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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
8章

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第203話 信頼と渇望のワケ


 カトリーナたちが話している時同じくして……。

 ルシェルは視線を動かすと、アルフレッドがティノと話しているのも、遠目に見ていた。

 いつも腕に絡みつく少女が先程呼ばれたことで、雑音も聞こえず、腕がいつもより軽い。

 しかし、先程まで絡みつかれていた左腕に視線を移すと、服にシワが寄っており、歯をギリッと鳴らすと右手で右袖を掴んだ。

 笑い声が耳に届くと視線を上げ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 それでも、すぐに冷静になれず、ゆっくり瞬きを繰り返すと、恋しい彼女の顔が頭の隅にチラつく。

 いつも見ているだけで……今は行方も分からず……手が届かない存在……。

 右手に視線を移して手のひらを見つめると、指先に感じた体温を思い出し、彼女を思ってギュッと右手を閉じた。


 けれど、ルシェルが思い出に浸っていると、遠くの方からわぁーと歓声が上がり、彼はゆっくり歓声がした方に目を向けた。

 生徒たちの隙間から、藍鼠(あいねず)の髪がサラサラと動くのが見え、時折カリウスの体が宙を舞っている。

 走り回るカリウスの手には、長い魔法の杖が握られており、ルシェルは暫くの間、冷静に彼の動きを観察していた。

 詠唱しなくても魔法が使える帝国民からすれば、詠唱して魔法を使う生徒は珍しい。

 だが、(所詮こんなもんか……)と思うのと同時に、なぜこのレベルで学院に留学できたのか考えた。

 他国からの留学生が一つ上の学年にも2人いるが、カリウスと比べると詠唱ありきでもレベルが違う。

 何かしらの裏があると見るべきだと考えると、彼は静かに歩き出し、視線だけを動かして辺りを見渡す。

 暫くの間、訓練場を歩き回っていると、ウォルフを見つけ、そちらの方へと歩みを進める。

 そして、ルシェルはウォルフの肩をたたくのと同時に、空間消音魔法(サイレント)を2人の周りに使った。


「やぁ、ウォルフ。少しいいかい?」


「ルシェル殿下、どうしたのですか?」


 ウォルフは驚いてルシェルに問いかけると、口元に手を当て、クスッと笑うルシェルを見ていた。

 感じられる気配から、空間消音魔法(サイレント)が使われたのは分かる。

 それだけで、軽い話じゃないと想定でき、思わずため息がこぼれそうになる。

 しかし、ルシェルが一度周囲を見渡し、再びこちらを向いて微笑んだ瞬間、胸がざわついた。


「いやね、いまリリーナ先生がいないから、水壁魔法(ムルス・アクア)も消えてることだし、他の属性も見てたんだよ」


「……そうですか、今日はいないんですね……」


 ウォルフは息を吐き出しながら呆れて言うと、「ん?」と言いながら首をかしげたルシェルに対し、冷たい視線を向けた。

 無意識に視線は左腕に向かい、「……ああ」と呟く声が聞こえ視線を戻すと、笑みを浮かべているルシェルと視線が重なる。

 胸の辺りがモヤッとすると、眼鏡の縁に指を当て、少しだけ視線を逸らしながら眼鏡の位置を正した。


「……ララか。彼女は今呼ばれてていないよ。じゃなきゃ君のところには来てないよ」


「要件は何でしょうか?」


 ウォルフの冷静な声が響くと、ルシェルの顔の向きが集団のいる方に向いた。

 それに釣られるように、ウォルフの視線も動き、2人の間に沈黙が流れ、周囲の音だけが響く。

 暫くすると、歓声と共に拍手が鳴り響き、ため息がポツリと続いた。


「君は、カリウス・ディヴィノフのことについて、何か聞いてる?」


「カリウス・ディヴィノフですか? いいえ。特には……ただ……」


 尋ねられてウォルフは答えたが、途中で言い淀むと、下を向いて下唇を滑るように噛んだ。

