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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
7章

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第172話 光と闇の衝突


 重苦しい無音がその場を支配し、誰も動けずにいる。

 赤い瞳を持つ少年の存在は、まるで全ての音と動きを飲み込むかのように空気を張り詰めさせる。

 その中で、唐突に大きなため息が響き、その空間に亀裂を入れた。


「それで? 上位魔族であるあなたが、試したかったことは一体なんなの?」


 レティシアは不満を込めながらも冷静に訪ねると、少年が口元を押さえて笑みを浮かべた。

 その瞬間、少年の笑みによって彼女の不満はさらに膨れ上がり、冷静さの裏で疑念が確信へと変わった。

 人を試す行為は、彼女がこれまで培ってきた経験上、国を治める者や人の上に立つ者が多い。

 特に国を治める立場に就く者は、短時間で相手の実力や人格を見極める必要がある。

 そのため、彼が魔族の王であるという予測が、彼女の中で強く形作られていく。


「すでに答えが出ているのに、わざわざお聞きになるとは……やはり面白い方ですね」


 クスクスと笑いながら口元を押さえている少年とは違い、レティシアの眉間にはシワが寄っている。


「それじゃ、私を試したということで間違いないのね? その理由を聞かせてもらえるかしら」


「理由も何も、あなた自身もリスライベ大陸に来てから、散々言われたのではないのですか?」


 明るい声色で少年が言うと、レティシアが静かに「……雪の姫ね」と呟いた。

 その声は、どこかうんざりとしたような声色でもあり、吐き出されたため息がさらにそう思わせた。


「理解しているではありませんか。それなのに、敢えて聞いたということは……『雪の姫』である事実を否定したかったのですか?」


「否定も何も、私は雪の姫でもなければ、私は私よ? 周りが私に雪の姫を求めること自体間違いよ」


 レティシアが言い切ると、少年の顔から笑みが消え去った。

 赤い瞳は揺れることもなく、真っすぐにレティシアの方を向いている。

 一方、レティシアは頭を押さえ、時折ルカがいる方に視線を向けているようでもあった。


「我々魔族は闇に分類される人種です。対して、雪の姫は光に分類されます。この事実を知っても尚、同じことを申されますか?」


「ええ、関係ないわ。私には人種だとか、闇だとか光だとか関係ないもの。あなたがあなたである限り、その認識は変わらないわよ」


 一瞬の静寂が流れると、重い息が少年の方から吐き出された。

 目を瞑って頭を押さえた少年は、ゆっくりとした動作で首を左右に振ると短く息を吐き出した。


「良いでしょう。あなたの考えは分かりました。それでは、あなたはそのままお帰り下さい」


「なぜそうなるのか、教えてもらえるかしら?」


 少年はレティシアが眉根を寄せて尋ねると、微かに目を細めて彼女を見つめた。

 彼女の真っすぐなロイヤルブルーの瞳は、少しの迷いも恐怖も感じられない。

 しかし、時折ルカに向けられる瞳には、わずかに不安が感じられた。

 その上で、彼女の発言を考えれば、基準に満たしているとは思えない。


「はっきりと申し上げますが、聡明なのも判断力が高いことは評価します。しかし、あなたの考え方では、あなたが耐えられないという判断を下したままです」


「あら? 奇麗事に聞こえたのかしら? それとも、現実を直視していないと考えたの?」


「どちらでもあり、どちらでもありません」


 少年は冷静に言うと、彼女が拳を握るのを見つめた。

 それでも、彼女の瞳からは怒りや憤りは感じられず、彼女が何を考えているのか分からない。

 しかし、それで答えを覆す判断材料にはならず、少年は思わずため息をついてしまう。


「まぁいいでしょう。少し考える時間も必要だと思いますので、今晩は(わたくし)の方で宿を手配します。ただ、明日お会いする際には、荷物をまとめて置いておいてください。よろしいですね?」


