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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第155話 思惑と冷徹


 アランが馬車から降りると、馬車の中に向かって手を差し出した。

 彼の手に添えられた白い手は、手入れが行き届いており、上品にも感じられる。

 ゆっくりレティシアが降りると、彼女に続いてベルンが馬車から出てきた。

 本来であれば、アランとベルンは訪れる前にフリューネ家に対し、手紙を出す必要がある。

 しかし、そのことを煩わしいと感じたレティシアが、そのまま学院が終わってから彼らを連れて帰るという選択をしたのだ。


「アラン、ありがとう」


「いや、おれこそありがとう」


 微笑みながらレティシアが言うと、アランもまた微笑んで答えた。

 2人は年相応の表情を浮かべているが、ベルンの表情はどこか硬くも見える。

 初めて来たことを考えれば、彼が緊張するのも無理はないのだろう。

 3人を迎えるかのように、玄関前の花壇は綺麗に咲き誇っている。

 まだ高い太陽は西から彼らを照らし、優しく見守っているようだ。

 レティシアが玄関を開けると、彼女の帰りを待っていたパトリックが立っている。


「レティシア様、お帰りなさいませ。本日は珍しくお客様をお連れだったのですね……」


 パトリックはレティシアの背後にいる少年たちを見ると、そう言って少しばかり困った表情を浮かべた。


「ええ、何か雰囲気がおかしいと思うけど、何かあったの?」


 レティシアが尋ねると、パトリックは「それが……」と言葉につまり、アランとベルンの方を何度か軽く見た。

 そして、何かを考えたようにした後、レティシアに近付き、そっと周りに聞こえないように耳打ちする。


「ルカ様の婚約者だと名乗る女性が来ております」


 レティシアはパトリックの言葉を聞き、鼓動が早くなるのを感じた。

 思考は一瞬停止し、喉は水分を求めて口の中にある水分を奪う。

 混乱する感情とは違い、思考を始めた頭は冷静に回転を始める。


「ね、アラン。あなたとルカは、正確にはどのような関係性なの?」


 冷静な声でレティシアが尋ねると、アランはスーッと目を細めた。

 そして、感情が読み取れない声で「それは、国として? それとも、個人として?」と言うと、彼は真剣な眼差しでレティシアを見つめる。

 レティシアからわずかな動揺が感じられ、彼はそれを珍しいとも同時に思った。


「どちらもよ」


「国としては、まだ全面的に支持してるわけではない。だけど、それもおれが王なれば変わるし、現国王である親父も表向きには隠してるが、何かあれば動くと考えていい。そして、これはレティシアに対しても同じだ」


 淡々と話す彼の声は自信に溢れ、王子としての威厳が感じられる。

 ブルーグリーンの瞳は神秘的に映り、深い森の王者だと勘違いしそうになる。


「ということは、将来的は強固な政治的同盟や支援、協力関係を築く意思があると考えて良いの?」


「ああ、そういう意思があったからこそ、おれはレティシアがエルガドラ王国に残った後も、ルカと定期的に情報を交換してた。それで? なんかあったんだろ? 同席した方がいいか?」


「お願いできるかしら」


 アランは微かに震えているレティシアの手を見て提案したが、返ってきた声は頼りないと感じた。

 しかし、同時に彼女では冷静に対処できない案件なのかとも思い、先程の質問を思い返した。


(何があったのか分からないけど……友としてではなく、エルガドラ王国の王太子として同席を求めてるなら……受けた恩はこういう時にでも、少しずつ返すか……)


