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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
8章

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第209話 秘密会議に落ちる月光


 空は澄み渡り、秋の風が静かに季節の終わりを告げ始める、神歴1504年10月18日。

 ヴァルトアール城の廊下では、メイドたちが清掃をしながら時折クスクスと雑談している。

 しかし、会議室の前に立っている2人の騎士が腰の剣に手を触れると、彼女たちはそそくさとその場を離れた。

 空間消音魔法(サイレント)の魔法道具が使用された会議室内には、一部の帝国貴族が集っている。

 大きな窓は赤いカーテンに覆われ、長テーブルの上には空の花瓶が置かれていた。

 唯一、ペンを持つ男の前に水差しとコップがあり、わずかにペン先がインク瓶をなぞる音だけが会話に混じる。


「いえ、ですからそうではなく、この機会にルシェル殿下が、精霊の眼をお持ちだと示すべきです。そうすれば、アルフレッド殿下に流れた貴族や、まだ決めかねている貴族が考える要素になります」


 モーリック侯爵が手のひらを上に向けながら提案すると、顔に傷があるプロヴィル公爵が腕を組んだまま口を開く。


「しかし、もしそのことを公言してしまった場合、ルーンハイネ教国の者たちがルシェル殿下の周りにいることになるのだぞ?」


「否定できないな。ちょうど、現在学院にはルーンハイネの者も留学して居る。それならば、我も精霊の眼のことを明かすのは得策とは思わん」


 アンダイエ侯爵は短く息を吐き、椅子に身を預けながら言葉を継いだ。

 モーリック侯爵は手を下ろし、額に指を添えて「では、どうするのでしょうか?」と尋ねた。

 重苦しい空気が会議室を満たし、暫く沈黙が続いた。

 やがて、テーブルの上で手を組んでいたメックセン伯爵が視線を動かさずに口を開く。


「当初考えていたように、フリューネ侯爵にこちら側についてもらうべきでは?」


「だが、当のフリューネ侯爵が姿を消したことが分かり、二ヵ月以上も経っているんだぞ?」


 プロヴィル公爵が間髪を入れずに言うと、ゲンベルク伯爵が頬杖をつきながら言葉を落とす。


「フリューネ侯爵が独立を考えているという噂もある以上、フリューネ侯爵がこちら側に着くと考えない方が良いのではないでしょうか?」


「フリューネ侯爵も何を考えているのだ。帝国あってこその貴族だというのに」


 ベリアラス侯爵が頭を左右に振りながら呟くと、モーリック侯爵は片方の眉を上げて笑みを浮かべると両肩を上げて話す。


「フリューネ侯爵の母君がお亡くなりになってから、帝国の文化などを学ぶ機会が減り、精霊を軽視しているのでは?」


「ふっ、どうだろうな。オプスブル侯爵とフリューネ侯爵は幼き頃から一緒だと聞く。そのため、オプスブル侯爵が契約しておる闇の精霊さえいれば、自分が一番偉いとでも勘違いしていらっしゃるのでは?」


 鼻を鳴らしてプロヴィル公爵が淡々と言うと、会議室にはため息がひとつ落ちた。

 暫くすると、アンダイエ侯爵が額を押さえ、首を左右に振った。

 そして、彼は辺りを見渡すと、淡々とした様子で話す。


「その見方も看過はできないが、フリューネ侯爵が治めているフリューネ領は、治安も医療に関しても充実しているようだと聞く。領民に対しても学問の道が開かれ、それが生活に生かされているのだとすれば、フリューネ侯爵は紛れもなく未来の皇后に相応しい……それならば、少しくらい勘違いしていても、目を瞑るべきなのではないのか?」