「私は帰らないわよ」


 レティシアのハッキリとした声が響くと、その場は一瞬の静寂に包まれた。

 ロイヤルブルーの瞳はどこか冷たく、赤い瞳の中に佇む金の瞳孔はわずかに揺れる。


「あなたはなにも理解していないようですね……彼の記憶は」

「あなたの判断基準はどうでもいい! 私は私の意思でここに来ているのよ。雪の姫だからルカに付いて来たわけじゃないし、雪の姫だからルカをここに連れて来たわけじゃないわ。あなたの基準で私を測るなら、そもそも雪の姫という基準は捨てるべきだったのよ。そうじゃなければ、あなたはルカのことも闇の精霊と契約している、ただの箱としてしかルカを見ていないと言っているのと同じなのよ」


 少年の話を遮ったレティシア声は、ハッキリとした形でその場に響いた。

 しかし、鈴のような声がこの場に緊張感を与え、彼女に対して視線が集まっている。

 それでも、レティシアの横顔は真剣に見え、少年の横顔は何を考えているのかつかめない。

 周囲の木々もジッと身を澄まし、できるだけ音を鳴らさないようにしているような気さえする。

 けれど、1度視線を落とした少年の方から鼻で笑う声がし、顔を上げた彼の目は先程とは違って細まって見えた。


「箱ですか……現に箱ではないのですか? ――契約に人生を縛られ、己の生き方も決められないのであれば、箱以外に何があるのでしょうか?」


「ルカは箱じゃないし、彼には彼の人生があるのよ。たとえ……それが決められた人生でもね」


 少年はレティシアが言い終わると、軽くため息をついた。

 彼女の発言は、全て奇麗事でしかないと考えれば、それ以上には考えらなくなる。

 しかし、彼女の発言はそれだけではない気がして、少年は少しの間考えを巡らせた。


「……分かりませんね。――あなたが何を言ったところで、社会的な構造や固定観念は消え去りませんし、彼が闇の精霊の契約者である事実も変わりません。それでも、彼は箱ではなく、あなたは雪の姫ではないというのですか?」


「私は一度もルカの人生や成り立ちを否定したことがないわ。それは、ルカも同じように私をフリューネ家……いいえ、雪の姫として私を見てこなかったからよ。あまり私のことをバカにしないでほしいわ。そして、あなたの価値観が全てだと思わないでちょうだい」


 レティシアはキッと少年を見るが、少年の表情は変わらない。

 彼が何を考え、何を見極めようとしているのか、彼女には分からない。

 しかし、分からないこそ、引くわけにも折れるわけにもいかない。

 軽く心の中で息を吐き出した彼女は、少年から視線を逸らさずに見つめた。


「あなたの考え方には、どこか理想論が漂っているように感じますよ。実際に、王の子どもは次期王になり、貴族に生まれた子どもはその後を継ぎます。そして、平民に生まれれば、生涯平民以上になることはほぼ不可能です。仮にもし、何かしらのことが起きて、平民以上になったと人がいたとします。しかし、それは限られた人であり、全ての人ではないのです。あなたは、雪の姫であることを否定するのに、それでも……自分は特別であると言うのですか?」


「誰しもが特別よ。人にはそれぞれの人生があるわ。だけど、全ての人が流されて生きているわけじゃない。皆、自分たちで考えてより良い人生を送るために、足掻いて生きているの。結果として、それ以外になれなくても、それはその人の生き様まで否定していい理由にはならない。そして、その役目を求めることは大いに結構だけど、その役目だけのために生きていないわよ」


 話しを聞いた少年は、呆れて首を左右に振った。

 結局、彼女が言ったことは奇麗事であり、理想でしかない。

 そのような言葉が聞きたい訳でも、言わせたい訳でもない。

 人にはそれぞれ役割が決まっており、その役割が変わることがないからだ。

 だからこそ、奇麗事を述べる彼女の言葉は、何も響かないと彼は思った。

 しかし、少年は彼女の口元が緩むのを見て目を細めると、彼女が首をかしげたのを見つめた。


「私の言ったことが、分からないかしら? ……たとえ、王子だったとしても、絶対王子になれるとは限らないってことよ。オプスブル家に生まれたからと言って、契約者になる訳じゃないし、フリューネ家に生まれたからと言って雪の姫になる訳じゃない。私は雪の姫じゃないわ……だって、私は彼女にはなれないもの」


