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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
5章

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第112話 初日の学院と旧知の顔


 神歴1504年3月4日。


「やっぱり、見慣れないわね」


 レティシアは、鏡に映った姿を見ながら呟いた。

 姿を隠してきた約13年間は、本来の姿の戻った彼女に違和感を抱かせるものとなっている。


「長い間、髪色と瞳の色を変えておりましたので、まだ違和感があると思いますが、ワタシは今の方がレティシア様らしくて好きです。さぁ、できましたよ」


「リン、ありがとう」


 学院の制服に身を包んだレティシアは、鏡に映った姿を確かめた。

 濃藍(こいあい)のワンピースの襟元には、深紅の短いネクタイがあり、所々に金の糸で装飾されている。

 布地は耐久性と快適さを考慮され、防護機能を持つ特殊な素材で作られていた。

 全ての貴族が通うことを義務付けられた学院ではあるが、優秀であれば貴族でなくとも入ることが認められる。

 また、魔法の実演授業があるため、ドレスでの登校は禁じられ、制服の着用が義務付けられている。

 編み込みのブーツをレティシアが履くと、肩に腰まである黒いクロークが掛けられ、リンは嬉しそうに手をたたいた。


「とても素敵です。きっとエディット様が生きてましたら、同じことを言っていたと思います」


「そうだったら、嬉しいわ」



 準備を済ませてレティシアが玄関ホールに向かうと、彼女が来るのを待っていたルカとパトリックが立っていた。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 パトリックがレティシアに声をかけ、学院の鞄を差し出すと、彼女は笑顔で鞄を受け取ってルカの方を向いた。


「とても似合ってるよ、気を付けて行ってらっしゃい」


 ルカはそう言いながら、クロークを少しだけめくり、レティシアの胸元に学院のバッジを付けた。

 すると、彼女の顔には、ふわっとした笑顔が現れる。


「ルカもパトリックもありがとう、行ってくるわ」


 レティシアが玄関の前に止まっている馬車に乗ると、学院に向けてフリューネ家の紋章が入った馬車が動き出す。

 窓の外には初めて見る景色が通り過ぎていくのに対し、楽しみよりも憂鬱な気分が彼女の中で膨らむ。


(できれば、異母姉妹(ライラ)に会いたくないわね)


 馬車が学院の門の前にたどり着くと、レティシアが馬車から降りた。

 そして、息を吐き出し「これが、フィラトゥーテネクス学院ね」と呟くと、歩き出した。

 金で装飾された大きな門をくぐると、正面には白い外観の建物が建っている。

 校舎へ向かう道は、歩きやすいように綺麗に整備が施され、左右には芝生が広がる。

 堂々と歩くレティシアには、時折他の学生からの視線が向けられている。


(何か変かしら?)


 人々の視線に気付いたレティシアは、顔に出さずに前だけを向いて歩く。

 学院の建物は、古き良き時代の面影を残す壮麗な石造りで、高い塔や尖塔が空に向かって伸びている。

 朝日がその窓ガラスに反射し、キラキラと輝く光の粒が周囲に散らばる。

 しかし、彼女の背後から知っている声が聞こえ、突然肩を軽くたたかれた。


「よっ、久しぶりだな」


「あら、アランおはよう。久しぶりね」


 レティシアがアランを見上げながら言うと、ブルーグリーンの瞳が楽しげに揺れる。

 エルガドラ王国に残ったレティシアは、あれ以降も王太子であるアランの護衛や手伝いをしていた。

 それは、アランがヴァルトアール帝国に留学するまで続き、彼とは1年半ぶりの再会である。


「早速、注目の的になってるな。まぁ、それだけ美人なら注目もされるか」


 アランは下から上までレティシアを見ながら言うと、彼女が目を見開いて口元を押さえた。


「まぁ! アランはヴァルトアール帝国に来て、お世辞を覚えたのね!」


 アランは呆れたように息を吐き出すと、首を左右に振った。

 すると、後ろで軽く結ってある赤い髪が同じように左右に揺れ、2本のスティックチャームが付いたピアスが小さく音を鳴らす。


「おれは本当のことを言ったんだけどなぁ……。そう言えば、レティシアの妹も違う意味で注目の的だよ」


「どういうことかしら?」


 レティシアが首をかしげて聞くと、アランは後ろを振り返ってある人物を指した。


「あれだよ、あれ」


 アランが指した方には、3人の少年が1人の少女を取り囲んでいた。


「あら、あの方たちは?」


 レティシアが尋ねると、アランはズボンのポケットに片手を入れて答える。


「この帝国の皇子たちだよ。ブラウンの髪にブラウンの瞳をした女の子がライラ、あれが君の妹みたいだよ。そして、彼女が腕を絡めている、ミルキーブラウンの髪と琥珀色の瞳を持つのが、バージル・ド・ヴァルトアール殿下でレティシアより2歳年上で継承権第三位だ」


