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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第181話 決意と儚き選択(2)


「今さら、過去の事件を掘り返すのはなぜですか?」


 ニクシオンの落ち着いた声が響くと、カツンッ、カツンッ、と歩くレティシアの靴音がその場に広がった。

 ゆったりとした足取りは、何か考えているようでもあるが、ただ静寂を許していないようでもあった。


「神歴1496年……今から、約8年前……エルガドラ王国では、魔物が人々を襲い始めた事件が起きたわ。その事件は、どこか1470年の事件と酷似しているとガルゼファ王国の国王は思ったそうよ」


 レティシアは歩きながら話すと、ニクシオンの様子を見ていた。

 わずかに彼の下唇が動き、小さく唇を噛んだのだと思った。

 それでも、彼が何も話さないでいると、彼女は深く息を吐き出す。


「この塔に来た時、あなたは積み重なった恨みと言っていたけど、本当はヴァルトアール帝国で起きた事件のことを言いたかったんじゃないの?」


「……(わたくし)は事実を言った迄です。しかし、そうですね……本当は知りたかったのかもしれません……。何故、多くの魔族が人々を殺めたのか……なぜ娘が死ななければならなかったのか……」


 レティシアは娘と聞き、眉を(ひそ)めると口をわずかに開け、小さく首を左右に振った。

 彼が結婚していないことは、他の上級魔族から聞いていたので知っている。

 それなのに、娘がいるのが不思議で、思わず「あなた、娘がいたの?」と聞いてしまった。


「ええ、血は繋がっていませんがね」


 ニクシオンの返答で、レティシアは言葉を失くした。

 王である彼が結婚していないからと言って、養子がいないとは限らない。

 冷静に考えれば、何も不自然ではなく、むしろ後継者の面を考えれば自然なことだ。

 それなのに、安易に考えてしまったことを、申し訳なく思った。

 けれど、それと同時に、彼の話を頭の中で整理し、娘が誰なのか考えた。


(わたくし)に娘がいたことが、そんなに驚きですか?」


「違うわ、娘が誰何か考えていたけど、分かったわ。……ガルゼファ王国、元王妃のラズリー・カリギニス・エヴァンスね」


 レティシアが首を横に振って答えると、ニクシオンが感心した様子で「ほぅ」と一言だけ言った。

 そして、彼は後ろで手を組むと、レティシアの横に立ち、塔の内部を見下ろした。


「さすがです……ラズリーは、誰にでも優しく、学ぶことが好きな知的な子でした。人懐っこくて愛嬌もあり、気配りが得意で……ここにいた頃の彼女は、皆から好かれていました」


 ニクシオンは娘を思い出しながら言うと、レティシアの方を向いた。

 娘と比べれば、髪色も瞳の色でさえ違うのに、レティシアの知的な部分は娘を思い出す。

 相手を思いやる気持ちが強く、自分の命を危険に晒すところは、レティシアによく似ているとすら思う。

 そのため、少しだけオクターがレティシアに悪態を付くのも、彼女に意地悪なことを言うのも理解できる。

 けれど、もう娘はいないのだと考えると、胸が締め付けられ、わずかに息が苦しくなり、天井に視線を向けた。


「1431年の事件以降、我々魔族とベルグガルズ大陸の間では、日が経つにつれ摩擦が生じて溝が大きくなりました。それを埋めるために、ラズリーはガルゼファ王国に嫁入りしたのです。……しかし……結果的に、どうしようもできない亀裂に変わっただけでした」


「魔族は、事件のことで何か分かっていることはないの?」


「我々も、分かっておりません。ですが、ラズリーは1431年の事件を調べていたはずです……何か知っているのですか?」


 ニクシオンの話を聞き、レティシアは腕を軽く組むと、無意識に顔の輪郭を触り始めた。


(ラズリー元王妃が処刑されたのは、1470年の事件に対する責任問題だったわね。けれど、1470年の事件に関する資料は、当時の状況を考えて事件を隠蔽したヴァルトアール帝国にもなかった……。エルガドラ王国に残った時、エルガドラ王国やガルゼファ王国にも資料がないか探したけど、1つも見つけられなかったわ。当時フリューネ家も意見しているから、何かあるのか家に戻ってから探したけど、事件に関しては何もなかった。……でも、当時のフリューネ当主が、魔族の中から違和感を覚えたと言っていたのよね……言っていたのに、何もないということは、逆に言えば1470年の事件に関して、フリューネ家ですら何も資料を残せなかったと考えていいわね。……だけど、なぜ? フリューネ家なら何か資料を隠せたのではないの? オプスブル家がそれを許さなかった? いえ、それはあり得ないわ。なら、なぜ? それに、1431年の事件に関してラズリー元王妃が調査していたのなら、その資料はどこにいったの? 記憶を辿ってもラズリーの名前で、事件に関する資料は何1つもなかったわよ?)


