ニルヴィスに聞かれたレティシアは、彼の様子や視線から真剣だというのが分かる。
そして、彼女は軽くロレシオとアルノエを見ると、彼らもレティシアに真剣な眼差しを向けていた。
そのことから、こっちの話の方が彼らの本命だとレティシアは思い、素直に話すことにする。
『ん-。早い話が、私は私の耳と目になってくれる使い魔がほしいの。でも、無理やり契約を結びたい訳じゃなくて、幻獣や聖獣に認めてもらった上で契約したいの。その時のために、早い段階で付与術を施し、私自身が使いこなせるように体に馴染ませる必要があるわ。まぁ……それに……外出するって言ってたから、自分の身を自分で守れたら誰の負担にもならないと思って……試してみたの……。もちろん、自分でも早かったと自覚しているし、どんな危険があるかは理解しているわ……』
「なるほどね~。少しばかり気持ちが先走っちゃた結果なんだね……ぁはははっ! ルカ様が言ってたよ、君は冷静に見えて無鉄砲なところがあるって!」
ニルヴィスはそう言って、おなかを抱えながら楽しそうに笑う。
彼はレティシアが話すのを、真剣に目で見て、耳で聞いて、真実か噓か見極めていた。
しかし、大人のように話す彼女が、外出を楽しみにしていると知って驚いた。
なぜなら、彼の中でレティシアは冷静でルカからも信用してもらえる、自分とは違う人族だと思っていたからだ。
けれど、実際は普通の子どものように外出を喜び、やりたいことをやっているんだと思うと、彼女に嫉妬していたんだと自覚する。
彼は彼女にそんな気持ちを抱いたことが、ただただ面白かった。
(何も面白いことは言っていないのに、なんでここまで笑うのよ!)
レティシアはそう思うと、目に涙を浮かべながら笑うニルヴィスを、眉を寄せて睨んだ。
けれど、ニルヴィスはさらに笑い出し、レティシアは少しだけ憎たらしくなって頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん。でも大人のように振る舞ってても、中身は子どもなんだなぁ〜って思うと、面白いんだもん! ね~ね~、あの書庫だって君が結界を張ってるんだって? ボクたちは、ルカ様が張ってると思ってたけど違ってんだね~」
そう言ったニルヴィスに対し、レティシアはふん! っと鼻を鳴らして背を向けた。
彼女は中身が子どもじゃないのに、それでも彼に子どもと言われたのがいやだった。
それでも、本当のことを言えないレティシアは、不貞腐れたように話す。
『書庫は、少しだけ事情があったの。だから、元々あった結界に手を加えただけよ。今は鍵を持っていなくても、私が許可した人なら入れるわ。まぁ、逆に言えば、鍵を持っていても、私が許可してなければ入れないけどね』
今の書庫にある魔方陣の発動条件は、レティシアの魔力だ。
宝石に溜めた魔力の使い道に困った彼女が、書庫にあった守護の魔方陣を弄り、魔方陣に役割を増やした。
その1つが出入りに関する許可だ。
彼女の溜めていた宝石から魔方陣が魔力を吸収し、今は常に魔方陣が発動している状態になっている。
その結果、レティシアが毎晩欠かさずにやっている日課も、使用する宝石に困ることはない。
そして、もう1つの役割が結界だ。
レティシアは過去に彼女が作り上げた、魔力遮断結界を魔法陣に組み込んでいる。
そのため、先日の出来事の時に、ロレシオとニルヴィスの魔力探知に引っかかったのは、レティシアも予想外だった。
けれど、もしあの時にレティシアが書庫で魔力暴走を起こしたところで、その被害が外に及ぶことはなく、被害は書庫の中で留まったのである。
「なるほどね。それじゃあの日、仮にレティシアちゃんが魔力暴走を起こしていたら、本当に止められたのは、中にいたノエだけなんだね……」
レティシアはそう言ったニルヴィスを見ると、彼は何かを考えるように腕を組んで、まだ何かをブツブツと言っている。
彼女は、彼からまだ何か言われるのかと待っていたが、一向にその気配はなく、レティシア何となくどうでもいいように思えた。
