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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
6章

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第153話 解けない氷


 暫くしても、少年の小さな笑い声が止むことはなかった。

 部屋に小さく響く声は、どこか緊張感を解いてもいるようだ。

 時折、一瞬止まったかと思えば、また小さく笑い声が聞こえてくる。

 だが拳を握るレティシアは、顔を真っ赤に染めており、手が小刻みに震えている。


「笑うことないじゃない」


 レティシアは不機嫌に言うと、少年から「ごめんね」と言う声が聞こえた。

 彼女は腕を組むと、ゆっくりと少年に視線を向けた。

 気持ちの整理はついていないが、感情に向き合いながら進むしかないことを理解している。

 そのため、前に進むためにも彼女は尋ねる。


「これから、あなたのことは何て呼べばいいの? 精霊さん」


「ふふふ、その呼び方は、ダメだよ。それに、その能力を知ってるのは、レティシアだけだからね」


 少年は笑いながら答えると、彼女の戸惑いを楽しむようにその様子を観察した。

 レティシアは微かに首をかしげ、悩むように白く細長い指で顔の輪郭をなぞる。

 時折、ロイヤルブルーの瞳は微かに揺れ動き、彼女との視線が重なる。


「ルカもあなたの能力を知らないの?」


「もしルカが知ってたら、ボクたちはもっと話せたはずだよ。それに、ボクの能力は精霊たちも話さない」


 彼の言葉を聞いたレティシアは、一瞬考え込むように目を伏せる。


(彼には精霊たちが見えているのね……そして、精霊たちも彼の言葉には従う……彼がルカの存在を見つけられたこと、彼が接触するまで私が彼の存在に気付けなかったこと……精霊の姿になれること……そこから考えられるのは、彼が精霊と契約しているわけじゃなくて、彼が精霊の力を元々持っていたことになるわ。――だけど、そうなると……魔力量が精霊と契約しているルカより少ないのはなぜ?)


 彼女はそう思うと、ベッドに座る少年に視線を向けて「そうなのね……」と呟いた。

 その瞬間、彼が笑みを浮かべると、彼女は小さく目を見開く。

 背筋は冷たい汗が流れ、思考を読まれたのかという考えが浮かぶ。


「そうだなぁ……レティシアは、ボクの名前を知ってるみたいだけど……ボクがルカの代わりに動くなら、ちゃんと自己紹介はしとくべきだよね」


 少年はそう言って立ち上がると、彼女の瞳は小さく揺れた。

 彼女が何を考えているのか、それは彼にはハッキリと分からない。

 それでも、未知の力の存在が彼女に動揺を与え、わずかな変化を彼女にもたらした。

 そのことを思うと、彼は少し楽しいとも感じた。

 そのため、彼女の表情をもっと引き出すために、彼は胸に手を当てると丁寧にあいさつする。


「改めまして、ルカ・オプスブル侯爵の弟、レイ・オプスブルでございます。オプスブル家は、すでにレティシア様に忠誠を誓っております故、これからはボクも全力でお支えいたします。どうかよろしくお願いいたします」


 レティシアは彼が微笑むのを見て、ふとルカと初めて会った日のことを思い返していた。

 あの日に見つめてきた赤い瞳とは違い、レイの薄紅色の瞳は全てを見透かすかのように見つめてくる。

 ほんのわずかに上がった口角から、レティシアはからかわれたのだと分かり、呆れたように「……堅苦しいのは苦手よ……」と告げた。

 すると、途端にレイが子どものように笑いだすと、彼女は大きくため息をついた。


「うん、知ってるよ。でも、ちゃんとあいさつしとこうと思ってね」


「そう、それならいいわ。とりあえず、ここまで私が掴んでいる情報を話すわ」


 レイはおなかを押さえながら、目に溜まった涙を拭ってレティシアのことを見ていた。

 だが、呆れたように話していた彼女が、そこまで言うと彼女の雰囲気が変化したことに気が付く。

 その瞬間、レイの表情からは笑みが消え、彼は真剣な目を彼女に向けた。


「まず、私を最初に襲撃した人物には、蛇のタトゥーがあったわ。これは、今から15年前に起きた、襲撃犯と同じ組織だと考えても良いと思うわ」


 レティシアは淡々した様子で話すと、レイはベッドに腰を下ろし、真剣な表情を浮かべた。

 15年前の情報は、オプスブル家であるなら、知っている者も多い。

 しかし、レティシアが15年前の詳細を聞いたのは、数年前の話だ。


「15年前の話は誰から聞いたの?」


「ルカよ」


 レイはレティシアの言葉を聞き、なぜルカが話したのか考えた。

 彼自身、15年前の詳細は直接誰かに聞いた話ではない。

 ルカのことを少しでも知ろうと調べた結果であり、ルカの残酷な一面を知れた出来事だ。

 単純に考えれば、意中の相手にそれは知られたくないと思うのが普通だ。

 それにもかかわらず、教えたということは、そこに何かしらの情報が含まれている。


(ルカは、ボクがレティシアに情報を渡す前より、早い段階でモグラの正体に気付いてた? でも、それなら今も泳がせるのはなぜだ?)


