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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

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第35話 誓いと新たな挑戦


 神歴1490年2月24日。


 いつもは鏡が布を被っている時間。

 部屋には布が擦れる音が小さく響く。

 その音は、布が鏡の冷たいガラス面をなでるように、優しく寄り添い。

 まるで時間がゆっくりと流れているようにも感じる。

 けれど、時計の秒針はしっかりと時を刻む。


 昨晩、アルノエから渡されたドレスに袖を通したレティシアは、鏡の前で鏡に映る自分の姿を何度も嬉しそうに見ていた。

 そのドレスは彼女の体にフィットし、彼女のかわいらしい子どもの姿を美しく引き立てる。

 彼女の目は輝き、口元には幸せそうな微笑みが浮かぶ。

 その瞬間、部屋全体が彼女の喜びで満たされ、時計の秒針の音さえもレティシアの心の高揚を反映しているかのように聞こえる。


 しかし、時計の秒針に隠れるようにして、ほんのわずかに笑いを堪える音が重なる。


「レティシア様、とてもお似合いですよ。これでレティシア様も我々の一員ですね」


 アルノエは肩を震わせながら、レティシアに言うとの目尻の涙を拭う。

 始めはレティシアが鏡の前で、嬉しそうに鏡に映る姿を見ているのを、アルノエはかわいいと思っていた。

 しかし、一向に辞めないで続けるレティシアを、彼は面白いと感じてしまった。


 レティシアは振り返って口を押えているアルノエを見ると、顔が徐々に赤くなっていくのを感じた。

 恥ずかしさから、レティシアは少しだけぶっきらぼうに言う。


『……もう、行こ! みんなも待っているし!』


「ええ、そろそろ行きましょうか」


 アルノエはそう言うと、恥ずかしそうに下を向いて歩くレティシアを微笑ましく思う。


 しかし、突然レティシアは思い出したかのように、顔を上げると振り返ってアルノエの顔を見た。


『あ、ねぇノエ。先に聞いておきたいんだけど、他の人たちがいるならテレパシーは使わない方がいい?』


「いえ、今日レティシア様が会う方たちは、レティシア様がテレパシーを使えることは存じております。ですので、問題はありません。彼らの他に知っている者たちは、活動時間が深夜ですので、レティシア様がお会いする機会はないと思います」


 アルノエはレティシアの質問に答えると、胸ポケットから1枚の封筒を取り出してテーブルの上に置いた。

 それからレティシアの方に向かうと、彼女を抱き上げて少しだけぎこちなく微笑んだ。

 彼は真っすぐに前を向くと、部屋を出て訓練場に向かった。



 訓練場の入り口付近で待っていたニルヴィスは、レティシアとアルノエの姿を見つけると、彼らに駆け寄る。

 そして、レティシアが自分の作った服を、着ているのを見ると嬉しいと思った。


「レティシアちゃん似合ってるね! すごくかわいいよ~」


 ニルヴィスはそう言うと、ズボンのポケットから赤いブローチを取り出した。

 そのブローチは冷たく光り、これから付ける者を見定めるようだ。


「今レティシアちゃんが着てる服の素材は、ボクたちの着てる物と同じだから、丈夫さも熱や寒さへの耐性は保証するよ~。ちょっとごめんね~」


 ニルヴィスは話しながら、レティシアの首元についた青いリボンに、赤いブローチを付けていく。

 彼の指先は、まるでレティシアを傷つけないように、薄いガラスを触るように優しい慣れた手付きだ。


『ニヴィ、とっても素敵な服を作ってくれてありがとう!』


「い~え! レティシアちゃん、今ボクが付けたブローチに、少しだけ魔力を流してもらっていい?」


 ニルヴィスは、満面の笑みを向けてくれたレティシアに、笑顔のままでそう言った。

 しかし、彼のダークグリーンの瞳は冷たく、まるで何かを見極めようとしている。


 レティシアはニルヴィスの言葉に疑問を感じたが、言われた通りにブローチに魔力を流す。

 すると、ブローチにはフリューネ家の紋章が浮かび上がる。


「うん。レティシアちゃんは、ちゃんと護りたいものを決めてるんだね……。ルカ様の言ってた通りだ」


 ニルヴィスは複雑な気持ちを隠すように、レティシアに微笑んだ。

 だけど、その気持ちを隠しきれなかった彼の眉は、わずかに下がる。

 ニルヴィスは、レティシアにも護ものがあるのを嬉しく思う。

 その一方で、この先彼女が魔力暴走や短剣に宿った負の感情に飲み込まれた時のことを考える。

 もしかしたら、彼女を殺さなければならない立場に居るのだと思うと、短剣の使用を許可したことを彼は後悔した。

 ニルヴィスは目を閉じて深く息を吸い込むと、覚悟を決めてレティシアをしっかりと瞳に映す。


「それなら……。やっと双方からも、お許しが出たことだし、ボクも本当のことを説明するかな……。あのね、ボクたち第1騎士団って名前じゃなくて、本当はフリューネ騎士団って名前なんだよ。フリューネ騎士団は、帝国じゃなくてフリューネ家に忠義を誓ってる……だから、帝国騎士団と違うんだよ。

