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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第179話 胸に秘めた焦燥


 神歴1504年7月29日。

 アルフレッドは学院の廊下を歩きながら、冷静に前を歩くルシェルとライラを観察していた。

 ルシェルの腕にライラが抱き付き、笑い声や時々見える横顔から2人が楽しそうのが伝わり、親しい仲に見えた。

 だが、2人の関係性も含め、冷静な立場から見れば、目に映りこむこの光景が異常だと思える。

 少し前まで、あの輪に自分がいたのだと考えれば、軽率な行動をしていたのだと今ならハッキリと分かる。


(違うと分かってても、親密度だけを見れば、ライラ嬢が兄上の婚約者にしか今は見えない……ボクまで彼女の隣を歩いていたら、まるで皇子たちが彼女を取り合っているようにも見えたのかもな……いや、ボクがフリューネ家に関わるようになるつい最近まで、傍からそう見えていたんだろうな……)


 前を歩くライラが振り返ると、アルフレッドは咄嗟に平然を装い、少しだけ首をかしげた。

 すると、絡みつくような視線を感じ、「アルフレッドでんかぁ、隣にきてくださいよぉ~」と甘い声が聞こえ、これまでの習慣で大きく一歩踏み出してしまう。

 しかし、すぐさま思い留まって足を止めると、前を歩いていた2人が同じように足を止めたのが見えた。

 振り返った2人の顔を交互に見ると、ゆっくり息を軽く吐き出す。


「いや、話があると言ったが、君たちに話す気がないようだから、また出直すよ」


 アルフレッドはできるだけ冷静に言うと、そのまま2人に背を向けて歩き出した。

 悟られないように周囲に視線を向け、廊下にいる生徒たちの様子を(うかが)う。

 向けられている視線や囁くように交じり合う声は、どこか居心地が悪いと感じたものの、自然体を意識して冷静を装う。

 暫く歩いていると、茜色の髪が見えて思わず駆け足で駆け寄った。


「ベルン、悪い。話がある」


 肩をたたかれたベルンは、アルフレッドの方を向くと眉を(ひそ)めた。

 薄っすらとアルフレッドの額に汗が滲んでるのが見え、軽く周囲を見渡して面倒だと思った。

 それでも、仕方ないと諦めると、深く息を吐き出し、面倒とアピールする。


「アルフレッド殿下、何でしょうか?」


「いいから、付いてこい」


 ベルンは右手をズボンのポケットから出し、うなじを触りながらため息をついた。

 ルカやレイがいない状況で、皇家に関わりたくないのが本音だ。

 離れていくアルフレッドの背中を見つめていると、振り返った彼の口が開き「早く来い!」と言った声が耳に届いた。

 仕方ないと諦めて歩き出すと、アルフレッドの後を追う。

 それでも、生徒たちの話に耳を傾けると、皇家の関係している話が含まれているのが聞こえ、深いため息がこぼれた。



 中庭に出た2人は、木がある場所まで歩みを進めると、先にアルフレッドが木に寄り掛かった。

 それに続くように、ベルンがドサッと音を立てて木に寄り掛かると、暫くの間沈黙が流れた。

 風が吹き抜けると、熱さを木の枝は揺れ、青々とした木の葉を鳴らす。

 その都度、日陰に差し込む木漏れ日は、位置と形を変えていく。


「それで?」


 沈黙を破るようにベルンの声が小さく響くと、「どう思う?」というアルフレッドの声が同じように響いた。

 その瞬間、ベルンは軽蔑を隠しもしない鼻で笑い、その動作が空気をさらに冷たくした。


「聞きたいことがあるなら、ハッキリ聞いた方がいいぜ」


 ベルンは言い切ると、ため息を付きながら呆れて腕を組んだ。

 そして、敢えて面倒だと感じたのを隠しもせず、アルフレッドがどう出るのか反応を(うかが)った。


「分かってる。悪い……それじゃ……ベルンなら、今の皇家の立ち位置をどう見る?」


「最悪だな。俺なら関わりたくない」


 冷たく突き放されるようなベルンの声が耳に届き、アルフレッドは唇の内側を噛み締めた。

 何か言わなければならないと分かっているのに、口を開いても唇を噛み直すことしかできない。

 喉は張り付いたように呼吸を浅くし、喉の奥が焼けるように熱いと感じた。

 暫くすると、ため息をつく声が聞こえ、思わず身構えてしまう。


