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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
1章

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20/223

第20話 精霊と指輪


 神歴1489年3月7日。

 空は晴れ渡り、果てしなく続く青空に白い雲がゆっくりと流れていた。

 雲を追い掛けるように鳥は飛び交い、風は暖かくなり始めた空気を運ぶ。

 心地よい日差しは、まるで家の外へと誘っているようだ。

 しかし、フリューネ家の一室では、小さな女の子が少年のズボンを掴んでいる。


『ねぇねぇ、ルカ~。訓練場に行こうよ~』


「ダメだ」


『いいじゃんかぁ~。訓練場なら行っていいんだよ~?』


「あのな……」


 ルカのズボンを掴んで、駄々をこねるようにレティシアは左右に揺らす。

 この押し問答が、かれこれ10分程前から繰り返されている。

 いつもとは違い、レティシアは目に涙を浮かべながらルカにお願いをしている。


『行こうよ、行こうよ、ねぇ、行こうよ~』


「だから、目的がはっきりしてないって言ってるだろ」


『ねぇねぇ、ルカ~。行こうよ~』


 ルカはレティシアに、窮屈な思いをさせていることに対し、罪悪感がある。

 けれど、目的がはっきりしないダニエルとの遭遇を極力避けたいと思い、訓練場には行っていない。

 ルカは一歩も引かないレティシアの説得を諦めると、前髪をかきあげてため息をつきながら答える。


「はぁ……、分かったよ……」


「わーい! わーい!」


 肩を落とすルカとは対照的に、レティシアは両手を上げて喜んだ。


 ダニエルの滞在中、レティシアは屋敷内での行動に制限がかかっている。

 そのため、常に部屋と書庫の往復だけの状態に加え、屋敷内のピリピリとした空気に、彼女は3日経つと息が詰まる思いがした。


 その結果。

 4日目には、とうとう我慢の限界を迎えたレティシアはルカを外に連れ出そうと、普段は使わない手を使って訓練場へと出てくることに成功した。



 ベンチに座るレティシアから離れた所では、木剣と木剣が激しくぶつかる音と男性たちの熱気を含んだ声がする。

 訓練場から聞こえる音にも耳を傾けながら、彼女は感覚だけでルカの存在を認識していく。


 暫くすると、訓練場に優しい風が吹き込み、レティシアはその風が心地よいと感じた。

 そして、ゆっくりと目を開け、風が吹いていく空を見つめながら、彼女は風に揺れている髪を耳に掛ける。

 冷えた外の空気を肺の中にいっぱい吸い込むと、レティシアは再びゆっくり目を瞑った。

 聞こえる音にも耳を傾けながら、彼女は精霊たちと大地と語らう。


 レティシアはいろいろと精霊たちに、エディットが着けている指輪のことを尋ねた。


『あれ、すごくいやな感じがするー!』

『あれ、きらいー!』

『あれ、つけてるエディット、いやー!』

『ナニがいやなのかワかんなーい』

『デモイヤー!』

『アレ、いやー!』


 口々に精霊たちは言った。


 理由は分からないが、どうやら精霊たちも指輪からいやな気配を感じているようだ。


(やっぱり……魔力の流れを1度か確認する必要があるわね……)


 レティシアはそう思いながら、さらに彼らに聞く。


『あの指輪と似た物を知らないかしら?』


『知らなーい』

『しらなーい』

『シらなーい』

『ここら辺では、初めて見たよー』

『はじめてー!』

『ハジメてミター』


(ここら辺では……ってことは、もしかしたら他の所にいる精霊は、見たことがあるかもしれないわね)