 しかし、「ただ?」と言った声が聞こえ、視線を上げた先で、不思議そうにしているルシェルと目が合う。

 咄嗟に視線は左下を向き、少しだけ鼻の奥がピリつき、もう一度滑るように唇を噛むと胸の辺りが重い。

 それでも、軽く息を吸い込むと、ルシェルに向き直し、今度は微笑んだ彼と視線を合わせられない。

 探ろうとしなかった浅はかな自分に、胸の奥が詰まる。


「ただ……父上からは、進言したのはメイナード殿下だと聞いて、おります」


「なるほどね……メイナードか……」


 ルシェルはポツリと呟くと、カリウスを見ながらメイナードのことを考えた。

 特に目立った皇子としての実績はなく、魔法や戦闘面においても、指揮官を任せるほどの実力もない。

 唯一、ペードュウ王国とヴァルトアール帝国を繋いでいる皇子の1人、というイメージの方が強い。

 けれど、それも彼の母親であるソーニャ妃が、元ペードュウ王国第二王女だったのが大きい。

 そんな彼の意見が通ったのなら、皇帝も考えがあったと考えるべきだ。

 しかし……ルーンハイネ教国とペードュウ王国が友好国だと考えると……ルシェルはため息をついてしまう。


「そうなると、警戒した方が良いよ。ソーニャ妃の息がかかってるだろうからね」


「分かりました。あの……ところで、ルシェル殿下は、アルフレッド殿下のことをどう見ているのでしょうか?」


 ウォルフの淡々とした声が響くと、ルシェルの目は一瞬だけ見開き、「アルフレッド、ね……」と呟きながら曖昧な笑みが浮かんだ。

 そして、アルフレッドがいる方を見ると、徐々に目が細まった。


「皇帝に最も向いてると思うよ?」


「……あなたは、皇帝になる気はないのですか?」


 ウォルフは眉を(ひそ)めてルシェルの横顔を見ながら尋ねると、ルシェルの横顔にふっと笑みが浮かんだ。

 怪訝(けげん)な思いで黙っていると、「次期皇帝は、僕だよ」と自信に満ちた声が耳に届き、眉間に力が入る。


「……時々、ルシェル殿下の考えが分かりません」


 ウォルフは思っていることを吐露すると、寂し気に笑みを浮かべたルシェルの横顔を見て、静かに拳を握った。


「僕も理解してもらおうとは思ってないよ。君には到底分からないだろうしね」


「分からないからこそ、ルシェル殿下の側近として聞いているのです」


 口調が強くなると同時に、拳を握るウォルフの拳にも力が入る。

 しかし、曖昧に笑みを浮かべてるルシェルが、彼の目には一瞬だけ孤独に見え、拳を握る手の力が抜ける。


「……僕はさ、物心がついたころから次期皇帝として、教育を受けてきた。当時はそれが当たり前で、周りも僕と同じ教育を受けてると思ってた……。だけど、ある日……心から信頼してた子は僕の元から離れ、周りは皇子として自覚しろと迫った。そして……僕は彼女からの信頼を失くした……。別れる最後の日も、彼女に声をかけることさえ許されず、引き摺られながら彼女の笑顔を見てたよ……。だから……だからこそ、初めて父上に声を上げた日……誓ったんだ。必ず、どんな手を使っても、手に入れるって……」


「皇帝になって、レティシア嬢を妃に迎えるのですか?」


 ルシェルはレティシアについて問われると、視線が下がり、ため息をついた。

 幼い頃に抱いた想いは、日が経つにつれて渇望に変わった。

 もう願望だけを追える立場ではないことも、彼女の気持ちが完全にないことも、痛いほど分かっている。

 それでも、どうしても抑えらず、望んでしまう……彼女の世界に自分だけがいる未来を……。


「アルフレッドが皇位を主張するまでは、その線が濃厚だったんだけどね……今はそうじゃないから、もう少し手駒を上手く使った方が良さそうだね」


「……私も、殿下の駒の1つですか?」


 冷静にウォルフは問いかけると、わずかにルシェルの目元が柔らかく細まった気がした。

 しかし、こちらに向けられた顔には笑顔が浮かんでおり、ルシェルの考えが読めない。


「さぁ? どうだろうね……。ベルンをオプスブル家に取られたから、ベルンの代わりにフレデリックを従者にしたけど……フレデリックは君を僕の側近として認めてないようだしね。君は、彼のことを警戒してるんでしょ?」


