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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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206/225

第191話 毒青に毒咲き、狭間揺れ


 レティシアとルカが暗黒湖(テネクス)から戻った同日の午後。

 リスライベ大陸から遠く離れた帝都オーラスでは、青い空に白い雲がポツリポツリと浮かんでいる。

 だが、フリューネ家別宅の客間では、ジョルジュとフィリップの2人が、リボンのかかった箱の前で頭を抱えていた。


「アルフレッド殿下の協力があっても、これは阻止できませんでしたね」


 ジョルジュはため息交じりに言うと、手にしていたメッセージカードをフィリップに渡した。

 すると、フィリップの方からため息が聞こえ、彼も送り主が誰か分かっただと思った。


「そうですね……店主の話を聞いた限り、アルフレッド殿下が禁令を出す前に、ルシェル殿下が注文と支払いを済ませていたようなので、店側は届けるしかないですからね」


「少しは政治に関しての知識も身についたようで、安心しました……とはいえ、少々まずいことになりましたね」


 ジョルジュはフィリップからメッセージカードを受け取りながら言うと、反対の手でこめかみを押さえた。

 全く想定していなかったことだけに、ルシェルがフリューネ家に来るのを阻止するために出された禁令が、こんな形で裏目に出るとは思ってもいなかった。

 一歩間違えれば、フリューネ家が他の貴族や皇家に隙を見せ、政治的争いに巻き込まれる可能性すらある。

 しかし、レティシアからは何も聞かされていないことから、どれほど彼女が政治に踏み込んで考えているのか分からない。

 そのため、ジョルジュは色んな可能性を考えると、頭が痛くなった。


「これで、アルフレッド殿下が出した禁令に対し、フリューネ家が背いたと判断されるのですか?」


「可能性としては有り得ない話ではありません。しかし、店主も匿名の方からの依頼と濁していたので、フリューネ家が受け取りを拒否することの方が、政治的には角が立ちます」


 フィリップは淡々と答えるジョルジュを見て、視線を箱に移した。

 ルシェルのことを考えれば考えるほど、厄介な存在だと思い、ため息と一緒に「はぁ」と声が漏れる。

 けれど、今問題なのはこの箱の存在だと気を取り直し、ジョルジュに話しかける。


「中身……確認しない方が良いですよね?」


「そうですね。(わたくし)はフリューネ家の家令なので、本来であれば確認するべきかと思いますが、レティシア様が不在の現在。レティシア宛に届いた物なので、放置しても問題ないと判断したいところです。メッセージカードを見てしまったことを、なかったことにしたいくらいです」