「……確かに。他国との繋がりを持つ者を軽んじるわけにはいかん。帝国の威信にも関わる」


 ベリアラス侯爵がテーブルの上で手を組みながら言うと、モーリック侯爵が思考するような姿勢をしながら声を出した。


「なら、フリューネ侯爵も精霊が見えることを公言してはどうでしょうか? そうなれば、ルシェル殿下がフリューネ侯爵の近くにいるべきだという声が高まるのでは?」


「フリューネ侯爵が精霊の眼を持っていることは、事実だと確認できたのか?」


 プロヴィル公爵が眉を(ひそ)めながら尋ねると、目を瞑りながら額を押さえていたゲンベルク伯爵がパッと顔を上げた。


「現フリューネ侯爵が見えるとは、確認できていませんが、歴代のフリューネ侯爵は見えていましたよね?」


「いや、前フリューネ侯爵が見えてたのか見えていなかったのか、実際のところ分かっていないんだ」


 ベリアラス侯爵が俯きながら答えると、紙の上を走っていたペンは止まり、くしゃくしゃと紙を丸める音がした。


「それなら、勝手にフリューネ侯爵のことを公言した場合、オプスブル侯爵は我々を見逃すのだろうか……」


 口元を隠したアンダイエ侯爵の声が広がると、一同の視線が一斉にテーブルに落ち、重苦しい空気が会議室を包んだ。


「「「……」」」


 誰も声を発しない時間が続くと、アンダイエ侯爵がため息をついた。


「どうやら、フリューネ侯爵の件は、皆の意見は一致のようだな」


「それなら、当初予定にはなかったが、ルシェル殿下に功績を上げてもらうしかないな……」


 頭をかきながらメックセン伯爵が言うと、少しだけ身を乗り出しモーリック侯爵が口を開く。


「それでしたら、過去にルシェル殿下が、ガルゼファ王国の事件解決に協力していたとかどうでしょう?」


「それだと、現状を強固なものにするには弱いのではないのか? あれから時間も経っておるし、何より現在ガルゼファ王国がオプスブル侯爵の婚約に対する抗議文が届いておる。そのため、ガルゼファ王国を刺激しない方が良いと思うが」


 淡々とした態度でプロヴィル公爵が言うと、モーリック侯爵の目がプロヴィル公爵の方を見ながら、一瞬だけ細まった。

 しかし、モーリック侯爵は手のひらを上にしながら話す。


「では、ルシェル殿下に北部のニウァリアに行ってもらうのはどうでしょうか?」


「クストディア辺境伯が治めているところか……彼なら、こち側についてもらえそうだな……」


 ベリアラス侯爵が顎を触りながら言うと、ゲンベルク伯爵が片眉を上げて笑みを浮かべて話す。


「それでは、弱いのでは? アルフレッド殿下はアルティア辺境伯の要請を受け、ニウァリアより上にあるアルフォルティアに向かうと小耳に挟んだ」


「今アルフォルティアは食糧問題だけではなく、魔物の脅威に悩まされ、アルフォルティアにいる他の貴族からの要請が幾度も届いていたな。些か危険だが……」


 アンダイエ侯爵が淡々と述べた瞬間、ベリアラス侯爵の顔が紅潮し、勢いよく立ち上がるとテーブルを拳で強く打った。


「アルフォルティアだと!! そんなところに、未来の皇太子であるルシェル殿下を行かせられる訳がなかろう!! それなら、アルフォルティアに援軍を出し、手薄になっているニウァリアにルシェル殿下を向かわせるべきだ! ルシェル殿下に何かあったらどうするつもりだ!」


 ベリアラス侯爵が唾を飛ばしながら話すと、ゲンベルク伯爵は顎髭を触りながら話す。


「まぁ、そう言われましても、アルフレッド殿下がうまくやれば、箔がつくって話にはなるのでは?」


「だが、彼の軍が大半削られ、アルフレッド殿下も亡くなる可能性すらあるのだぞ? 同じ轍をルシェル殿下にも踏めと?」


 目を細めたままプロヴィル公爵が話すと、モーリック侯爵が笑みを浮かべながら口を開く。


「では、こういうのはどうでしょうか? ルシェル殿下はニウァリアから軍を派遣するんです。そして、ルシェル殿下は軍の指揮を執りつつ、ニウァリアで過ごしてもらうのです」


「なるほど……それなら、我が家からも軍をだそう」


 プロヴィル公爵が腕を組みながら賛同を示すと、その流れに乗るようにベリアラス侯爵が「なら、こちらも軍を出しましょう」と続いた。



 ルシェル側の貴族たちが話した同日。

 ルシェルは執務室で大量の資料を前に、まとめられた会議の報告書に目を通していた。


(ふーん……アルフレッドは、アルフォルティアに行くのか……この時期から魔物が暴れてるとなると、精霊の力が弱まったのか? それとも……いや、どちらにしろ、問題は北部に行く時期だ。今から行くとなると、少なくとも1ヵ月は戻らない。そうなれば……その期間、残りの皇子がどう動くかだけど……どうも匂うなぁ)


