第130話 ぶつかる勇気と立場
フリューネ騎士団が普段使っている訓練場は、いつもとは違った熱気に包まれていた。
聞こえてくるのは男性たちの掛け声ではなく、少女や少年の指示や報告が飛び交う。
訓練場を囲むように、外側から防御結界が二重に張られており。
2つの防御結界に挟まれるように、内側からレティシアの魔力遮断結界が張られている。
そのため、いざ狙いが外れて屋敷に攻撃が向かっても、屋敷が被害を受けることはない。
ひんやりとした冷気が訓練場を支配し、吐き出される息は白く浮かび上がる。
「アルフレッド様、この後どうしますか?」
カトリーナが尋ねると、アルフレッドは手に持っていた煌光剣を解いた。
「そうだな……兄さんが向こうにいるから、これ以上近距を詰め続けて戦うのは、得策だと思えないよ」
「それじゃ、遠距離で攻撃して相手の魔力量を削るのはどう?」
リズが提案すると、水壁魔法に身を潜めたレティシアが、水壁の向こう側を気にしながら口を開く。
「この後、援軍が来るならその戦い方も悪くはないわね。だけど、決まった人数で動くとなれば、それは自殺行為に近いわよ」
レティシアが張った水壁魔法の後ろに隠れる4人は、それぞれ意見を出し合う。
回復薬の確認が終わった後、9人はどんな練習をするのか話し合った。
その結果、2チームに分かれて練習試合することに決まった。
さらに公平性を考え、ルシェルとアルフレッドは別々のチームに入ることになった。
しかし、そうなると残った7人をどう分けるかという話になる。
ルシェルとアルフレッドが1人1人指名していく案も出されたが、実戦を考えれば予期せぬ状況に対応する能力を鍛える必要がある。
そのため、クジで2つに分かれることなり、順番に5人がクジを引いていく。
Aチームには、アルフレッド、レティシア、リズ、カトリーナ。
Bチームには、ルシェル、ライラ、エミリ、ティノ、シリル。
という結果になり、3分だけチームで話し合う時間が設けられ、その後すぐに試合が開始する運びとなった。
「とりあえず様子を見てたけど、レティシア嬢が張ってくれた水壁魔法が破られることはなさそうだな。そうなれば、奇襲に警戒しながらリズ嬢が氷矢魔法で攻撃しつつ、カトリーナ嬢が奇襲の準備をし、その間、ぼくとレティシア嬢の2人が近距離戦で相手の注意を引くとかはどう?」
人差し指と中指でこめかみを押さえ、アルフレッドはそう言うとレティシアに視線を向けた。
すると、彼女は少しだけ視線を下げ、まるで考えているように顎に触れた。
彼の琥珀の瞳は、静かに目の前の少女を見つめ、彼女の視線が上がるとそれを追う。
「その作戦は、模擬戦のリズとエミリが使った戦略を参考にしたのね……そうなれば、リズの魔法の精度に次第ね。2人になれば1人の時より精度が求められるわよ? リズはできる?」
リズはレティシアの問いに対し、考えるように目を細めるとこめかみを少しだけ触った。
「正直に言って、やってみないと分からない。それに失敗する可能性があるなら、土壇場でやるのは得策じゃないと思う。だから、うちとアルフレッド殿下が近距離戦を仕掛けて、レティシア様が遠距離で支援してくれた方がいい。ただ……レティシア様の魔力消費量は増えるけど……」
「懸念点はそこだな……レティシア嬢が近距離で戦うとなれば、ぼくが光剣を2本出せば良いだけだからね」
気遣わしげにアルフレッドが言うと、レティシアは考えるようにしてから口を開く。
「なるほどね……消費量が増えるのは、さほど問題にはならないわ。それじゃ私が遠距離を担当するから、リズはアルフレッド殿下と近距離戦を頼むわ」
リズはレティシアの言葉に頷き、トンッと胸を軽くたたいた。
「分かった、近距離戦なら自信があるから任せて」
「リズは頼もしいわね。カトリーナ、あなたはどれくらいで奇襲の準備が整いそう?」
レティシアが今度はカトリーナに尋ねると、彼女は目を伏せた。
そして、顔の下付近で、片方の手でわずかに拳を握ると思考を始める。
訓練場の両端を見るように瞳が左右に動き、正面で止まると彼女はレティシアを視界に映す。
「それでしたら、10分だけ時間をください。10分もあれば、奇襲を仕掛けられます。ただ、訓練場の状態を考えれば、上空から奇襲を仕掛けるのではなく、地面すれすれの位置から奇襲を仕掛けた方がいいと思います。それなら、気付かれる心配も少なく、訓練場のギリギリの位置で水弾魔法と氷球魔法の2つを移動させることが可能です」
