第14話 独りから2人へ
書庫から部屋に戻るとレティシアは2人の周りに空間消音魔法をかけた。
そしてルカに魔力を宝石に溜めていたこと、偽物の宝石のこと、やり方を説明する。
すると、説明を聞いていたルカは拳を握って怒りに震えた。
そのことに気が付きつつも、レティシアはやり方の説明が終わると、続けてどのような効果をもたらすのかについて、事細かに説明をした。
『これで全部よ』
レティシアは真っすぐにルカを見つめる。
その顔は真剣そのものだ。
しかし、レティシアが説明を終えた瞬間、ルカは一瞬黙り込んだ。
彼の目には、怒りと混乱が入り混じった表情が浮かぶ。
ルカは拳を握りしめ、唇の内側を噛んだかと思えば深く息を吸い込んだ。
「はぁ!? おまえ、もしかしてバカじゃないのか!?」
『バカじゃないわ』
「いや、バカだろ! あのな、たとえ魔力量が増えるっていう効果があっても、普通やらねぇよ!」
ルカはそう言うと、苛立ちが含まれた息を吐き出した。
そして、真っすぐレティシアを見つめて、さらに言葉を続ける。
「もうやるな! 危険しかないだろ!!」
片手で頭を押さえて言ったルカの声は、怒りで震えていた。
彼の目は広がり、感情が乱れたように、わずかに瞳が光る。
もう片方の手は服を掴み、顔は怒りで赤く染まり、額には青筋が浮き出ている。
『ほら! やっぱりそう言うじゃない! だから話したくなかったのよ!!』
レティシアの声からも苛立ちが感じられた。
彼女はルカの怒りを予想しており、こうなると分かっていたから、彼女は話しくなかったのだ。
「言うに決まってるだろ! 何考えてんだよ!! 魔力を使い切ったら、最悪の場合は死ぬんだぞ!! おまえはそのことを本当に分かってるのか!?」
ルカの声がさらに高まった。
魔力が枯渇した人を見たことがあった彼は、その姿が記憶に焼き付いていた。
そのため、危険を承知でやるレティシアが信じられない。
『分かってるって!! それに死なないよ! 危なくなったらちゃんと分かるし、保険だって用意しているわ!!』
「感じるじゃダメなんだよ! 体内にある魔力が、ある程度減って少なくなったら、普通は危険だから魔法を使うのを辞めるんだよ!」
『知っているわ!』
「いや、知ってたら普通はやらない! ギリギリまで魔力を使うとか、魔物討伐で本当に危険な時か、死を覚悟した時だけだ!」
ルカは苛立って吐き捨てるように言うと、レティシアは目を伏せてた。
『……視えるから問題ない』
「……は?」
唐突に言われた言葉に理解が追い付かず、ルカの口からは困惑を含んだ声が出た。
『魔力量が “視える” から問題ないって言ったの……。視ようと思えば視える』
「……マジかよ」
怒りで顔が真っ赤になって声を荒らげていたルカが、今度は口元をてで隠し、血の気が引いていたように絶句した。
『……嘘偽りなく、本当のことよ』
「俺のも……か? だから……」
ルカはレティシアが魔力量で彼のことを見ていたのだと思うと、彼女に淡い希望を抱いた己に絶望しそうになった。
『あー……。ルカのは、視てないわ。だけど瞳の揺らぎがあまりにもなかったことと、オプスブル家からここまでの距離を、人を連れた状態で移動して来られる魔力量を持っていること。そしてモーガンよりも立場が上だと考えたら、弱いわけがないわ』
レティシアは人の魔力量を視ることはできるが、ルカのように魔力の制御ができる者から視える魔力量を、目安にはしているが信用はしていない。
そのため、彼女の言ったことは、実際に彼女が導き出した答えなのだろう。
「そっか……。やっぱ、おまえは……ちゃんと俺を見てくれたんだな……」
ルカはそっと目元を押さえて言うと、泣きそうになった。
不安はただの杞憂になって終わり、努力も経験も無駄ではなかったと思うと、彼はレティシアの言葉が純粋に嬉しかった。