 そう思っていると、突然訓練場の雰囲気が変わっていくことに、レティシアは気が付いた。


 ただならぬ雰囲気に、(何事だろう?)と思ってレティシアは精霊たちとの会話をやめて、目を開ける。

 そしてルカがいた方を見ると、彼が険しい顔をしながらベンチの方に向かって走って向かってくる。


「レティシア、戻ろう。おまえの父親が訓練場に顔を出したみたいだ」


 ルカは訓練場から帰る時、いつもはレティシアの手を引いて歩いている。

 だが、この日は汗をかいていることも気にせず、ルカはそう言いながらレティシアを抱き上げた。


 突然のことにもかかわらず、レティシアは彼が慌てているのだと瞬時に思った。


 抱き抱えられながらレティシアは騎士たちの方を見ると、騎士たちが1人を取り囲むように群がっている。

 あちら側から、こちらが見えないように対応してくれているのだろう。


「俺、いま汗をかいてて、いやだと思うけど我慢してね。部屋に戻ったら、すぐアンナに頼んで、着替えさせてもらうから」


 そう言ったルカの表情は硬く、レティシアを抱き抱えたまま小走りで訓練場を出て行く。

 レティシアはわずかに香る汗から、彼が緊張しているのだと分かる。

 けれど、今の状況で何を言っても無駄だと思うと、ただ黙っていることしかできなかった。



 レティシアたちが屋敷の中に入って、部屋に戻る途中でアンナと出くわすと、ルカは一瞬だけホッとしたような表情を見せた。


「アンナ、悪いけどレティシアの着替えを頼みたい」


 突然言われたアンナは驚いたものの、すぐに「かしこまりました」と返した。

 すると、速足でルカが部屋と急ぐと、あまり状況を理解していないアンナは、慌てて彼を追い駆けていく。



 部屋に入るとルカはその場でレティシアを床に下ろした後、急いで衣装部屋から着替えを持ってくると、そのまま浴室へと消えた。

 普段レティシアの着替えがある時、ルカは決してレティシアの部屋にある浴室を使わない。


 アンナは普段はしない行動をとったルカを見て、やっと何かが起きたのだと察した。

 彼女の胸は一気に高鳴り、何が起きているのか分からない状況が不安を掻き立てる。

 それでも、彼女はできるだけレティシアが不安にならないように、笑顔を作って明るく話しかける。

 だけど、ドレスを選ぶ彼女の手は、緊張からわずかに震えてしまう。

 ドレスを持ってレティシアの元に戻ると、彼女は丁寧に時間をかけて着替えさせた。


「ね、アンナ、ごはん、もってこられるぅ?」


 乱れた髪を整えてもらいながら、レティシアは鏡に映ったアンナを見て聞いた。


「もう、おなかが空きましたか? この後すぐにお持ちしますね」


「パン! パンがいい!!」


「サンドイッチがご希望ですね? かしこまりました」


「アンナ、ありがとう!」


「いえ。さっ! レティシアお嬢様、できましたよ!」


 アンナは少しだけ大きめな声でレティシアの着替えが終わったことを告げると、浴室から少しだけ乱れた服装でルカが出てくる。


「ありがとう、もう戻っていいよ。あとは俺がやるから」


 そう言われたアンナは、一礼して部屋を後にした。



『なんでお父様は訓練場に来たと思う?』


 水が滴る髪をタオルで拭いているルカに、レティシアはソファーに登ろうとしながら尋ねた。

 彼女は、ルカがどう考えているのか気になったのだ。


「おまえが、お目当てなのは確かだな。それ以外に、あの人が訓練場に来る理由が見つからない」


 ルカはそう言いながら、苛立った様子でタオルを椅子に投げると、今度は乱れた洋服を整えていく。


『そうよね。話を聞く限り、お父様は騎士団にあまり近づかないって聞いていたし……』


「それは本当のようだよ。騎士たちがそう漏らしていたのを聞いた」


『なるほどねぇ……。あ、それでね。実は精霊たちとも話したんだけどさ、お母様が着けている指輪を彼らはいやがってたよ』


「それじゃ、なおさら怪しいな、明日にでも確認するか?」


 レティシアはソファーに登りきると、ふぅーっと息を吐いて座った。


『そうだね。そうしよう。今日はお母様の帰りが何時になるか分からないし、それで無駄に家の中を歩き回ればルカが怒られるわ』


「悪いな……。本当なら今すぐにでも、確認しに行きたいだろ?」


『本音は確認しに行きたい。だけど、お母様を探し回ればいろんな人に迷惑を掛けるわ。それでね、考えたんだけど、今日はこのまま部屋にいても、お母様の部屋に行っても、お父様は来そうな気がするのよ。だから、この後昼食を持って書庫に行かない? そうしたらお父様は入って来られないし、外からノックされても無視すればいいんだから』


「そうだな……。俺もその方がいい気がするよ」


『ありがとう。さっきアンナに昼食は頼んだから、待っていればアンナがサンドイッチを持ってくるよ』


「ありがとう」


『いやいや、私のわがままが原因でこうなったんだから、気にしなくてもいいよ』


「いや。多分あのまま部屋に居たとしても、来たはずだ。じゃなきゃ訓練場に現れたことの説明がつかない」


『ふ~ん……』


(目的が分からないから、ただ子どもに会いたいだけなのか、それとも他に目的があるのか分からないのよね……。でも……、子どもに会いたいと思うなら、玄関ホールでのことはどうなの? 突然子どもの存在を思い出したの?)


『1度お父様と2人で話す場を設けてみるか……』


 レティシアが考えていたことをそのままテレパシーで伝えてしまうと、ルカは片方の眉を上げて不機嫌そうな顔をする。


「あ?」


『いや、冗談だよ……。お母様の指輪を確認してから、それは……、考えるよ……』


「本当に……頼むから、俺に無断で行動するようなことだけはするなよ……」


「はーい!」


 元気よくレティシアが返事すると、ルカは(いぶか)しげな目で彼女のことを見ている。


(ルカには申し訳ないけど、それはお母様の指輪次第だね)


 そう思ってレティシアは天井を見上げる。


(指輪は絶対に何かある。けど、その何かが分からないから、お母様に何も言えない。言ったところで、私のことを信じてくれるのかな)


 親が無条件に子どもを信じることがないことを、レティシアは過去の転生で経験して知っている。

 全ての親がそうだとレティシアも思わない。

 けれど、その可能性がわずかにあることが、今の彼女にブレーキを掛けている。

 エディットを信じたい気持ちと、エディットが見せたダニエルへの態度が、レティシアの中で激しくぶつかり合う。


「どうした。大丈夫か?」


 レティシアの額に手を当てて、心配そうにルカが話しかけると、彼女は無理やり笑う。


『大丈夫だよ。ただ遅いなぁって思って』


「もう少し待てば来るだろ」


『そうだね……』


(きっとルカも私と同じことを考えているから、直接お母様に言えって言わないんだろうなぁ)


 レティシアはそう思うと、そのまま寝ころんでアンナが来るのを待つことにした。


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