第13話 秘密と習慣
今回の護衛がルカに決まると、今度は彼が過ごす部屋でまたもや大人たちと意見が分かれた。
それは子どもたちも同じだったようで、部屋を別にしたいレティシアとジョルジュがタッグを組み、同じ部屋にするべきだというルカとエディットが組んだ。
もうこの時点でレティシアとジョルジュは、顔を見合わせて勝ち目のない戦いだと白旗を上げるしかない。
夕食時まで話は続き、レティシアは諦めたようにルカが彼女の部屋を使うことを了承した。
そのため、いつも夕食後はエディットの部屋に向かうレティシアも、今日ばかりはまだ荷解きをしていないルカを気遣い、そのまま部屋へ向かった。
部屋に着いたルカはレティシアの部屋を見渡す。
入り口から見て、右側中央の壁際には広めのベッドが置かれ、反対側の壁には棚や大きいドレッサー。
ドレッサーから少しだけ離れたとこには、衣装部屋に繋がる入り口と浴室へ繋がるドアがドレッサーを挟むようにある。
部屋の中央には、テーブルを挟むように2台のソファーが並ぶ。
その下には大きめの絨毯が敷かれ、この部屋に温かみをもたらす。
壁紙は白で統一され、おもちゃは見当たらず、ぬいぐるみ数えるほどしかない。
「へぇ、相当いやがってたからかわいい部屋を想像したけど、想像よりも子どもらしくない部屋なんだね。ぬいぐるみも少ないし」
『別にいやだと思ったのは、部屋が恥ずかしかった訳じゃないわ。それに、ぬいぐるみもあまり好きじゃないの、ぬいぐるみで遊んだりもしないし……。でも、かわいいものは好きよ?』
「ふぅ~ん。とりあえず、少しだけいろいろと確認していい?」
『構わないわ、ご自由にどうぞ』
ベッドにレティシアを下ろすと、ルカは注意深く衣装部屋や浴室の中を確認していく。
それが終わると、そのままドレッサーに置かれた宝石箱を確認していた。
だが、ふっと彼はふと手を止め、怪訝そうな顔をして振り返る。
「ねぇ? なんでこの部屋に偽物の宝石があるの? エディット様は偽物と本物を見分けられないような人じゃないと、俺は思うんだけど?」
ルカはレティシアが作ったダミーの宝石を持って、ゆらゆらと左右に揺らす。
巧妙に作られた偽物が、なぜ本物の宝石と入っているのか彼は考える。
もし、誰かが入れているとしたら、レティシアが脅されている可能性もある。
しかし、驚いてはいるが、何かを隠そうとする様子がないところを見ると、ルカは彼女の仕業だと思う。
『……』
「黙ってるってことは、言えないか……、もしくは、まだ言いたくないってことなんだね?」
『……』
そうルカは問いかけるも、レティシアからは何も返答がない。
彼は彼女の視線や、ちょっとした動きにも注意してみるが、それでも特に変わった様子を彼女からは見受けられない。
(例え彼女が俺に寄り添って泣いたという事実があっても、出会って短時間の相手を、全面的に信用しろっていう方が無理な話か……俺も彼女にまだ言えないことがあるしな……)
ルカはそう思うと、気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐き出し、再び口を開く。
「脅されている様子もないから、それなら別にいいけど。――でも俺が滞在してる期間だけは、悪いけど本物と偽物をすり替えたら教えてね。そうすれば、仮にレティシア以外がすり替えたら分かるから。一応、俺も違うのが混じってることに気付いたら、レティシアに聞くけど」
ルカはそれだけ言うと、また宝石箱に視線を戻して本物宝石を瞬時に記憶した。
その後、一通り部屋のソファーやベッドといった家具の隅々まで確認し終えると、ルカは鞄を広げてレティシアの衣装部屋に自分の服を入れていく。
「あれ? 入れちゃってよかったんだよね?」
『うん。後は他の部屋にしかないし、ルカも朝はここで着替えるんでしょ?』
「あー……、俺は浴室で着替えるけど。一応レティシアが着替える時は、部屋の外で待機させてもらうよ? レディーなんでしょ?」
からかうように笑いながらルカが聞くと、レティシアは庭園でのことが脳裏に浮かび恥ずかしくなった。
『そうよ! 私はレディーよ! だから私が着替える時は、絶対に部屋の外に出てよね!!』
