第125話 ねじ巻き人形
「それで、なんでフィリップを住まわることになったんだ?」
お茶会のことを考えていたレティシアは、急に話しかけられたことに驚いた。
それでも、彼女はルカの質問に返そうと、考えを巡らせる。
「…………あっ、えっと……い、違和感を覚えたのよ」
ルカはレティシアが答えると、右手で顎を支え、左手には右肘を乗せた。
そして足を組むと、顎を支えている手でそっと、顎に触れる。
「違和感……」
「ええ、服装も顔色も良かったわ。だけど、ずっと人形のようだったのよ」
「……人形?」
ルカが聞き返すと、あの場にいたアランは思い返すように答える。
「あぁーそう言えば、そんな感じだったな。――表情はあるんだけど、そこに温かみがないような感じ……? 説明すのは難しいから、会った方が早いよ」
アランの話から、彼から見てもフィリップが人形に見えていたのだと分かり、レティシアは話を続ける。
「アランの言う通りね、あの異様な雰囲気は、言葉で説明するのは難しいから、ルカも彼に会えば分かるわ。顔色や話し方……彼の動きを見た限り、彼に問題はなかったのだけど、気になって彼の魔力を覗いたら……人形だったのよ」
「「「は?」」」
今度こそレティシアの言った意味が分からない様子で、3人の声が重なった。
確かに、魔力で人形に操ることは可能だ。
けれど、人のように話すことはできない。
さらに、レティシアはフィリップの顔色も良かったと言っていることから、彼には人のように血が流れていることとなる。
「ルカは私が複製魔法を使って、良く宝石の偽物を作っていたことは知っているよね?」
「ああ、よく観察しなければ分からないくらいには、よくできていたな。だけど、それとなんの関係が?」
ルカはレティシアの方を見ながら、彼女に尋ねた。
すると、スーッと彼女の瞳が色をなくし、どこか遠い場所を見つめているように彼は感じた。
「私もね……ずっと昔に人の複製を試したことがあるのよ。だけど……私にはできなかった。複製魔法の技術は、その時に上げたのよ」
ルカは、レティシアの言葉が理解できなかった。
なぜなら、ルカとレティシアが初めて会ったのは、彼女が1歳になる頃だ。
すでにその頃、彼女が複製魔法で作る宝石は、当時のルカでさえ、よく観察しなければ見分けがつけられなかった。
そして、当時の彼女に魔法を教えていた者もいなければ、彼女が宝石の複製を作っていたことはルカしか知らない。
そんな彼女が人の複製を試し、複製魔法の技術を上げたとするなら、彼女はいつから人の複製を試していたのか、疑問を持たない方がおかしな話だ。
レティシアを見つめるルカの瞳は小刻みに揺れ、鼓動の音が大きくなるのを彼は感じた。
「でも、どんなに複製魔法の技術を上げても、人の複製は創れなかった。犠牲を払わずに人を創ることはできなかったのよ。――だけど、彼は間違いなく創られた人よ……どうやって創ったのか、分からないけどね……」
レティシアはそう言って俯くと、遠い過去を思い返すようにゆっくりと目を閉じた。
それは、レティシアが大魔導師として生きたいた遠い過去の世界。
彼女がいた国では、戦争によって人口が激減していた。
そのため、国は少しでも被害を減らそうと、戦場に向かう兵士を魔法で作ろうとした。
その時、まだ魔導師として活躍し始めた彼女と、彼女の師匠が呼ばれて実験に参加した。
実験には魔力暴走の末、氷漬けになった少女が使われていた。
しかし、新しい魔法によって生み出されたモノは、人としての形を保てなかった。
結局、彼女は新しい魔法を使わず、複製魔法を使って人の複製を試みた。
だが、どんなに複製魔法の制度を上げても、結果は新しい魔法と似たようなものだった。
けれど、彼女の師匠は新しい魔法の挑戦を、諦めなかった。
そして、それが悲劇を招く結果となった。
実験が始まって2年後……
国からは早く結果を出せと、毎日のように圧力が掛かっていた。
