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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

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第33話 短剣の秘密と覚悟


 神歴1490年2月20日。


 レティシアが魔力暴走を起こしかけた日から、ニルヴィスは洋服の制作にあたっていた。

 彼が所属する騎士団では、女性が着るための隊服が存在しない。

 その理由は、たとえ騎士団の入団テストをクリアしても、他に配属されるからだ。

 そのため、レティシアに洋服を準備すると言った彼は、趣味でもある裁縫に勤しんでいた。

 部屋には台紙と布があちらこちらに散らばっており、急いで作っていることが分かる。

 そして、部屋にはミシンを動かす音だけが響く。


 その音を邪魔するかのように、ドアが開く音がした。

 ニルヴィスは手を止め、ゆっくりと振り返る。

 そこには、落ちた紙や布を拾っているアルノエの姿があった。


「あ~……。ノエありがとう。散らかしてごめんね」


 ニルヴィスは緩い口調でそう言った。

 彼の目の下にはクマができており、声はどこか疲れているようにも聞こえ。

 ここ数日の長時間の集中と作業から、蓄積された疲労から彼の顔は少し青ざめている。


 アルノエは1度だけニルヴィスの顔を見ると、沈んだ表情をした。

 彼は何も手伝えない無力感と、ニルヴィスの健康を心から案じる気持ちが複雑に絡まる。

 それでも、アルノエはニルヴィスがよく人を観察するのを知っているため、平然をよそうように話し出す。


「いや、気にしなくていい。ニヴィこそありがとう。こういうのできるの、ニヴィだけだから負担かけてるな」


「ん~別に負担だと思ってないよ。むしろ、ボクの世話を毎回やってるノエの方が大変でしょ。それで、どうしたの? なんかあった〜?」


 ニルヴィスはそう言いながら、アルノエの方を向くと、腕をイスの背もたれに置いて首をかしげた。

 彼の目はどこか眠そうにしながらも、しっかりとアルノエの行動から心理を読もうとしている。


 一方アルノエはニルヴィスの方を振り向かずに、テーブルの上を片付けると、テーブルの上にお茶菓子とティーセットを置いていく。

 アルノエの手つきは丁寧で、おしぼりまで用意している。


「ただ心配になっただけ。ほっておけば休憩もしないで、やりそうだから。お茶と茶菓子を持ってきたから、一緒に食べよ」


「ありがとう。本当に助かるよ~」


 ニルヴィスはそう言って立ち上がると、腕を天井に向かって伸ばしながら大きなあくびをした。

 彼はソファーに座ると、胸ポケットから通信魔法道具を取り出してテーブルの上に置く。


「ルカ様から連絡は来たのか?」


 アルノエは置かれた通信魔法道具に1度だけ目を向けると、そう言ってニルヴィスのティーカップに紅茶を注ぐ。


「ん~全然。うんともすんとも言わないよ~。影からも連絡がないから、連絡ができない状況だと思うけど……。このまま連絡が取れなかったら、どうしようか悩みちゅ~」


 ニルヴィスは茶菓子を食べながら答え、疲れたように目を閉じてゆっくりと首を左右にかたむけて首を伸ばす。

 ゆっくり目を開けると、通信魔法道具を見てニルヴィスは言う。


「まっ……多分今日あたり来ると思うけどね~」


「なぜそう思う?」


 アルノエはそう言って眉間にシワを寄せると、ティーカップを持つ手が止まった。

 ニルヴィスは茶菓子に手を伸ばすと、どこか気怠そうな声で話し始める。


「あ~連絡が全然来ないからさ~、影に伝言を頼んだよ。ルカ様に姫さんが死にかけたよって伝えてって~。だから多分連絡は来るよ」


「ニヴィ!!」


 アルノエは大きめな声を出すと、雑にティーカップをソーサラーに置いた。

 その瞬間カチャンとカップとソーサーが音を立てる。

 しかし、ニルヴィスはソファーにもたれ掛かると、天井を見ると目を閉じて言う。


「怒んないでよ~そうでもしないと、ルカ様が向こうの用事を済ませるまで、連絡が来ないと思ったんだよ~。ボクだって悪いと思うけど、ボクからの返事を健気にレティシアちゃんは待ってるんだよ~? 何とかしてあげたいって思うじゃん」