「貴族たちは、今度予定してる皇帝主催の茶会に、レティシア嬢が来なければ、完全に皇家を見る目が変わるぞ」


「ああ、分かってる……だけど、彼女とは会えてない」


 ベルンは何も答えることができず、軽く息を吐き出した。

 そして、彼の発言によって、彼女が何も話していないのだと悟った。

 靴が地面を擦る音が聞こえ、その方向に目を向けると、こちらを向いたアルフレッドと視線が重なった気がする。


「オプスブル家の当主とも連絡が取れない。ベルン、オプスブル家から声が掛かっていた君なら、何か知ってるんじゃないのか?」


「残念だな。たとえ何か知ってても、それを口外することはできない」


 ベルンは言い切ると、胸に鉛が詰まったように重く感じた。

 弱々しいアルフレッドの声は、明らかに助けを求めている。

 木漏れ日に照らされる彼の顔を見つめていると、化粧で目の下にある隈を隠しているのが分かる。

 それでも、できるだけ平然を装っていると、「……そうか」と更に弱々しい声が耳に届く。

 居た堪れなくなり、右手で首裏を触って軽く首をかしげる。


「話はもう終わりか?」


 2人の間にサーッと木の葉を揺らす風が吹き抜けると、遠くで聞こえる雑音が中庭の静寂を許さない。


「……後1つ、レティシア嬢の弟から、ライラ嬢と兄上たちをどうにかしてほしいと頼まれた」


「ほう? なら、どうにかしてやれよ」


 再び突き放されたと感じ、アルフレッドは口を何度も開閉した。

 息を軽く口から吸い込むと、唇を噛み締め、また口を開き息を吸い込んだ。

 そして、小さく何度も首を左右に振ると、彼に語りかけるように右手を軽く前に出して話す。


「できないから、君に声を掛けたんだ。ここ数日、ライラ嬢と兄上たちに、フリューネ家に行くなと言ったが、聞く耳を持ってくれない」


「それでも、どうにかするのが皇子の役割だろ?」


 ため息をついてベルンが尋ねると、アルフレッドはどこか困ったように眉を寄せた。


「そうだけど……何か案はないか?」


 ベルンは首を左右に振ると、呆れたようにため息をついた。

 そして、腕を組んだまま、「ない」とハッキリとした口調で言い切った。


「なんかあるだろ?」


 2人の間に短い静寂が流れると、ベルンは完全に木にもたれ掛かった。

 首を少し傾け、深く息を吐き出しながら目を閉じた。

 少し間をおきながら、彼は過去の記憶に向き合うように言葉を紡ぎ出す。


「……レティシア嬢に、人は選択するたび何かを犠牲にしてると言われた。それは、自分の周りだったり、自分だったり……自分ですら気が付かないことだったりするとも……。それでも、人は選択を繰り返し、前に進むことでしか何を犠牲にしたのか分からず、前に進まなければ……気付いた時には全てを失うと言われたよ」


「どういう意味だ? それが今の状況と何か関係するのか?」


 目を開けたベルンは、ゆっくりアルフレッドに視線を向けた。

 アルフレッドの眉間にはクッキリとシワが寄り、わずかに風に髪をなびかせながらも、その表情からは苛立ちが感じられる。

 さらに、視線を少し落とすと、こちらに向かって両手を広げている。

 そのことから、彼が困惑しているのが分かり、ベルンは再び正面を向くと首を左右に振った。


「さぁな、俺にはさっぱり。だけど、レティシア嬢はより良い選択ができるように、常に複数の可能性を考えてる。もし彼女が今ここに居たなら、沈黙を守りつつも常に考えて選択肢を増やしてると思うぜ」


「ボクは、ライラ嬢と兄上たちをどうにかしなければならない。だから、今はそんな話がしたい訳じゃない」


 風が吹き抜け、木の葉を揺らす音が二人の間に漂う。

 中庭の穏やかな景色とは裏腹に、二人の間に漂う緊張感は、鋭く張り詰めた糸のようだ。


「これは、別の話をしてるんじゃない。今のお前は選ぶしかないんだ。他の皇子たちも行動を控えるように、お前自身が自分の権力を見せるか、何もしないかだ」


 アルフレッドは冷静に話すベルンを見つめ、思わずズボンの裾を掴んだ。


(これまで、ちゃんと振る舞ってきた。感情に流されないように、冷静に物事を見てきた。なんでボクなんだよ……兄上たちがいるだろ! 父上が優先してきたルシェルがいるだろ!! 権力を示しても、誰もボクについてこない……これまでだって、そうだったんだ……何も変わらない)