「レティシアさん? 聞こえていますか?」


「……え、ええ、ごめんなさい。少し考えていただけよ」


 レティシアが慌てた様子で答えると、ニクシオンは眉間にシワを寄せた。

 何度も呼んだのに、反応がなかったのは、彼女が深く考えていたからだと分かる。

 けれど、彼女が何を考えていたのか分からない。


「何か知っているのですか?」


「いいえ、さっぱりよ……」


 ニクシオンは軽く目を瞑ると、ガックリと肩を落とした。


「リディア様も、分からないと言っていたので、本当は魔族が力を示すためだけに、暴れただけなのかもしれませんね……」


 一瞬だけ、レティシアはニクシオンの方を見ると、口を開きかけて閉じた。

 けれど、もし仮に彼の言う通りであれば、辻褄が合わなくなることがある。

 そのため、彼女はゆっくり息を吐き出すと、真っすぐに彼の方を見て口を開く。


「……それは、違うと思うわ」


「なぜ、そう思うのですか?」


 わずかに左目を細めたニクシオンが尋ねると、レティシアは彼から視線を逸らした。


「言ったでしょ? 今から、約8年前に起きた事件が、1470年の事件と酷似しているとガルゼファ国王は思ったのよ? 約8年前に起きた事件は、魔族が騒動を起こしたのではなく、魔物が人々を襲ったのよ」


「本当に魔族ではなく、魔物だったのですか?」


 首を縦に振ったレティシアは、淡々とした様子で「ええ、魔族はいなかったわ、魔物だけよ」と答えた。

 鈴のような声は声量としては、それほど大きなものではなかったが、2人の間の空気を張り詰めるのには十分に見えた。


「もし、仮に1431年と1470年に起きた事件が、ただ魔族が力の差を示すためだけだったのなら、エルガドラ王国の事件が酷似しているとガルゼファ国王も思わなかったはずよ。そして、フリューネ家は1470年の事件に関して、魔族は操られていたと話していたそうよ? もしかして、知らないの?」


「いえ、聞いておりましたが、日が経つにつれ、どこか……我々を気遣っているだけだと、考えるようになりました」


 レティシアは落ち込んだようにニクシオンが話すと、彼の考えを否定できなかった。

 操られていたという話があっても、事件から30年以上たっても証明できていない。

 そうなれば、気遣っているだけだと考えるのも無理はない。

 そのため、短く「そう……」とだけ答えると、深く息を吐き出し、話しを続ける。


「ちなみに、他大陸からの船の定期便を、拒否するようになったのはいつから?」


「……二度目の事件以降です。これは、(わたくし)の判断が遅かったと非難されても、仕方ありません」


(確かに……一度目の事件の時に行動していれば、もしかしたら二度目はなかったわ……だけど、もしもの話は、後から言えることよ)


 レティシアはそう思うと、肺を満たすように息を吸い込んだ。

 軽く両腕を擦り、唇の内側を甘噛みすると短く息を吐き出す。


「私は当事者でもなければ、被害遺族でもないわ。だから、そうね……もし、当事者や被害遺族があなたを非難しても、私は非難しないわ。そもそも、私は彼らと違ってあなたを非難できる立場にはいないのよ」


 ニクシオンは短く息を吸い込むと、ハァーっと息を吐き出した。

 わずかに視界は滲み、それを隠すために軽く目を閉じると、瞼の奥に娘の姿が浮かぶ。

 それでも、目の前にいる少女を視界に映すと、冷静を装って話す。


(わたくし)は、そのようには思えません……」


「……そうね、私も当事者であれば、同じように思ったのかもしれないわ……だからこそ、第三者の立場で簡単に非難するのは、責任を負わない行為だと思うのよ」


 レティシアはそこまで言うと、軽く目を閉じて息を吸い込んだ。

 幾度も転生して知ったことは、どの世界でも第三者が簡単に人を非難する事実だ。

 その事実には、自分すら含まれている。

 後になれば、答えは分かりやすいが、選択を続ける人生の途中では、正解を選択するのは難しいものだ。

 そして、自分にとって最善の選択でも、それは誰かにとって最悪の選択になる可能性もある。

 けれど、たとえ敷かれたレールを歩もうとも、人は選択しているのだと考えている。


「……だって、後から非難するのは、考えて行動することよりも、よっぽど簡単だもの。……生きている限り、正しい選択しかしない人は、絶対にいないと思う。それは、皆が同じ方向を向き、同じ思考で動くことがないからこそ、必ずどこかで非難が生まれる。……同じ方向性を向いている上級魔族は、この概念が薄いようにも感じるけどね……」