 例えばだけど……戦争が起きても、ボクたちは帝国のために剣を抜いたりしない。フリューネ家が判断し、戦争に参加すなら、その時はもちろん戦うけどね。でも、そうじゃないなら、ボクたちは領地から一歩も出ることはない。帝国が滅びようとも、フリューネ家が無事ならそれでいいっていう考え方。まぁ、他の領地にある騎士団も実際のところ、ボクたちと同じだと思うけどね~」


 ニルヴィスはそう言うと、頭の上で組んでいた手を下ろし。

 レティシアの首元のブローチを、遠くを見つめるような目で見つめた。

 そして、再びレティシアを見ると、ニルヴィスは彼女に真剣な眼差しを向ける。


「それで、ここからが他の領地と違うところなんだけど、フリューネ騎士団には大きく分けて4つの部隊が存在する。白い隊服のフォス隊、そして黒い隊服のスキア隊。この2部隊は、オプスブル家から送り込まれた人たちが多いの。だから、その人たちの中には、オプスブルに忠義を誓ってる人もいる。ボクやノエとロレシオなんかは、特にそうだね。

 それと違って、午前中にレティシアちゃんとルカ様が見てた、上下で色の違う隊服を着てたのが、雪の雫隊と白の雫隊だよ。その2部隊のほとんどは、フリューネ領に住む者たちが志願して、適正テストを受け、受かった領民が多いんだ。そのため、彼らはフリューネ家にだけ忠義を誓ってる。だから、ここに近い人たちは、訓練するためにここに来る。だけど、そうじゃない人たちはここに来ないで、領地の安全を守ってるんだよ。仕事内容も、巡回とか警備が多いし、仕事が終わればボクたちと違って家に帰るしね~。んで、白い服に青い装飾や糸が使われるのが、団服で彼らをまとめてるんだよ~」


 レティシアは真剣に話すニルヴィスの目を、逸らすこともなく真剣に聞いていた。

 彼女は騎士団の存在は知っていたが、4つの部隊が存在し、彼らがどのようにして騎士団に入ったのか知らなかった。

 しかし、ニルヴィスの話を聞いたレティシアは、ルカと来た時と、アルノエと来た時に見た騎士たちのレベル差に納得した。


(フォス隊とスキア隊はオプスブル家から来たのね……アルノエと来た時に見たのがフォス隊ね……だから、あんなにレベルの高い実戦を想定した、訓練を彼らはしていたのね)


 レティシアがそう思っていると、ニルヴィスの手が彼女の首元に伸びる。

 レティシアは一瞬だけ身構えたが、彼の指はトンとブローチに軽く触れた。


「ちなみに、レティシアちゃんが付けてるこのブローチは、ボクたちが付けてるブローチと同じなんだ。フリューネ家とオプスブル家に忠義を誓った、フォス隊とスキア隊だけが付けることを許されてる。忠義を誓ってて、なおかつ魔力量が多いとフリューネ家の紋章が浮かぶんだ。もちろん、紋章が浮かばなかった者は、今はルカ様が許可しない限り所属することはできないけどね」


 ニルヴィスはそう言うと、レティシアに向かって微笑む。

 彼女が真剣に話を聞く姿から、本当に普通の子どもじゃないのだと彼は理解した。

 そんな彼女と、これからは仲間として過ごせるのを、どこか嬉しくも思う。

 ニルヴィスは左胸に付いているブローチに優しく触れると、まるで誓いを立てるように大切そうに見つめる。


「これを付けてる者は、仲間の証……オプスブル家とフリューネ家を絶対に裏切らない誓いの証だよ……。あ、それと、そのブローチに魔力を流しながら触れてれば、音声だけなんだけど話せるよ。それ通信魔道具だから、団服を着ない時は空間魔法の中に仕舞っといてね~」


 ニルヴィスは話し終わると、レティシアが理解したのか不安になって、心配そうに彼女の顔を見た。

 しかし、レティシアが真剣な面持ちでブローチに触れながら、何かを考えているようでニルヴィスは理解したのだと思うと安心する。


(忠義……仲間の証……誓いの証……仲間……誓い……)