「ということは、彼がソーニャ妃の第二子ね」


「そうだな、それで、その隣にいるプラチナブロンドの髪と琥珀の瞳の少年が、レティシアと同い年のアルフレッド・リオ・ド・ヴァルトアール殿下、継承権第四位な」


「彼は、クレア妃の子どもね」


「本当、こういうことは詳しいよな。――さて、それじゃ、ここで問題。レティシアの妹に振り向いてもらおうと、懸命に話しかけてるプラチナブロンドの髪と金色の瞳の皇子は誰だと思う?」


「誰かしら……?」


 レティシアが眉間にシワを寄せて悩んでいると、アランは真っすぐ金色の瞳の少年を見ながら答える。


「レティシアも知ってる人物だよ」


「もしかして……テオ?」


 首をかしげてレティシアが言うと、アランは鼻で笑った。


「正解。まさかのあれが、皇位継承権第一位のルシェル・テオ・ド・ヴァルトアール殿下だよ」


 どこか呆れた様子でアランが言うと、レティシアは冷たい視線を皇子たちに向けた。


 この学院に通うことは貴族の義務であり、絶対に通わなければならない。

 しかし、学院は子どもたちが羽を伸ばす場所ではなく、貴族社会を学ぶ場所でもある。

 それゆえ、子どもの同士の付き合いが、家同士のつながりに直結し、派閥を示すことも多い。

 皇族である彼らがそのことも考えず、1人の少女と必要以上に触れ合っていれば、それは貴族社会にも影響が出ないとは断言できない。


「呆れたわ……あれがエミリア皇后の……」


「まぁ、あのライラって子、レティシアの幼い頃に似てるっていえば似てるから、ライラって名前で勘違いしてるんじゃない? おれも遠目で初めて見た時、雰囲気を考えなければ、似てるかも? って少し思ったくらいだし……近付いて見たら全然似てなかったけどな」


「関わりがないなら、それでいいわ」


 レティシアは振り返って校舎がある方へと歩き出すと、アランも彼女と並ぶように歩き出した。


「ふーん。ライラはレティシアと違うクラスなんだっけ?」


「時間がなくて、クラス名簿までは見てないから、私は知らないわ」


「レティシアは、AとBどっちだ?」


「私はAクラスよ」


「やっぱり、レティシアはAクラスだったか。――それならライラとは別だな」


「それなら良かったわ」


「まぁ、アルフレッド殿下とルシェル殿下も、Aクラスだけどな」


 ライラとクラスが違うことに胸をなで下ろしたものの、皇子と同じクラスだと知ってレティシアは眉を下げた。


「あら……それは残念ね」


 レティシアの様子を見ていたアランは、彼女の反応に思わず口角がわずかに上がり、目尻が優しく細まった。

 長い付き合いから、彼女が面倒だと感じていることが彼には想像できて、それが面白くて笑みを浮かべた。


「まっ、頑張れよ。昼食は食堂に行くから、一緒に食べよう! またあとでな!」


 明るい声で言ったアランは、走り出して前を歩いていた青い髪の少年に話しかけた。


(アランと一緒に来た側近の、クライヴ・ハリー・アッシャー……エルガドラ王国で、何度か遠目に見たことはあるけど、何故か距離を置かれていたから良く知らないのよね)


 レティシアがそう思っていると、アランに何か言われたのか、クライヴは振り返って会釈した。

 しかし、黄緑色の瞳は、興味なさそうにレティシアのことを見ていた。



 レティシアが教室の扉を開けると、教室内は高い天井と広々とした空間が特徴だった。

 壁には歴史を感じさせる肖像画やタペストリーが飾られ、それでも落ち着きが感じられる。

 生徒たちのざわめきが木製の机と椅子に反響し、活気に満ちた学びの場を形成していた。

 けれど、一歩レティシアが教室に足を踏み入れると、教室内は一瞬で静まり返った。

 生徒たちがコソコソと囁き始め、彼女の存在が教室全体に広がっていく。

 しかし、レティシアは周囲の反応を気にする様子は一切感じらず、指定された席へと落ち着いて歩いた。

 席に腰を下ろすと、彼女は鞄から本を取り出し、そのページを静かにめくり始める。


 暫くすると、教室の入り口付近は騒がしくなり、次第にその集団はレティシアに近付いた。

 そのことも気に留めていない様子の彼女は、本から視線を逸らさずに読み続けている。

 しかし、少年が鞄を机の上に置くと、彼女に話し掛ける。


「騒がしくてごめんね? 君が今日からこの学院に通い始めた子だよね? 初めまして、僕はルシェル・テオ・ド・ヴァルトアールだよ。それで、こっちが僕の弟の、アルフレッド・リオ・ド・ヴァルトアール。この学院は家柄とか関係なく、通ってるみんなが対等な関係だから、これからはよろしくね」