「あなたは、肩書の責任や行動基準は守るべきだという現実的な観点を持っているが、その肩書だけでは評価しないということですよね? 理解できていますよ。しかし、それは箱が箱であるという事実が変わらないように、あなたが雪の姫である事実も変わらないのです……少し、冷静になってはいかがですか?」


 レティシアは少年が言い終わると、思わず笑みが零れた。

 彼の言ったことは理解できるし、彼が役割に意味を持たせ、運命(さだめ)があると考えていることを、否定する気は彼女にはない。


「あら、残念ね。私は冷静だし、なんならあなたが私に言わせたいことも分かっているわよ? あなた、私に『守られる側である』と言わせたいのでしょ?」


 けれど、彼女自身が転生者であることを考えれば、その運命(さだめ)は本当に運命なのか疑問に感じてしまう。

 なぜなら、これまで彼女は何度も考えてきたことがある。

 それは、魂だけが用意された体に入った可能性や、誰かの魂を押しのけて、魂が体に入っただけかもしれない可能性。

 これに対して、未だに彼女は結論が出せていない。

 結論が出てしまえば、誰かの人生を奪った罪悪感に襲われると分かっている。

 そして、何度も転生し、転生を続ける意味を考え続けてきたからこそ、体の運命を彼女の運命(さだめ)であると、考えられない。

 彼女は息を吐き出し、笑うのを辞めると、決意を込めて彼女自身の思いを話す。


「でも、残念ね。私は自分が守られる立場であると、考えたことはないわよ。特に、ルカが絡んでいる時はね」


「本当に面白い人ですね。あなたが守られている事実は変わらないですし、先ほども守られていたではありませんか……彼らが無意識に守ったからだと思うのですか? あなたが守られる立場であるから、彼らに守られたのですよ。それが理解できないとは、少し意外ですね」


「違うな……少なくとも、今の俺は彼女が雪の姫だと認識してない。それでも彼女を護ったのは、どんな形であれ彼女が俺を護ってきたからだ」


 ルカはそう言うと、レティシアを見つめて歩き出した。

 彼女が何を考え、彼女が何を思っているのか、分からないのが彼の本音でもある。

 その結果、目覚めて記憶がないと分かった日から、彼女に対して不満を抱かなかったわけではない。

 それでも、彼女の行動には理由があり、彼女が守ってきた事実は変わらない。

 そのことを考えれば、ルカは彼女の危機を守るのは当然だと考えて護ったに過ぎない。

 彼女が雪の姫じゃないのだと言うなら、それが結果であるのだと彼は思った。

 彼は彼女の前で止まると、白い手首に手を伸ばし、優しく掴んで軽く引くと(きびす)を返して歩き出した。


「帰れと言われたのなら、一緒に帰るぞ。それで、記憶を取り戻す方法は別に探す。いいな」


「おれも賛成だ。所詮、これが正解ってわけじゃないし、他にも方法があるかもしれいしな」


 そう言ったアランの声が聞こえ、続けて歩き出す足音が増えた。

 地面を蹴る音はどこか重みがあり、それでも彼の顔には笑みが浮かんでいる。

 けれど、深く息を吐き出す音が響くと、アランを追い掛けるようにクライヴも歩き出した。


「僕も賛成。それに僕は帝国民じゃないし、レティシア嬢が雪の姫だから守った訳じゃないからね」


「そうですね。オレもレティシア様を守る理由は、彼女が雪の姫だからではないです」


 レイはアルノエが言い切ると、彼が歩き出したのを静かに見つめた。

 立場は時に行動を縛り、時には不自由な人生を歩ませる。

 それを運命だという人もいれば、そうではないという人がいるのを、レイは良く知っている。

 彼は冷静になろうと目を瞑り、肺を空気で満たすと、ゆっくり吐き出しながら少年に視線を向けた。


「彼女は雪の姫の末柄だ。だからこそ、精霊たちは彼女を護るし、彼女が大好きだ。だけど、彼女が雪の姫じゃないと精霊たちも理解してる。それが分からないなら、そもそも君の判断基準も間違ってる。きっと闇の精霊も雪の姫の末柄を、雪の姫だと認識してないよ」


