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第3話 過去の夢


 レティシアは、過去の夢を見る。

 それは、悲しい結末。


 若い6人の男女が、岩山をくりぬいたダンジョンに足を踏み入れた。

 数メートル進んだ辺りで、突然1人の女性が立ち止まって辺りを見渡す。

 壁には古代の象形文字が描かれている。


 彼らは王国からの依頼でここへとやってきた。

 しかし、立ち止まった女性は、このダンジョンに対する違和感を覚えた。

 だが、彼女にもそれが何なのか分からない。

 曖昧なものだったが、第六感ともまた何か違うものを感じた彼女の思考は、霧をまとったかのようにモヤがかかっていた。


 少しでも違和感の正体を知りたかった彼女は、自分の五感に神経を向け、敵を探知するのに小さく口から音を出して空気を震わせる。


 そんな彼女が周りを警戒しながら歩みを進めていくと、今度は先を歩く仲間たちに違和感を抱いた。

 ダンジョンに対する違和感も奥に進むにつれて増していたこともあり、彼女はそれがどうしても気になって仕方がない。


 悩んだ末、目の前を歩く短髪の女性に彼女は不安げに尋ねる。


「ねぇ、このダンジョンなんか変じゃない?」


 声をかけられた女性は振り返り、彼女に視線を向けると目をぱちくりさせてクスクスと笑う。


「どこが変なの〜? 今日のルルこそ変よ〜。ずっと、何かに脅えてるみたい」


 ルルと呼ばれた彼女は、笑われたことで眉を(ひそ)めた。

 しかし、すぐに自分でも気が付かないうちに違和感の1つになっているのかと不安になる。

 けれど、彼女は自分の体を確認したが、いつもと変わらない。


 するとさらに前方から、彼女たちを呼ぶ女性の声が聞こえる。


「ほらー! ルル、ララ、早く行くよー! これが終わったら、みんなでパーッと飲もう!! この依頼が終われば、今度こそわたしたちの家を建てる資金と土地が手に入るんだから、早く終わらせようよ!」


 嬉しそうに髪を1本にまとめていた女性が笑顔で言うと、側にいた短髪の青年はパチンと指を鳴らした。


「おっ! サラ、それ良いな!! 俺は久しぶりに浴びるほど酒が飲みたいぜー!!」


「はぁ……レツは “いつも” 酒を浴びるほど飲むだろ……」


「はぁ?! んなわけねぇだろ!! あのなリツ、俺は “いつも” 控えめなんだよ」


 指を鳴らした青年に対して、大きな盾を背負っていた男性が呆れた様子で話している。

 すると、眼鏡をかけた青年がうっとりとした表情で口を開く。


「あぁあ、いいですねぇ〜僕も久しぶりに飲みたいですぅ」


「「「ユーゴだけは飲むな!!」」」


 ユーゴと呼ばれた青年を除いて、その場にいた全員の声が重なり、6人が顔を見合わせて笑う。

 和気あいあいと楽しそうに会話をしながら、先へと歩みを進める仲間たち。

 ルルはそれを見て(何度も転生してきたし、最悪私がいれば何とかなるだろう)と思って再び歩き出す。


 さらに奥へと進む道中、突然ダンジョンが激しく揺れると「BOSSが暴れてるのか?」と呑気に5人は言い合う。

 だが、ダンジョンに違和感を持っていたルルは、違和感が言い知れぬ不安へと変わり、シミのように広がっていく。



 BOSSがいると予想される部屋の前に辿り着くと、6人がゴクリッと喉を鳴らした。


 今まで彼らはギルドや国の命令で様々なダンジョン、危険とされるドラゴン討伐をこなしてきた。

 それでも、この部屋の中に今までの比較にならない敵がいる。

 扉越しにもかかわらず、そう感じとることができた彼らの背筋を、いやな汗がツーっと冷たく流れる。


 ここまで来てルルはやっと引き返すべきだという判断を下し、仲間へ引き返すことを告げる。

 誰1人彼女に反対することもなく、彼女の決定にただ黙って頷いた。


 だけど、6人がBOSS部屋に背中を向けた次の瞬間。

 静寂を破るように大きな音を立ててBOSS部屋の大扉が開き、その場にいた6人が見えない力によってBOSS部屋の中に放り込まれた。


 地面に叩きつけられ全身に痛みが走ったが、それでもルルは横たわった体を起こした。


「いったぁ……」


 ルルは不満を吐き出すかのように呟いて顔を上げると、角を生やした怪物が冷たい視線を向けて彼女を見下ろしている。

 威圧感で上から押し潰されてるかのように動けず、冷たい汗がルルの全身から噴き出た。


 ルルは瞬時に、この怪物がレイド戦のBOSSなのだと思った。

 本来なら、最低でも20人以上で挑む敵を前にして、この部屋に6人しかいない事実にサーッと血の気が引いて絶望に震える。


 だが、それと同時にこのBOSSが放つ気配に彼女は覚えがあり、理解が追いつかずに思考が停止しそうになる。


「何してんだ!! ララ、ルル!! 立ち上がれ!! そんで今すぐに扉が開くか確かめろ! その間、俺たちでこいつの足止めをする!」


 大剣を構えたレツが大きな声で言うと、ルルは震える足で何とか立ち上がる。

 何度も転びそうになりながらも、退路を確保するために入ってきたと思われる大扉へと向かう。


 けれど、なんとか辿り着いた大扉は、何かの力によって固く閉ざされ、開きそうにもない。

 ルルより一足先に大扉へと辿り着いたララは、仕掛けが隠されていないか探している。


「ルル! どうしよう! 開かないよ!!」


 ララが涙を流しながら悲鳴に近い声で叫んだ瞬間 “ドン!” と大きいな音が聞こえた。

 ルルは音がした方に振り向くと、リツとレツがなぎ払われ、壁にぶつかって落ちていく瞬間だった。


(私がいればどうにかなるって、バカなの! 何度も違う人生をやり直しても、この楽観的な考え方は、変わらないの!? クソッ!!)


