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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
8章

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222/224

第206話 隊服と揺れる旗


 神歴1504年10月13日。

 帝都オーラスにあるフリューネ邸では、1人の男性が昼過ぎから門のところで騒いでいる。

 門番は男性に罵倒されても微動だにせず、時折剣を持った人に話しかけられても、男性から目を離さず、耳を傾けていた。

 前庭では、上下で色の違う隊服を着ている騎士団の面々がおり、彼らの腰には剣が下げられている。

 腕を組んでいる者、頭の後ろで手を組んでいる者、剣のガード部分に手を置いている者、口元と相手の耳の間に手を置き話す者もいたが、皆冷たい視線を門に向けている。

 暫く経つと、騎士団の面々がざわつき、「フォス隊が出てきやがった……」や「久しぶりにスキア隊を見たな」といったような声が前庭にポツリ、ポツリと続いた。


 騎士団の寮がある方向からは、上下白い隊服を着た者たちと、上下黒い隊服を着た者たちが歩いて来る。

 中には欠伸をする者や、コソコソと話している者がいるが、彼らの腰にも剣が下げられている。

 しかし、宿舎が遠ざかるにつれ、彼らの表情は硬くなり、次第に足並みは揃っていく。

 その先頭には、青い装飾や糸が使われた白い隊服を着ている男性がおり、彼の赤茶の髪はオールバックにまとめられていた。

 細目から見える青緑色の瞳は、左右に動くことなく、真っすぐ前に向けられている。

 それでも、前庭からは「脅威でもないのに、出てくる必要あるのか?」と言った声や「雪の雫隊と白の雫隊だけじゃ対処できないと言いたいのか?」と言った声も上がっている。


 先頭を歩いていたロレシオは、微かに背後で続いていた足音が止むと、一瞬視線だけを斜め左下に落としたが、すぐさま門で騒いでいる男性に戻した。

 門まで行くと、門番に対し「ご苦労」と言いながら右手を軽く上げてあいさつする。

 それから、男性を頭の先からつま先まで見ると、視線を真っすぐ正面に向け、そこから少しだけ視線を下げて男性を見下ろした。


「お久しぶりです、ダニエル様」


「挨拶はどうでもいい! とっとと中に入れろ!」


 視線の先で唾を飛ばしながら叫ぶダニエルを見て、ロレシオは昔から変わらないなと思った。

 とはいえ、どんなに腐っても、一度はフリューネに名を連ねた人物だ。

 最低限の礼儀だと思い、言葉遣いだけは気を付けて話す。


「申し訳ございません。ダニエル様の来訪は認められていないんです」


「俺に口答えするのか!!」


「お帰りください」


「黙れ!! 俺は帰らない! そもそも、俺には中に入る権利がある!」


「そのまま、お帰りください」


「お前たちなんて解隊してやる! クビだ! 全員クビだ!!」


 ロレシオは、ダニエルが唾をまき散らし、怒りで顔を真っ赤に染め、鼻筋にシワを寄せているのを静かに見ていた。

 だが、「また、レティシアも体で分からすしかないな」と耳にした瞬間、フォス隊とスキア隊の方角から、カチャカチャと剣を鞘から抜く音が聞こえ、咄嗟に左手を上げる。

 それでも、幼いレティシアの頬が赤く腫れていた光景が脳裏に浮かび、胸の奥に沈めていた怒りが一気に蘇り、抑えきれずに言葉となって溢れる。


「……いい加減、臭い口は閉じてください」


 フォス隊の隊長であるエディー・ノーフェンは、ロレシオの言葉に吹き出しそうになりながら、(あーあ、言っちゃったよ……)と思うと、上下黒い服を着て隣に立つユーリ・バーウィックに視線を向けた。

 すると、首をかしげながら片方の肩を上げ、苦笑するユーリと目が合い、彼と同じように苦笑すると再び正面を向く。


「な、何だ貴様!! この俺に対して、そんな口を聞いていいと思ってるのか!! 俺はフリューネ侯爵だぞ!」


「昔から、あなたはエディット様の夫だからと、そのように叫んでおられましたが、あなたが騎士団に対し権限を持ったことは一度たりともありません。そのため、我々騎士団が従うと勘違いしないでください。これまで、レティシア様や今は亡きエディット様の指示で、あなたに手を出したり、危害を加えてきませんでした。ですが、現在留守を任されている者の指示で、今後は我ら騎士団の全員があなたの敵だと、認識してもらえば助かります」