 ルシェルが何度も紙をめくったり、前のページを見ていると、ウォルフが怪訝(けげん)そうな表情をした。


「ルシェル殿下、どうかなされたのですか?」


「いや、上がってきた会議の内容を見ていただけだよ……。ウォルフはこれをどう思う?」


 ウォルフは差し出された報告書に目を向け、軽く頭を下げながら「失礼します」と言って受け取った。

 そして、書かれている内容を逐一読むと、視線を上げて冷静に答える。


「無難な気がします。危険を冒してまで、ルシェル殿下がアルフォルティアに行く必要はないと思います。もちろん、無事にアルフレッド殿下が戻った場合、アルフレッド殿下が少し有利になるかと思いますが、それでも、ルシェル殿下がニウァリアから軍を派遣していなければ、無事に戻らなかったという立ち位置に落とせます」


 ルシェルはウォルフの言葉を聞き、思わずため息をこぼしそうになって微笑んだ。


(それは、分かってるんだよ……まぁ、きっとウォルフの中では、バージルとメイナードは眼中にないんだろうな)


 と内心で彼は思うと、笑みを浮かべながら報告書を受け取り、執務机の上に放り投げる。


「それなら、アルフレッドと同時期に向かうべきだね。魔塔に要請しといてもらえる? どうせ、アルフレッドは転移魔方陣(ムーブコネックテ)で移動する。それなら、僕たちも転移魔方陣(ムーブコネックテ)で向かわなければ、演出が無駄になるからね」


「かしまりました。では、アルフレッド殿下が何時発つのか探りを入れときます」


 淡々とした様子でウォルフが答えると、ルシェルは机に両肘をつき、顔の前で手を組んだ。


「うん、後……回復薬はできるだけ用意してね。それと……アルフォルティアと隣接してるペードュウ王国側の街がどうなってるのか知りたいから、部隊に諜報員も紛れさせておいて」


 ウォルフは一瞬だけ眉を(ひそ)めたが、すぐにペードュウ王国側の街でも同じような問題が起きているのか……それを、ルシェルが調べたいのだと分かった。

 そこまで頭が回らなかったことに腹が立ったが、それでも冷静に「かしこまりました」と答えると、背中で拳を握った。


「アルフレッドも諜報員をペードュウ王国側に送ると思うから、行動には気を付けさせてね」


 頭を下げたまま、ウォルフは聞こえた言葉に、拳を握る手に余計力が入る。

 本来なら、側近という立場にいるのであれば、様々な可能性を考えなければならない。

 しかし、そこまで考えが至らなかったということは、視野が狭いことを皇子に見せていることになる。

 それが、どうしようもない感情を生み、「承知しました」としか言えなかったウォルフは、唇を噛んだ。


「それじゃ、もう遅いから帰ってもいいよ。僕はもう少しだけ片付けてから帰るから」


「では、魔塔に連絡してから帰ります。失礼します」


「うん、また明日」


 ウォルフは執務室から出ると、長い廊下を歩き、角を曲がると壁を拳で殴った。


(クソッ、クソッ!! ルシェル殿下は口にしなかったものの、あの笑みには呆れも交ざっていた。となると、ルシェル殿下はあれ以外にも意見を求めてたはずだ。なのに、彼が何を求めたのか分からない……ベルンなら、その部分を埋めてくれたのに……私だけでは、ルシェル殿下を支えきれない……)


 彼は壁に背中を預けると、窓の方に視線を向けた。


(ソーニャ妃のことも調べは進んでいないのに……)


 そう思った瞬間、ウォルフは目を見開き、咄嗟に口元を押さえた。


(ルシェル殿下は、バージル殿下とメイナード殿下のことを考えていたのか? それなら、ルシェル殿下とアルフレッド殿下がいない期間、こちらにも諜報員を割り振った方が良いな。となると……)


 ウォルフは考えながら歩き出すと、ブツブツと呟き、ふと視線を窓の方に移した。

 空には月が昇り、淡い光が世界を包んでいる。

 ふっと鼻を鳴らした彼は、目を細めると歩みを進めた。


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