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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第180話 決意と儚き選択(1)


 神歴1504年8月3日。

 リスライべ大陸の中央に位置する塔の先端付近に、1人の少女がテネアルクの街を見下ろしていた。

 先程まで、レティシアは暗黒湖(テネクス)に1番近い扉の前で体を慣らしていたが、顔色が悪くなってから、疲弊した様子でその場を離れたのである。

 ガラス張りになっている天井から見える空に稲光が走ると、薄紫の光が世界を染め上げる。

 視線を下げた彼女は暫くの間、手のひらを見つめていた。

 けれど、近付いて来る人の気配を感じたのか、一瞬動きを止めた後、ゆっくりと頭を上げて振り返った。


「体の方はどうですか? 少しは慣れましたか?」


 ニクシオンの声が静かに響くと、レティシアの方からため息が続いた。

 本来の姿で現れたニクシオンは、腰まである黒髪を1つにまとめ、赤瞳の奥に潜む瞳孔が金色に輝くが、額には大きな角が目立つ。

 対して、シルバーの長い髪を両耳の下から三つ編みに結い、毛先に向くにつれロイヤルブルーの毛先を赤いリボンでまとめたレティシアは、どこかロイヤルブルーの瞳に輝きがないようにも見える。


「「……」」


 一言も話さず、目を逸らさない2人の身長差は、軽く40cmはありそうだ。

 魔力だまりの雲は低音を響かせ、室内に灯されているわずかな灯りは、パッと薄紫の光が消えた室内を暗く照らす。

 真上と斜め上からの光は、双方の足元に広がる影を一瞬濃くし、薄く伸びるのを繰り返している。

 それはまるで、影は個を主張し、2人の距離感を象徴しているように見える。

 肩をすくめた様子で、レティシアがフーッと短い息を吐き出すとゆっくり口を開いた。


「……今のところ、半日が限界ね」


「素晴らしいです。本来でしたら、こんなに早く慣れることはありませんよ?」


 ニクシオンの声がその場に広がると、レティシアがギュッと拳を握った。

 けれど、ハーッと息が吐き出されると、広げた手のひらには爪痕が残っている。


「どうかしら……あなたの弟のオクターは、慣れるのが遅いと言っていたわよ」


 ニクシオンは、レティシアの言葉を聞き、思わず頭を左右に振って額に手を当てた。

 オクターの悪い癖が出たのだと、考えるだけで頭が痛くなる。

 それでも、彼女に言ったところで仕方ないと思い、ため息がこぼれる。


「……あの子も素直ではありませんね。間違いなく早い方です。通常はもっと時間が掛かります」


「本当に雪の姫の子孫かと、オクター聞かれたわ」


 淡々と話したレティシアの声は冷たく、彼女が何を考えているのか分からない。

 しかし、ニクシオンに背を向け、街の方を向いた彼女の後姿は、どこか苛立ちを隠しているようだ。

 その場には沈黙が流れ、ニクシオンは口を開くが、「……」結局何も語らずに口を閉じた。


「彼の口ぶりから考えて、雪の姫の子孫なら、もっと早いんじゃないの?」


「いえ、雪の姫の子孫だとしても、レティシアさんは適応が早いです」


 ニクシオンは冷静に答えたが、振り返ったレティシアの表情を見て、身構えってしまった。

 薄紫の光に照らされた彼女の目元は細まっており、視線が重なったロイヤルブルーの瞳は冷たい印象を受けた。

 それなのに、どこか感情が伴っていないようにも見え、ぶわっと噴き出た汗はこめかみと背筋を伝う。

 ゆっくりと彼女の口角が上がり、鼻でふんっと笑ったのがニクシオンの耳に届いた瞬間、生唾を呑み込んだ。


「なら、なぜ、私は雪の姫の子孫かと聞かれたの? 不自然じゃない?」


「……いえ、不自然ではありません」


 レティシアは返答を聞き、呆れて首を横に振ると、わずかに怯えた様子のニクシオンを見つめた。

 先程まで色々と考えたいたのに、驚くほど今は思考がクリアだ。

 冷静な頭は、常に最善の選択しようとし、意思とは関係なく彼の動きえを何1つ見逃さない。

 時折、揺れる赤い瞳、上下に揺れる喉ぼとけ、足元の影の揺れすら見ている。


「この先、私の命が懸かっているの、隠し事は止して」


「……これまで、雪の姫の子孫たちが、どのくらいで適応できたのか……聞きたいですか?」


「ええ、間違いなく知っておくべきだと思うけど?」


 ニクシオンは芯の強い声に、思わず息を呑み込んだ。

 命が懸かっていると言い、知りたいと言った声とは違い、少女の醸し出す雰囲気はあまりにも儚いと感じた。

 それでも、付き合いが長くないニクシオンは、彼女が何を考えているのかまで分からない。

 諦めて肩の力を抜くと、ゆっくりと口を開け、知っていることを話し出す。


「……代々、雪の姫の子孫は適応する能力が薄れてきました。レティシアさんの御婆様であるリディア様も、半日適応するのに20日掛かっています。無論、リディア様と暗黒湖(テネクス)に同行した御爺様のフェリックス様は、それ以上に時間が掛かっています」