レティシアはロレシオの方を見ると彼に話しかける。
その声は、冷めたような声だ。
『話を戻すけど。それで? 短剣のこともあって早々に、隠しごとはまずいと思ったの? だからルカが騎士団のことを言えって言ったのかしら?』
「それは違う!!」
突然レティシアの言葉に被せて、アルノエが大きな声で言った。
アルノエは膝の上で拳を握ると、目を閉じて悔しいと思うと勝手に口が動く。
「ルカ様は、オプスブル領に帰る前、レティシア様に騎士団のことを包み隠さず伝えるように言ってた! だけど! それから何度もエディット様に許可をもらいに行ったが、エディット様がレティシア様はまだ子どもだから、時期が早いと言って話す許しをもらえなかった! それで短剣のこともあってエディット様に、今回レティシア様を護衛するにあったって、レティシア様が俺たちが護衛することを気にしてると話したら、やっと少しだけなら……話していいと……」
アルノエはルカを庇うように発言していた。
しかし、途中で悪いのはエディットであると言っているようにも聞こえると気付いた。
すると、彼は血の気が引いたように青白い顔をして、最後は弱々しく話した。
(なるほどね。お母様の判断だったのね。ということは、今後も彼らが私の指示で動くことは、ないのかもね。お父様のことも気になるから、いろいろと調べたいのに……使い魔……やっぱり必要……か……)
レティシアはそう思うと、ルカが早い段階で話そうとしてくれたことを、嬉しいとも感じた。
その後、レティシアは彼らの前で短剣を披露した。
レティシアの手のひらに収まるサイズの短剣が、彼女が魔力を流せば刃渡り20cmの短剣に戻る。
また、氷の属性を含んだ魔力を流せば、短剣は青白くなり、そこから冷気が流れ出す。
レティシアは術式の出来栄えに満足すると、ほっと安心して思わず笑みが零れた。
アルノエたちは、短剣から寒いと感じるくらいの冷気が出ていることに気が付くと、彼らは息を呑むほど驚く。
彼らの瞳には、驚きと困惑が広がり、彼れらの目は短剣に釘付けになった。
そして、レティシアは彼らと今後の予定について話し合った。
彼らの顔は真剣で、それぞれが自分の役割を理解し、それに対する責任の重さを再確認する。
話し合いが終わると、その日は解散という流れになった。
昼食を終え、アルノエに連れられてレティシアが部屋に戻る。
初めてアルノエと訓練場に行った時とは違い、そこにはアンナの姿はない。
しかし、その代わりにテーブルの上には、1枚の紙が置かれている。
レティシアはその紙を手に取ると、アンナからの置手紙だった。
手紙には、また前のように3人で過ごしたい趣旨と、できることなら訓練の時間が仕事の前だから、自分も訓練の見学をしたいと書かれている。
レティシアは読み終えると、その手紙をアルノエに渡す。
アルノエは手渡された手紙を読むと「無理ですね」と冷たく言い切った。
(まぁ、騎士団で箝口令が敷かれたのに、許可が下りることはないよね。アンナには悪いけど、後で無理だと伝えるしかないわ)
レティシアはそう思うと、それでもアンナのために何かしてあげたいと思った。
そして、レティシアはアルノエのズボンを軽く引っ張ると、彼に訴えるかのように目を潤ませて言う。
『ねぇ、ノエ? 今度のお出掛けにアンナも連れて行ったらダメ?』
アルノエはレティシアの方を見ると、わずかに眉が動いた。
しかし、彼は真っすぐにレティシアを見つめると、少しだけ突き放すように話す。
「大丈夫だと思いますが、彼女に何かあっても我々は動きませんし、その時はレティシア様の命令にも従いませんよ? それでも良ければ、我々は一向に構いませんので、大丈夫です」
(うん。言葉にしないけど、遠回しにダメって言っているよね……。アンナの身が危険になるようなことは避けたいもの……はぁ……アンナ……やっぱ私には、人の恋を手伝えるような技量は、持ち合わせてなかったよ……)
そう思いながら、レティシアは深いため息をついた。