「何だと!! お前たち、レティシアだけではなく、フィリップまで洗脳したのか!!」


 ロレシオとダニエルのやり取りを冷静に聞いていたユーリは、(何言ってんだ、あいつ。バカなのかな?)と思うと、笑いそうになる表情を引き締めた。

 レティシアのことを洗脳でもすれば、オプスブル侯爵だけではなく、きっと精霊たちも黙っていない。

 そして、精霊たちは精神攻撃の類に敏感であるのを、ユーリは知っている。

 彼は内心で(ねぇ、どう思う?)と尋ねて耳を傾けると、(俺もそう思う。きっとエディーたちも、俺たちと同じようなこと話してるだろうね)と返答した。


「あなたがどう思おうが、あなたの自由です。しかし、事前に我々は、留守を任されているフィリップ様からあなたのことで指示があれば、明確に敵対の意志を示せとレティシア様から命令を受けています」


「俺は、レティシアとフィリップの血の繋がった父親だ。貴様らは、それが許されると思ってるのか?!」


「はい、許されるものだと認識しております。良い機会なので話しますが、我々騎士団やオプスブル侯爵家は、昔からあなたを一度たりとも認めていませんでしたよ」


 ダニエルは「嘘だ!!」と叫んでロレシオの発言を否定すると、続けて「現に」と言ったが、咄嗟に右手で口を押えた。

 否定できるだけの根拠はあるのに、この場で言っていいのか分からず、「現に何ですか?」と問われると、額から汗が流れ出る。

 喉はカラカラに乾き、ゴクリと唾を飲み込むが、ツーっと冷たい汗が背筋をなぞると、ロレシオのことを指差しながら睨んだ。


「今日のところは帰るが、こちらも報告させてもらう!! ただで済むと思うなよ!」


 ユーリはロレシオの近くまで行くと、去っていくダニエルの背中を見ながら、思考を止めることなくロレシオに話しかける。


「話は終わった? んじゃさ、スキア隊は任務に戻るよ。何名か徹夜明けのやつもいるし」


「フォス隊も、任務に戻らせてもらう。あ、それと……任務の報告書、スキア隊が提出した報告書の上に置いておいたぞ」


 ロレシオはダニエルの背中から目を逸らすと、ユーリとエディーを見て頭を軽くかいた。

 多忙な彼らが会議以外で姿を現すのは珍しく、まして騎士団の意向を伝えるためだけの場に、来るとは思わなかった。

 何かを考え込んでいる様子の2人を見ると、気の利いた言葉が思い浮かばず、また頭をかいてしまう。


「ああ、フォス隊もスキア隊も、急遽集まってくれて感謝する。任務に戻って構わない」


「あまり気にしなくていいよ。ある程度前、スキア隊もフォス隊もレティシア様から指示があったから、別に急な話じゃないよ」


 エディーはユーリの言葉を聞き、「だな」と短く同意すると、「それより……」と言葉を続けた。

 けれど、スキア隊の人数が減っているのに気付き、ふっと軽く笑みが零れる。

 そのまま、ユーリの方に視線を向けると、「大丈夫そうだな。追加の指示も受けてたのか」と言いながら、ニヤリと笑みを浮かべる彼を見て鼻を鳴らした。


「まぁねぇ……フォス隊も動いたみたいだけど、それも?」


 エディーはユーリから視線を逸らすと、「ああ、直々のご使命だ」と言って目を細めた。

 しかし、「フォス隊もスキア隊も忙しい中、本当にありがとう」と言ったロレシオの声が耳に入り、咄嗟にロレシオの方を見た。

 フリューネ騎士団には、4つの部隊が存在する。

 だけど、白と雪以外の部隊は、任務そのものが極秘扱いとなっており、何を任されているのか、所属していない限り知る機会はない。

 騎士団に上げる報告書も、騎士団経由の任務でなければ、報告すらしていない。

 そのため、団長や副団長は、フォス隊とスキア隊に極秘任務があることを想定し、任務を振り分ける必要がある。

 団長や副団長の負担は、部隊の隊長レベルでは話にならない。

 それなのに……感謝を述べるロレシオの声からは、申し訳ない気持ちが漂い、エディーは内心でため息をついてしまう。


「騎士団全体を総括している副団長が2人とも不在のいま、団長の方が色々と気苦労が絶えないだろ。フォス隊もスキア隊も、その点楽だ、気にすんな」


「ああ、2人がいないなら、団長の俺がしっかりしないとだな」


