第117話 スミレの花と模擬戦
神歴1504年3月18日。
(入学してから、この時期まで魔法の基礎である体力作りと、男子は剣術で女子は弓の戦闘訓練か……)
レティシアはラウルから渡された紙を見ながら、1人で魔法の授業が行われる訓練場に向かっている。
昨日、家に帰ったレティシアは、学院の卒業生であるルカに組み分けのことで愚痴をこぼした。
しかし、彼の時も光と闇の属性の生徒は、水属性に振り分けられたのだと話していた。
そのため、事前に聞いておけば良かったと、レティシアは悔しそうにしていた。
(3学期という時期に改めて判定したのは、2年生に上がったタイミングで測定しないからってルカは言ってたけど……進級してから判定があるなら、属性を変えようと考えていただけに残念ね)
訓練場にたどり着くと、すでに生徒たちが集まっていた。
今回の測定で、属性が変わっていない人たちの方が多い。
そのため、入学時から同じ属性に組み分けられている彼らは、仲良さげに映る。
レティシアはカトリーナを見つけると、彼女の方へと歩き始めた。
だだっ広い訓練場は、魔法を使うことを目的としており、障害物になるような物はない。
途中、ルシェルとアルフレッドの間に立つライラが、レティシアの視界の端に映った。
ライラが一歩踏み出したルシェルの腕に抱き付き、彼の行動を制限しているようにも見える。
(ライラとも同じ班だったのね……憂鬱な時間が増えたわ。それにしても水属性の生徒って本当に少ないのね)
実際のところ、水属性に振り分けられた生徒は、レティシアを入れて9人。
それに比べ、火属性17人、地属性16人、風属性14人とあきらかに他の属性は人数が多い。
人数だけ見れば、圧倒的に対抗戦では不利になる人数差だ。
しかし、不利だからと言って、それが負けて良い理由にはならない。
これはこの学院の方針であると同時に、実際の戦場でも考えられるからだ。
「皆さん、集まりましたね。それでは、それぞれの属性別に分かれて訓練を始めてください」
ラウルは言い終わると、土魔法で高い壁を作り出し、4つに訓練場を仕切った。
紅紫の髪の女性が、髪色と同じ瞳でその場にいた生徒たちを見渡した。
水属性を担当する、リリーナ・ヴィオレッタは首を左右に振ってから話し出す。
「結局、水属性を得意とする者は、今年も人数が少ないな。でも、光属性が来ることは前々から分かっていたから、対抗戦の作戦も立てやすいか……。とりあえず、お前たちの魔法の実力が知りたい。そのため、今から2人1組になって模擬戦をしてもらう」
リリーナはそう言って指をパチンッと鳴らすと、レティシアの左胸に1輪のスミレの花が咲いた。
「ルールは簡単だ。お前たちの胸に付いた花と、同じ花が付いた人とペアを組み、他のペアと戦ってもらう。胸に付いた花が散ったら負けだ。もちろん、花を守るのも有効だ」
生徒たちはキョロキョロと辺りを見渡し、同じ花が付いたペアを探す。
しかし、水属性の生徒は、全員で9人しかいない。
そのため、絶対に1人は余ることになる。
「まぁ、首席は1人でも問題がないだろ。ちなみにだが、水属性と関係のない魔法は使用禁止だ。あぁ、それと殿下たちは光属性を使っても構わない。得意属性だからな」
(最初から私を1人にするつもりだったのね。歓迎されていないなら、どこかで負けた方がいいのかしら?)
リリーナがレティシアを見ながらニヤリと笑ったのを見て、レティシアは直感的にそう思った。
「スミレの花とラベンダーの花を付けたペアは前に出ろ!」
ラベンダーの花が胸元に付いた2人が前に出ると、レティシアも彼らと同じように前に出た。
すると、生徒たちからは声援が上がる。
「命を奪う行為は禁止だ。相手が戦闘できない状態、もしくは花が散った瞬間に終了だ。――それじゃ、始め!!」
開始の合図と同時に、突如霧が発生し、それは急速に視界を奪う。
しかし、暫くすると、ドサッという音が2回立て続けに濃霧の中から聞こえた。
試合を見ていた生徒たちやリリーナは、目の前に立ち込める濃霧の中で何が起きたのか分からない。
だが、濃霧は風が吹き抜けると晴れ、状況が明らかにされていく。
レティシアの後ろでは、茶髪の少年が2人とも地面に寝転がっている。
治癒を担当する先生は、その状況を見ると慌てたように駆け出した。
倒れてる少年たちの状態を診ると、彼女は呑気に報告する。
「あらあら……これは2人とも気絶してますね。命に別状ないです」
先生は浮遊魔法で少年たちを浮かせて運び、リリーナはレティシアに鋭い視線を向けた。
「レティシア・ルー・フリューネ、お前は一体何をした」
「大したことはしてませんよ。ただ魔法で濃霧を発生させた後、彼らの首の後ろを手刀で当てただけです」
レティシアが包み隠さずに何をしたか言うと、他の生徒らからは感心するような声が上がる。
けれど、リリーナは声を上げた彼らを睨むと、再びレティシアに視線を向けた。
「これは魔法の授業だ」
「手刀もダメでしたか……それでしたら、私の負けで構いません」
「次の試合でも、魔法を使わないのであれば、この試合もお前の負けとみなす。――ミモザを付けた生徒は前に出ろ!」
(魔法は使ったんだけどなぁ……、濃霧を発生するのは、魔法に含まれていないって認識なのかしら? それなら、リリーナ・ヴィオレッタの頭の中にある、戦闘の知識や戦術も、たかが知れているわね)