「なるほどね……それなら、本当に雪の姫の子孫か聞きたくなるわね……ちなみに、エレニア様は? 知っているんでしょう?」


 レティシアの問いの意図が読めず、ニクシオンは眉を(ひそ)めてしまう。

 雪の姫と言われるのを拒んでいた彼女が、なぜエレニア様のことを持ち出すのか……その意味が分からない。

 事実だけを答えるのは簡単だが、それだけじゃないような気がして開きかけた口を閉じた。


「エレニア様は、早かったんでしょ? 私なんかよりもずっと」


「はい、それが原初の力の影響です」


 ニクシオンは仕方ないと感じて、事実だけを冷静に答えた。

 しかし、鼻で笑う声が聞こえ、レティシアの方をジッと見つめた。

 彼女の顔には、わずかな笑みが浮かび、天井から入り込む光がそこに影を落とす。

 原初の力について話したかったのか? と一瞬だけ考えたが、もしかしたら――という考えも頭を過ぎる。


「でしょうね。驚きもないわ」


 レティシアの声が響くと、その場には静寂という名の沈黙が流れた。

 静かに見つめ合う2人は、互いに顔色を(うかが)っているようにも見える。


「レティシアさんも、原初の力を持っていると自分で思いますか?」


「いいえ、全く思わないわね。だけど、私の適応が早い理由なら、何となくわかるかも……というところかしら……。まだ、推測の段階だけどね」


 首を左右に振り、レティシアが答えると、ニクシオンは目を細めた。


「今話さないのは、推測に留まっている限り、話す気はないということでしょうか?」


 レティシアはゆっくりと息を吐き出すと、面倒だと感じた。

 目の前にいる人物と、同じ髪色、同じ瞳の色をした人なら、聞き返してこない。

 けれど、違う人だと頭では理解していても、どうしても頭の隅で思い出が胸を支配する。


「……それでいいわよ。面倒だから」


「ここ何日か、他の方々と距離を置いていることと、何か関係ありますか?」


 ニクシオンは冷静に尋ねると、瞬時に「ニクス、答えたくない」と冷たくハッキリした声が聞こえた。

 彼女の目には怒りが滲んでおり、観察していると先程より呼吸が深いと思った。

 明確な拒絶であるのが分かると、彼は深くため息をつき、困惑しながら口を開く。


「……御気分を害してしまったようですね……申し訳ございません」


 レティシアは居た堪れなくなり、首を数回擦ると1度全身の力を抜いた。

 冷静になろうとする気持ちは、自然に瞼を閉じさせる。

 呼吸に意識を向け、平然を装って目の前の人物に視線を戻す。


「それで? 何か用があって来たんでしょ?」


「いえ、レティシアさんが、(わたくし)に聞きたいことがあるのではないかと……思っただけです」


 ニクシオンは、レティシアの様子を見ながら尋ねると、一瞬だけ彼女の体が硬直したように見えた。

 視線は少しばかり左右に揺れ、彼女が動揺した気がした。

 しかし、なぜ動揺したのか分からず、彼女の口が開き、何も語らず閉ざると、先程までとは違う態度に違和感を抱いた。


「気になることでもあったのですか?」


「……この世界で生きる魔族に関して、私は多くを知らない。だから、少しでも知るために、この塔にある書庫を見せてもらったわ」


 少女の声は落ち着きがあり、ニクシオンは彼女がなぜ動揺したのか納得した。

 先程の動揺は明らかに演技だと理解しても、彼女が何を言いたいのか分からず、「然様ですか……」と敢えて短く答えた。


「だけど、書庫にある書物を読んでいたら、ふと他の大陸に関しての書物がないことに気が付いたの」


 レティシアは言葉に感情を乗せずに尋ねると、ニクシオンの様子をただ観察した。


(何も答えないところを見ると、既に私が書庫に行っていたという報告は聞いていたようね。多忙な彼が私を訪ねてきたのも、私が何を探っているのか気になったっというところかしら? 何かを隠したい人は、それに触れられると気になるものよね)