思い詰めた彼女の師匠は、広大な土地に新しい魔法の魔方陣を描き、とある実験に踏み切った。
戦場に向かうために集められた兵士たちが列をなし、雄叫びを上げて戦場に向かう勇気へと変える。
しかし、突如彼らの足元は光だし、巨大な魔方陣が彼らを囲んだ。
集められた兵士たちは天まで届く光に包まれると、悲痛な叫びをあげて光の柱は赤く染まった。
光の柱が消えた後には、魔方陣の中央にポツンと1人の少女が佇んでいた。
そう……この時、レティシアの師匠は、氷漬けにされた少女の複製を造り上げたのだ。
あまりの出来に、この時レティシアは思わず「クローンだ……」と言葉をこぼしている。
だけど、創られた少女には、重大な問題があった。
それは、定期的に誰かに魔力を分け与えてもらえなければ、眠ったように動かなくなり、話すネジ巻き人形のような存在だったのだ。
この時国は、数百人という被害者が出たことで実験を中止し、新しい魔法の使用を固く禁じた。
そして、創られた少女と共に、新しい魔法を永遠の闇に葬った。
レティシアはドアが開く音が聞こえると、今世と向き合うためにゆっくりと目を開けた。
フィリップがステラの後に続いて部屋に入ると、ルカは彼の違和感に気が付いた。
目を細めたルカは、彼の魔力を覗くと、初めて見る光景に息を呑んで口元を押さえてしまう。
本来、魔力を持った生き物ならある魔力の湖が、フィリップには存在していなかったのだ。
それどころか、心臓の周りには細い糸が絡まるように集まり、彼の心臓を動かしている。
「……なんだ……これは……」
唖然とするルカに、ステラは得意げに話し出す。
『これでも良くなった方よ? 初めて見た時は、心臓が止まってたんだから。頑張ったステラとレティシアを、褒めてほしいくらいよ』
ルカ、アラン、ライアンの3人は、ステラの話を聞き、信じられないという様子でレティシアの方を見た。
すると、彼女は少しだけ視線を床に落とし、話し出す。
「……ステラの言う通りよ。彼の心臓は止まっていて、代わりにこれが動いていたの」
レティシアはそう言って、空間魔法から紫色の破片を取り出し、テーブルの上に置いた。
すると、3人は紫の破片を見つめてゴクリと喉を鳴らした。
彼らは、その紫色の破片に見覚えがある。
だけど、記憶にある色より少しだけ濃いように感じて、違うものだと彼らは思いたかった。
「まだ成分を調べてないからなんとも言えないけど、7年前のエルガドラ王国で使われていた紫色の破片と、同じものだと考えて良いと思うわ。――それと、彼の体にはリビオ王の体にもあった呪いがあったの。今はフィリップの許可を得て、私とステラの魔力を分け与えて彼の心臓を動かしているけどね」
レティシアがそう言うと、アランは片手で額を押さえ、もう片方の手を前に出して話し出す。
「まてまて、まって! 少しだけ整理させて……フィリップの心臓は止まってて、代わりに紫色の破片が入ってた。でも、なんで親父と同じ呪いが使われてたんだ? まさか、親父と同じ呪いで心臓が止まったのか?」
困惑した様子でアランが言うと、レティシアは目を伏せて答える。
「……残念だけど、彼の心臓は初めから止まっていたわ。彼の心臓の代わりに、破片が使われていたのよ。詳しく彼の体を調べれば分かるけど、彼は創られた存在だと思っていいわ。彼が命令を聞かなければ、破片を使って彼のことを操るつもりだったんだと思う」
膝に肘をつき、組んだ手で頬杖をついていたライアンは、視線を上げてレティシアの方を見ると話し出す。
「レティシア、魔塔が彼の体を調べてもいいか?」
「ライアン悪いけど、それをフリューネは許す訳にはいかないの。それが彼と交わした約束だし、彼の体は私が責任をもって調べるわ。それでも魔塔が調べようとするなら、その時はフリューネを敵に回すと考えてもらって構わないわ」
レティシアは言い切ると、刃のように鋭い視線をライアンに向けた。
