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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第130話 ぶつかる勇気と立場


 フリューネ騎士団が普段使っている訓練場は、いつもとは違った熱気に包まれていた。

 聞こえてくるのは男性たちの掛け声ではなく、少女や少年の指示や報告が飛び交う。

 訓練場を囲むように、外側から防御結界デフェンセィオ・オビセが二重に張られており。

 2つの防御結界デフェンセィオ・オビセに挟まれるように、内側からレティシアの魔力遮断結界(センディセプタ)が張られている。

 そのため、いざ狙いが外れて屋敷に攻撃が向かっても、屋敷が被害を受けることはない。

 ひんやりとした冷気が訓練場を支配し、吐き出される息は白く浮かび上がる。


「アルフレッド様、この後どうしますか?」


 カトリーナが尋ねると、アルフレッドは手に持っていた煌光剣(ソルイス)を解いた。


「そうだな……兄さんが向こうにいるから、これ以上近距を詰め続けて戦うのは、得策だと思えないよ」


「それじゃ、遠距離で攻撃して相手の魔力量を削るのはどう?」


 リズが提案すると、水壁魔法(ムルス・アクア)に身を潜めたレティシアが、水壁の向こう側を気にしながら口を開く。


「この後、援軍が来るならその戦い方も悪くはないわね。だけど、決まった人数で動くとなれば、それは自殺行為に近いわよ」


 レティシアが張った水壁魔法(ムルス・アクア)の後ろに隠れる4人は、それぞれ意見を出し合う。



 回復薬の確認が終わった後、9人はどんな練習をするのか話し合った。

 その結果、2チームに分かれて練習試合することに決まった。

 さらに公平性を考え、ルシェルとアルフレッドは別々のチームに入ることになった。

 しかし、そうなると残った7人をどう分けるかという話になる。

 ルシェルとアルフレッドが1人1人指名していく案も出されたが、実戦を考えれば予期せぬ状況に対応する能力を鍛える必要がある。

 そのため、クジで2つに分かれることなり、順番に5人がクジを引いていく。

 Aチームには、アルフレッド、レティシア、リズ、カトリーナ。

 Bチームには、ルシェル、ライラ、エミリ、ティノ、シリル。

 という結果になり、3分だけチームで話し合う時間が設けられ、その後すぐに試合が開始する運びとなった。



「とりあえず様子を見てたけど、レティシア嬢が張ってくれた水壁魔法(ムルス・アクア)が破られることはなさそうだな。そうなれば、奇襲に警戒しながらリズ嬢が氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)で攻撃しつつ、カトリーナ嬢が奇襲の準備をし、その間、ぼくとレティシア嬢の2人が近距離戦で相手の注意を引くとかはどう?」


 人差し指と中指でこめかみを押さえ、アルフレッドはそう言うとレティシアに視線を向けた。

 すると、彼女は少しだけ視線を下げ、まるで考えているように顎に触れた。

 彼の琥珀の瞳は、静かに目の前の少女を見つめ、彼女の視線が上がるとそれを追う。


「その作戦は、模擬戦のリズとエミリが使った戦略を参考にしたのね……そうなれば、リズの魔法の精度に次第ね。2人になれば1人の時より精度が求められるわよ? リズはできる?」


 リズはレティシアの問いに対し、考えるように目を細めるとこめかみを少しだけ触った。


「正直に言って、やってみないと分からない。それに失敗する可能性があるなら、土壇場でやるのは得策じゃないと思う。だから、うちとアルフレッド殿下が近距離戦を仕掛けて、レティシア様が遠距離で支援してくれた方がいい。ただ……レティシア様の魔力消費量は増えるけど……」


「懸念点はそこだな……レティシア嬢が近距離で戦うとなれば、ぼくが光剣を2本出せば良いだけだからね」


 気遣わしげにアルフレッドが言うと、レティシアは考えるようにしてから口を開く。


「なるほどね……消費量が増えるのは、さほど問題にはならないわ。それじゃ私が遠距離を担当するから、リズはアルフレッド殿下と近距離戦を頼むわ」


 リズはレティシアの言葉に頷き、トンッと胸を軽くたたいた。


「分かった、近距離戦なら自信があるから任せて」


「リズは頼もしいわね。カトリーナ、あなたはどれくらいで奇襲の準備が整いそう?」


 レティシアが今度はカトリーナに尋ねると、彼女は目を伏せた。

 そして、顔の下付近で、片方の手でわずかに拳を握ると思考を始める。

 訓練場の両端を見るように瞳が左右に動き、正面で止まると彼女はレティシアを視界に映す。


「それでしたら、10分だけ時間をください。10分もあれば、奇襲を仕掛けられます。ただ、訓練場の状態を考えれば、上空から奇襲を仕掛けるのではなく、地面すれすれの位置から奇襲を仕掛けた方がいいと思います。それなら、気付かれる心配も少なく、訓練場のギリギリの位置で水弾魔法(グロブス・アクア)氷球魔法(ルドゥス・グラキエス)の2つを移動させることが可能です」