 ジョルジュとフィリップの間には、暫しの沈黙が流れ、時計の秒針だけがカチカチと音を鳴らす。

 窓の外からは、フリューネ騎士団に所属する騎士の笑い声がし、ドアの方からは使用人が通る足音がしている。


「姉上から、何か聞いていませんでしたか?」


 沈黙を破るようにフィリップが訪ねるが、ジョルジュは首を横に振った。


「いえ、贈り物が届くとは一言も」


 ジョルジュは冷静に答えたが、少しだけ右手を顎に添えると、レティシアの言葉を思い出した。


「……しかし、ゴミが届くかも……とは仰っておりました」


 フィリップは話を聞き、「ゴミ……ね……」と呟くと、大きくため息をついてしまう。

 どう見てもゴミに見えないことから、ジョルジュの方を向くと、話を続ける。


「ブティックからだと考えれば、明らかにドレスですよね……」


「はい……しかも、レティシア様宛なので、間違いなくドレスかと……」


 ジョルジュの声が客間に響くと、続けて項垂れた2人のため息が重なった。

 しかし、突如フィリップが顔を上げ、「あ」と声を上げた。


「皇帝主催のお茶会、明日ですよね? もしかして、そのお茶会のためのドレスでしょうか?」


 ジョルジュは、皇帝主催の茶会と聞き、視線をスーッと箱に移した。

 4ヵ月前に開催された皇帝主催の茶会は、結局のところ、レティシアの不在を理由に、婚約者候補の発表を延期している。

 ともなれば、今回の茶会で婚約者候補の発表をする可能性が高いと思った。

 更に、依頼時期を考えれば、茶会のためのドレスと考えて間違いないと考えたが……それだけではないような気がしてならない。


「真意は分かりかねますが、そのように考えて間違いないと思います。そのため、店主もギリギリまで悩んだ結果、依頼者の名前を濁し、直接届けに来たのだと思います」


「それなら、どちらにしろ、姉上は参加できませんね……」


 フィリップは力なく言うと、自然に視線が下がった。

 レティシアが何を考え、何をしようとしているのか、フィリップには分からない。

 だけど、頼りにされていないと分かっていても、家族だと思うなら話してほしかった気持ちもある。


「姉上、ぼくには何も言っていませんでした」


 呟くようにフィリップが言うと、ジョルジュは一瞬フィリップの方に視線を向け、後ろで手を組んだ。


「それは、(わたくし)も同じですよ。あの方は、皇家との婚姻は考えていないようなので、我々に言う必要がないと判断したのだと思います」


「それじゃ、これどうしますか?」


 フィリップが尋ねると、2人の視線が箱へと向く。

 金の縁が目立つブルーのリボンが巻かれた白い箱が、2人の瞳に映っている。


「……メッセージカードが添えられておりましたが、メッセージカードは“なかったこと”にした方が賢明かもしれません」


 箱に人差し指を向け、「これは?」とフィリップは聞いたが、ジョルジュの眉間にはシワが寄っている。


「レティシア様は、“ゴミが届く”と仰っていましたが、禁令が出た以上、(わたくし)の方で内々に適切に処理するわけにはいきませんので、このままにした方が良い気もします。その方がレティシア様の使えるカードが増えます」


「そうですか……一応、アルフレッド殿下には伝えるのですか?」


 ジョルジュは訪ねられると、今の状況を深く考えた。

 現在、アルフレッドの提案で、皇家のフリューネ家への訪問を一時的に禁令として禁じている。

 だが、それはあくまでフィリップの願いを聞き入れたアルフレッドの一時的な策で、現状としては長く持たないだろう。

 しかし、禁令が出された後も、アルフレッドはレティシアのしていた仕事の一部をしており、ジョルジュがフリューネ家の家令として、アルフレッドの政治的判断を観察している状態だ。