 ルルは心の中で自分に悪態をつきながら、他の出口がないか部屋中を見渡したかと思えば大きく口を開く。


「――北北東の方角に、人が通れるだけの穴がある! 動ける人は全力でそこに逃げて!」



 ルルは恐怖心を隠すように彼らに笑いかけると、剣を鞘から抜いて構えた。

 3人が逃げるだけの時間を稼がなければならないと思い、無謀だと分かっていながら怪物に向かって走り出す。


 高い動体視力と運動神経のおかげで、ルルは怪物からの攻撃を避ける。

 怪物の大きさからは想像ができないほど、早い攻撃がまた繰り出された。

 ギリギリのところでかわし続けていたが、攻撃の隙をみつけ反撃にでようと怪物からの攻撃を避けきったと思った瞬間。

 彼女は想像もしていなかった方向から、立て続けに2度の強い衝撃を受けた。


 決して油断したわけでも、気を抜いたわけでもない。

 ものすごい勢いで壁に叩きつけられたルルは口から血を吐き出し、体が落下を始めると今度は地面に叩きつけられる。


(壁に叩きつけられたのか……。それに……さっきの攻撃は、この世界に存在しないはずの魔法だ……)


 破裂したであろう傷口は燃えるように熱く、それでも体は血液が流れてどんどん冷えていく……。


(――出血の多さから考えれば、これじゃ持って数分ってところか……)


 後悔しても、何も解決できないことは分かっている。

 けれど、それでも切り裂くように彼女の胸がひどく傷んだ。

 さらに追い打ちをかけるかのように、この現状でも分析と何とか打開策を見つけ出そうとする思考に、彼女は怒りと悔しさが混ざり合う。


 遠くに見えるリツとレツは、もうピクリとも動かない。


(あの様子じゃ、2人はもう助からないわね……他の3人は逃げ切れるのかな……)


 ぼんやりとする視界の中で、このダンジョンのBOSSとして君臨する怪物を見た。

 怪物は逃げ出した3人を追うことはせず、地面に横たわっている3人をどうするのか考えているようだ。


(ごめん……頼りにしてくれたのに……。守れなかった……! こんな所で死ぬべき人たちじゃないのに死なせたっ……。何度謝っても許してもらえないのは、分かっている……でも、それでも、ごめんなさい)


 瞼を焼くような熱い涙が、ルルの目から溢れる。


 倒れた仲間の近くへ駆け寄りたいのに、それすらできない状態にもかかわらず、脳だけが冷静に動いていた。

 もうすぐ彼女の体は、活動を停止するのだろう。

 すでに指の1本すら動かすことも、まともに息をすることもままらない様子だ。

 それでもこの状況を記憶していくかのように……

 彼女の思考は、最後の時まで止まることはなかった……



 ――…… 12度目の人生、さようなら ……――



 彼女の1つ前の人生は、こうして終わりを迎えた。


 そして、記憶を維持したまま、レティシアとして転生した。

 彼女はどの時代やどの世界に生まれ変わっても、必ず今までの人生で学んだこと、見聞きしたことや経験。


 その “全ての記憶” がある。


 目を覚ましたレティシアの目からは、大きな雫がこぼれ落ちる。

 1つ前の前世で最後にあった出来事を考えて、彼女の中で後悔と悔しさがまた蘇る……


 違う世界だったけど、何度も転生していて、それなりに戦闘に関しても自信があった。

 彼らより知識も経験も豊富だからこそ、何があっても仲間を守れると彼女は漠然と考えていた。


 でも結果は、仲間も守れずに死なせてしまった……。

 レティシアは彼らのことが大好きだった……、大切に思っていた……。

 あの世界に、家族と呼べる者がいなかった彼女にとって、仲間こそが家族のように感じられる存在だった。

 それと同時に、あの世界で彼らの存在が、彼女に存在する意味を与えていた。


 あの後、あの世界がどうなったかなど、レティシアは知ることができない。

 もう帰れない世界を思い、レティシアはただ泣くことしかできない。


 どんなに後悔しようが、前世をやり直すことができない。

 涙が枯れるまで泣き叫ぼうが、もうあの場所に戻ることができない。

 今回の転生を含めれば、彼女は13度目の転生になる。


 けれど、これまでの転生で同じ時間軸や同じ世界、それこそ同姓同名に生まれ変わったことが1度もない。

 これまで転生して経験した過去の全てを思うと、レティシアは溢れ出す涙を止められず、声を出さずに泣いた。


「大丈夫よレティ……大丈夫……」


 エディットは安心するような声で言いながら、彼女の腕の中で泣いているレティシアを優しく包み込んだ。

 なぜレティシアが泣いているのか、エディットには分からない。

 それでも、彼女は小さな娘を少しでも守りたいと思った。

 そして、遠い昔に彼女が聞いた優しいメロディーを、愛しい娘のために口ずさんだ。


 その温もりがあまりにも優しく、温かく、繰り返される転生で傷ついたレティシアの心を少しずつ癒やしていた。


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