「はぁ……。それでも、それはルカ様が怒るぞ……オレは知らないからな」


 アルノエはそう言いながら、膝の上に肘をつくと額を押さえた。

 彼はルカが怒るのを想像すると、頭が痛いと感じる。

 けれど、ニルヴィスは頭を押さえたアルノエのことを、気にしていないとでも言うように、あくびをすると腕を伸ばす。


「ん~! 分かってるよ~大丈夫、大丈夫~。ボクに考えがあるから問題ないって~」


 ニルヴィスがそう言うと、テーブルの上に置かれた通信魔法道具が、連絡が入ったことを知らせるように、中央に付いた飾りが赤く点滅し出す。


 点滅する通信魔法道具を指さしながら、ニルヴィスがどこか楽しそうに言う。


「ほらね。連絡が来たよ~」


 アルノエは楽しそうなニルヴィスを見ると、青白い顔をしながら両手で頭を抱える。


「オレは本当に知らないからな……」


 しかし、気にも留めてない様子で、ニルヴィスは通信をつなげる。


「はいは~い。ルカ様聞こえますか~?」


『聞こえてる。悪いな映像は映せそうにない』


「大丈夫だよ~」


 ニルヴィスがそう言うと、アルノエは驚いた表情を浮かべて顔を上げた。

 彼は、ルカがニルヴィスに対して怒ると考えていたからだ。

 しかし、ルカの声は至って冷静だった。


 ニルヴィスは驚いてるアルノエを見ると、子どものように声を出さずに笑う。


『それでなんだ? レティシアのことで、用事があったんだろ? 急いでるから手短に頼む』


「はいは~い。んじゃ手短に話すね。まず、レティシアちゃんが短剣に付与術を付与したんだけど、主従関係を短剣と結んだんだよ。それで、ちょっと問題が起きて、レティシアちゃんが書庫で魔力暴走を起こしかけた」


 ニルヴィスがそう言うと、ルカの気配が通信魔法道具越しでも殺気だった気がした。

 その瞬間、ニルヴィスは背筋が凍るような感覚に襲われる。

 一方アルノエは、呆れたようにニルヴィスを見ていた。


『書庫なら、彼女が結界を張ってるし、大きな問題はないだろ。それで? レティシアの様子は?』


 けれど、ルカの声はどこか無機質に聞こえた。

 ニルヴィスはルカの声に殺気を感じなかったことに、安堵すると話を続ける。


「今のところは問題ないと思う。あれから異変とかないし。だけど、たまにレティシアちゃんの気配が消えてるのは、気になるかな?」


『問題ないならいい。気配のことは、気にしなくていい。彼女も必要だと思えば話すから、彼女が倒れないように見守ってくれ。それで、短剣の方はどうだ?』


 ルカはそう言うと、目の前にある通信魔法道具を悲し気に見た。

 彼女と過ごしたあの時間が、彼にはもう遠い過去のように思えて切ない。

 彼女と過ごしていたルカは、彼女の気配が消える理由を知っている。

 だが、勝手に彼の口から言うべきではないと思うと、レティシアの判断に任せることにした。


「ん~。ボクが見た限り、術式は成功してたよ。はっきり言うけど、あんなに強い結び付きを見たのは初めてだったよ」


 ルカは通信魔法道具に、何度か優しくなでるように触れる。

 そして、レティシアの性格や行動を思い浮かべ、彼女が考えそうなことを考える。

 それだけ、ルカはレティシアと一緒にいる時に、彼女のことを見ていた。

 そのため、いま彼女と同じ時間が過ごせる、ニルヴィスとアルノエを少しだけ、羨ましいと思っている。


『……そうか、それならお前が俺に連絡したのは、強い結び付きがある短剣を、レティシアが使ってもいいかってことだな?』


「正解! さすがルカ様。それで、本当のところ、大丈夫だと思う?」


『術式を付与した直後に、魔力暴走を起こしかけたことを考えれば、普通はダメだな。だけど、どうせレティシアが試したいって言ったんだろ?』


 アルノエはルカの言葉を聞くと、顔を伏せた。

 彼は、離れていてもルカがレティシアのことを、理解しているのをすごいと思う。

 しかし、アルノエはルカよりも長い時間をレティシアと過ごしている。

 それにもかかわらず、彼女のことを十分に理解していないと感じる。

 書庫でのことも重なり、彼は恥ずかしさと悔しさを同時に感じた。


「うん、そうなんだよ。どうしたらいいと思う?」


 ニルヴィスは顔を伏せたアルノエを見ると、心配そうな視線を向ける。

 けれど、ニルヴィスにはどうすることもできない。

 なぜなら、彼も似たような感情を、抱えているからだ。


『好きにさせると良い。彼女が問題ないって判断したんだ。それなら問題ない』


 ルカがどこか優しげに言うと、ニルヴィスは少しだけ視線を落とした。

 ニルヴィスは、ルカがレティシアの判断を信頼していることに対して、羨ましいと感じた。

 彼は自分がどれほどルカに信用されているのか、そして同じように信頼されているのかを考えてしまう。

 けれど、彼はすぐにルカの時間を無駄にできないと思い、話を続ける。


「……んじゃ、ボクたちの訓練に参加させていいの?」


『ああ、それで頼む。それと……騎士団の説明は、お前に任せる。彼女はちゃんと護りたいと思ってるから、心配ない。ただ……冷静に見えても、無鉄砲なところがあるから、注意は必要だけど……』