「いいよ。エルガドラ王国の王太子として同席させてもらうよ」


 レティシアは眉を下げて微笑むと「アラン、ありがとう」と落ち着きのある声で言った。

 アランの方から「気にするな」と短い声が聞こえると、レティシアは目を閉じて息を静かに吐き出した。

 静かな玄関ホールには、微かな時計の音が遠くで聞こえ、変わらずに時を刻んでいる。

 目を開けた彼女はパトリックに視線を向けると、先程の雰囲気が消え去り、フリューネ当主としての威厳を(まと)った顔つきに変わる。


「パトリック、お客様はどちらに居るのかしら?」


「応接室でお待ちいただいています」


 パトリックの声は控えめでありながらも、敬意を込めているのが感じられた。


「分かったわ、それなら今からこのまま向かうわ。ベルン、急で悪いのだけど、部屋には入らなくていいから、応接室の前で私の護衛をお願いしてもらえるかしら?」


 レティシアが尋ねると、一瞬ベルンは驚いたように目を見開いた。

 けれど、彼はすぐに自身の立場を考えると、短く「俺は構わない」と答えた。

 所詮、彼はルカの話を承諾した時点で、オプスブル家とフリューネ家に忠義を誓っている。

 その時点で、フリューネ家が求めるならば、彼に拒否権は存在しない。

 そのことを分かっているかのように、レティシアから「悪いわね」と言う声が聞こえると、彼は覚悟を決めたように頷いた。


「パトリック、ちなみにレイはどこにいるの?」


「レイ様はステラ様を連れて、アルファール家に行っております」


 執事として淡々と語るパトリックを見ながら、レティシアは腕を組むと長い指で顔の輪郭をなぞった。

 そして、何かを考えている様子で、彼女は冷静に尋ねる。


「そう……先触れはあったかしら?」


「いえ、突然お越しになりました」


 レティシアは一瞬考え込むように目を細めたが、すぐに「……なるほどね」と呟いた。

 平常心を取り戻した心境は、さらに彼女を冷静にさせ、呟いた言葉に感情は感じられない。

 彼女が歩き出すと、アランとベルンも彼女に続き、少しばかり遅れてパトリックが慌てて歩き出した。

 足音は聞こえないのに、彼らからは重苦しい雰囲気が漂い、白い廊下の壁には薄い影が落ちている。

 飾られている花は、鮮やかなはずなのに、どこか霞んでも見える。


 応接室の前に着くと、ベルンがドア脇に立ちパトリックが前に出てドアを開けた。

 開かれたドアからは、さわやかな紅茶の香りが漂い、ほのかに新鮮なフルーツの甘酸っぱい香りが広がる。

 一歩足を踏み入れると、足元を包み込むような絨毯は、それだけで価値が高いものだと分かる。

 壁には落ち着いたテイストの絵が飾られ、温かな雰囲気が出迎える。

 華やか過ぎないシャンデリアは柔らかな光を放ち、フリューネ家の歴史を感じるテーブルや2台のソファーを優しく包み込む。


「お待たせしました。レティシア・ルー・フリューネと申します」


 柔らかい声色でレティシアは言うと、礼儀正しく頭を下げた。

 ソファーに座る女性からは立ち上がる音が聞こえず、それでもレティシアはゆっくりと顔を上げた。

 長いアッシュブロンドの髪は、クラシカルなウェーブがかかり、後ろで一部を編み込みにしてまとめられている。

 向けられたアイスブルーの瞳は、鋭く冷たく感じられ、同時に敵意を含んでいるようにも思えた。

 しかし、それでもレティシアは視線を逸らさず、真っすぐ彼女の姿を瞳に映した。


「初めまして。イリナ・モンブルヌと申しますわ。本日は突然のご訪問でご迷惑をおかけして、誠に失礼いたしましたの。ですが、どうしても婚約者でございますルカ様にお目にかかりたく、このように急ぎ参りましたの。何卒、そのお気持ちを汲み取っていただけますかしら?」


 心地よい柔らかい声でイリナは言うと、アイスブルーの瞳でレティシアのことを上から下まで見た。

 そして、次にレティシアの隣に立つアランに視線を向けると、見下した様子で「そちらは?」と尋ねた。


「お初にお目にかかります。私はエルガドラ王国の第二王子、アラン・ソル・エルガドラと申します。現在ヴァルトアール帝国に留学中です。以後お見知りおきを」


 一瞬驚いたイリナを見たレティシアは、彼女がアランの存在を知らなかったのだと冷静に推測した。

 瞬時にレティシアの脳裏では、貴族名簿に書かれているイリナの情報をたたき出す。


(シャルル・モンブルヌ伯爵の長女ね。シャルルの御兄弟にはローベル・プロヴィル公爵がいて、お兄さんは領地経営していたわね。それに、父親のエティエンヌ・プロヴィル公爵はまだ議会に顔を出していると聞いたわ。オプスブル家がどのような付き合いがあるのか、それはルカの明かせない秘密にも繋がるから、教えてもらっていないわ。だけど、ルカの性格や彼の立場を考えたら、私に好きだと告げているのに、婚約者がいたのは不自然よ)


