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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
8章

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第208話 親友と化け物の境にあるモノ


 一方その頃、船の別室ではルカとアランが向かい合っていた。

 外から流れる波音、甲板を駆けまわる足音や話し声が、途切れ途切れに響く中、2人の間には沈黙が落ちている。

 ギィ……と音が鳴り、ミシッと部屋が少しばかり傾くと、コトッとコップがテーブルに置かれた。


「なるほどな。つまり、エルガドラ王国とガルゼファ王国が同時期、俺の婚約に関する噂話に対し、国として口を挟んだのか」


 ルカはカップを離しながら投げやりに言うと、テーブルの上で軽く手を組んだ。

 粗方、アランからレティシアがイリナに対して企てた策を聞いたが、ため息をついてしまいたくなる。

 決してずさんだった訳ではないが、隣国を巻き込んだやり方は、対応を間違えれば彼女の立場が悪くなる。

 そんなリスクを背負ったところで、彼女にとって特になるようなことはない。

 考えれば考えるほど、大枠の合理性は理解できるが、彼女の本心や本命の狙いが掴み切れない。

 はぁっと呆れたようなため息が聞こえ、ルカは気が付かないうちに下がっていた視線を上げ、アランの方を見た。


「噂話じゃなくて、本人がお前の婚約者だと名乗ってたけどな。おれ自身も、直接本人の口から聞いたし、お前も手紙貰ってたんだろ?」


「ああ、あの時は手紙に書かれてることが事実だと思い、疑うこともしないで本当に婚約者だと思ってた。レティシアがイリナの訪問を断ってなかったら、イリナのことを婚約者として扱ってたかもな。――だが、問題は、どこまでその話が浸透してるかだ」


「結構広まってると考えて間違いないと思う。赤と黒の装飾やドレスで出歩いてたようだし、至る所で婚約者だと言ってたと考えるべきだな。それに、パーティーも開かれるはずだと、レティシアは予測してた。実際にパーティーが開かれたのかは、帝国に戻ってから確認しないと分からないけど」


 アランはチラッとルカを見ると、ルカの視線が徐々にまた下がっていくのを見ていた。

 きっと、国際問題にまで発展した婚約騒動を、どう終結させるべきか考えているのだろうと想像がつく。

 しかし、ため息をついたのを見ると、それだけじゃない気もして、心の中には靄がかかる。


「ため息をつきたい気持ちも分かるけど、で? オプスブル家はどうすんだ?」


「まず、俺が了承してない時点で、婚約は成立しない。帝国ではそれが絶対だ。そして、記憶を失ってた期間中も俺は了承もしてない」


 ハッキリとした口調でルカが言い切ると、暫くしてアランが短く息を吸い込み、頭をかいた。


「婚約を真っ向から否定するのは分かったけど、それで?」


 ルカはアランの言葉に棘を感じ、眉を(ひそ)めながら彼を真っすぐ見た。

 けれど、彼が何を考えているのか分からず、「……何が言いたい?」と目を細めて尋ねた。


「婚約という噂話がでた以上、それをただ否定しても、それなら噂の中心にいるマデリン・ル・ティヴァルと婚約を結べば良いという話になるだろ? だから、それをどうすんだって話だよ」


「不本意だが、彼女以外の婚約者を選別し、婚約者を立てる」


 アランはルカの言葉を聞き、一瞬だけ怒りがこみ上げ、鼻筋にシワを寄せた。

 しかし、その感情を呑み込むと、ふっと笑みを浮かべたルカを見て、心がざわつく。


「と……言えば、満足か? これについては、俺が動くからお前が気にする必要はない」


 続けてルカが言うと、アランはふぅーと息を吐き出し、冷静になれと自分に言い聞かせた。

 そして、ゆっくり口を開き、アランは訪ねる。


「……つまり、とりあえずフリューネ家とオプスブル家の立場を考慮してくれる、都合のいい令嬢を選ぶということか?」


「それが何か、エルガドラ王国とお前に関係があるのか?」


 アランにはルカの言葉が鉛のように重く、手を伸ばせば届く距離にいるのに、長テーブルを挟んでいるような気がした。

 友としてではなく、王太子として見られているのだと分かり、もう今のルカとは過去のように話せないのだと思うと、それだけで息が詰まる。

 しかし、アランはグッと感情をしまうと、曖昧な笑みを浮かべ、冷静に話す。


「いいや、ないよ? ただ……おれは、レティシアにおれとの婚約を、考えてもらえないか聞いてみるつもりだ……。もちろん、エディット様のことが片付いたら考えてほしい、というつもりだよ。そうじゃなきゃ、彼女はおれとの婚約なんて、考えもしないと思うからね」