 ロレシオは冷静に言ったつもりだったが、飲み込んだ唾は鉛のように重たかった。

 アルノエが抜けただけでも大きな損失なのに、今はニルヴィス……すらいない。

 死んだ可能性があると聞いたが、到底受け入れられるものではなく、思わず拳を握る。

 しかし、個人的に調べようにも、そのような時間の余裕もない……。

 ニルヴィスのことを考えると、気持ちはより一層重く、彼の笑顔が脳裏に浮かぶ。


「後さ……団長に言うのは気が引けるけど、ロレシオ団長……少し雪と白の隊員ども、気がたるんでいるのでは?」


 エディーに指摘され、ハッとロレシオは現実に引き戻されると、「……すまない」と咄嗟に謝罪した。

 そして、「彼らのことは……」と言いながら、白と雪の隊員たちに目を向けると、指摘されても仕方いと諦め、「気を引き締めさせる」と続けた。


「ロレシオ団長に頼り切りになるが、いざって時に使えないんじゃ意味ないからな。それじゃ、そろそろいくよ、またな。――フォス隊! 行け!!」


 エディーの言葉を合図に、上下白い隊服を着ていた者たちは、ザッと音を立て敬礼すると、サッと飛び出していった。

 続けて、「んじゃね。――スキア隊! 各自の任務に戻れ!!」とユーリが指示を飛ばすと、上下黒い隊服を着た者たちは、影に溶け込むようにスーッと姿を消していった。



 窓の外を見でいたパトリックは、隣にいるフィリップに視線を向けると、彼の肩がまだ震えていることに気が付いた。

 しかし、視界の隅にいるもう1人が気になり、視線を少しだけ上げる。

 前庭を睨むアルフレッドに対し思うことはあったが、人差し指で頬をかくと軽く息を吸い込んだ。


「これで、ダニエル様が別宅に来ようとも、フリューネ領の邸宅に来ようとも、誰も彼を入れることは御座いません。フィリップ様、本当に良かったのですか?」


「うん、ジョルジュがいないのに、ぼくが決めていいのか不安だったけど、姉上は……ぼくを信じて任せてたんだね……」


 震える手で窓を触るフィリップを見ると、パトリックは何とも言えない気持ちになった。

 もし……、本当に信じているのであれば、きっとレティシアは権限を与える。

 だが、今回の出来事は、事前にレティシアが騎士団に指示を出していなければ、フォス隊やスキア隊はおろか、騎士団自体動いていない。

 純粋だから信じて任せられたと考えられるのだと思うと、本当のことが言えなくなる。

 それでも……、何も持たなかった少年が、自信と信頼を覚えるのには、十分か……と納得すらしてしまう。


「……そうですね。レティシア様から見れば、フィリップ様の血筋は関係ないのかもしれません」


 パトリックは優しく言うと、窓の外を見てから、ゆっくりアルフレッドに視線を向けた。

 そして、眉間にシワを寄せているのを見て、面倒だと思いながらも口を開く。


「ところで……アルフレッド殿下、何か言いたいようですね?」


 アルフレッドは訪ねられると、暫くしてから深く息を吐き出した。

 不満がある訳じゃないが、数ヵ月前のことを考えると、どうしても納得できない。


「こうなるなら、初めからボクを頼らず、対処できたのでは?」


「それって、アルフレッド殿下が出した禁令のことを言っていますか?」


 アルフレッドは冷静に「そうだ……」と答えると、真っすぐパトリックを見つめた。

 フィリップに頼られた時、彼にはルシェルを止める手立てがなく、考え抜いた答えが禁令だった。

 けれど、ただの第4皇子が禁令を出せる訳もなく、政治を絡めるために、皇位継承権を主張した。

 その結果、予想していたとはいえ、派閥争いが起きる事態となり、もしも……という考えが浮かぶ。


「では、皇家に対しても、先ほどのような対象方法で良かったのですか?」


「そうじゃないが……、はぁ、もういい……パトリック、お前と話すと頭が痛くなる」


 パトリックは頭を押さえるアルフレッドを見ながら、「お褒めの言葉、ありがとうございます」と言って微笑んだ。

 騎士団の様子を見ていた時、アルフレッドの眉間にシワが寄っていたことを考えれば、彼がレティシアの指示に気付いた可能性も考えた。