 レティシアはそう考えると、未だにソファーに座るイリナを観察しながら口を開く。


「イリナ・モンブルヌ伯爵令嬢、理由は分かりました。ですが、フリューネ侯爵家はオプスブル侯爵家と数多くの取り決めをしており、今はたとえ婚約者であろうとも、ルカ侯爵とは会わせることは出来ません」


「まあ、フリューネ家は婚約者がいる男性と同じ家に住むと言うのですか? 何と野蛮なことかしら。私は婚約者ですのよ? フリューネ家とオプスブル家がどのような取り決めをしていようと、私には関係ありませんわ」


 レティシアはイリナの言葉を聞き、頭を押さえたい衝動に駆られた。

 婚約者と名乗る以上、もし仮に結婚したとなれば、彼女にとっても無関係にはならないからだ。

 イリナの発言により、到底ルカが選んだ婚約者だとレティシアは思えず、視線をアランに軽く向けた。

 すると、アランが微かに頷き、一歩前に出るとそのままイリナの向かいのソファーに座った。


「モンブルヌ伯爵令嬢、君は礼儀にかけてるから、あえておれも同様にさせてもらう。部外者が口を挟んで悪いが、婚約者だと言うなら聞かせてもらいたい。フリューネ侯爵家とオプスブル侯爵家の取り決めは関係ないとモンブルヌ伯爵令嬢は言ったが、それは他の家との取り決めも同じように考えてるのか?」


「他の家との取り決めですって? フリューネ家とオプスブル家の取り決めがどうであれ、それが私に影響を与えるとは思えませんわ。私に関係するのは、ルカ様との婚約という事実だけです。私がここにいる理由はそれで十分ですのよ。他の家の取り決めがどうであろうと、私の目的は変わりませんわ」


 イリナの話を聞いたアランは、額を右手で押さえて高らかに笑った。

 冷静さと揺るぎない自信が滲む声は、知的に感じられず幼稚だとアランは思った。

 笑いを堪えきれず、呆れたようにレティシアがため息をついても、彼には止められない。

 しかし、イリナからは突き刺すような視線が向けられ、余計に彼は笑いが込み上げてくる。

 それと同時に、レティシアが同席を求めてくれて、良かったと本心から思う。


「そのように笑うとは、さすがはエルガドラの第二王子、品がある行動とは思えませんわ。ですが、それもあなたの自由です。私はただ、ルカ様にお目にかかるためにここにいるだけですから、あなたの笑いが何を意味するのかは理解できませんけど」


 イリナの言葉を聞いても、アランは「そっかそっか」と笑った。

 目には涙が滲み、彼はそれを指でふき取ると、スーッと先程の笑いが嘘のように消え去った。

 彼は足を組んで腹部で手を組むと、ブルーグリーンの瞳にイリナを映す。

 アランは明らかに敵意が含まれている視線を彼女に向け、落ち着きのある冷静な声で続きを話し始める。


「なら、おれはエルガドラ王国の次期王として、モンブルヌ伯爵令嬢に告げる。今すぐに帰れ、そして次に来る時は前触れを出し、許可が下りた時点でここに来い。おれはフリューネ侯爵家とオプスブル侯爵家とは、将来的には強固な政治的同盟や支援、協力関係を築く意思がある。その関係性を壊そうとするなら、モンブルヌ伯爵家がエルガドラ王国に対して争いを望んでると考える」


 イリナはアランの言葉に対して冷静な表情を保ち、立ち上がった。


「次期王としてのあなたの言葉を重く受け止めますわ。しかし、私がここに来たのは婚約者としてルカ様にお目にかかるためです。それが無理ならば、別の方法を考えなければなりませんね」


