*ルカside2
祖父からの緊急要請を受けた次の日。
俺は予定通りに仕事を終えると、父さんを乗せた馬車共々フリューネ家に繋がってる魔方陣を使って移動した。
我が家とフリューネ家には、双方を繋ぐ移動魔法陣があり、そのため領地が離れてるのにもかかわらず、俺はギリギリまで仕事ができた。
仮にもし、移転魔法がなければ、連絡が来てすぐに出発しても、翌日には着くことはなかっただろう。
玄関ホールに入り、祖父から詳しく事情を父さんに話してもらう。
そうしてると、2階からエディット様が下りてくる。
その後ろをリタが下りてくるが、その腕には大切そうに子どもが抱かれてた。
父さんを小突いて目線で「来たぞ」と伝える。
祖父と父さんは会話をやめると、エディット様の方に歩みを進める。
俺も帽子を脱ぎながら、その後に続いた。
子どもはジーっと俺の姿を見つめた後、父さんと俺を交互に見比べてる。
その様子を見て、心の底から子どもに対する嫌悪感が湧き一瞬だけ顔に出てしまう。
「久しぶりねモーガン。ごめんなさいねぇ、せっかくのルイズとの時間を邪魔してしまって? ところで……、そちらは?」
エディット様がそう言うと、父さんは答える。
「エディット様お久しぶりです。こちらは、私とルイズの息子のルカです」
父さんは俺の肩に手を置いたが……、その手が微かに震えてた。
「エディット様、お初にお目にかかります。私オプスブル侯爵モーガンの嫡男、ルカ・オプスブルでございます。私はまだまだ勉強不足であると思いますが、少しでもエディット様のお役に立ちたいと思い父と参りました」
そう俺も名乗って、父さんと一緒に頭を下げると、エディット様が俺に対し、値踏みするような視線を向けてる。
(母娘共々、不愉快な奴らだ。約束がなければ、来なかったよ)
そう心の中で呟き、鼻で笑いそうになるのを我慢した。
エディット様は短く返事すると、今度は子どもを紹介する。
「娘のレティシアよ」
レティシアと呼ばれた子どもは、何かを考えるそぶりをした。
『フリューネ家長女レティシア・ルー・フリューネです。今、皆様にテレパシーを使って直接語りかけています。私がテレパシーを使えると言うことは、どうかまだ内密に』
突然、頭の中で声が聞こえた。
テレパシーを使ったことに、俺は驚きと困惑してしまう。
たった1歳になるガキが、使える代物じゃない……。
俺も、あの日から規格外と言われてるが、それをはるかに超える。
その後、どこか満足そうな祖父が、場所の移動を提案し移動する。
その祖父の様子に、自分の孫よりフリューネ家の乳児の方が自慢なのかと思うと、苛立ちを覚えた。
移動中、1番後方を歩きながら、先程のテレパシーをなぜあんな子どもが使えるのか考えた。
それと同時に祖父の顔を思い出して、その光景に腸が煮えかえる気分だ。
たまに彼女の方を盗み見ては、今後も彼女はみんなから愛されながら育つんだろうな。
そう考えるだけで、自分がどれだけ望まれてなかったのか思い出し、ドロッとしたドス黒い汚い気持ちが泥泉のように湧く。
わずかにだが、気持ちが抑えられずに漏れてることにも気が付いた。
だけど、これ以上はまだ俺には抑えることができない。
守る約束などしてなかったら、殺してたな。
と思ってたら子どもと目が合う。
瞬時にまずい! って思って、慌てて視線を逸らす……。
動揺して、瞳が光ったかもしれない……。
気が付かれたかと思うと、心臓がうるさいくらいに早くなる。
客間に移動してからもテレパシーのことを考えてたが、どうも聞こえてくる会話から、彼女が普通の子どもじゃないことが分かる。
そいつが、俺と父さんを観察してる視線を感じる。
(観察してる割には、相手に悟られないようにするのも、上手いんだな……。俺がお前の視線を逆に観察してなきゃ、気付かなかったよ)
そう心の中で呟いた。
「そうだ! ルカ! お前もここに滞在するし、将来はオプスブルの頭領になるんだから、レティシア様を連れて庭の方を探索してこいよ!」
父さんにそう言われて、舌打ちしたくなるほどに腹立った。
俺が残って話を聞いた方が、手っ取り早いのにっと思いながらも、親子であるように振る舞わねければ……、と思いなおして「ああ」と短く返事をした。
彼女の前で片膝をついて、鮮やかで深みのあるロイヤルブルーの瞳を見つめる。
「レティシア様、もしよろしければ、お庭を案内していただけませんか? 父からの提案でもありますが、私も少し気分転換に外を歩きたいのです」
そう言って、微笑みの仮面を顔に張り付けながら聞いたら、彼女も笑顔の仮面をつけたまま何も言わない。