 ルカがそう言うと、ニルヴィスは顔がほころぶ。

 少なくても、ルカから騎士団の説明を任せてもらえるくらいには、彼からの信用があるのだと思うと、ニルヴィスは嬉しく思う。


「ふ~ん。んじゃ、ボクが説明するね……。エディット様には、なんて伝える?」


『……短剣のことは、報告しない方がいい。報告すれば、エディット様は短剣の使用を許可しない。そうなれば、レティシアは我慢できなくなって、お前たちに隠れて使おうとする。できれば、それだけは避けたい。何かあった時に、対応が遅れる。それに……、レティシアはエディット様に心配を掛けたくないと思うんだ……、だから、エディット様に話したと知れば、お前たちとも距離を置くと俺は思う』


「なるほどね~。確かに、距離を置かれたら、ボクたちが困るね」


『ああ、だから報告は訓練場のことまでだ。ニルヴィス悪い。話の途中だけど、そろそろ戻らないと。レティシアのことは、本人から言うと思うから、それまで待ってやってくれ。また連絡する』


「は~い、またね~」


 通信が切れると、ニルヴィスはソファーにもたれ掛かり、深く息を吐き出した。

 アルノエは顔を上げると、ニルヴィスを睨んだ。


「ニヴィ、本当はなんて影に伝えた?」


「あ、忘れてなかったか~。初めに連絡した時は、普通に問題が起きたから連絡ちょうだいって言ったんだけどね~それでも連絡がなかったから、レティシアちゃんに問題が起きたって言ったんだよ~」


 ニルヴィスは笑うとそう言った。

 しかし、彼は実際に「ルカ様に姫さんが死にかけたよって伝えて」っと言っていた。

 けれど、これはルカがニルヴィスにどうしても連絡が付かなった時。

 レティシアのことで困ったことがあれば、使うように指示したことだ。


「オレ……本気で心配したんだからな……」


「ごめんごめん、もうしないから許して~。まぁ、確かに死にかけたって言ってたら、やばかったね……」


「ああ……通信魔法道具越しでも、一瞬だけ殺気を感じた……」


 2人はルカの殺気を思い出すと、背筋にいやな汗が流れた。

 ニルヴィスは重たい雰囲気を変えようと、明るく振る舞う。


「まぁ~これで、許可は下りたから~ノエはエディット様の方、お願いね~」


「分かった。いろいろとありがとう」


 アルノエはニルヴィスに笑いかけると、そう言ってゆっくりと立ち上がった。

 彼はこれからが自分の仕事だと思うと、気合を入れる。


「いえいえ~んじゃ、ボクの作業の続きでもするか~」


 ニルヴィスは立ち上がったアルノエを見ると、彼も背伸びをしながら立ち上がり、作業台に向かって歩き出す。


「無理するなよ。また来る……ところで、なぜ強い結び付きがあると、ダメなの?」


 ニルヴィスはふっと立ち止まると、深く息を吸い込みアルノエの方に振り向いた。

 スーッと目を細めてアルノエの目を真っすぐに見つめ。


「レティシアちゃんが短剣にした付与術は、深く魂まで結び付いてるんだ。その結果、問題が起きるかもしれない」


 と説明した。


 アルノエは眉をわずかに上げ、視線だけを落とす。

 少しばかりの沈黙の後、彼は再び真っすぐにニルヴィスを見る。


「問題って、具体的には?」


「魂の結び付きがあって良いところは、力を10使えば短剣に10伝わる。それが1番の利点だ。だけど、仮にレティシアちゃんが魔力暴走を起こした場合、短剣から膨大な魔力が流れ出る可能性がある。――つまり、レティシアちゃんの制御だけじゃ、どうにもならない。それに、魂で結び付いてるから、負の感情だけで短剣を振り続ければ、いつか短剣は負の感情に支配される。その時、レティシアに心の隙間があれば、主従関係は逆転し、使用者が負の感情に飲み込まれるんだよ」


 アルノエは口を押えて困惑し、言葉を失って深く考え込んだ。


「レティシア様がその短剣を使うのは危険だな……。だけど、レティシア様がそれを理解してて、それでも使いたいと言うなら……」


「――ねぇ、ノエ。……ルカ様は許可してたけど、ノエが使わせたくないなら、よく考えた方がいい。次に魔力暴走が起きたら、確実にレティシアちゃんは死ぬよ? それに、負の感情に飲み込まれたあの子を、確実に止める(殺す)覚悟を持ってないなら、辞めさせるべきだ。ボクはちゃんと教えたよ。だから、ノエも考えて自分で決断してね」


 ニルヴィスはそう言って、片手を上げると手を振りながら、椅子に座って作業の続きを始めた。

 アルノエは作業の続きを始めたニルヴィスの背中を見つめ、強く目を閉じると爪が手のひらに食い込むほどに拳を握る。

 彼はゆっくり目を開けると、その目には薄っすらと涙が滲む。

 ドアに向かう彼の足取りは重く、思いつめた顔をしていた。


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