 彼女は軽く一礼し、扉の方へと向かう。


「ですが、一つだけ覚えておいてください。私は諦めるつもりはありませんわ。フリューネ家とオプスブル家の取り決めに従うことが、私の目的を達成するための最善の道ならば、そうするまでです」


 イリナは冷淡な視線をアランとレティシアに向けながら、優雅に退室した。

 開かれたドアからベルンが顔を見せ「彼女を追いますか?」と尋ねると、レティシアは首を小さく縦に振った。

 ドアが閉まると廊下からは2人分の足音が遠ざかるのが聞こえ、応接室には時計の針が時を刻む。

 アランはドアを見ながら「なんだ、あれ」と言うと、レティシアの方からため息が聞こえた。


「知らないわよ。だけど、アランが居てくれてよかったわ」


「まぁ、国まで出さなかったら、彼女は引かなかったな」


 安心したようにレティシアが言うと、アランはイリナのことを考えながらそう言った。

 しかし、イリナの態度や言動には不信感が募る。

 そのため、このまま婚約の話が進むのであれば、オプスブル家との関係は改めなければならないとも考えた。


「アランはどう考えた?」


「どうって? ルカが婚約者を決めてたことか?」


「ええ、実は……言っていいのか分からないけど、ルカが私に好きだと告げているのに、婚約者がいたのは不自然だと感じたのよ」


 少し顔を赤らめてレティシアが言うと、アランは思わず目元を押さえた。

 長年ルカと交流を持ち、彼の気持ちを知っていたからこそ、彼が思いを告げたことを知り、嬉しさが涙となって込み上げてきた。


「そっか、そうだったんだ……そっか……」


「何よ! それでアランはどう思ったのよ」


 アランの声は歓喜と涙が滲んでいたが、そのことを気にしていない様子でレティシアが言うと、アランはクスッと思わず笑みが零れた。

 そして、(レティシアは本当に空気を考えないな……)と考え、「ごめん……ちょっと待って」と小さく告げた。


(気持ちを明かさないと言ってたルカがね……そっか……やっと気持ちを明かしたんだな。でも、眠ってたら何も進展しないまま、横から掻っ攫われるぞ)


 アランはそう思うと涙を拭って、おなかの上で組んだ手元を見つめた。


「オレは直接ルカから婚約者を探すのは、レティシアの婚約者が決まった後だと聞いてる。だから、イリナに婚約者と言われた時点で、ルカが決めた婚約者だとは思ってない」


「そう、それなら私の考えも間違っていないわね」


「ああ、そうだな。明らかにルカの意思を無視して、勝手に話が進んでる」


 2人が話していると勢いよくドアが開かれ、パトリックが部屋に中に飛び込んできた。

 そして、慌てた様子でパトリックは「ルカ様の様子を見に行ったら……」と言うと、息が苦しい胸を押さえた。

 続けて彼は「ルカ様は着替えをしておりました。ルカ様は目が覚めたんです!」と告げた。

 次の瞬間、目を見開いたレティシアが駆け出し、アランも立ち上がると続いて走り出した。

 白い廊下は綺麗で、飾られている花は鮮やかに見える。

 階段を上る音は軽く、2人に羽根が生えているようだ。

 レティシアはルカの部屋の前に立つと、そのままの勢いでドアを開け放つ。


「ルカ! 目が覚めたのね!」


 喜びと安堵に溢れたレティシアの声が部屋に広がり、少しだけ遅れてアランが到着し、「寝坊かよ」と柔らかい声色で、茶化すように言った。

 ルカが外を眺めているの見て、レティシアとアランからはホッと安心したような息が吐き出される。

 顔を見合わせた2人は安心したように微笑むと、外を見ている黒髪の青年が振り返るのを静かに待っている。


 黒髪の青年は振り返ると、赤い瞳でドアの所に立つ少女と少年を映す。

 しかし、彼の表情には感情が宿っておらず、2人に冷たい視線を向けている。

 そして、青年はゆっくり口を開けると、「お前たちは誰だ」と冷たく言い放った。


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