エディット様に言われて、やっと頷いたのを確認すると思わずドス黒い気持ちが沸き上がり、わずかに笑みが零れた。
彼女を抱き抱えてエディット様と、適当に言葉を交わすと部屋を出て庭園に向かう。
この庭園は、精霊たちからいろいろと聞いて知ってる。
いまさら探索することもない。
彼女も何かを考えてそうで、知りたいことでもできたんだろう。
そんな彼女の様子を見ながら、おもわずため息が出た。
「俺さ、お前のことがすっげぇー嫌いだ」
困惑した瞳が下から覗き込み、彼女に抱いていた嫌悪感がさらに増す。
「あんなに俺と父さんを見比べてたのに、やっぱ俺と目を合わせるんだな」
そう嘲笑うかのように言うと、今度は俯き何も言わない。
その態度が余計に癪に障る。
「テレパシーが使えるんだから、なんとか言えよ。本当にめんどくせぇ」
そう言うと、彼女から沸々と怒りの感情を感じる。
だけど、俺は不満もドス黒い感情も、全て吐き出したかった。
『玄関ホールでの振る舞いは、確かにはしたない行動だったと自分でも思っているし、あなたに不快な思いをさせたことも謝るわ! でも、髪の色が漆黒でモーガンより綺麗だと思ったし、ジョルジュやモーガンよりもガーネットのように赤い瞳が綺麗だと思ったの! 顔も整っていて将来はさらに美形になるのかと考えていたら、大人になったあなたを想像するのに、あなたとモーガンを見比べてしまっただけよ! 言い訳にしか聞こえないけど、不快な気持ちにさせて、本当にごめんなさい』
顔を上げずに、彼女は堰を切ったように、テレパシーを使ってそう話した。
瞳がガーネットのように綺麗なことも……
髪が漆黒で綺麗なことも、昔親友だと思ってた奴に言われた……。
その瞬間、俺を深い深い闇が襲う……
こいつも……、あいつのように、最後には俺を捨てるんだろうな……。
俺は、こいつを護らなければならないのに……
目の前が真っ暗になる。
意識だけが……
……闇へ……闇へと落ちて行く……
誰からも愛されないのに、生きなければならない……
誰からも人として必要とされないのに、生きなければならない……
こんな世界なんて、こんな俺なんて……
消えてしまえばいいのに……
逃げたくても、逃げることもできない。
立ち止まって、誰かに助けを求めることもできない。
感情が全てがじゃまだ。
いらない。いらない。いらない。いらない。いらない。いらない。
いらない。いらない。いらない。いらない。いらない。いらない。いらない。
こんなことを思う……、俺も……いらない。
どれだけ時間がったのだろうか……
ふっと温かな感覚を感じて、少しずつ意識が浮上してくる。
恐る恐る目を開け、温もりの正体に目を向けると、小さな体で俺を抱きしめてる子どもがいた。
声を出して、泣くのを必死に我慢しながら、俺に謝る……。
助けられないことを、必死に謝る……。
その姿に困惑して、慌てて地面に下ろした。
それでも、泣き止ませようとするが、一向に泣き止まない。
泣き止まずにいる彼女を見てたら、困るなぁっとおもいながらも、まだ赤ちゃんだもんね……、しょうがないかぁっと思って、彼女の涙を拭う。
だけど、彼女の頬を伝う涙をみてると、胸の中に温かな小さな光を感じた。
俺のことを助けたいと思って、俺のために泣いてくれてる……
そのことが、ただただ嬉しくて、なんだか泣きそうになって、恐る恐る彼女を抱きしめた。
「――ごめん。……君を嫌いだと言ったのは、八つ当たりだった……と思う。俺と違って……君がとても、みんなから愛されていて……、これからも……、愛されて育つんだと……考えたら」
そこまで言うと、小さいのに……触れた温もりが大きくて、涙がより一層込み上げた。
「……でも、もう大丈夫だと思う。……まだ小さな君だけでも、……こんな俺のために、……泣いてくれる人がいるんだって分かったから」
そう言って体を離すと、彼女はまだ泣いていて、その姿が俺の代わりに泣いてるようにも見えた。
だから……俺は俺の意思で、彼女の名前を口にする。
「……ありがとうレティシア」
彼女の顔を見て、たった1人……心から俺のために泣いてくれるこの子を守りたいと思った。
きっと、彼女も俺と同じように、他の人から見たら異質な存在なんだろう。
もしかしたら、この先……彼女の存在を否定する人が現れるかもしれない。
いや、すでに彼女の存在を否定するが居るかもしれない。
けれど、それでも……願わずにはいられない。
こんな俺のために、泣いてくれたこの子が1秒でも多く笑ってくれることを。
そして彼女に少しだけ近寄ると、俺は彼女の頭にキスをした。
(君が、俺の分も含めて少しでも幸せでありますように……)
そう願いを込めて。