レティシアがそんなことを考えていると、前に出たのはアルフレッドとカトリーナだった。
2人が戦闘態勢に入ると、リリーナはゆっくりと手を上げた。
「それでは、始め!」
リリーナの合図とともに、眩しいほどの光が放たれた。
カトリーナがいた方向から、地面を伝って氷の膜がレティシアの方に伸びる。
そして、伸ばされた氷の膜の上を、アルフレッドが走っていた。
彼の手には、光属性で作った剣である煌光剣が握られており、氷の上を走るスピードは速い。
しかし、まるでそれを読んでいたかのように、レティシアは勢いよく上に飛び膜と剣をかわす。
「悪くないと思いますよ? でも……もしここが戦場なら、アルフレッド殿下は死んでいましたよ?」
「なっ!!!」
レティシアが挑発するように言うと、アルフレッドが顔を真っ赤にした。
けれど、そこにカトリーナが放った水球魔法が飛んでいく。
だが、それもレティシアは難なくかわしてしまう。
「今度は私から行きますね」
レティシアはそう言うと、水弾魔法を使った。
空気中の水分が、2ヵ所に集まるようにビー玉サイズの球が2つ現れる。
そして、水弾はスミレの花を揺らすことなく、銃弾のような速さでアルフレッドとカトリーナに飛んでいく。
真っすぐ2人に向かっていた水弾は、突然方向を変え、胸元にあった花を真横から貫いた。
もしも、レティシアが方向を変えていなければ、水弾は2人の胸元を貫通していたことだろう。
「これで、私の勝ちですね」
アルフレッドは負けたことで、顔を真っ赤にして怒りで震えている。
だが、椅子に座り、腕を組んでみていたリリーナは、レティシアの方に向かって手招きをした。
首をかしげながらも、レティシアが渋々といった様子でリリーナに近付くと、突然彼女の胸元にあったスミレの花が散る。
それから立ち上がったリリーナは、レティシアの肩に手を置くと、耳元で囁く。
「お前も、これが戦場なら死んでいたな? お前の負けだ」
突然のことに、レティシアはただ呆然としていた。
(……意味が分からないわ)
別にレティシアの胸元にあったスミレの花が、攻撃された訳ではない。
もし仮に、不意打ちであろうとも、レティシアは即座に対応ができる状態だった。
なぜなら、戦闘を終えたばかりの彼女は、学院であろうとも周りを警戒していたからだ。
攻撃でなければ、魔法で花を創り出したリリーナが魔法を解き、行為にレティシアの花を散らしたとしか考えられない。
「レティシア・ルー・フリューネの胸元の花も散っている! そのため、彼女も負けたと判断する! 残ってるペアは前に出ろ!」
レティシアがリリーナの方を見ると、彼女は振り返った。
そして、声に出さずに「悔しいだろ?」と言ってニヤニヤと笑う。
(こんなことをしてまで、私を勝たせなかったのね)
怒りや悔しさは、レティシアには一切ない。
それよりも、エディットと同年代であろうリリーナが取った行動に、レティシアは呆れた。
その結果、勝ち負けはどうでもいいと思えたのだ。
彼女は静かに隅に移動すると、戦っている4人に視線を向ける。
(対抗戦では一緒に戦うから、彼らの実力を知っておくのも悪くないわね……ルシェルとライラの対戦相手は、Bクラスの子たちね)
ルシェルとライラの対戦相手は、水壁魔法を前方にだけ張り、盾のように使っている。
水壁魔法から後ろは、濃い霧が立ち上っており、霧の中で髪を2つに結んだ少女が、水球を作り続けていた。
高い位置で髪を結った少女は、真剣な面持ちのまま氷矢魔法で狙いを定めて攻撃し、ルシェルからの反撃が来ると、彼女はすぐに水壁魔法に身を隠す。
2人の少女の表情に焦りは感じらなかったが、対照的にライラの表情には恐怖が滲んでいる。
しかし、畳み掛けるように、いつの間にか空に浮かんでいた水球魔法の球が、突如としてルシェルとライラの頭上から彼らを襲う。
それと同時に、高い位置で髪を結った少女が再び氷矢魔法を放ち、咄嗟にルシェルが光障壁魔法で防御した。
全体的に、少女たちの戦闘は、魔法の知識、戦略的思考、協調性の3つの要素が組み合わさり、効果的で洗練されている。
それに対し、ルシェルとライラのペアは、守られてばかりのライラが足を引っ張り、ルシェルが思い通りに動けていないようだ。
(残りの魔力量だけを考えれば、試合が長引いた場合、ルシェルたちの対戦相手の方が不利か……)
レティシアがそう思っていると、少女たちは水壁魔法に隠れ、頷き合うと魔法を使う。
彼女たちは、中級魔法である氷柱魔法で、無数の氷の柱を創り出した。
すると、高い位置で髪を結った少女は、氷槍魔法で槍を作り出し、氷の柱を巧みに使ってルシェルとの間合いを詰める。
そして、彼女の援護射撃するように、髪を2つに結んだ少女が氷矢魔法で攻撃をしている。
しかし、ルシェルは近距離戦になると、煌光剣を作り出し、一気に2人に畳み掛ける。
あっという間に、少女たちの胸にあった花は散り、肩で息をしていたルシェルはライラに微笑んだ。
「勝負あり! 勝者、ルシェル、ライラ、ペア!!」
リリーナに名前を呼ばれた2人は嬉しそうに喜び合い、互いに褒め合っている。
一方、負けた少女たちは、悔しそうにしていたが、すぐになぜ負けたのか分析を始めているようだ。
暫くしてから、ラウルが授業の終わりを告げると、土の壁が段々と消えていく。
レティシアは他の生徒たちから離れ、考えるようにして後者の方へ向かった。