 レティシアは心の中でそう呟くと、過去の転生で一緒に過ごした仲間たちの誓いや、彼らと過ごした日々を思い返していた。

 あの時に誓いを立てた仲間も、忠義を誓った主もこの世界にはいない。

 忠義も誓いも失ってしまったことに、悲しみが押し寄せる。

 それでも、新しく仲間と誓いができるのだと思うと、素直に喜べずに彼女は気持ちが複雑に絡まる。

 しかし、触れていたブローチからは、ほのかに温かさを感じてレティシアは泣きそうになった。


「さっ! レティシアちゃん! 続きはまた後で詳しく話すからさ、今はとりあえずみんなが君を歓迎してる! だから、あっちに行ってあいさつしよっか!」


 ニルヴィスはそう言ってレティシアに笑いかけると、騎士たちが待つ方へと彼は歩き出した。

 背後から足音を聞いたニルヴィスは、アルノエが自分を追い掛けてきていることを気配からも分かった。



 訓練場で待っていたロレシオは、3人が来たことに気が付くと大きな声を出した。

 訓練場は剣と剣が激しくぶつかり合い、土を蹴る音と叫ぶ声がしていた。

 しかし、彼の声は日の出前の訓練場に響き渡る。


「集合!!」


 赤茶の髪を後ろに撫で付けたロレシオの声を聞いた騎士たちは、一斉に動きを止めて駆け足で集まる。

 それはまるで、行進パフォーマンスのように動きが揃った集団行動であった。


 ロレシオの隣に並ぶように、後ろで手を組んだニルヴィスが背筋を伸ばし立ち。

 さらにその隣に、レティシアを抱えているアルノエが立ったことを、ロレシオが細めの青緑の目で横を確認すると、彼は騎士たちの方を向いて大きな声を出す。


「本日より、フリューネ騎士団フォス隊の訓練へ参加することになった、レティシア・ルー・フリューネ様だ! レティシア様のここでの行動は、例外なく全て箝口令を敷く! 命に代えても絶対に外に漏らすな!! それと、分かっていると思うが、くれぐれも失礼のないように!! いいな!!」


「「「はいっ!!!」」」


「フォス隊の隊長と副隊長は、後でレティシア様にあいさつするように!」


「「はいっ!」」


「レティシア様、あいさつの方をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 ロレシオに優しく微笑みかけられた、レティシアはロレシオを見て静かに頷いた。

 彼女はアルノエに抱えられたまま、綺麗に整列している騎士たちの顔を見る。

 そして、レティシアは騎士たちに向かってお辞儀すると、透き通るような声でテレパシーを使う。


『本日より、皆様と一緒に訓練に参加することになりました。レティシア・ルー・フリューネです。どうかよろしくお願いします』


「レティシア様、ありがとうございます。それじゃ! 訓練の続きに戻ってくれ!」


「「「はいっ!」」」


 足早に騎士たちが訓練に戻っていく。

 アルノエはレティシアをその場に下ろすと、彼女の目線に合わせてしゃがむ。


「レティシア様、オレも訓練に参加してきます。ですが、レティシア様には、まず体力をつけてもらうために、走り込みをしてもらいます。休んでも構いませんので、大変だと思いますがしっかりと訓練に励んでください」


 アルノエにそう言われたレティシアは、背筋を伸ばすと彼に敬礼して見せた。

 彼女はアルノエが微笑んで立ち上がると、訓練に向かって行く後姿を見つめる。

 2歳にもなっていない彼女は体力もなく、短剣が扱えない。

 そのため、彼女は体力をつけることしか、今はできることがない。

 レティシアはその後、ひたすら走っては疲れたら休んでを繰り返した。

 その間に、彼女に話しかける騎士もいたりして、彼女は自然に彼らと打ち解けた。


 フォス隊の隊長と副隊長もレティシアの元を訪れ、彼女の周りには騎士たちが集まる。

 その時にレティシアは彼らの会話から、帝都で不思議な奇病が発症しているのを知る。

 そして、その調査で現在スキア隊がこの屋敷に居ないことを聞いた。


(体が徐々に結晶と化して、最終的には亡くなる病か……。話を聞いた限り、まだ治療法も見つかっていないし、発症の原因も不明……。ただ……、その病を患っている人の多くは、庶民や下級貴族……。過去の転生でも、そんな病なんて聞いたこともないわ)


 レティシアは眉間にシワを寄せて、考えながら再び走り出す。

 しかし、彼女はふっと足を止めると、帝都の方向にある空を見つめた。



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