「それでいきましょ。アルフレッド殿下、途中までリズが出した氷雪剣(クリオス)に、光属性を(まと)わせることはできますか?」


「可能だけど、そうする必要はあるのかな?」


 レティシアの問いに対し、アルフレッドは思わず首をかしげた。


「いま水壁魔法(ムルス・アクア)は誰が張っているのか、敵は分かっていない状況だと考えられます。そのため、リズが煌光剣(ソルイス)を持っていると相手が勘違いすれば、リズが水壁魔法(ムルス・アクア)を使っていると思うかもしれません。そうなれば、リズからは他の攻撃がないと考えやすい。そのため、リズが近距離からでも別の攻撃を仕掛けやすくなります」


「だけど、そうなるとレティシア嬢の魔力量は本当に大丈夫なの?」


「10分でしたら、全く問題ありませんよ。さすがに30分掛かると言われたら、作戦を考え直さなければなりませんでした。……ただし、この作戦で問題になるは、どれだけアルフレッド殿下が、リズの出す氷雪剣(クリオス)に光属性を(まと)わせられるかです」


「それなら、ぼくの方も問題ないよ。それじゃ、この作戦で行こうか」


 3人はアルフレッドの方を見ると、静かに頷いた。


 前方から氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)が放たれると、レティシアがそれを氷球魔法(ルドゥス・グラキエス)で打ち抜く。

 それと同時に、リズとアルフレッドが煌光剣(ソルイス)を手に持ち訓練場を駆け、どんどんBチームとの距離を詰める。

 時折、地上からは氷柱魔法(コルムナ・グラキエス)が出現し、リズとアルフレッドがそれに身を隠す。

 2人の額には汗が滲み、口から吐き出される息は気温によって白く染められる。


 それでも、2人に向けられて放たれるBチームからの氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)は、1人では撃ち落とすのには数が多い。

 そのため、レティシアは弓での攻撃を止め、氷連射弾魔法(グラキエスブッレテ)に変更した。

 それによって、格段に撃ち落とせる数は増え、リズとアルフレッドが先へと進むための援護射撃になる。

 時間が刻一刻過ぎているはずなのに、まるで世界はゆっくりと時間を進めているようだ。

 2人がBチームの水壁魔法(ムルス・アクア)付近に近付くと、ルシェルとシリルが前へと出て2人を迎え撃った。


 しかし、4人に目掛けて氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)が放たれ続け、レティシアはこれが向こうの作戦だと悟る。

 けれど、そのようなことをしても、魔力操作に長けているレティシアにとって、特に問題にはならない。


(なるほどね……魔力操作させることで、魔力消費量を増やす作戦なのね)


 冷静にレティシアはそう判断したが、それでも彼女は変わらず氷連射弾魔法(グラキエスブッレテ)氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)を撃ち抜く。

 キンキンと氷がぶつかる音が訓練場に響く中、激しく剣同士がぶつかる音が広がる。

 アルフレッドの煌光剣(ソルイス)とルシェルの煌光剣(ソルイス)が激しくぶつかり合い、剣先が互いに押し合っては引き、ギリギリと魔法の擦れる音が響く。

 一方、シリルの持つ氷雪剣(クリオス)とリズが持つ偽りの煌光剣(ソルイス)が交錯し、キンッと鋭い音を立てる。

 属性の剣を持つ4人の顔には汗が滲み、険しい表情を浮かべている彼らの呼吸は荒々しい。

 さらに4人の周辺には、放たれた氷連射弾魔法(グラキエスブッレテ)氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)の砕けた氷が地面に広がり、冷気が溢れて足元の視界を徐々に奪う。


 レティシアは近くで魔法を使うカトリーナを見ると、彼女は静かに頷いた。

 その瞬間、レティシアは無数の氷連射弾魔法(グラキエスブッレテ)を放ち、完全に氷矢魔法(グラキエス・サギッタ)を撃ち抜き、Bチームに攻撃を仕掛けた。


 それが合図だというように、アルフレッドは鼻筋にシワを寄せ、一気にルシェルを力で押し返し、瞬時にルシェルと距離を取った。

 それと同時刻、後ろに跳び退いたリズの足元からは、シリルとルシェルに向かって、リズが放った氷球魔法(ルドゥス・グラキエス)が冷気を払い除けて飛び出す。

 次の瞬間、無数の水弾魔法(グロブス・アクア)氷球魔法(ルドゥス・グラキエス)がBチームの面々を襲う。


 凄まじい冷気がぶわっとBチームを中心にして広がり、リズとアルフレッドは咄嗟にレティシアが出した氷柱魔法(コルムナ・グラキエス)の陰に身を隠した。


「そこまで!!」


 突如、ロレシオの声が訓練場に轟き、Aチームの者が一斉に彼の方を見た。

 途端に、魔法で暖められた生暖かい風が訓練場を包み込み、冷気が徐々に消えて視界はクリアになる。


「勝手ながら、危険だと判断したため、こちらで防御結界デフェンセィオ・オビセをBチームの者たちに張りました」


 ロレシオの言葉を聞き、レティシア以外のAチームの者たちがBチームがいた場所を振り返った。

 すると、防御結界デフェンセィオ・オビセに守られている5人が姿を現す。

 先程の攻撃を防御なしで受けていたなら、怪我人が出ていたことだろう。

 そのため、ロレシオの判断と適切な対応が彼らの命を救ったのだ。

 完全に魔法を解き、頭を守るようにうずくまる5人を見て、3人はホッと胸をなで下ろした。


(こんな状況になっても、何も対応しないで逃げ回って足を引っ張ったのね)