「それを俺に言ってどうする?」


「お前はおれが、レティシアに婚約を申し込んでもいいのか?」


 アランは目の前にあるコップを弄りながら尋ねると、チラッとルカの様子を(うかが)う。

 昔のルカは、いつも何かを考えているようで、難しい顔をしていた。

 いま目の間にいるルカも、何かを考えているようで、難しい顔をしている。

 けれど、今も昔も、こんな時にルカが何を考えているのか、アランには分からない。

 昔の彼なら、レティシアの話になれば、平然を装っていても、些細な動揺を見せていただろうと思うと、少しばかり胸が痛む。


「良いも悪いも、彼女が決めることだ。それとも、エルガドラ王国の王太子であるお前は、彼女の意思を無視するのか?」


「いいや、聞いただけだ……。もし仮に彼女がおれの申し出を了承してくれたら、オプスブル家はどうなる?」


「彼女が子を産むまで、フリューネ家を守るだけだ。フィリップが残るだろうしな」


 アランはルカの言葉を聞いた瞬間、息を止めてテーブルの下で拳を握った。

 昔のルカは、レティシアに思いを告げないと何度も語っていた。

 そのため、レティシアのことが絡んだ時、ルカが彼女に対する思いを割り切って発言していても、仕方ないと諦めがついていた。

 しかし、ルカが思いを告げた後に記憶を失くし、今は別の人格だと言っても、ルカの中に思いを告げた記憶がある以上、アランは彼の言葉を聞き流せなかった。


「なら、お前の記憶にある彼女への想いは?」


「……それは、アランが気にすることじゃない」


 目を細めたルカの冷たい声が響くと、アランが目を瞑り、胸が上下に多き動いた。


「分かった。なら、もうおれはその事について触れない」


 アランは冷静に言うと、真っすぐにルカを見つめた。

 そして、ルカが「ああ、それで」と言った瞬間、彼はルカの言葉を意図的に遮る。


「だから、もしレティシアと婚約したとしても、ルカに言わないし、ルカが婚約してもおれに報告はしなくていい。エルガドラ王国はオプスブル侯爵と踏み込んだ友好関係は、これ以上遠慮させてもらう」


 ルカはアランが堂々とした態度で言い切ると、彼から目を逸らさず、スーッと目を細めた。

 だが、わずかに考えを巡らせると、ルカは少し低めの声を出す。


「……それは、王太子としての言葉か? それとも、俺に本音を言わせたいだけか?」


「どちらと捉えてもらっても構わない」


「俺はレティシアがお前を選ぶなら、2人が婚約しても良いと思ってる。お前が気にしているようだからあえて言うが、過去の記憶にある彼女に対する俺の想いは、ただの記憶に過ぎない。だが……先程の発言が俺の気持ちを確かめるためだけのものなら、エルガドラ王国のためにも考え直すべきだと思う。レティシアを婚約者として迎え入れたいのであれば、オプスブル家は切っても切れない関係だと知ってるだろ?」


 アランはルカの言葉を聞き、ギリっと歯を鳴らすと、バンッとテーブルをたたいた。

 手のひらがほのかに熱をもったが、それ以上に心臓がズキズキと痛む。


「ああ、分かってる。分かってるからこそ、ルカが今回の婚約騒動で結果的に不本意な婚約するなら、おれはオプスブル家とフリューネ家を切り離してでも、オプスブル家から手を引くって言ってんだよ」


