表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/227

第30話 手紙と涙


 神歴1490年1月29日。


 窓の外では雪が降り、窓には結露が溜まっていた。

 けれど、部屋では魔法道具が使われ、寒さを感じることはない。

 その中で、レティシアが自室でアンナと過ごしている。


 レティシアはふっと窓の方を見ると、窓に映る瞳は儚げだ。


 すると、ドアをノックする音が聞こえ、アルノエがレティシアの部屋を訪ねてきた。

 大切そうに箱を持って入ってきたアルノエは、アンナとレティシアの方を見る。

 彼はアンナの方を真っすぐ見て口を開けたが、アンナはそんなアルノエに話しかける。


「今日は寒いので、体が温まるお茶をお入れしますね!」


 アンナは微笑みながら、ほんのり頬を染めてお茶の用意を始めた。

 しかし、アルノエは咳ばらいを1度だけして、少しだけ言い難そうに話し出す。


「アンナさん、申し訳ないのですが……。お茶の方を入れ終わりましたら、本日は私とレティシア様の2人にしていただけませんか?」


 そう言われたアンナの顔には、困惑の色が見える。

 アルノエがアンナに退出を求めたのは、今回が初めてのことだった。


 アンナは戸惑いながらも、アルノエに聞き返す。


「えっ? ど、どういうことでしょうか……?」


 アルノエは真っすぐにアンナの目を見て話す。

 その眼差しは真剣だ。


「すみません。レティシア様と少々大切なお話があります。なので、アンナさんには退室をお願いしたいのです。食堂の方へは、私が責任をもってレティシア様を連れて行きます。ですので、アンナさんが心配しなくとも大丈夫です。他のお仕事へとお戻りください」


 彼の声は無機質で、その声色には感情の色彩が一切なく。

 言葉が淡々と紡がれていくようだった。


「あ、はい……わ、分かりました」


 アンナは、いつもの彼と違ったことに驚きつつも、目を伏せながらそう言った。

 戸惑いからか、お茶を入れる手が、微かに震えている。

 何かしらの事情があるのだと分かっていても、アンナの胸は小さく傷んだ。


 アンナはお茶を入れると、肩を落としながらも一礼して、レティシアの部屋を出て行った。


 アンナに初めて退出を求めたアルノエを、レティシアは不思議そうに見ていた。


(何かあったのかな? どうしたんだろう)


 レティシアはそう思った。


 アルノエはレティシアの近くまで来ると、彼女の視線の高さまでしゃがむ。

 彼は真っすぐに彼女の目を見ると、ゆっくりと話し出す。


「レティシア様、失礼しました。少しだけ団長たちとも相談したのですが、今回ダニエル様の滞在中は、私どもとお出掛けしませんか?」


 アルノエの声は先程とは違い、どこか暖かく、それでいて落ち着いていた。


(どういうこと?)


 レティシアは、予想していなかったことを言われて、首をかしげながら思った。


「ルカ様がいらっしゃらないので、遠くへは行けませんが、街に行ったりと、少しだけ屋敷の外にも外出してみませんか? 外出してみたら、いい気晴らしになるのではないかと、私なりに思いまして……、どうでしょうか?」


 アルノエがレティシアにそう提案した。

 すると、レティシアの顔がパァーッと満面の笑みになる。


「いいよ! ばしょ、アルノエ、きめて!」


 レティシアが嬉しそうな声で言うと、アルノエの口元がわずかに緩む。


「かしこまりました。では、後程エディット様にも、私の方からお話いたします」


「ありがと!」


 弾むような声でレティシアが言った。


(今世で、生まれて初めて外に行くのかぁ! 今からワクワクする!)


 レティシアはそう思うと、嬉しさから鼻歌を歌いだす。

 宙に浮く足をジタバタとさせ、どこか楽しそうだ。


 けれど、アルノエの表情は沈んでいく。

 彼は肩を落とし、右手でうなじを触る。

 どうやら、レティシアがここまで喜ぶとは、思っていなかったようだ。

 アルノエは後悔した表情をし、少しだけ気まずそうにしている。

 持ってきた箱を見つめ、彼はしっかりと箱を握った。


「あのぉ……それで、伝える順番が逆になってしまったようなのですが……」


 アルノエは言い淀みながら、箱をレティシアの前に出すと、さらに言葉を続ける。


「こちらは、ルカ様がレティシア様へと……。その……お贈りになった物です……」


 そう言ったアルノエの声は、弱々しかった。


 しかし、レティシアはルカからの贈り物だと聞いて、目を輝かせて笑顔になった。

 彼女は、目の前に置かれている箱を急いであける。

 中には綺麗に包まれた包みと、1通の封筒が入っていることに気が付く。


 レティシアは柔らかい表情を浮かべ、封筒を静かに見つめる。

 そして、ゆっくりと封筒に手を伸ばし手に取った。


 レティシアは丁寧に封筒から手紙を取り出すと、ゆっくりと手紙を開く。

 手紙には丁寧に書かれた、綺麗な文字が並んでいる。

 彼女は手紙の文字に触れながら、静かに手紙を読み進めていく。



『親愛なるレティシア・ルー・フリューネへ

 レティシア、君は元気にしてるだろうか?