「あははは! かわいいね、レティシア」
そう言ったルカはレティシアの前まで行くと、跪いて彼女の手を大切そうに取る。
もう少しだけ、自分を見てくれる彼女が、どんな反応するか彼は見たいと思ったのだ。
「ねぇ……。レティシア……、それなら寝る時はどうする? ……一緒に寝る?」
赤い瞳が熱を持ったように揺らめき、魅力的な瞳で見つめてくる。
レティシアは自分の耳が赤く染まるのを感じて思わず後ずさった。
すると、ルカがぷっと噴き出し、声を出してまるで転がるように笑う。
『からかわないでよ!!』
からかわれているのだと分かっていても、レティシアにはこのようなことに免疫がない。
彼女は笑われたことで、さらに恥ずかしいと思う気持ちが大きくなる。
「あぁ~! 本当にレティシアって面白い。笑いすぎて涙が出てきちゃったよ」
『笑うことじゃないし! こんな乳児を、からかうことじゃないでしょ!』
「うんうん。そうだね……あははは!」
『もうルカなんて知らない! ソファーで寝ればいいよ!!』
「うん、そうするよ。レティシアの隣で寝たら、思い出して笑って寝れなくなりそうだから。……もう遅いし、今日はいろいろとあったから湯を浴びておいでレティシア」
まだ笑いながらレティシアの頭をなでたルカが部屋を出て行くと、ルカと入れ替わるようにアンナが部屋へ入ってくる。
湯浴みを終えレティシアがアンナと話していると、ドアをノックする音がして同じように湯浴みを終えたルカが部屋に入ってくる。
けれど、ルカを見たアンナは慌ててお辞儀すると、速足で部屋を後にした。
ルカはレティシアの後ろまで行くと彼女の髪を触り、アンナが出て行ったドアに冷たい視線を向ける。
「髪の毛……乾かしていかないんだね」
ルカはそう言いながらレティシアの髪に視線を戻し、魔法を使って髪の毛を乾かしていく。
『いつもは湯浴みすると、乾かしてくれるんだけどね』
レティシアが1部の使用人に冷遇されていると思たルカだったが、そうじゃないと知ると顔を顰め。
「ふーん? まぁ、いいよ。慣れてるし……」
口ではそう言っても、自分のせいでレティシアが雑に扱われたのだと思うと、ルカはいつもより胸が苦しく感じる。
けれど、そのことをレティシアが知ってしまえば、彼女が悲しむかもしれないと思うと、余計に胸が苦しくて、ルカは気付かれないように気持ちを押し込めた。
「さて……と……、できたよ。でもぉ~、お姫様はそろそろ寝る時間です。おやすみ前の子守歌か絵本のご希望はございますか??」
レティシアの前に移動していたルカは、首をかしげながらニヤッと笑う。
『ないよ! ねぇ、ルカ……、それより頭領ってどういうこと?』
レティシアは、疑問に思っていたことを尋ねた。
だけど、ルカもレティシアが頭領について聞くことを分かっていて、彼女をあえてからかうことでこの話題が出ないようにしていた。
『別に言いたくないなら、いいよ? ほら、さっき私も言わなかったし……』
「ごめんね。レティシアが気になってたのは知ってたよ。でも、まだレティシアには言えないんだよ」
ルカは気まずそうに目を伏せると、レティシアも気まずくなる。
『うん、分かった……でも、いつか教えてくれるってことでしょ? それなら全然いいよ! ルカ、おやすみなさい』
「あ……うん、いつか言える時が来たらね。ちゃんと俺の口から教えるよ。――おやすみレティシア」
レティシアは気まずい気持ちを隠すように急いで布団にはいる。
ルカは少しだけその様子を見てからソファーに横になった。
(やっぱ教えてくれないか……。それに……ルカがいるから少しの間は、鍛錬はお休みかな)
そう考えながら、レティシアは眠りについた。
◇◇◇
夜な夜な、いつもの時間にレティシアは目を覚ました。
自分の気配を消しつつ目を瞑り、辺りに人の気配がないか魔力の気配がないか確かめる。
そうすると、人がソファーにいる気配がして、それがルカだと分かった。
(そういえば、今日からはルカも一緒だった……。無意識にしてたわ)
ルカが滞在する間は休もうと考えていたレティシアだったが、習慣とは怖いものでやらないと体がソワソワしだす。
悩んだ末、レティシアはルカが熟睡しているのを確かめ、気配を消したままそっとベッドから出ると、足音を出さずにドアへと向かう。