「箱は箱だと、我々が考えるからですか?」


 ニクシオンは揶揄(からか)うように言うと、少しだけ微笑んだ。

 確かに彼女の言うように、役割で生きている上級魔族は、批判として意見を述べることはあっても、非難することは少ない。

 それが、人族や獣人族と比べたら、どれ程の違いがあるか分からない。

 けれど、今は彼女の言葉が暖かいと感じた。


「それは否定しないわ。それよりも、話が逸れてしまったわね」


 ニクシオンは短く「そうですね……」と答えると、天井に視線を移した。

 空を支配していた稲光が止んでいるが、いつもと変わらない分厚い雲に覆われている。


「改めて聞くけど、禁忌に含まれた資料の中に、1431年と1470年の事件に関する物が書かれている物はないの?」


「ええ、1470年に関してはありませんが、1431年の事件に関して書かれている物は、禁忌として保管してあります。定期的に、リディア様とフェリックス様がご覧になっておりました」


 レティシアは一瞬だけ耳を疑った。

 定期的ということは、祖父母は何度もこの大陸を訪れていることになる。

 しかし、定期的に来ているのであれば、リスライベ大陸に来ていたのを知らない人がいるのは、明らかに不自然だ。

 そうなれば、他にもヴァルトアール帝国から、リスライベ大陸に来る道は他にもあると考えた。

 そして、フリューネ家は大事なものは書庫に隠す癖があるのを、彼女は知っている。


「私もそれを読めるかしら?」


「本当の狙いは、禁書庫に入ることですか?」


 ニクシオンは冷静に尋ねると、彼女がニヤリと笑ったのを見逃さなかった。

 そのことから、多少なりとも彼女が話を誘導していた可能性があるのに気が付いた。


「……そうよ。気になることでもあったのかと聞いたわよね?」


「ええ、始めに聞きました」


 ニクシオンは呆れて軽く答えると、彼女がため息をついた。

 その瞬間、彼女を(まと)う雰囲気が変わった気がし、寂し気な彼女の表情から目が離せなかった。


「ルカの性格が徐々に変わっている気がするの。時折、古風な話し方をするようにもなったわ……関係がない、かもしれないけど……ルカが記憶を失う前に、エルガドラ王国で使われていた物と、同じ気配を感じたのよ……だから、何か関連がないのか知りたいわ」


「他の方から距離を置いたのは……」


「もう、私はルカの記憶が戻らないと考えているわ……だから、みんなから距離を置いて、気持ちの整理を付けたかったのよ……」


 レティシアはそこまで言うと、鼻の奥がジーンッと熱を持ち、唇を噛み締めた。

 口に出してしまえば、認めてしまう気がして言葉に詰まったのだ。

 何度も瞬きを繰り返すと、息は苦しくなって上手く話せない。

 それでも、大きく息を吸い、ゆっきりと吐き出すと口を開いて声を出す。

 

「ルカね……雪の姫の話が出ると、ほんの一瞬だけ私を見て……不安そうな表情をしていた時期もあったの……私自身、そんな彼とどう接していいのか分からない時もあったわ。だけど……もう……彼が私を1人の人族として、ただのレティシアとしてみてくれないのだと……彼が私を『雪の姫』と呼んだ瞬間に、分かってしまったのよ……」


 ニクシオンは今にも泣き出してしまいそうな声を聞き、彼女がこの後何を言いたいのか分かった。

 しかし、口から出たのは「それは……」という言葉だけだった。


「闇の精霊が表に出始めているのでしょ? だから……もう、彼と私の関係は元には戻らない。彼は、元の彼に戻らない可能性しかないのでしょ?」


 ニクシオンは『違う』と言えたらいいのに……と無意識に思った。

 けれど、期待を持たせた後、絶望しかなけば、彼女が壊れてしまいそうだと思い、事実だけを述べる。


「たとえ、記憶を取り戻しても、今のルカ様が過去の自分を……別の人族として認識する可能性の方が高いですね」


「仕方ないわね、私も気が付くのが遅くて、判断を間違えたのよ……それでも、進むしかないのよ……生きている限りね……」


 ニクシオンは、あまりにも儚い彼女に手を伸ばすと、「レティシアさん」と彼女の名を呼んだ。

 だが、触れる前に手を止めると、首を左右に振り、手を下ろして拳を握ると軽く息を吐く。


「あなたが望むのであれば、ここを去らずに、ここで余生を過ごしてもいいのですよ?」


「それは遠慮するわ。ヴァルトアール帝国でやらなければならないことが多いのよ」


 レティシアの声は、透き通るように真っすぐで、ニクシオンはわずかに微笑んだ。

 娘と同じ選択をするのだと思うと、小さく「そうですか……」と答えた。


「それで? 禁書庫に入れてくれるのかしら?」


(わたくし)かオクターが一緒であれば、許可することにします。それでよろしいでしょうか?」


「ええ、それでいいわ……」


 レティシアは答えると、ため息をつきながら肩の力を抜いた。

 たとえ、ルカが過去の自分を別の人だと認識しても、やるべきことは変わらない。

 それなら、進むしかないんだと自分に言い聞かせた。

 そして、様々な思いや意味を込め、「ありがとう」と呟くと、彼女は歩き出した。


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