 レティシアはBチームの面々を見ながら、密かにそう思うと騎士団の方へと歩き出した。


 Aチームが行った戦略は、戦場であれば非常に効果的だ。

 奇襲攻撃が整うまで、近距離と遠距離で相手の注意を引きつつ、確実に相手の魔力を消費させる。

 そして、奇襲の準備が整うと、度重なる奇襲のような攻撃で混乱と連携を崩す。

 その結果、相手は咄嗟の判断で全ての攻撃を防ぐのは難しくなる。


 戦闘経験が少なければ、確実にBチームが対処できないことをレティシアは分かっていた。

 それでも、彼女はAチームの提案を受け入れ、彼らを止めることもせず、彼らをバックアップした。

 互いに意見を出し合い、自分の能力の限界を見極め、自分の考えを述べる。

 実際の戦場では、立場的に発言すること自体が難しい。

 けれど、皇子に対しても意見を述べ、戦略が成功すれば自信に繋がると考えたのだ。


 それと同時に、荒療治にはなるが、Bチームには協力性と立場関係なく発言する勇気を持ってほしかった。

 なぜなら、Bチームは5人にもかかわらず、実際に戦闘していたのは4人だけだ。

 つまり、攻防どちらにも参加していないメンバーが、Bチームに居たということになる。

 実際、立場を考えて発言を控える行為は、情報共有を阻害し、全体の反応速度を遅らせる可能性が潜んでいる。

 それは戦場において、非常に危険な行為であり、一歩間違えば部隊の壊滅にもつながるのだ。


「ロレシオ、的確な判断してくれてありがとう、助かったわ」


 レティシアはそう言うと、ロレシオに差し出されたタオルを手に取って汗を拭き始めた。


「いえ、俺はただ、当然とされる職務を全うしたまでです」


 胸に手を当て、礼儀正しく接するロレシオに対し、レティシアはクスッと笑ってしまう。

 いつもであれば、彼もここまで彼女に対し、かしこまったりなどしない。

 それでも、今日は来客があるため、彼も騎士団の面々も礼儀正しく、どこかピリピリとしている。


「それでも実際に助かったわ。お陰様で彼らは怪我しなかったし、騎士団も彼らに恩を売れたわけだからね」


 ロレシオは淡々と告げたレティシアを視界の隅に映し、彼女が見つめる先に視線を向けた。

 そこには、ルシェルの腕に縋りつき、子どものように声を出して泣きじゃくる少女の姿があった。


「ねぇ、ロレシオ。あなたは先程の戦闘を見て、騎士団の団長としてどう思った?」


「そうですね……Aチームの方は全体的に連携が取れており、1人1人が咄嗟に判断し、行動できていたと思います。それに対し、Bチームは完全に意思の疎通が行われていないように感じました」


 ライラを見つめるロレシオの瞳は、団長としての自覚と責任感に溢れている。

 後ろで組んだ手は固く握られ、胸を張って告げた言葉には重みがあった。


「そう、ライラは攻撃にも防御にも参加していなかったけど、あなたはどう感じたの?」


「気付いていたのですね……さすがとしか思えません」


 驚いたようにロレシオが目を見開き、レティシアに向かって言った。

 しかし、変わらず彼女は少女の方を見つめ、ロレシオも視線を戻す。


「――そうですね、もし彼女のような団員がいた場合、フリューネ騎士団では除名対象です。仲間の足を引っ張るだけではなく、仲間を危険に晒しますので」


「そうよね……実は、学院の模擬戦でも、彼女は今日と同じようなことをしたの。どうして彼女は、攻防のどちらにも参加しなかったと思う?」


「そうですね……恐怖心や不安、もしくは経験不足も考えられますが、それにしては他のメンバーに要望を伝えていたので、少なくても恐怖心で動けなかったとは考え難いです」


「なるほどね……なんとなく分かったわ」


(ライラがいるクラスの魔法の先生は、確かリリーナだったわね。だとすれば……模擬戦の時、行為に私の花を散らした理由もこれで説明が付くわ)


 レティシアは、静かに訓練場の中央付近で話す学院のメンバーを見つめた。

 1人の少女が地べたに座り込み、声を出して泣き続け、2人の皇子が彼女を慰めている。

 3人の少女は呆れたように座り込む少女を見つめ、2人の少年はうんざりしたように時折ため息をついている。


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