 そのため、レティシアがいなくなって3ヵ月経っているのに、今でも有効的な指示があったと考えれば、禁令を出さずに対象できたと考えるのも自然のことだろう。

 彼が何を言いたかったのか分かっていても、パトリックはそれに気付かないフリをするしかなかった。


「お前、ボクのこと嫌いだろ?」


「はい、レティシア様を悪く言ったので嫌いです」


 アルフレッドは驚きのあまり目をぱちくりとさせたが、すぐに思考を巡らせた。

 しかし、どんなに記憶を辿ろうも、レティシアの悪口を言った記憶はなく、困惑して首筋をさすってしまう。


「……悪き言った覚えはないが……」


「いえ、自分はアルフレッド殿下が『……本当にいやなやつだと思った』と言っていたのを聞きました」


 アルフレッドは(言った……確かに、いやなやつだと言った記憶がある……)と内心で思い、言葉に詰まった。

 しかし、(あの状況なら、誰でも言いたくなるだろ)と思い、ため息がこぼれると、もう1つのため息が重ねって聞こえた。


「それで、アルフレッド殿下、本日はどのような要件で?」


「ああ……、叔父上の力も借りて今日来たのは、今の学院の状況報告とフリューネ家の意向を聞こうと思って……」


「生憎ですが、レティシア様は不在ですよ?」


 薄っすらと笑み浮かべているパトリックに対し、アルフレッドは「パトリック、少し黙れ」と睨んで冷たく言い放った。

 それから、フィリップの方を向くと、彼は冷静に「――それで、どうなんだフィリップ」と問う。


「ぼくは、姉上がどうするつもりなのか、分かっておりません。騎士団も、それについては話さないと思います。ぼくが聞いても……答えてくれないので……」


「そうか……正直、ボクはフリューネ家が独立しようとしてると考えてる」


 フィリップの返答を聞き、アルフレッドは正直な考えを半分述べると、ゆっくりパトリックに視線を移した。

 手を後ろで組み、笑みを浮かべるのを見ると、パトリックが何を考えているのか、見えてこない。

 しかし、視線の動きや、わずかな動作で、推測できる部分もある。


「だが、同時に……まだ、決めかねてると考えてもいる」


「なぜ、そう思うのですか?」


「先程の沈黙が答えだと思う。今じゃボクの発言は、皇位継承を主張した皇子の意見だ。それなのに、否定しなかったとなれば、帝国と敵対も辞さないと言ってるようなもんだ。だが、フィリップがボクに助けを求めたこと……禁令が出されて以降も、フリューネ家がボクに仕事を任せてること……何より、今日突然訪ねて来たボクを、家の中に入れてるのを考えれば、決めかねてると考えるのが自然だろ」


 アルフレッドとパトリックのやり取りを見ていたフィリップは、ゴクリと喉を鳴らしながら唾を飲み込んだ。

 耳に届く2人の声は柔らかいのに、2人から漂う空気は重い。

 それでも、フィリップはアルフレッドの話に納得してしまい、「なるほど……」と呟いた瞬間、アルフレッドの深いため息が聞こえ、咄嗟に俯くと汗が頬を伝う。


「はぁ、フィリップ……お前はもう少しジョルジュ様に貴族の政治的概念を教えてもらえ」


「あまり、フィリップ様に対し冷たいようだと、レティシア様も黙っていませんよ?」


「それについて、彼女は何も言わないだろ……」


 アルフレッドは冷静に反論すると、窓の外に視線を向けた。

 窓から見える範囲には、まだ騎士の姿ががちらほらとあり、彼は目を細めながら騎士たちを見ていた。


「だが……今日集まった者たちを見ると、フリューネ侯爵が管理する騎士団の規模は、想定してた物より大きいな……」


「あれで、全員だと思わないのですか?」


 パトリックは少しだけ下を向いて尋ねたが、すぐに視線を上げてアルフレッドを見つめた。

 伸びた背筋に、琥珀色の瞳、彼が何を思い、何を考えているのか、パトリックには分からない。

 けれど、同じように窓の外に視線を向けると、少年の心情を考え、視線は少しずつ下がってしまう。


「今日来てた者たちは、70名近く……あれで全員だと言うなら、今フリューネ領を守ってる騎士団はなんだ? それに……上下別々の色をした隊服が2種類、上下同じ色の隊服が2種類あった。つまり、少なくとも4部隊あると考えるべきだ。そして、統率の取れた部隊なのに、人数はバラつきがあった……」