「……正直、彼はルシェル殿下の側に置くような人物ではないかと思います」


 雑音に交じって、淡々としたウォルフの声が響くと、ルシェルの表情に笑みが浮かぶ。

 生徒たちの声や、魔法がぶつかる音が遠くで鳴り、時折砂埃を立たせている。

 ほのかに風が吹くと、2人の髪はさらさらとわずかになびく。


「うん、それは僕も同意だ。だけど、彼は君より、丈夫な僕の盾になってくれるよ」


「レティシア嬢に執着するのは、皇位のためですか?」


 正直に思ったことを言うと、ウォルフは真っすぐにルシェルを見つめた。

 ゆっくり落ちていくルシェルの視線の先、彼が何を見ているのか……。

 わずかに彼の口角が上がった理由も……。

 皇子は孤独だと教わったが、何が彼をここまで孤独にするのか……。

 ウォルフには分からない。


「……レティシアを手に入れるために、皇帝という立場が必要なんだよ。君には分からないだろ?」


「分かりません。それで、皇帝になって彼女を手に入れたら、どうするのですか?」


 ルシェルは問われると、一瞬視線を上げたが、すぐに手のひらに視線を落とした。

 色んな思いが交ざり合い、「彼女が二度と逃げ出さないようにするよ?」と微笑んで答える。

 しかし、直ぐに「そういうことではなく!」とウォルフの大きな声が聞こえ、手を閉じるとギュッと力が入る。


「……冗談だよ。君が聞きたいのは、政治の面だろ? それなら、大丈夫だよ。もう、いらない家の候補は粗方絞ってる。もちろん、ちゃんとした裏付けもある。帝国民のために、汚れ切った膿も出し切るつもりだよ……帝国にある、掟に沿ってね……」


「なら……あなたを信じてもいいのですか?」


 重みを帯びたウォルフの声が聞こえると、ルシェルは軽く息を吐き出した。

 ここで……、『信じていい』と答えても、そこには何の意味もない。

 そのことを分かっているからこそ、胃の辺りが重く感じながらも、彼は言葉を呑み込んだ。

 それでも、笑みを浮かべると、冷静に話す。


「それは、僕が決めることじゃないでしょ。僕が決めたら従うの? そんな動機で、本当に僕を信じられるの?」


「……あなたは、私すら信じていないのですか?」


「それは違うね。君が僕を信じてないんだ。だから、僕に聞けるんだよ」


 ウォルフは咄嗟に視線を下げると、「……私は」と口にしたものの、その後の言葉が続かなった。

 何か言わなければ……と思うが、何を言ったらいいのか分からない。


「君は、僕を選んだわけじゃなくて、ただ君の父君であるアルノ・ディ・プルエミルーヴ公爵の指示に従ってるだけだ。君自ら僕を選ばない限り、君は僕の駒にもなれない、替えが利く従者だ」