「でも、おまえ……、教会と魔塔のやつらも来たんじゃないのか?」
帝国では生後半年を過ぎると、義務として子どもの魔力量と属性を確認するために、教会と魔塔から使徒が派遣される。
地・水・風・火の4属性以外の闇と光の属性を持つ者と、魔力量が多い者は精霊が見える可能性が高い。
そして、レティシアのように魔力量が視える者は、魔力量が多く精霊が見える。
もちろん、精霊が見える全ての人が、魔力量が多いわけではない。
だが、魔力量が最初に判断できる1つの基準なのだ。
『あー……、なんか来たわね。だけど、その時は魔力を抑え込んでいたし、魔力測定や属性適性検査とか、適当に引っ掛からない程度にはやったから、いろいろと誤診してくれたよ?』
これがレティシアが視える魔力量だけで、その者の強さを判断しない理由の1つだ。
魔力量の制御が上手い者は、体内にある魔力量を制御して少なく見せることができる。
『私の測定結果は、ふつう魔力量で4属性っていう判定だったかな? 得意属性は、水にしたから問題なかったわ。だから何事もなく、今もここにいるじゃない』
そして、レティシアがわざわざ隠したのも理由がある。
それは、精霊が見える子どもの行き先だ。
魔塔は子どもが求めれば、求められた段階で魔塔に保護し、魔法を教えるとされている。
だが、精霊が見える人が少ないことを考えれば、彼らが簡単に引き下がるとも思えない。
しかし、最も警戒しなければならないのが教会側だ。
教会は聖女や聖騎士になる可能性が高いとし、精霊が見える子どもが見つかれば、教国が権利を主張し子どもを連れて行く。
「まぁ、確かにな……」
暫く沈黙が流れてから、ルカが自分も魔力量が視えることをレティシアに伝えると、彼女は彼も夜の日課に誘い、この夜から独りぼっちの日課は2人になった。
◇◇◇
レティシアの誕生日まで残り1週間になった朝。
いつものようにアンナがレティシアの部屋とやってくる。
ルカが滞在して3日経った頃には、アンナもある程度はルカと話すようになった。
初日の行動は、ルカが想像していたよりも美少年だったため、子ども相手なのに恥ずかしくて逃げてしまったと話していた。
そのかわいらしい理由を、レティシアがニヤニヤしながらルカに伝えると、彼は興味がなそうに短く「あっそ」と答えた。
レティシアはルカのことを好きだと思う人がいるのが嬉しかったが、どうもアンナにはルカに対して恋愛感情はなく。
ただジョルジュの孫と聞いていたため、もう少しジョルジュに似た子どもが来たと思っていたら違ったらしい。
(確かにジョルジュって中性的なルカと違って、男らしいって感じだもんね……)
レティシアが身支度を終えると、いつものように部屋の外で待機していたルカが、部屋の中に入ってくる。
「後は、よろしくお願いします」
そう言ってアンナが下がっていく。
「今日も夕方は外に行って、その後は書庫か?」
『んー……、そのつもりなんだけど……。ねぇ、ルカ。この体じゃ私に剣術はまだ無理じゃない?』
「そうだな、どんなに短い剣でも無理だな」
『でしょ? でもルカは私を気遣ってご飯の時間にやっているよね? それで考えたんだけど、午前中のこの時間っていつも適当に過ごすから、この時間を使えばいいと思うの』
「んー……。別にいいけど、おまえはどうすんだよ。多分付いてきても、なんも面白くねぇぞ?」
「大丈夫だよ。ちゃんとルカに付いて行くし、私は楽しめるから」
うなじを触りながら「まぁ、おまえがいいなら別にいいけど……」と、ルカはあまりの乗り気じゃなかったものの、朝食を食べてからレティシアを騎士たちがいる訓練場へと連れて行く。
訓練場に突然レティシアを抱き抱えたルカが現れると、その場が騒然となった。
しかし、隊長らしい人が現れると、ルカは軽く片手を上げて「気にしないで続けていい」と言うと、それぞれが訓練へと戻っていく。
