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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第134話 移住問題と警告


 初日の移住希望者面談では、キアラとオウエンの後に12名の面談を行った。

 その後、初日に続いて翌日と3日目で計28名の面談をしている。

 けれど、レティシアは質問の内容を多少変更することはあっても、全てオウエンとキアラにした質問を繰り返した。

 傍から見れば、領主としての役割を適切に果たしていたものであったと言えるだろう。

 しかし、現状では今回移住を希望した者を、全て受け入れるわけにもいかない。

 なぜなら、1度団体の移住希望者を受け入れてしまえば、今後も絶え間なく移住希望者が増えるからだ。

 そのような結果は、フリューネ領にとってよい結果をもたらすと言えない。


 移住希望者面談、4日めになる最終日。


「レティシア、疲れてないか?」


 ルカは今日予定している面談者の半分が終わると、領主の椅子に座るレティシアに尋ねた。


「大丈夫よ。ルカこそ疲れていない?」


 微笑んだレティシアが聞くと、ルカはスーッと視線をフィリップに向ける。


「俺は大丈夫だ。まぁ、フィリップは疲れたみたいだけどな」


 ハッとした様子でフィリップが顔を上げると、彼は申し訳なそうに頬をかいた。


「すみません。あまり人と会う機会がなかったので……」


「いいのよフィリップ、これから慣れていけばいいのよ」


「姉上、ありがとうございます」


 フィリップが頭を下げると、窓の外を見ながらルカが口を開く。

 赤い瞳には遠くの空が映り、見えてない物が見えているようにさえ感じさせる。


「それで、どうだ?」


「ステラから、火薬の匂いをさせた人が、街に入り込んだと連絡があったわ」


 レティシアが淡々と答えると、ルカは外を見ながら目を細めた。


「騎士団には見回りを強化してもらったんだろ?」


「ええ、だけど何かが腑に落ちないのよ……」


 レティシアは右手の人差し指でテーブルをたたきながら言うと、もう片方の手で頬杖をついた。


(多分、ステラの報告にあった火薬の匂いをさせた人は、最初の村や道中の村で嗅いだ匂いだと思うわ。それに、面談に来ていた女性たちの不審な行動……どこからか流れ始めた、フリューネ領が独立を宣言する噂……後、気になるのは、キアラとオウエンのような態度を取った家族がいたことよね……)


 レティシアがそう考えていると、ギィーっと扉が音を立てて開いた。

 すると、開いたドアの隙間から、アルノエが顔を覗かせる。


「レティシア様、次の面談予定者を入れてもよろしいでしょうか?」


 レティシアは背筋を伸ばして座り直すと、真っすぐアルノエの方を向いた。


「ええ、お願いするわ」


 彼女が答えると、アルノエは2人の青年を会議室の中へと誘導した。

 扉が音を立てながら閉まると、青年たちは辺りを見渡しながら歩き始める。

 ひょろっとした体格に、どこか血色の悪い肌の色は、彼らの目の下にできたクマを引き立たせる。

 それに加え、長身の青年に続いて歩く青年は、ほんのわずかに足を引きずっているようにも感じられた。

 2人がテーブルの前まで進むんで立ち止まると、レティシアに向けられた目には影があるようにも見える。


「初めまして、フリューネ領現当主のレティシア・ルー・フリューネです。本日は遥々お越しいただき、ありがとうございます。早速ですが、自己紹介お願いできますか?」


 レティシアは、フィリップから手渡された資料を見ながら一度鼻を軽くさわると尋ねた。

 すると、額に脂汗が滲む長身の青年は、緊張した面持ちでおなかを押さえて口を開く。


「ヴェラネア村から来ました。俺の名前はギィ・モルスと言います。今年20になります」

「ドニ・モルスです。今年で17になりました」


 ギィに続いてドニが答えると、レティシアは少しだけ顔を上げた。

 彼女は大きく息を吸い込むと、一瞬だけ目を細めて息をゆっくりと吐き出してから話し出す。


「では、質問します。ヴェラネア村は独自の織物技術を持っておりますよね? 美しい模様と高品質の布地が特徴だったと記憶していますが、なぜ今回フリューネ領に移住しようと考えたのでしょうか?」