 アルフレッドの話を黙って聞き終えると、数秒の間パトリックは目を閉じた。

 それから、短く息を吸い込むと、ただ遠くの空に流れる雲を見つめる。


「よく見ていますね。そうです、あれが全員ではありません」


「そうなると、ただのシナリオじゃなくて、現実的にフリューネ領が独立できるだけの、戦力があるという訳か……」


 パトリックはゆっくりアルフレッドに視線を向けると、考えている様子の彼に対し「今さら、その話をなさる意味は?」と問いかけた。

 徐々に琥珀色の瞳がこちらに向くと、パトリックは内心でため息をつき、首を少しだけかしげた。


「特にない。フリューネがどう考えてるのか知りたかっただけだ」


「もし、仮にフリューネ領が独立するとなれば、止めないのですか?」


 アルフレッドは質問の意味を考えたが、真意が読めずに目を細めた。

 そして、「それは、レティシア嬢から聞けと指示されたのか?」と尋ねたが、パトリックが微笑むのを見てさらに視界が狭まる。


「どう捉えてもらっても構いません。それで、どうなのですか?」


「止める気はない。ただ、独立するのであれば、それでも関係の断絶は避けたいと思ってる」


 冷静にアルフレッドは言い切ると、「そうですか」とパトリックの短い返答を聞き、眉を(しか)めた。

 納得できずに首を左右振ると、「それだけか? 他には?」と続けて尋ねる。

 しかし、パトリックが「いえ、ありませんよ?」と微笑んで答えた瞬間、彼は頭を押さえながら大きなため息をついてしまう。


「本当に、頭が痛くなってきた……」


「それで、学院は現状どうなのですか?」


 淡々とした様子でパトリックが尋ねると、アルフレッドは大きく息を仕込んだ。

 そして、どうにか気持ち飲み込もうとしたが、モヤは胸の辺りに留まり、吞み込めない。

 それでも、軽く息を吐き出し、息を整えると冷静に話す。


「進級に合わせてルーンハイネ教国からの留学生が来た。名はカリウス・ディヴィノフ、教国をまとめる現教祖ルケリウス・ディヴィノフの長男だ。進言したのはメイナード殿下だと聞いてる」


「メイナード殿下ですか……このことは騎士団に伝えても? それとも、伝えない方が良いのですか?」


「はぁ、ボクに聞くな。どうせ、カリウスの存在は知ってたんだろ?」


 パトリックは何とか感情を呑み込んでいるアルフレッドを見ると、思わず微笑んでしまった。

 これを成長と見るのか、感情の切り捨てと見るのか、それは人によって違う。

 これから多くの者が、理想の皇帝像を彼に求め、彼の感情や表情を奪う。

 しかし、表面と内面が大きく違っても、それは本人が明かさない限り分からない。

 レティシアからも、彼の感情を捨てさせろとは言われていない。

 それなら、上手く隠せば良いだけの話だ。

 まだ甘いが、それでも良く隠せるようになったと思い、「はい、もちろんです」と笑顔で答えた。


「レティシア嬢はどこまで見ているのやら……」


「さぁ? それは自分にも分かりません」


 パトリックの軽い返答に、アルフレッドはため息をついて諦めると、フィリップの方を見た。


(レティシア嬢は、何かしらの意図をもって、パトリックやジョルジュの行動を制限してるように思える。それなら……)


「……フィリップ、お前が留守を任されるんだ。お前が決めろ」


 急に話を振られ、フィリップは一瞬驚いた。

 視線は徐々に下がり、足元がグラつくような感覚が襲う。

 それでも、息を整えながらズボンを掴むと、勢いよく視線を上げる。


「では、伝えてください。姉上であれば、伝えると思います」


 パトリックはフィリップを見ながら微笑むと、手を胸に当てて頭を下げた。

 そして、「畏まりました」と告げると、頭を上げてアルフレッドに向かって微笑んだ。


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