「それでいきましょ。アルフレッド殿下、途中までリズが出した氷雪剣に、光属性を纏わせることはできますか?」
「可能だけど、そうする必要はあるのかな?」
レティシアの問いに対し、アルフレッドは思わず首をかしげた。
「いま水壁魔法は誰が張っているのか、敵は分かっていない状況だと考えられます。そのため、リズが煌光剣を持っていると相手が勘違いすれば、リズが水壁魔法を使っていると思うかもしれません。そうなれば、リズからは他の攻撃がないと考えやすい。そのため、リズが近距離からでも別の攻撃を仕掛けやすくなります」
「だけど、そうなるとレティシア嬢の魔力量は本当に大丈夫なの?」
「10分でしたら、全く問題ありませんよ。さすがに30分掛かると言われたら、作戦を考え直さなければなりませんでした。……ただし、この作戦で問題になるは、どれだけアルフレッド殿下が、リズの出す氷雪剣に光属性を纏わせられるかです」
「それなら、ぼくの方も問題ないよ。それじゃ、この作戦で行こうか」
3人はアルフレッドの方を見ると、静かに頷いた。
前方から氷矢魔法が放たれると、レティシアがそれを氷球魔法で打ち抜く。
それと同時に、リズとアルフレッドが煌光剣を手に持ち訓練場を駆け、どんどんBチームとの距離を詰める。
時折、地上からは氷柱魔法が出現し、リズとアルフレッドがそれに身を隠す。
2人の額には汗が滲み、口から吐き出される息は気温によって白く染められる。
それでも、2人に向けられて放たれるBチームからの氷矢魔法は、1人では撃ち落とすのには数が多い。
そのため、レティシアは弓での攻撃を止め、氷連射弾魔法に変更した。
それによって、格段に撃ち落とせる数は増え、リズとアルフレッドが先へと進むための援護射撃になる。
時間が刻一刻過ぎているはずなのに、まるで世界はゆっくりと時間を進めているようだ。
2人がBチームの水壁魔法付近に近付くと、ルシェルとシリルが前へと出て2人を迎え撃った。
しかし、4人に目掛けて氷矢魔法が放たれ続け、レティシアはこれが向こうの作戦だと悟る。
けれど、そのようなことをしても、魔力操作に長けているレティシアにとって、特に問題にはならない。
(なるほどね……魔力操作させることで、魔力消費量を増やす作戦なのね)
冷静にレティシアはそう判断したが、それでも彼女は変わらず氷連射弾魔法で氷矢魔法を撃ち抜く。
キンキンと氷がぶつかる音が訓練場に響く中、激しく剣同士がぶつかる音が広がる。
アルフレッドの煌光剣とルシェルの煌光剣が激しくぶつかり合い、剣先が互いに押し合っては引き、ギリギリと魔法の擦れる音が響く。
一方、シリルの持つ氷雪剣とリズが持つ偽りの煌光剣が交錯し、キンッと鋭い音を立てる。
属性の剣を持つ4人の顔には汗が滲み、険しい表情を浮かべている彼らの呼吸は荒々しい。
さらに4人の周辺には、放たれた氷連射弾魔法と氷矢魔法の砕けた氷が地面に広がり、冷気が溢れて足元の視界を徐々に奪う。
レティシアは近くで魔法を使うカトリーナを見ると、彼女は静かに頷いた。
その瞬間、レティシアは無数の氷連射弾魔法を放ち、完全に氷矢魔法を撃ち抜き、Bチームに攻撃を仕掛けた。
それが合図だというように、アルフレッドは鼻筋にシワを寄せ、一気にルシェルを力で押し返し、瞬時にルシェルと距離を取った。
それと同時刻、後ろに跳び退いたリズの足元からは、シリルとルシェルに向かって、リズが放った氷球魔法が冷気を払い除けて飛び出す。
次の瞬間、無数の水弾魔法と氷球魔法がBチームの面々を襲う。
凄まじい冷気がぶわっとBチームを中心にして広がり、リズとアルフレッドは咄嗟にレティシアが出した氷柱魔法の陰に身を隠した。
「そこまで!!」
突如、ロレシオの声が訓練場に轟き、Aチームの者が一斉に彼の方を見た。
途端に、魔法で暖められた生暖かい風が訓練場を包み込み、冷気が徐々に消えて視界はクリアになる。
「勝手ながら、危険だと判断したため、こちらで防御結界をBチームの者たちに張りました」
ロレシオの言葉を聞き、レティシア以外のAチームの者たちがBチームがいた場所を振り返った。
すると、防御結界に守られている5人が姿を現す。
先程の攻撃を防御なしで受けていたなら、怪我人が出ていたことだろう。