 淡々とした様子でレティシアが尋ねると、ギィはドニの方を向いた。

 2人は頷き合った後、彼女の方に向きなすとギィが真っすぐ前を向く。


「男には力仕事しかないからです。見ての通り、俺と弟は力がありません。そのため、就ける仕事があまりないんです」


(確かに力仕事は向いてないわね……私やルカのように魔力量が多ければ、短時間は身体強化(コンフィルマ)をすればいい話だけど、2人の魔力量は多くはない)


 レティシアは2人の魔力量を視ると、心の中でそう思った。


「そうですか。しかし、そうなると1から仕事や住む場所を、自分たちで探さなければなりません。その点はどのように考えていますか?」


「力仕事じゃなければ、なんでもします! もちろん住み込みでも働きます!」


 ギィが懇願するように言うと、レティシアは右手でこめかみを押さえた。


「特に仕事や住む場所を、考えていなかったということでしょうか?」


「すみません……仕事さえ就ければ、どうにかなると考えたんです……」


 申し訳なさそうにギィが答えると、会議室に少女のため息が響いた。

 彼らの身辺調査で、すでにフリューネ領に親戚がいないことも分かっている。

 力仕事ができなければ、彼らが就ける仕事は無いにも等しい。


「それなら、わざわざフリューネ領を希望しなくても良い気がしますが、その点はどう考えていますか?」


「フリューネ領になら、おれたちでもできる仕事があると言われたんです」


 俯いてしまったギィに代わってドニが答えると、彼の目にはロイヤルブルーの瞳が冷たく映る。


「なるほどね。誰にそんな情報を聞いたか分からないけど、2人に提供できる仕事はないわ。もちろん住む場所もよ」


 冷たく言い放たれた声を聞き、ドニが奥歯をギリッと鳴らした。

 握りしめられた拳は震え、レティシアを見る目は絶望と悲しみが交じり、怒りで満たされている。


「そんな……に、おれたちはいらない存在かよ……」


「私に対して示せる能力がなければ、領地の利益を最優先に考える私には必要性を感じないわ。ドニ、ギィ、2人には別室にて少しだけ時間を与えるわ。その間に、2人で考えて私に提供できる能力を考えなさい」