 レイは腕を組むと、頬杖をついて「……後分かってるのは?」と問いかけた。


「今回、送り込まれた刺客の中には、蛇のタトゥーが入っていなかった者もいること。そして、蛇のタトゥーが入っていなかった者は、共通して人質を取られていたわ」


「人質は取り返せたの?」


「いいえ、すでに亡くなっていたわ。遺体は回収して、証拠が出ないか調べているところよ」


 レイはレティシアの話を聞き、目を細めて眉間にシワを寄せた。

 遺体を回収し、それを調べることは何も不思議ではない。

 襲撃者の身元や背景に関する手がかりを見つかる可能性もある。

 しかし、彼女の話し方は、含みがあるように彼は感じた。


「遺体の破損が酷かったのか?」


「いいえ、遺体は綺麗だったわ」


 淡々とレティシアは答えると、レイが腕を組んで考えているように見えた。

 どこかレイの姿がルカと重なるが、彼の言動や行動が全てルカと一致しているわけではない。

 そのことに、寂しいと思う気持ちは湧くのに、どこかホッともしてしまう。

 彼女はそっと胸を押さえると、静かにレイの行動を見つめる。


「もう見たの?」


「ええ、綺麗に結晶化していたわよ」


「はぁ……結晶化ね……その話になると、ボクじゃ力不足かもね」


 レイは深くため息をつくと、そう言って天井を見上げた。

 組んでいた手は解かれ、力を失くしたように肩からぶら下がる。

 彼の脳裏には結晶化した人が映り、当時の様子を思い出していた。


(当時は、気になって精霊の姿で見に行ったけど……何時もより疲れを感じて、精霊の姿を短時間しか維持できなかったんだよね。それに、触れようと思ったけど、力が上手く使えなくて近付くことも難しかった)


 レイが考えを巡らせていると、ふとレティシアが「なぜ?」と尋ねた。

 彼は視線をレティシアに向けると、重なった視線から逃げるように彼は目を逸らした。

 言葉自体は短かったが、向けられた視線は冷静で、何かを見極めようとしているようにも感じる。


「理屈とかは、原因が分からないのが大きいんだけどさ、最後に見た時、力が阻害されてるように感じたんだよね。当時のボクが感じた気のせいかもしれないから、ボクもその遺体を確認してもいい?」


「ええ、それは構わないわ。話を通しとくわ」


「助かるよ」


 安心したようにレイが言うと、レティシアは腕を組み、ゆったりとした動作で顎に触れた。


(力の阻害を感じられる時は、魔力封じのように魔力の流れを制限されていることが多いわ。だけど、結晶化した人からは、魔力の流れが制限されているようには感じなかったわ。むしろ、どちらかと言えば、魔力が枯渇した人と似ていたわ……)


 レティシアは対抗戦のことを思い返して「力の阻害ね……」と呟き、床を見ながら続きを話す。


「実はルカも、彼の力を使ってた時……なんか変だったわ。闇に沈めるのに、時間が掛かってるように感じられたの……力が阻害されているとも言っていたわ……」


「……沈める範囲は、その後に広げた?」


「ええ、広げたわ」


 思案する2人からは、どこか緊張感に包まれていた。

 2人は視線を合わせず、まるで遠くを見つめている。

 時折、わずかに瞳が左右に動き、考えを巡らせているようだ。

 窓の外から聞こえる音は、室内の静けさを際立たせ、窓に当たる風が静寂を許さない。


「それなら、本当に力が阻害されたのかも知れない……」


 レイがポツリと呟くと、レティシアは首をかしげる。

 そして、彼女は彼の方を向くと、抱いた疑問をすぐさま言葉にして話す。


「でも、それなら変じゃないかしら? 刺客から感じた気配は、7年前のエルガドラ王国で感じた物と同じだったわよ? でも、7年前のルカからは、力が阻害されているようには感じなかったわ。それに、今回は私が刺客を凍らせたから、刺客たちも結晶化していないわよ?」