 アルフレッドはそう思うと、息を吸いながら唇を軽く舐めて口を堅く閉じた。

 喉が焼き付ける感覚がして、息を一気に吐き出すと「できない」とハッキリと言った。

 そして、首を左右に振ると、続きを話し出す。


「……ボクは皇子として、これまで行動してきた。それ以上に、何ができるというんだ?」


「行動してきた、な……そうだな、全部中途半端にな。結局、お前は選択せず、最後まで対立するのは避けてるだろ?」


 ベルンの呆れたような口ぶりに、アルフレッドは少しだけ苛立った。

 それでも、冷静に「何が言いたいんだ?」と尋ねると、ふんっと鼻で笑ったのが聞こえた。


「お前は、皇位継承に不満はないのか?」


「ボクはない。兄上たちの誰かが皇位に就く。これは、変えられない」


 ベルンは呆れて息を吐き出すと、頭を左右に振りながらアルフレッドの方を向いた。

 そして、強い口調で「変えられないんじゃない」と言うと、わずかに感じた苛立ちから、何度もアルフレッドの左胸を人差し指で小突いてしまう。


「お前が行動し、選択しなければ、間違いなく全てを失うぞ。よく考えろ」


「君は……彼女から何か言われてるのか? 彼女が何をしようとしてるのか、知ってるのか?」


 アルフレッドが右手で左胸を押さえるながら尋ねると、ベルンは首を左右に振って軽く1度だけ肩を上げた。


「俺は何も知らない。だけど、既に選択はした。それだけだ」


 ベルンを探していたリズは、ベルンの声が聞こえた気がして、中庭に視線を向けた。

 足を止めると、小さな声で「なんで……」と呟くと、無意識に口元を押さえてしまう。

 色々と決断してから、どう接すればいいの分からず、避けていたアルフレッドがいて、思わず唾を飲み込んだ。

 それだけでも、戸惑っているのに、中庭にいる2人の雰囲気は、とても穏やかには見えない。

 自分がその場に入り込むべきか躊躇(ためら)いを感じながらも、しっかりしろと自分に言い聞かせた。

 そして、中庭に足を踏み入れて2人に歩み寄ると、アルフレッドの方を見ずに、感情を押し殺して口を開く。


「ベルン、取り込み中悪いんだけどさ、遅いから探したんだけど……今日は指導してくれないのか?」


 リズの声を聞き、ベルンは1度彼女の方に視線を向けた。

 しかし、直ぐにアルフレッドの様子を視界の隅で見ながら、寄り掛かっていた木から離れ口を開く。


「……いや、向かう途中だったが、じゃまが入っただけだ。今行く」


「りょーかい」


 元気なリズの声が響くと、アルフレッドはリズとベルンを交互に見ていた。

 一方、アルフレッドの様子を見て、ベルンは首を軽くかしげると皮肉を込めたような笑みを浮かべた。


「何? 俺がリズと仲いいのが、そんなに不思議か?」


 アルフレッドは思わず視線を下げると、返答に困り「え、いや……すまない」と言いながら頭を掻いた。

 そして、軽く首裏を触りながら2人の共通点を探すが、リズに避けられていると感じていたことが思考の邪魔をする。

 動揺を悟られないように、息を吐き出すとベルンの方に向きなおした。


「リズも俺と同じで、もう選んだ側だ。お前も選択するしかないんだ。もう、レティシア嬢は、彼女の選択を左右する駒を誰にするのか決めたんだ」


 ベルンは言い切ると、ポケットに手を入れ「どういうことだ?」と尋ねたアルフレッドを一度見たが、何も答えずに歩き出した。

 歩いている途中、困惑しきったアルフレッドの顔が脳裏に浮かぶが、様々なことを考えると距離を置くべきだと思った。

 けれど、「答えろ、ベルン。ベルン!」と聞こえると、(自分で答えを出さなければ、彼女はお前を認めないんだよ)と内心で答えた。

 開きかけた口を堅く閉じ、罪悪感を感じて肩で息を吐き出す。

 そして、軽く振り返ると片手を上げ、突き放すために「自分で考えろよ、仮にも皇子だろ」と答え、小さくため息をついた。


 一方、アルフレッドは離れていくベルンの背中を見ながら、追い越す風に止まってと密かに願いを乗せた。

 しかし、彼の歩みは止まらず、リズが彼に話しかけるのを見て、大きく息を吸い込んだ。


「!! リズ! 君も何か知ってるなら、答えてくれ!」


 アルフレッドはそう言ったが、一瞬こちらを見たリズまでも歩き出すと、彼は一歩踏み出してしまう。

 どう呼び止めれば良いのか分からず、「リズ! ベルン!!」と叫ぶので精一杯だった。

 独りになった中庭は、まるで今の自分の状況を表しているようで、様々な感情が一気に押し寄せ両手で拳を握った。

 けれど、沸点を超えた感情は、「クソッ」という言葉と共に、拳を木に叩きつけた。

 暫くすると、手は痛むはずなのに、どうしようもない感情が胸を締め付ける。

 拳に頭を重ねると、鼻の奥が熱くなり視界が歪む。

 それでも、立ち止まるべきじゃないと思うと、何度も深呼吸を繰り返し、押し寄せる感情を押さえた。

 時折、呼吸すら苦しくなるが、ゆっくりと気持ちを落ち着かせ、唇を噛み締めて体制を戻した。

 軽く上を見ると、澄み切った青空が目に沁みたが、前を向くと歩みを進めた。


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