 ルカはレティシアの言葉を聞き、歩き始めると会議室の奥にある部屋のドアを開けた。


「こちらの部屋へどうぞ」


 促されるように2人が歩き始めると、ルカとレティシアの視線が冷たく刺さるようだ。

 時折、ズズッと足を引きずるような音が聞こえるたび、ドニが悔しげに顔を歪ませる。

 それでも、2人がルカの元まで来ると、ルカはそっと「バカなことは、考えない方がいい」と2人に耳打ちした。

 そして、驚いた表情でルカを見つめる2人を、彼は軽く背中を押して部屋の中へと誘導する。


 ドアが閉まる音が会議室に響くと、レティシアは胸に付けた騎士団のブローチに触れた。

 すると、魔力を流されたブローチには、フリューネ家の家紋が浮かぶ。


「次の人を連れて来てちょうだい」


 レティシアはそれだけ告げると、通信を切って深いため息をついた。

 ルカのまとめてくれた報告書では、彼らの親は彼らを捨てている。

 それに加え、レティシアに状況提供した者の報告からは、彼らがフリューネの独立を耳にしたとある。

 彼女は資料の右上を折ると、資料を裏返しにしてから定位置に戻ったルカに手渡した。


「大丈夫だ、あの部屋は俺の魔法効果内だ」


 ルカはそれだけ言うと、レティシアに資料を返した。


「本当に悪いわね……私は甘いのかもしれないわ」


「いや、もしもフリューネ家で使い道がなければ、俺の方で使うから問題ない」


 ルカとレティシアは、真っすぐ正面の扉を見つめると、次に入ってくる者を待った。

 時計の針がカチカチと音を鳴らし、部屋は静寂に包まれる。

 けれど、廊下から騒がしい声が届き始めると、会議室にいたルカとレティシア、そしてフィリップは顔を見合せた。

 次に面談予定の者は、子どもが2人いる夫婦だ。

 そして、この面談には、子どもを連れてこないでほしいと、前もってフリューネ側から頼んでいる。

 しかし、廊下から聞こえる声には、子どもの声が交ざっているようにも聞こえる。

 声は段々と近づき、普段は声を荒らげないアルノエの怒号すら聞こえてきている。

 そのため、ルカは警戒して2歩前に出ると、扉の方を凝視するように見つめる。


 暫く待っていると、重厚な扉が勢いよく開け放たれ、野放しにされた2人の子どもが会議室に入ってくる。


「わははは! いいじゃねぇか! 子どもだって面談を受ける資格はあるんだ!」

「ですが、ここは領主の屋敷です! 立場を弁えてください!!」


 野太い声で男性が言うと、すかさずアルノエが反論した。

 幼い2人の子どもは「すげー! 広い広い!」と大きな声を出しながら会議室を走り回り、フィリップは困惑を隠しきれずにいる。

 けれど、レティシアとルカの表情は変わらず、無表情のまま男性と母親らしき女性を見つめる。


「子どもたちを止めてください! このままでは怪我をすることもありますし、物だって壊れる可能性があります!」


 アルノエが男性に声を荒らげて言うが、男性はアルノエの肩をたたきながら言う。


「子どもは転んで怪我もするし、時々物だって壊すさ! でも、それは子どもだからしょうがないだろ、大目に見ろよ。わははは!」


 この会議室に置かれている家具や装飾品は、一般的に庶民では買えない物ばかりだ。

 それにもかかわらず、5~7歳の子どもが2人走り回り、止まったかと思えば、靴を履いたまま椅子の上に立っている。


「……そうですね。子どもは転んで怪我もしますし、物を壊すこともあります」


 冷静に言ったレティシアの声は、騒がしい会議室でもよく聞こえた。


「なんだよ、嬢ちゃんの方がよっぽどこのにぃちゃんより、話が分かるじゃないかよ!」


 男性がそう言うと、レティシアは微かに微笑んだ。

 そして、彼女の方からパチンッと指を鳴らす音が聞こえると、子どもたちのはしゃぐ音と声が聞こえなくなった。

 椅子から飛び降りた子どもたちの足元は凍り付き、沈黙魔法(シレオ)によって声が出せないようだ。


「子どものしたことの責任は、子どもたちにもあります。ですが、子どもだからっと言って許される訳ではありません。幼い子どもがしたことの責任は、親にもあるんです。しかし、もしあなた方2人が、子どものしたことは、子どもが責任を取るべきだと言うなら、私もその方針に従います。彼らをどうしますか?」