そのため、ロレシオの判断と適切な対応が彼らの命を救ったのだ。
完全に魔法を解き、頭を守るようにうずくまる5人を見て、3人はホッと胸をなで下ろした。
(こんな状況になっても、何も対応しないで逃げ回って足を引っ張ったのね)
レティシアはBチームの面々を見ながら、密かにそう思うと騎士団の方へと歩き出した。
Aチームが行った戦略は、戦場であれば非常に効果的だ。
奇襲攻撃が整うまで、近距離と遠距離で相手の注意を引きつつ、確実に相手の魔力を消費させる。
そして、奇襲の準備が整うと、度重なる奇襲のような攻撃で混乱と連携を崩す。
その結果、相手は咄嗟の判断で全ての攻撃を防ぐのは難しくなる。
戦闘経験が少なければ、確実にBチームが対処できないことをレティシアは分かっていた。
それでも、彼女はAチームの提案を受け入れ、彼らを止めることもせず、彼らをバックアップした。
互いに意見を出し合い、自分の能力の限界を見極め、自分の考えを述べる。
実際の戦場では、立場的に発言すること自体が難しい。
けれど、皇子に対しても意見を述べ、戦略が成功すれば自信に繋がると考えたのだ。
それと同時に、荒療治にはなるが、Bチームには協力性と立場関係なく発言する勇気を持ってほしかった。
なぜなら、Bチームは5人にもかかわらず、実際に戦闘していたのは4人だけだ。
つまり、攻防どちらにも参加していないメンバーが、Bチームに居たということになる。
実際、立場を考えて発言を控える行為は、情報共有を阻害し、全体の反応速度を遅らせる可能性が潜んでいる。
それは戦場において、非常に危険な行為であり、一歩間違えば部隊の壊滅にもつながるのだ。
「ロレシオ、的確な判断してくれてありがとう、助かったわ」
レティシアはそう言うと、ロレシオに差し出されたタオルを手に取って汗を拭き始めた。
「いえ、俺はただ、当然とされる職務を全うしたまでです」
胸に手を当て、礼儀正しく接するロレシオに対し、レティシアはクスッと笑ってしまう。
いつもであれば、彼もここまで彼女に対し、かしこまったりなどしない。
それでも、今日は来客があるため、彼も騎士団の面々も礼儀正しく、どこかピリピリとしている。
「それでも実際に助かったわ。お陰様で彼らは怪我しなかったし、騎士団も彼らに恩を売れたわけだからね」
ロレシオは淡々と告げたレティシアを視界の隅に映し、彼女が見つめる先に視線を向けた。
そこには、ルシェルの腕に縋りつき、子どものように声を出して泣きじゃくる少女の姿があった。
「ねぇ、ロレシオ。あなたは先程の戦闘を見て、騎士団の団長としてどう思った?」
「そうですね……Aチームの方は全体的に連携が取れており、1人1人が咄嗟に判断し、行動できていたと思います。それに対し、Bチームは完全に意思の疎通が行われていないように感じました」
ライラを見つめるロレシオの瞳は、団長としての自覚と責任感に溢れている。
後ろで組んだ手は固く握られ、胸を張って告げた言葉には重みがあった。
「そう、ライラは攻撃にも防御にも参加していなかったけど、あなたはどう感じたの?」
「気付いていたのですね……さすがとしか思えません」
驚いたようにロレシオが目を見開き、レティシアに向かって言った。
しかし、変わらず彼女は少女の方を見つめ、ロレシオも視線を戻す。
「――そうですね、もし彼女のような団員がいた場合、フリューネ騎士団では除名対象です。仲間の足を引っ張るだけではなく、仲間を危険に晒しますので」
「そうよね……実は、学院の模擬戦でも、彼女は今日と同じようなことをしたの。どうして彼女は、攻防のどちらにも参加しなかったと思う?」
「そうですね……恐怖心や不安、もしくは経験不足も考えられますが、それにしては他のメンバーに要望を伝えていたので、少なくても恐怖心で動けなかったとは考え難いです」
「なるほどね……なんとなく分かったわ」
(ライラがいるクラスの魔法の先生は、確かリリーナだったわね。だとすれば……模擬戦の時、行為に私の花を散らした理由もこれで説明が付くわ)
レティシアは、静かに訓練場の中央付近で話す学院のメンバーを見つめた。
1人の少女が地べたに座り込み、声を出して泣き続け、2人の皇子が彼女を慰めている。
3人の少女は呆れたように座り込む少女を見つめ、2人の少年はうんざりしたように時折ため息をついている。