ルカはベンチにレティシアを座らせると、木剣を手に駆け出して訓練に加わる。
黒髪はサラサラと風に揺れ、赤い瞳は獲物を見つけたかのように鋭い。
基礎的な動きしかしていないのにもかかわらず、迷いのない彼の動きは華麗だ。
(想像していたよりもルカの立ち回りがいいわね。剣筋もいいから、まるで剣舞を1人で踊っているみたいだわ)
次第に見習いたちがルカの周りに集まり、彼との模擬戦が始まる。
聞こえてくる笑い声や、楽しそうな声に思わずレティシアも頬も緩む。
(ルカがすごく楽しそうで良かった。なんだかんだ言っても、今までルカは周りに恵まれてなかっただけなんだよね。フリューネ家で働く人たちは、いろんな環境にいた人たちが多いから、髪や瞳の色だけで判断したりしないし……)
レティシアは何事もなく騎士団の人たちが、ルカを受け入れたことに安堵した。
初めてアンナとルカが顔を合わせた時、アンナが逃げるようにして部屋を出て行ったことを、ルカがどう感じていたかレティシアは気にしていたからである。
人から見た目が理由で、受け入れてもらえない時の気持ちを、レティシアは知らない。
知らないからこそ、フリューネ家にいる間だけでも、見た目が原因でルカが傷付く姿は見たくなかった。
見た目を気にしないで過ごしてもらいたかった。
楽しそうに木剣を振るルカを、ただレティシアは微笑ましく思いながら彼の姿を目で追った。
訓練場に来た頃にはまだ長かった影が次第に短くなり、木剣がぶつかる音と騎士団の熱気が伝わってくる。
レティシアが食い入るように訓練の様子を眺めていると、ルカが走ってくる。
「レティシアごめん。思ったよりも結構時間が経ってた……。まだ昼食まで時間はあるけど、食事の前に汗をかいたからシャワーを浴びたい。大丈夫?」
肩で汗を拭いながら呼吸を整えて、ルカは申し訳なさそうに言った。
『そうね……、確かにシャワーを浴びた方が良さそうね』
レティシアはそう言うと、ベンチから折るりるために行動を始めた。
そして、彼女はそのまま話を続ける。
「時間は、気にしないでいいよ。全然見てて楽しかったし、ルカが楽しそうで良かったよ。ルカはやっぱり強いね! 剣筋も綺麗でまるで踊っているみたいだったよ」
「……ありがとう」
ルカはレティシアから目を逸らし、嬉しくて緩んだ口元を右手で隠した。
そして、もう片方の手をレティシアに差し出すが、待ってもレティシアが手を取らない。
そのことを疑問に思ったルカは、彼女の方を見ると困っているように思えた。
「汗かいたから、抱き抱えるより手を繋いだ方がいいかな? って思ったんだけど……。遠くて歩くの大変か?」
(あー……。確かに抱き抱えてもらったら、あれよね……。タオルを持ってきていないとか考えていたわ)
『なるほどね。大丈夫だよ! 確かに離れているけど、全然歩ける距離だから歩くよ! さすがに今のルカに抱き抱えられてお母様に会ったら、何かしらルカに対して指摘が入ると思うし』
そう言ってレティシアは、座っていたベンチから飛び降りるとルカの手を握る。
『ねぇ、ルカは誰から剣術を教わったの?』
ルカはレティシアに聞かれると、歩きながら前を向いて軽く顎に触る。
「そうだなぁ……。特にこの人っていう人はいないかなぁ。でもあえて言うなら、変な癖が付かないように、基礎は祖父から教わったかな」
『そうなんだね。それじゃ、ジョルジュもルカのように強いのね』
「……剣術は祖父の方がまだ強いと思うよ。一応、ああ見えてもオプスブル前頭領だしね」
『そっか、でも後数年もしたらルカの方が強くなるわ』
「ハハッ、そうだね」
そう話すルカの表情はどこか暗く、レティシアはこれ以上聞いてはいけない気がした。
そこから言葉を交わすこともせず2人は歩いていた。
だけど、4分の1を過ぎた辺りでレティシアは、このままだとルカがシャワーを浴びれば、確実に昼食に間に合わないと思った。