 彼女は冷静にそう思うと軽く息を吐き出し、冷ややかな視線を向けて先程と同じような口調で尋ねる。


「ヴァルトアール帝国内では、魔族に関する資料はなかったと聞いているわ。過去にヴァルトアール帝国で起きた事件を考えれば、それも仕方ないことではあると思う。だけど……この塔に他の大陸に関する資料が1つもないのはなぜなの?」


「不要だからです。我々はここから出ませんので、必要ないのです」


 レティシアが首を振り、呆れた様子で「噓ばっかり……」と言った。

 その瞬間、ニクシオンの眉間にはシワが寄った。

 首がわずかに傾き、「嘘とは……?」と聞き返した声は、どこか戸惑っている様子が見えた。


「上級魔族が、かつてベルグガルズ大陸にいたことは知っているわ。現在は落ち着きつつあるけど、今でもヴァルトアール帝国では、上級魔族と似た黒い髪も、赤い瞳も、忌み嫌われてるのがその事実を証明しているわ。そして、この塔に来た時、ニクスは私たちに積み重なった恨みを持つ者も中にはいると言った。そうなれば、何ならかの資料があってもいいはずなのよ。――それなのに、他の大陸に関する資料がないどころか、たった今……ここから出ないとまでニクスは言った。……海を渡った上級魔族は、この大陸から追放されたの? それとも……あなたは何を隠したいの?」


(わたくし)は何か隠したい訳ではありません」


 ニクシオンは冷静に答えたが、わずかに自分の手が汗ばんでいるのが分かった。

 真っ直ぐに見つめてくる瞳から視線が逸らせず、全て見透かされてすらいるように感じられる。

 しかし、何を考えているのか分からない彼女の口が開き。


「それなら、説明してくれるかしら?」


 という声が聞こえ、彼は彼女が確信しているのだと思った。

 そのため、「なぜ気になるのですか?」と冷静に答えた。

 その瞬間、ふんっと鼻で笑うのが聞こえ、冷たい汗が頬を伝った。


「鎌をかけただけだったけど、本当に隠していたのね」


 レティシアの声はあまりにも冷たく、ニクシオンは言葉を失くした。

 彼女がまだ16歳であると考えると、言動や態度は完全に年齢と一致しない。

 それどころか、長年生きてきた自分と同じであるとすら思える。


(以前、彼女が長年生きてきたと(わたくし)が感じたのは、間違っていなかったようですね。彼女が16歳だと言ったのを信じましたが、明らかに彼女は16歳ではありませんね。まんまと彼女に騙されました)


 と内心で考え、自分に呆れて首を左右に振ってしまう。

 しかし、少しだけ視線を下げた彼女の表情が視界に入り、思わず彼女を食い入るように見つめた。

 自信がなさそうな表情は、16歳であると言った彼女の言葉を、真実に変えている。

 息を呑み込むと、じわりと頬に汗が伝い、苦虫を嚙み潰したような笑みを浮かべた。


「あなたって人は……本当に、面白い人ですね……。聞いても面白くないですよ?」


「面白いか、そうじゃないかは、私が決めるわ」


 ニクシオンの耳に届いたレティシアの声は、ハッキリしており、彼女の自信に満ちていると感じた。

 けれど、それとは対照的に、彼女の表情は変わらず自信なさげである。

 本当の彼女が分からなくなり、曖昧に「そうですか……」と答えると、彼女の様子を(うかが)う。

 しかし、暫く見ていても表情が変わることはなく、彼は余計なことは考えない方が良いと思い、ゆっくりと話し出す。


「他の大陸に関する資料は、現在もこの塔には存在します。しかし、禁忌扱いとなっているだけです」


 レティシアは禁忌と聞き、右手で顎に触れながら禁忌になった理由を考えた。

 様々な可能性は浮上するが、それと同時に疑問が残り、「なぜ?」と自然に尋ねた。


「歴史を繰り返さないためです。この大陸に住む魔族が、他の大陸に興味を持てば、ヴァルトアール帝国で起きたような事件が繰り返されると思ったからです」


「ヴァルトアール帝国では、神歴1431年10月19日、帝国に魔族が攻め込み、人族を襲い始めたと言われているわ。そして、同様の事件が1470年の2月のも起きたと聞いたわ。だけど、不可解な点もあったと聞いたわ」


 ニクシオンは、帝国が隠蔽したはずの事件まで、彼女が知っていることに驚いた。

 彼女がどこで知ったのか気になりつつも、複雑な思いが胸を支配し、静かに目を閉じた。


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