 ルシェルの言葉を否定できず、ウォルフは俯いて目を閉じた。

 胸が詰まるような感覚を抱き、一瞬だけ息を止めそうになる。

 しかし、呼吸に意識を向け、できるだけ冷静になろうと心を落ち着かせた。

 ほんの数秒が長く感じ、それでも視線を上げると、笑顔を崩さないルシェルが目に入る。

 真っすぐにルシェルを見つめると、何度も視線を下げそうになりながらも口を開く。


「なら、駒である者たちは信じているのですか?」


「……駒は裏切れば、処分できる。その点で答えるのであれば、信用はしてるけど、信頼はしてないかな……」


 ルシェルはウォルフから目を背け、冷静に話すとゆっくり瞬きを繰り返した。

 本心も……本音も……、立場が呑み込んでいき、言いたくない言葉ばかりが並ぶ。

 吸い込む空気は、土の香りと共に魔力の気配が薄っすら感じられる。


「君は、駒になりたいの? それとも、替えの利かない側近になりたいの?」


 ウォルフの視線が下がり、小声で「私は……」と言った声がすると、ルシェルの口元はわずかに口角が上がる。


「ああ、替えが利く側近のままがいいなら、何もしなくていいよ。その方が期待しないで済むからね」


「あなたは……誰も信じていないのですね」


 はぁ……とルシェルの方からため息がし、ほんの一瞬だけ目を見開いたウォルフの目は細まる。

 再びウォルフの方を向いたルシェルの顔には、笑顔が浮かんでおり、コテッと子どもように首をかしげている。


「それも、違うよ? ウォルフ、僕は誰も信じてない訳じゃない。僕は、信頼できる人を選んでるんだ。確実に背中を任せ、背中を刺されないためにね。それに、誰構わず信じてたら、法も政治も効力をなくし、ゆくゆくは内部から腐って破綻するものだよ」


「では、あなたは誰を信じてるのですか?」


 ウォルフは拳を握り、真っすぐにルシェルを見ながら冷静に尋ねた。

 すると、ルシェルがふわっと笑い、「……それを、君に言って何になるの?」と聞かれ、胸の中がモヤッとした。

 幼い頃、初めて会った時から、彼の笑顔は変わらない。

 貴族どもがバカにしようとも、出された茶に毒が交じっていようとも、笑うバカな皇子だと……当時は思っていた。

 護衛は何度も入れ替わり、貴族たちは彼が切り捨てていると噂した。

 しかし、そんな人が……護衛の私物を今も手元に残すのだろうか……。

 少なからず、彼の元を離れた護衛は、今も彼を支持し、敬愛している。

 彼の言葉にも、笑顔にも、彼の本心は関係ないのかもしれない……。


「……少し時間を頂けますか?」


「良いけど? 何するの?」


 首をかしげたルシェルを見ると、思わずウォルフはクスッと笑い、右手を胸に当てて頭を下げた。


「私の方で、詳しくソーニャ妃の動向を探ってみます」


「ああ、ウォルフ頼むよ」


 耳に届いた声はあまりにも優しく、ウォルフは「かしこまりました」と力強く言った。

 そして、頭を上げて微笑むルシェルに背を向けると、何事もなかったように歩き出した。


「あ、できれば、フレデリックに悟られないようにね。君の、身の安全のために……」


 ウォルフは背後から聞こえた言葉に、足を止めそうになった。

 だが、深呼吸を一度して、「……分かりました。お任せください」と答えると歩みを進めた。


「ああ、期待していいと受け取っておくよ」


 遠ざかっていくウォルフの背中に向かってルシェルは言うと、肩の力を抜きながら息を吐き出した。

 エルガドラ王国から戻って……幼い頃から面倒を見てくれた親代わりが、最初に不自然な死を遂げた。

 それに続き、護衛に就く者たちは、様々な体調不良や事故が相次ぎ、その中には亡くなった者もいる。

 信頼していると口にしたり、信頼している姿勢を見せれば、その頻度は回数を重ねるごとに増えた。

 けれど、口を閉ざし、孤立していると囁かれるようになってから、その頻度は減っていった。

 それなら……どう振る舞うべきなのか明白だった。

 右手に視線を落とすと、手のひらは汚く見え、そのまま拳を握ると空に視線を移した。


「皇帝という立場が無くても……レティシア……君が手に入るなら、僕はいつでも身分を捨てるのに……。あの頃からずっと……君だけなのに……」


 空の青さに、呟きは消えてしまいそうで、彼女の青い瞳を恋しく思う。

 貴族たちから、どう評価されているのか理解している。

 レティシアが選び取ろうとしている選択も、認めたくないが……それでも、彼女らしいとも思う。

 だけど、もうあの頃に戻れないと分かっているからこそ、痛みとともに進むしかないと、さらに拳に力が入る。

 深呼吸を繰り返していると、訓練場がざわつき、ルシェルは騒がしいと感じてしまう。

 そして、集団がいる方に視線を向けると、集団の中心にいる者たちを見て眉を(ひそ)めた。


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