 そこには、レティシアの思惑も絡んでいるため、レティシアのカードを増やすのならば、アルフレッドにも共有すべきかと考えた。

 そして、これは皇位を狙うアルフレッドにとっても悪くないカードになる。


「はい、レティシア様に言われて彼に任せていたフリューネ家の仕事もありますので、仕事を届けてもらうついでに、それとなく伝えてもらうつもりです」


 ジョルジュは一息で言い切ると、一瞬だけ目を細めて(きびす)を返した。

 その場に残されたフィリップは、箱の近くまで歩み寄ると、箱を見下ろしながら拳を握った。

 時計の分針が二回カチカチと動き、客間に息を吐き出す音が長く響き、パシンッと音が続く。

 すると、両頬を赤くしたフィリップが歩き出し、客間から出て行くと、バンッとドアが閉まった。



 同日、22時になってようやく街灯が主役になり、月明かりが際立ち始めた時間帯。

 同じ帝都オーラスにあるアルファール大公家では、1人の少年が訪問していた。

 少年は家の中へと案内されると、軽く茜色の頭を下げ、使用人の横を通り過ぎる。

 玄関ホールを左手に進むと、磨かれた床と白い壁の廊下が続く。

 窓と窓の間には、花が生けられた花瓶と絵画が、一定の距離を保て並ぶ。

 時折、使用人が少年の方に視線を向けるが、少年の足が止まることはなく、そのまま通り過ぎていく。

 廊下の突き当りまで行くと、やっと少年の足が一瞬だけ止まったのと同時に、少年の手はドアノブを掴んだ。


「邪魔するぜ」


 急にドアが開き、アルフレッドは顔を上げると、続けてベルンの声を聞いた瞬間、思わず眉間が引きつった。

 そして、部屋に入ってきたベルンの顔を見ると、書類の方に視線を戻し、手を動かし始める。


「ノックぐらいしたらどうなんだ?」


 ベルンは鼻で笑うと、書斎机に向かっているアルフレッドの周りを見ながら足を進めた。

 机の上には紙の束が山となって並び、机に近付いて行くと、アルフレッドの近くに剣のグリップ部分がわずかに見える。

 咄嗟に、窓の方に視線を向けるが、窓を交換したような形跡は見られず、思わず肩の力が抜ける。

 それでも、少しでも悟られないように、一呼吸入れてからぶっきらぼうに話す。


「俺はお前たちの駒じゃないんだ、いちいち命令すんなよな」


 アルフレッドが少しだけ頭を上げ、ベルンの方に視線を向けた。


「それは、ジョルジュ様のことも言っているのか?」


「どう捉えてもいいさ。ただ、俺は俺が認めた人の指示しか聞きたくないのが本音だ」


 アルフレッドはベルンの言葉を聞き、ペンを持つ手は完全に止まり、深くため息をついた。

 全く知らない間柄ではないため、立場が変わってしまった学院の友人に対して、寂しい気持ちが芽生える。

 けれど、それも仕方ないのかと思うが、それでもどこか諦めきれない思いが溢れる。


「君は日に日に変わっていくな」


「俺だけじゃねぇだろ、お前だって変わってるぜ?」


 ベルンが言うと、アルフレッドは鼻を鳴らした。

 そして、ペンを置いて椅子にもたれ掛かると、机の上で手を組んだ。


「それで、今日は何の用があって来た?」


「フリューネ家から渡されてる仕事の回収と、今日の分の仕事を持ってきた」


 空間魔法から書類を取り出したベルンは、ドンッと机の上に書類を置いた。

 すると、小さなため息がアルフレッドの方から響き、わずかにギィと椅子が鳴った。


「それなら、そこの山を持っていってくれ」


 ベルンは指を指された資料の山を見ると、初めて回収に来た時のことを思い出した。

 明らかに処理速度は上がっていることに感心し、思わず頬が緩む。


「へぇー。だいぶ進むようになったじゃん」


「……そりゃ、どうも」


 アルフレッドは冷たく言い切ると、再び書類に視線を向け、ペンを走らせた。

 禁令を出す前、最後にパトリックが来た時と大差ないだろうと、自嘲すらしそうになる。

 ベルンの言葉が、お世辞なのか、本当に褒められているのかも、今のアルフレッドには分からない。


「今日、フリューネ家に届け物があった」


 ベルンは空間魔法に資料をしまいながら言うと、ピタッとアルフレッド手が止まったのを確認した。

 すると、「そう」と短い返事が来たことで、作業を続けながら話す。


「ジョルジュ様の見立てだと、ルシェル殿下だ」


 カリカリと羽根ペンが紙を擦る音がする中、アルフレッドからの返事はない。

 しかし、ベルンはそれを気にする様子が全くないのか、彼は話を続ける。


「ジョルジュ様は、届けに来た店主が依頼人を濁したから、開けずに放置するってさ」


「その方が良いな。もし仮にその話が浮上したら、ボクの方で誤解のないように対処する」


 アルフレッドの声が響くと、それに続くように紙をめくる音がした。

 羽根ペンがインク瓶の縁をなぞる音がかすかに鳴り、部屋にはサラサラと紙の上を滑る音が部屋に広がっていく。


「ああ……後、これは戯言として聞き流していいが、バージル殿下にも動きがあった。どうやら、今年学院に入学予定のラモルエール伯爵家の長男を側近に迎える予定のようだぞ。それと、相変わらず、メイナード殿下は何を考えているか分からねぇが、最近は頻繁にロワール侯爵家の令嬢と密会してるようだぜ」


 ベルンの話を聞き、アルフレッドは眉を(ひそ)めると手を止めた。

 ラモルエール伯爵家とロワール侯爵家は、魔塔とも深い繋がりがある家柄だ。


「ロワール侯爵とラモルエール伯爵? なぜだ?」


「さぁな、そういうのを考えるのが、爵位を継ぐやつや、皇位を狙うやつの仕事だろ?」


 アルフレッドは舌打ちしたくなったが、軽く息を吸い込んで思考を巡らせる。

 魔塔で働いたことがある叔父のライアンからは、2つの家について語っているところを聞いたことがない。

 そして、叔父の話を聞く限りでは、魔塔にも派閥が存在する。

 となると、魔塔内で叔父ライアンとの派閥が違うことも容易に想像できる。

 アルフレッドは咄嗟に『……調べられるか?』と聞こうとしたが、固く口を閉ざすと、目を閉じて深く息吐き出した。


「これは、誰とは言えないけど、事前に話していいと言われているから話すが、両家はラコンプ家とも繋がってる」


「何か新たに分かったら、情報を共有してくれるか?」


 ベルンはアルフレッドが拳を握るのを見て、胸の奥が少しだけ傷んだ。

 しかし、立場が違う以上、感情に呑まれるなと教わっている。

 どうしようもない感情が渦巻き、歯を食いしばると、喉の渇きを感じて喉の奥が痛んだ。


「そこまでは言われてないから、返答できない。それじゃ、俺は帰るぜ」


「ああ、き……気を付けて帰れよ」


 歩き出したベルンの背中に向かってアルフレッドは言うと、振り返らないベルンから「お前もな」と言った声が聞こえた。

 足音が遠ざかると、ドアが開き、ベルンが部屋から出て行くのを、アルフレッドは静かに見つめている。

 しかし、ドアが閉まった途端、重く長いため息がアルフレッドの口から吐き出される。


「結局、選んでも立場が違うか……」


 アルフレッドは自嘲気味に言うと、机の上で肘をつき、右手に額を乗せた。


(着々と、ボクを支持してくれる貴族はついているが、そろそろ側近の方も考えなきゃだな……それにしても、ラコンプ男爵家か……確か、ライラの母方の実家だな……)


 アルフレッドは時計の方を向き、舌打ちしてペンを持つと、メモ用紙に何かを描き始めた。

 しかし、書かれている文字は、暗号のようになっており、何が描かれているか分からない。

 メモ用紙にはびっしりと文字が並び、ペンを置いた彼はすぐさまに立ち上がる。

 そして、窓を少しだけ開け、窓枠をリズムよく軽く叩き、先程のメモ用紙を差し出す。

 すると暗闇から人影現れ、メモ用紙をとると、再び暗闇に人影が消えていった。

 窓を閉めた彼は再び椅子に座ると、息を吐き出し、近くにある剣にそっと触れた。


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