フィリップとの約束がなくても、彼女は魔塔に彼を渡すつもりもなければ、魔塔が彼のことを調べるなら止めるつもりだ。
なぜなら、魔塔に所属している者は、不思議なことを調べたがる。
これは、エルガドラ王国に残った彼女が、魔塔と関わって直接感じたことだ。
だけど、調べて終わりなわけではない。
必ず実験しようとする者が現れることを、レティシアは警戒している。
「その……フィリップ……君は知っていたのか?」
心配そうにルカが尋ねると、フィリップは首を左右に振って答える。
「いえ、お恥ずかしい話ですが、自分のことなのにぼくは知りませんでした。ですが、寝て起きたら何日も経っていたことが幼い頃からよくあったので、ずっと変だと感じていました。……幼い頃は、そのことについて父上や母上に話すと、良く怒られていたので、6歳になる頃には言わなくなって気にしないようにしていました」
ルカはフィリップの話を聞き、ある程度の情報を整理した。
(何度も寝て起きて日付が経ってたのは、その間に魔力の供給がなかったと考えて間違いなさそうだな。そう考えれば、フィリップに魔力を分け与えていた人物は、そこまで魔力量が多くない)
ルカはそう思うと、スーッと視線を上げてレティシアに言う。
「ダニエルたちが、そのことを知ってたのか……そこが問題だな」
「知っていたのか、知らなかったのか、それについては分からないわ。だけど、記憶が飛ぶというのは知っていたみたいだから、後でそこをついてみようと思うわ」
レティシアがそう言うと、ルカは頷いて「その方がいいな」と答えた。
「まさか、成功例がいるとは……」
ふとライアンが呟くように言うと、レティシアは悲しそうな表情を浮かべた。
彼がフィリップのことを聞き、人を創るつもりなら、それも運命なのだろう。
だけど、たとえ世界が違えど、何もないところから人を創るのに、犠牲がないと彼女は思えなかった。
(もし、これでライアンが人を創るつもりなら……)
レティシアがそう思いながらライアンを見つめていると、彼は深いため息をついた。
「……この話は、あまり口外しない方がいい。レティシアの話が本当なら、生き物を創ることには必ず大きな犠牲が伴う。成功例があれば、人は禁忌でも犯そうとするはずだ。もちろん、帝国も魔塔もそれを許すつもりはないけどね」
レティシアは驚いて目を見開くと、ライアンは悲しそうに笑う。
「レティシアは魔塔が人を創ると考えていたようだけど、それはないから安心してほしい。オレが彼の体を調べたいと思ったのは、魔塔が保有している禁書で創ったのか、それが知りたかっただけなんだよ。もし、魔塔が保有している禁書で創られたなら、海を挟んだ所にある国が首を突っ込んでくるからね」
(どういうこと? 魔塔はすでに人を創る魔法を知っていたの? それに、海の向こうの国が、なぜ出てくるの?)
レティシアはそう思うと、眉間にシワを寄せた。
「さて、この話はここまでだな。後でレティシアのために、魔塔からいろいろと道具を持ってくるよ。それと……、レティシア、君と敵対したくないからハッキリ言うけど、もしオレのことが信用できないなら、従属の契約を交わしてもいい。だから、オレにもフィリップのことを調べる手伝いをさせてほしい」
ライアンはハッキリと言い切ると、真剣な眼差しをレティシアに向けた。
従属の契約。
帝国では罪人が鉱山などで働く時に使われ、奴隷契約とは違って解呪が不可能な契約。
死ぬまで話す内容や行動の制限が課せられ、もし破ろうとすれば、待っているのは死だけだ。
言い出したのはライアンだが、果たしてそんな契約を皇弟と結んで良いのかレティシアは悩んだ。
「……少しだけ考えさせてほしいわ」
「いい返事を期待して、君の答えを待っているよ」
笑みを浮かべて言ったライアンの声は、確かな重みが感じられ、レティシアは内心でため息をついた。