「あのな……王太子ならもう少し」


 ルカの呆れた声を聞いても、アランはどうでもいいと思い、「おれは……」と口を挟んだ。

 だけど、言いたいことも伝えたいことも多いのに、思うように言葉がまとまらない。

 それでも、アランはぐちゃぐちゃな感情のまま、正直な気持ちを話す。


「おれは……暗黒湖(テネクス)から戻ったレティシアとルカの変わりように戸惑ったし、もう昔のルカと同じように、親友でいられないと思った。だけど……やっぱり、ルカはルカで、レティシアはレティシアだと、やっと……やっと思えるようになったんだ。だから……頼むから、昔みたいに立場だけを優先して、自分を犠牲にしないで、今度はお前自身を大切にしてくれ……」


「無理な願いだな。闇の精霊がいる以上、俺は自分の立場を放棄できないし、俺が自分の感情を優先することもない」


「ッ……!!」


 ぴしゃりと言われ、アランは息を呑み込んだ。

 それでも、何とか「そうか、分かった……」と返すと、息を止めて強く拳を握った。

 ルカが間違っていると思えないからこそ、どうしようもない感情が湧く。

 運命だとか、使命だとか、王子として生まれたアランだからこそ、痛いほど分かる。

 だが、アランの場合は後継ぎが他にも居たり、国がなければ、そこから逃げ出せる。

 なのに……この友人は闇の精霊がいる限り、一生縛られる運命(さだめ)だと思うと、それ以上何も言えず、「取り乱したかもしれない、すまない」と言って頭を下げることしかできなかった。


「いや、気にするな。俺の記憶の中にあるお前は、いつも俺の気持ちを考えてたが、俺に違和感を覚えても変わらなんだな」


「しかたねーだろ……親友だと、本気で思ってんだから……」


 ルカはアランの言葉を聞くと、胸の奥が痛み、「そうだな……」と呟きながら曖昧に微笑んだ。

 けれど、もし仮にアランが本当にレティシアを妃にと考えているのであれば……と思うと、彼は真剣にアランと向き合う。


「アラン、もし本当にレティシアを妃にしたいと考えてるのなら、オプスブル家からの条件は2つ。1つ、彼女の侍女と護衛は俺の管理下に置くこと。2つ、エルガドラ王国の内部事情に関して、俺にも権限を与えてほしい。それが守れないなら、フリューネ家を守るオプスブル家としては認められない」