 レイは考え込むように目を細めると、落ちついた様子で「性質変化したか……」と呟いた。


(性質の変化は、自然界で考えれば不自然じゃない。それは、魔法の性質にも言えること……だけど、火属性単体からダイヤが創り出せるわけじゃないんだよね。……それに、単純な性質変化だけじゃ、創り出された氷から魔力が阻害されるほどの性質変化は……起きるはずがないんだよね……)


 レイはそう思うと、真っすぐにレティシアに視線を向け、彼女を瞳に映すと話し出す。


「もしくは、誰かが意図的にルカの行動を邪魔したか……後、気が付いたことは?」


「そうね、ライラに突き飛ばされたわね。それぐらいかしら?」


 レティシアの声は、冷静で落ち着きが感じられた。

 しかし、彼女を見ていたレイは、彼女の瞳に宿る怒りを見逃さなかった。

 思わず彼は鼻で笑うと、呆れたように首を横に振って口を開く。


「それは気が付いたことじゃなくて、やられたことだろ?」


「そうね。タイミングがタイミングだったから、さすがに悪意を感じたわよ」


 レティシアは一度落ち着くために息を吐き出すと、冷静にそう言った。

 それでも、あの時のことを思い返すと、ライラに対する怒りが再熱する。


「他には何かないわけ?」


「……そうね、関係あるのか分からないけど」


 レティシアはこの後、光に呑まれるまでのことを、淡々とした様子で話し始めた。

 ライラが凍った刺客に抱き付いたことから始まり、ルシェルがルカを止めていたことも含めてだ。

 レティシアがルシェルの話に触れると、レイは一瞬怒りに満ちた表情を浮かべ、「あのクソ皇子、よくも兄さんに……」と呟いた。

 しかし、それでも彼女は話を止めることなく続けた。


 話を聞き終えたレイは、深く息を吐き出しながらベッドに倒れ込んだ。

 そして、拳を天井に向けて突き出し、暫く眺めて「あの場にいたら、多分ボクは殴り掛かっていたなぁ」と小さく呟いた。

 次第に拳が開かれると、彼は手のひらを見つめ、「ま、そんな資格は、ないか……」と弱々しく言った。

 下げられた手は、額に置かれたかと思えば、腕が目元を追い隠していく。


「ボクは、これから散歩に出るけどさ、ここに帰って来てもいいの?」


 レティシアはレイの言葉を聞き、一瞬驚いた。

 彼は今日目覚めたばかりで、過去の人生で医者として働いたレティシアにとって、それは許可できないことだ。

 しかし、彼の迷いや不安を含んだ声を考えれば、彼の発言も納得してしまう。


「あなたがそうしたいなら、そうすればいいわ。ただし、出掛けるのは明日にしなさい」


「分かったよ……ねぇ、レティシアやルカに、迷惑が掛からない?」


 目元を押さえる少年の声は震えており、レティシアは大きく息を吐き出した。


(ルカがこの家にいる限り、レイをルカに近付けたくないモーガンやルイズは、黙ってないでしょうね。彼らのことだから、レイを連れて帰ろうとするのは目に見えてるわ。まぁ、どうにもならなくなったら、牙を剥いてきた相手に容赦はしないわ)


 レティシアは薄っすら笑みを浮かべ、レイを安心させるように優しさを込めて話す。


「気にしなくていいわ。それに、ルカが目覚めないのなら、あなたが臨時で就くのは当然だし、そうなった場合は、ルカの仕事を引き継ぐのも当然よ。あなたがここにいるための理由は、いくらでもつけられるわ」


「ごめん……わがままだって分かってるけど、少しでもルカの傍にいたいんだ」


 あまりにも儚いレイの声に、レティシアは視線を落とした。

 彼が抱える家庭の不安も、彼が抱える家庭の悩みも、レティシアが解決することは出来ない。

 それは、彼女が抱いてる悩みと同じように、自分で向き合って答えを出すしかないからだ。

 レティシアはドアまで向かうと、彼の方に振り向き答える。


「分かっているわ。私は仕事に戻るから、好きに過ごしてちょうだい」


 レティシアは部屋から出ると、ドアの向こうから声を押し殺して泣く声がわずかに聞こえた。

 握られた拳は白い肌に血管を浮き立たせ、抱く気持ちとは違って、頭をどこまでも冷静にさせる。

 それでも、踏み出した一歩は力強く、静かな廊下には足音が響くことはなかった。


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