レティシアはドアの前に着くと後ろを振り返り、もう一度だけソファーで眠るルカが起きていないか確かめ、静かに魔法でドアを開けて部屋を出た。
(書庫は、この時間なら誰もいないはずだから書庫を使おう……。予備の宝石もアイテムボックスに入っているし、たとえ寝ちゃっても言い訳ができるわ)
そう思いながらレティシアは浮遊魔法を使うと、ほくそ笑みながら書庫へと向かう。
どうやら、1日でも我慢するという選択肢は、彼女にはなかったようだ。
書庫に着くとレティシアは、鼻歌を歌いながら準備を進めていく。
そして、満足気に1人で頷くと「よし!」っと気合を入れ、今から魔力を込め始めようとした瞬間、全身がゾクッと小さく震え、悲鳴を上げるかのように毛が逆立った。
あれだけレティシアが警戒していたにもかかわず、彼女の背後からおぞましい気配を感じる。
「ねぇー? なーにしてんのー?」
不意に聞こえた声にレティシアは肩を小さく上げ、身を縮こませながら恐る恐る後ろを振り返ると、ニッコリ微笑んだルカが立っている。
しかし、声も眼も全く和やかではなく、ルカの頭に角と背後に真っ赤な炎すら見えてきそうだとレティシアは思う。
「なぁ?」
『はい!』
あまりの恐ろしさに、条件反射のようにレティシアは返事をした。
なぜなら、そうしなければならない雰囲気が、彼の声には含まれている気さえしたのだ。
「おまえ、護衛の意味を分かってるのか?」
『もちろんです!』
「へぇ、ならさ。起きたかと思ったら、気配を消して護衛に何も言わず、その護衛を置いて部屋を出て行くって、何考えてんの? ――エディット様だってまだ俺のことを、いろんな意味で認めてないのおまえも知ってるよな?」
『はい、知っています!』
「それならさ……、もし仮に俺が、おまえが “起きた” ことにも “気配を消して部屋を出た” ことも “浮遊魔法を使ってここまで来た” ことも知らずに、おまえがここで “朝を迎えていたら” どうなってたと思う? 確実に俺は、おまえ護衛を外されてるよ?? あれれ~? レティシアちゃん、もしかして俺に喧嘩売ってる~? ねぇねぇ」
ルカは護衛を外されるわけにはいかないため、レティシアの行動に苛立ちを覚えた。
しかし、それと同時に、彼は彼女に信用されていないことが寂しいとも感じた。
複雑な感情が彼の胸中で渦巻、彼女に対する不満を込めて、ルカはレティシアの額をトンと小突く。
『いったいなぁ……、小突く必要ないじゃん……』
「あぁ?」
『いえ……、なんでもありません』
「なんか言うことはないの?」
『……ご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません』
レティシアはそう言って、土下座するしかなかった。
(私が起きた時から気付いていたのね。探知が甘かったのかな? ううん、そんなことはないわ。今の彼はわずかに私の探知に引っ掛かっているもの)
「んで? ここで何してんの? 本を読むっていう雰囲気じゃなかったよね?」
『えっと……』
レティシアが目をそらした瞬間、ルカは舌打ちしたくなる気持ちをグッと堪え、不機嫌そうに言う。
「言えないならせめて俺の近くでやって。見ないように後ろを向いてるから、それが許可できる最低ライン」
『いや、多分……言ったら怒るかなぁっと……』
頬をかきながらレティシアが困ったように笑うと、ルカはため息をつきながら頭をかく。
「部屋でもできそうか? 部屋でもできるなら、他の誰かに見つかる前に戻りたい」
『いつもは部屋でやっているから大丈夫』
「んじゃ部屋に戻るぞ」
ルカはそう言ってレティシアが片付けるのを待つと、彼女を抱き上げて来た道を見つからないように部屋へと戻る。
レティシアは、元々ルカは足音を立てないと思っていた。
しかし、実際に彼が意識して足音を消しているのを見ると、レティシアの探知から外れたことに少しだけ納得する。
けれど、今の彼はレティシアの探知に入っている状態。
先程はルカがレティシアの背後に立つまで、彼の気配は完全になかった。
そのことから、レティシアは何かしらルカが隠しているのだと思った。