それはルカも同じだったようで、チラチラとレティシアが歩くのを見ている。
悩んだ末にレティシアは歩くのを諦めると、地面から数ミリだけ浮くように浮遊魔法を使う。
こうすれば他の人からはレティシアが歩いているように見えるが、移動する速度は上げることができる。
「……ありがとう」
ボソッとルカが言った。
『ううん。私が歩く速度を見誤っていたわ』
「いや、俺も間に合うと思ってた」
2人は小さく笑い合うと、少しだけ歩く速度を上げて、レティシアの部屋に急いで向かった。
◇◇◇
レティシアとルカの2人は、お昼過ぎにテラスに向かった。
テラスでは、エディットがすでに寛いでいる。
「レティ、ルカ、2人ともいらっしゃい、今日は訓練場に顔を出したみたいね」
『はい。私のわがままで、ルカに連れて行ってもらいました』
「そうだったのね。ルカ、レティに付き合わせてしまって、ごめんなさい」
「いえ! 私も剣術の練習ができたので、むしろ私が付き合っていただいたと言った方が正しいかと思います。そのため、エディット様が謝ることではありません」
「そうなのね。前からレティったら騎士団の見学に行きたいって言ってたの、だけど危ないでしょ? それで私とリタは、行かせないようにしていたの。でも今はルカがいるから、騎士団のみんなも激しい訓練をしたりしないと思うの。ルカ、レティのわがままを聞いてくれてありがとう」
それから暫くエディットと話すと、2人は庭に出て地面に座る。
ルカはレティシアが初めて大地と対話しているのを見た時。
「大地だけじゃなくて、この世界とも対話しろ。その方がいい」
と彼女を見ずに言った。
世界との対話はまだ早いと考えていたレティシアだったが、難なくできたことに驚いてると、ルカはさらに続けた。
「レティシアは、精霊から好かれる側の人だ。だから世界も受け入れてくれるんだよ」
レティシアが納得していると、ルカが精霊と普通に話を始めたことにレティシアは驚いて、慌てて彼にテレパシーを教えた。
精霊が見えない人からすれば、空中に向かって1人で話している人にしか見えないからだ。
元々知識としてテレパシーを知っていたルカは、レティシアがコツを教えると使えるようになり、今では彼も交えて精霊たちと会話している。
そして、その後にルカも交えて精霊たちと会話した時。
精霊たちがオプスブル家にいるルカに、庭のことをいろいろ教えていたこと。
レティシアが生まれた日は嬉しくて彼に報告に行ったこと。
彼女が精霊たちと話ができることなど。
精霊たちがいろいろとルカに話していることを聞いたレティシアは、急に恥ずかしくなった。
そんなレティシアを見て、ルカはまるで独り言のように話す。
「精霊たちがこんなことをするのは、オプスブル家とフリューネ家の間柄だけだし、フリューネ家に集まる精霊たちは、昔からいろいろとオプスブル家に報告するんだよ。逆は絶対にないけどね」
そこまで言うとルカは精霊たちとすぐに別の話をしだす。
レティシアは、彼が秘密の1つを教えてくれたのだと分かって口元が緩んだ。
精霊たちと子どものように笑って話すルカもまた、精霊たちに好かれているんだとレティシアはその光景を見ながら思った。
大地と精霊たちと話した後は、書庫に行って2人でひたすら夕飯の時間まで本を読む。
レティシアに護衛としてルカが就いてから、リタが彼女を迎えに来ることはなくなった。
その代わり。
「そろそろ夕食の時間だ、レティシア食堂に行くよ」
こうやってルカが時間をレティシアに教えてくれるので、レティシアが夕食に遅れることはない。
時間を忘れて没頭してしまう癖があるレティシアは、ルカの存在にとても助かっている。
レティシアが読み散らかした本を元の場所にルカがしまうと、彼も記憶力がいいことが分かる。
「ルカ、ありがとう」
そう言われたルカは、本をしまうと軽く目を閉じて嬉しそうに微笑んだ。