『……ステラは、あなたの考えも間違いだと思わない。でも、ステラはレティシアのことを大切に思っているからこそ、彼女のことを守るの。それでも、契約があるからこそ、彼女を護れる立場にあるのも事実なのよ。これに正解は何ひとつないわよ』


 ステラは冷静に言うと、駆け出してレイの隣を歩き始めた。

 一方、少年は立ち去る彼らの背中を見つめていたが、無一文に閉じた口が開き、重苦しい息が吐き出された。

 そして、彼は首を何度か左右に傾けると、額に手を当てて俯いてしまう。

 遠ざかる足音は徐々に小さくなり始め、少年は顔を上げるのと同時に黒い髪も掻き揚げた。


「帰ったところで、他の解決策などありません」


 少年は覚悟を決めて言った言葉だったが、彼の声に足を止める者はいなかった。

 このまま彼らが帰ってしまえば、闇の精霊が望んでいない結末になる。

 そう考えると、少年は無意識一歩を踏み出し、一度開きかけた口を閉じると、大きな声で叫んだ。


「ここが唯一無二の場所であり、我々魔族はこの土地を護って参りました!」


 少年は歩いていた者たちの足が止まったのを見て一瞬安堵した。

 しかし、瞬時に先程まで見た彼らの性格を考えると、告げなければ彼らが帰ると思った。

 そのため、彼は震える手のひらを一度見ると、強く拳を握って彼らの後姿を見つめる。


(わたくし)は……雪の姫……いえ、雪の姫の子孫である、エレニア様の願いも守る必要があったのです。そのため、彼女を試しました。ですから、帰らないでください」


 ルカは手首を掴む手から伝わる鼓動に、わずかばかりの緊張が含まれている可能性をレティシアから感じ取った。

 そのため、軽く振り返って冷静に「どういう意味だ?」と尋ねた。

 けれど、少年の表情には迷いが見られ、ルカは彼の心理を揺さぶるべきだと考えた。

 そのため、掴んでいたレティシアの手首を、軽く3回、長め1回握り、心を落ち着かせる。

 一度、彼女の手首に力が入ると、ルカは内心で安堵し、彼女からの信頼が大きいのだと改めて実感してしまう。


「それは……」


「今さら話せないのであれば、俺たちは帰らせてもらう。方法は1つじゃないと、何故かレティシアを見て思ったからな」


 ルカは冷たく言い放つと、すぐさま意図的に少年から背を向けた。


(これで彼が話さなければ、彼は目的を最後まで話さない。記憶を失っても、体は感覚的に覚えてるもんだな……おかげで自分の行動が間違ってると思えない)


 ルカはそう思いながら歩いていると、背後から一歩踏み出した足音がわずかに聞こえ、思わず口元が緩んだ。


「それは、絶対にしてはならない方法です。必ずお話しします。しかし、今の状況で話せば誤解を招きかねません。冷静に伝えられる環境で話す必要があります。今は(わたくし)にも話す準備をさせてください」


「分かった。それなら、宿を手配してくれ」


 ルカは自信たっぷりに答えると、振り返って少年に視線を向けた。

 服を掴む拳は微かに震えており、頭を下げていく少年の赤い瞳には迷いではなく、緊張が含まれていると感じた。

 そして、「かしこまりました」と答えた声からは、わずかな不安が含まれていると思った。

 その結果、ルカは彼が闇の精霊にまつわる、全てを知る可能性がある人物だと確信した。


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