 どこか穏やかなレティシアの表情とは違い、彼女の発した声は冷気のように冷たい。


「おいおい嬢ちゃん、子どもがしたことだろ? 大目に見ろよ」


 まるで茶化すように男性が言うと、スーッとどころともなくルカが剣を抜いた。

 剣の柄の部分についているタッセルが揺れ、向けられた刃はギラリと輝く。

 鮮やかで深みのある藍色は少しだけ色あせ、タッセルが長年使われてきたことが分かる。


「言葉遣いには気を付けろ。お前が話している相手は、フリューネ領の領主であると同時に侯爵だ」


 冷たくルカが言い切ると、男性は目を細めてルカを睨んだ。


「あぁ、お前がフリューネ家の番犬のオプスブル家か……フリューネ家もかわいそうにな、魔族に好かれてるなんてな」


 偏見はずいぶん減ったが、72年前の事件の影響で、未だに黒髪と赤目を忌み嫌う人も少なくない。

 けれど、このフリューネ領に住む者の中には、少なくともオプスブル家を忌み嫌う人はいない。


「発言には気を付けなさい。オプスブル家は我が家の犬でもなければ、魔族でもないわ」


 レティシアが冷たく言うと、男性は呆れた様子を見せた。

 そして、笑みを浮かべた男性は、彼女の方を見つめると軽く手を広げて話し始める。


「おいおい、嬢ちゃん知らないのかよ? こいつは化け物だ。16年前にこいつに殺された一家が居るのを知らないのかよ」


 まるで見下すように男性が言うと、レティシアはコテンと首をかしげる。

 16年前と言えば、ちょうどルカが頭領を引き継いだ時期だろう。

 そう考えれば、その時期から帝国の汚れ仕事をしていても不思議ではない。


「そう、それがどうかしたの?」


 不思議そうにレティシアが尋ねると、目を見開いて男性が呆けた。

 そして、突然男性は自分の膝をバンバンとたたきながら笑い出す。


「あははは! こりゃ傑作だ! フリューネ家は犯罪者と手を組んでいたのかよ! どうせ俺らは落とされるんだろうけど、いい土産話ができたよ!!」


 嘲笑うかのように男性が言うと、不意にレティシアが笑い始めた。

 高らかに笑う彼女の声は、その場にいた全員を自然に黙らせた。

 それと同時に、昔から彼女と交流があるルカとアルノエは、目を見開いて彼女の方を見ている。


「あー可笑し過ぎて涙が出てきたわ」


 目元を押さえてレティシアは言うと、男性の方を向いて続きを話し出す。


「残念だけど、いい土産話にはならないわよ? 少なくとも、あなたの発言は私やルカに対して侮辱罪に該当するもの。それに、ここ部屋にあるものは、どれも歴史があって貴重なもの。その意味が分かるかしら?」


 微かに微笑んだレティシアの瞳は、まるで研ぎ澄まされた氷の刃のようだ。

 視線を向けられた男性はゴクリと喉を鳴らし、傍で見ていたフィリップですら喉を鳴らした。

 しかし、その光景を見ていたルカとアルノエは、昔ライアンが語った彼女の残酷な一面を思い出していた。

 その結果、2人はこの場にいる移住希望者の家族が、故郷の土地を2度と踏めないような気がした。


『……レティシア、街の中央で爆発があったわ』


 突如、レティシアの頭の中にステラの声が届くと、レティシアは窓の方を向いた。

 彼女は目を凝らして遠くを見ると、薄っすらと黒い煙が立ち上り始めている。


「ノエ、悪いけど騎士団のメンバーを数名呼んで、彼らを拘束して地下牢に入れといてちょうだい」


 レティシアはそう言うと、瞬時に沈黙魔法(シレオ)を男性と女性に躊躇(ちゅうちょ)することなく使い。

 それと同時に、子どもたちと同じように凍結魔法(アルゲオ)で2人の足元を凍らせた。


「かしこまりました」


 アルノエが胸に手を当て答えると、レティシアはすぐにルカの方を向く。


「ルカ、きん」

「ああ、俺の方にも報告があった。大丈夫だ、すぐに向かおう」


 ルカはレティシアの言葉を遮ると、外を見ながら出していた剣を鞘に仕舞う。


「ありがとう、心強いわ。フィリップはノエに任せるわよ」


「お任せください」


 アルノエが頭を下げると、フィリップは彼の方に向かって歩き出した。

 状況が理解できなくても、ルカとレティシアの雰囲気から緊急事態であることは分かる。

 そのため、自分の身を守る術が少ないフィリップは、2人について行けば足手まといになることを自覚している。


「行ってくるわ」


 レティシアはそう言うと、窓を開けてルカと共に走り出した。

 身体強化(コンフィルマ)を使って移動する2人の背中は徐々に遠ざかり、会議室には静けさが漂う。

 上り始めていた煙はより一層と黒くなり、まるで空を黒く染めようとしているようだ。


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