 俺は変わらず元気に過ごしてるよ。

 君が贈ってくれたタッセルは、無事に受け取ることができたよ。

 鮮やかで深みのある藍色は、少しだけ君の瞳を思い出す。

 今は剣に付けて大切にしてる。

 ありがとう。


 実は、君に謝らなければないことがある。

 どうしても外せない用事があって、君の元へ行くことができない。

 そのことを、どうか許してほしい。

 その代わりじゃないが、俺の希望で信頼してるアルノエに、レティシアの護衛を任せることにした。

 レティシアも、彼のことは信用して大丈夫だ。

 彼には、テレパシーのことも伝えてある。だから、何かあったら彼に伝えるといい。

 アルノエの他にも2人、君の護衛に付けた。後でアルノエから他の2人も紹介させる。


 それから、宝石と本以外で、レティシアがほしがりそうな物が分からなくて。

 誕生日のお祝いに短剣を贈ることにした。

 本当なら、魔力を注げば大きさを変えられる短剣にしようとしたけど、レティシアは付与術が使えるから。

 君が好きにできるように、何も付与がされてない物を選んだ。


 少し早いけど、お誕生日おめでとうレティシア。


 遠くからでも、いつも君の無事と幸せを願ってる。


                           ルカ・オプスブル』



(あぁ……。ルカ……本当に来れないんだね……。それでも、こうして祝ってくれるのは、誕生日を忘れてなかったってことだよね)


 レティシアはそう思いながら、手紙の文字を指で触る。

 文字からは、まるで彼の声が聞こえてきそうで、レティシアの視界が歪む。

 ルカらのプレゼントを喜ぶ気持ちと、彼の優しさを嬉しく思う気持ち。

 そして、彼に会えない寂しさが入り混じる。


 泣いてはダメだと、思えば思うほど。

 レティシアは泣きそうになり、下唇を噛んだ。


 泣くのを我慢しながら、彼女は箱に入っていた包みを開ける。

 包みを開くと、手紙に書かれていたように短剣が入っていた。

 レティシアは短剣を手に取ると、鞘から短剣を抜く。


 光が当たりブレイドは、鋭くキラリと光る。

 短剣にしては、かなり鍛えられていた。

 レティシアは短剣を光にかざして、ブレイドの状態を見ている。

 思わず、唾を飲み込んでしまうくらい、魅惑的な鋭さを持ったブレイドだ。


 ブレイドを見ていたレティシアは、ガードの部分に付いた宝石に気が付いた。

 それは、柘榴のように赤いガーネットだった。


 レティシアはそのガーネットが、ルカと重なる。

 彼女はガーネットを見つめながら、ルカの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 彼の温かさ、優しさ、そして彼のいない寂しさが彼女の心を満たす。

 それでも、レティシアは大切そうに鞘に戻すと、そっとガーネットが付いたガードを触った。

 彼女は1度目を瞑ると、大きく息を吸い込み、時間をかけてゆっくりと吐き出す。


『アルノエ、ルカからのプレゼントを持ってきてくれて、ありがとう。テレパシーのことも聞いていたのね』


 テレパシーを使ってレティシアは話した。

 その目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。


 アルノエはレティシアの顔を見て、グッと拳を握る手に力が入った。


「はい、存じておりました。言い訳にしか聞こえませんが、ルカ様から直接レティシアに報告すると言われていました。なので、このように話し掛けられるまで、こちらから申し上げられず、大変申し訳ございません」


 アルノエはそう言うと、深々とレティシアに頭を下げた。

 ルカが指示したのなら、アルノエにはどうすることもできない。


 騎士として生きた過去があるレティシアは、そのことを分かっている。


『いいよ。それと、堅苦しいのはなしね。常にそばにいる人が、堅苦しいと息が詰まるから』


 レティシアはそう言って、泣きそうな顔で笑ってみせた。


「かしこまりました。あ、いえ、はい……」


 そう言ったアルノエは、耳まで真っ赤に染まった。

 慌てて赤くなったアルノエを見て、レティシアは笑ってしまう。


 アルノエは頭を恥ずかしそうにかきながらも、レティシアが笑っている顔を見てホッと胸をなで下ろした。


 レティシアは窓に近づくと、そっと窓に触れる。


(ルカ……ありがとう……。どうか、無事に帰ってきてね)


 レティシアはそう思いながら、窓から見える遠くの空を見つめた。

 彼女が窓に触れていた部分からは、水が滴る。

 それはまるで、彼女の代わりに泣いているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