「……さすが、雪の姫の騎士様だな……。それも踏まえて考えてるから問題はないよ」


 アランはどうにか明るく答えると、「……そうか」と言ってわずかに視線を落とたルカのことを見ていた。

 他国の王族なら知っている、オプスブル侯爵家とフリューネ侯爵家の繋がり。

 そのことで、過去にはレティシアを揶揄(からか)い、ルカの剥き出しの感情を見て、ステラを怒らせた。

 今では懐かしい記憶に過ぎないが、その出来事があったからこそ、ルカがどれレティシアを想っていたのか知った。

 それも、ただ“過去”に過ぎないのだと思い、レティシアに対する感情も、やはり愛ではないと実感してしまう。

 彼女を大切だと守りたいと思う気持ちの根底には、ルカがいて、ルカがいたからこそ彼女にも心を許せた。

 それは紛れもない事実で、番を失ってもう誰も愛せないアランにとって、愛未満の感情だろうと、友情以上の気持ちには価値がある。

 だからこそ、彼が手放すのであれば……と思い、気持ちを切り替えて尋ねる。


「それで、他に聞きたいことは?」


「ああ、どうやって俺の記憶に関する手掛かりをつかんだ?」


 アランは考えていなかったことを聞かれ、咄嗟に「あー……」と言いながらルカから視線を逸らした。

 しかし、数秒経っても沈黙が続き、居た堪れなくなり「……それ、答えないとダメか?」と聞き返した。


「オプスブル家には、隣国だとか、王太子だとか、そういった類は意味をなさないから、答えた方が賢明だと思うが?」


「はぁ……、ジョルジュ様から、記憶の補填に使われてる部屋を教えてもらって、おれが探しに行ったんだよ」


 アランは大きくため息をつきながら答えたが、ルカの赤い瞳を真っすぐに見れない。

 だが、「1人でか?」と聞かれると、咄嗟にルカの方を向いてしまう。

 背中には汗が伝い、あの部屋で感じた恐怖がぶわっと蘇る。

 正直に話すべきか悩んだが、無理に付いて来てもらった2人のことを考え、下を向いて「ああ……」と答えてしまった。


「隠さない方が良い」


 ルカは冷たく言うと、闇の力を使ってアランの足元に影を伸ばした。

 足元に伸びる影を彼がどう捉えるのか、それはルカには容易く想像できる。

 しかし、事実を隠すのならば……、対処しなければならない。


「――あの部屋は特別で、闇の精霊と契約した者しか知らないが、どんなに痕跡を隠蔽しようとも、闇の精霊が見れば痕跡を消したのがすぐにばれる。消されたいのか?」


 テーブルの上で肘をついたルカは、指を組んでわずかに微笑んで見せた。

 アランが入った部屋は、アラン1人では絶対に開けられない仕組みになっている。

 そして、今あの部屋の扉を開けられるのは、闇の精霊と契約しているルカと、ルカと誓約で縛られている人物だけだ。

 だからこそ、ルカはアランの言葉が嘘であると、分かっていて再び質問する。


「本当は何人で行った? 誰が部屋に入った? 答えた方が、良いと思うが?」


「……クライヴとアルノエと一緒に行ったが、本に触れたのはおれだけだ。もし、処罰するならおれが受けるから、3人のことは見逃してほしい」


 アランが答えると、ルカは納得して「なら、想定内だな」と言いながら、伸ばしていた影を戻した。

 クライヴがアランと誓約で縛られているのを、ルカは闇の精霊から聞いて知っている。

 そして、アルノエが一緒だったのは、初めから確定していたことだが、それ以外の人物が居たなら問題になる。

 しかし、誓約で縛られ、アランを裏切られないクライヴなら、他言されることはない。


「罰しないのか?」


「俺は事実を確認したかっただけだ。――何だ、お前は死にたかったのか?」


「ッ!!」


 アランはニヤリと笑ったルカを見て、ゾクッと恐怖を感じ、心臓が大きく跳ねた。

 息をしていいのかも分からず、「……いや……ちが……う……」と喉を詰まらせながら答えた。

 だけど、先程まで足元に伸びていた影が足に絡みつき、闇に沈む自分を想像して、頬を伝う汗が冷水のように感じた。


「あの部屋のことは他言せずに忘れろ」


「……ああ、わかった……」


 ルカは青くなったアランの表情を見て、内心で深くため息をついた。

 闇の精霊の力は、全てを呑み込んでしまうほど強大で、始まりの精霊の力だけのことはある。

 それを、意図的に視線や伸ばす影に混ぜ込めば、相手は闇の精霊の力に触れることになる。

 その結果、死がすぐそこにあると実感し、たとえ死を望んでいる者ですら、逃げられない恐怖が襲う。

 望んで得た力ではないが、それでも背負って生きなければならない運命だと理解している。

 ルカは自嘲気味に笑うと、アランを見ながら『これが俺なんだよ、アラン』と心の中で呟いた。


 しかし……。


「ルカ、怒らせるつもりはなかった……まだ怒ってるか?」


 とアランが震える声で言ったのを聞き、ルカは思わず「怒ってない」と笑って答えた。

 色んな人から化け物だと言われ、それが事実だと受け入れてきた過去がある。

 それなのに、アランはレティシアと同じように何度でも手を伸ばし、本音でぶつかってきた。

 レティシアと違って、アランがルカに対して恐怖心を持っていることも、ルカは分かっている。

 それでも、手を伸ばしてくるアランのことを、ルカは嫌いになれないし、アランが話しかければ距離を置くこともできない。

 だからこそ、ルカは彼の口から真実が聞きたかった……闇の掟に従って彼を消さないためにも。

 彼は『これで良いのか?』と言った闇の精霊の声が聞こえると、心の中で『掟は破っていないが、何か問題か?』と答え、天井を見ながら息を吐き出した。


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