 そう言ってルシェルは手をレティシアに差し出したが、彼女は立ち上がって淑女の礼をした。


「レティシア・ルー・フリューネと申します。今後はクラスメイトとして、よろしくお願いします」


 レティシアはそれだけ言うと、座って本の続きを読み始めた。

 不意に「感じわる……」と呟いたアルフレッドの声が聞こえたが、彼女はそれでいいと思った。

 なぜなら、彼女は無駄に皇族と親しくなりたくなかったのだ。

 そのため、差し出された手を取らず、一線を引くために淑女の礼をした。


 午前の授業が終わると、レティシアは食堂へと向かった。

 広い食堂には、昼食を取ろうと学院に通う生徒たちが集まっている。

 彼女はメニューから食べたい物を注文し、人々の会話に耳を傾けた。

 生徒たちの笑い声や話し声で賑わっており、様々な料理の香りが空気を満たす。

 少しして、注文した物を受け取った彼女は、辺りを見渡した。

 木製の4人掛けのテーブルが並び、ほとんどの席は埋まっている。

 窓からは柔らかな日差しが差し込み、窓際に赤い髪が燃えるように輝く少年を見つけた。


(居たわ。――よく目立つわね)


 窓際に向かったレティシアは、アランの左斜め前にトレイを置いて座った。

 窓の外を見ていたアランは、右斜め前に座る彼女の方を向いてニッコリと笑う。


「授業とクラスメイトはどうだった?」


 レティシアはアランに鋭い目つきを向けると頭を抱えた。


「最悪よ。ルシェル殿下とは隣の席だし、授業は面白くなかったわ」


「そりゃー、授業をレティシアに合わせたら、周りが授業についていけないからな」


「どうでもいいわ。それより、席替えとかないの?」


「卒業までは、このままだな。まぁ、成績の順位を落とせば、席の位置も変わると思うけど、レティシアはわざと順位を落とすのはいやだろ?」


「ええ、それはいやよ……」


「なら諦めな」


 アランは食べ始めると、頭を抱えてるレティシアに「時間がないから、食べろよ」と言った。

 学院の食事は、想像以上に美味しく、貴族が通う学校で出されるだけある。

 黙々食べ続ける2人は、周りの会話に耳を傾けているように見えた。

 しかし、そんな2人に声をかけてきた人物がいた。


「あの~こちらの席は空いていますか? 他の席が空いてなくて……」


 レティシアは横目で声の主を見ると、先程アランと話していたルシェルだった。

 その瞬間、彼女の気持ちは一気に憂鬱なものへと変わる。


「ああ、どうぞ」


 レティシアはアランが断ると思っていたが、彼が許可するとテーブルの下で彼の足を踏んだ。

 アランは小さな声で「いたっ」と言って彼女を睨んだが、彼女は彼に冷たい視線を向けている。


「ありがとうございます」


 ルシェルはアランにお礼を言うとレティシアの隣に座り、一緒に来ていたアルフレッドはアランの隣に座った。

 食事中、レティシアは興味がなそうに3人が軽く言葉を交わすのを聞いていた。

 時折話を振られることがあったが、彼女は曖昧な返事しかせず、会話は続かない。

 それでも、彼女は食事を終えると、その場から離れるために席を立とうとした。

 突然、強引に片手を引っ張られ、次の瞬間、両手で握りしめられた。

 レティシアは驚きのあまり言葉が出ず、咄嗟に自分の手元に視線を向けた。


「おねぇさまぁ! お会いしたかったですぅ」


 目に薄っすらと涙を溜めているライラが目の前にいるが、レティシアは面喰って言葉を失くしている。

 確かに異母姉妹ではあるが、今日までライラと会ったことがない。

 そして、アランに教えてもらうまで顔も知らなかった人物。

 それにもかかわらず、手を握りしめられたことに、レティシアは驚き隠せなかった。


「申し訳ないのだけど、どなたかしら? 私は先週エルガドラ王国から帰国したばかりで、あなたとは会ったことがないはずよ?」


「お姉さまぁに会えたことが嬉しくて、先ばしちゃったぁ、ごめんなさい!」


 レティシアの顔には困惑の色が見えるが、ライラからはそのことを気にする様子はなく、表情がコロコロ変わる。

 まるで彼女がこの場で主導権を持っているかのような雰囲気すら感じられる。


「話を聞いていたかしら? それと、悪いんだけど、手を離してくださる?」


「あぁん、ごめんなさい! わたしぃ、ライラ・フリューネですぅ」


 レティシアの手を離してライラが言うと、レティシアは顔を(しか)めそうになった。

 しかし、顔には出さず、彼女は無表情でライラのことを見た。


「……そう、あなたがライラなのね。改めてお父様とお会いした時に、その話を聞きます。それでは、失礼します」


 レティシアは冷たく告げ、トレイを持って立ち上がった。

 食堂の入り口の方へと彼女が歩き出すと、アランもレティシアの後を追う。


「おまえの妹、本当にすげぇよな」


 後ろを軽く見たアランはそう言うと、レティシアの方から呆れを含んだ息が吐き出された。


「ええ、本当よ……あれで同い年だとは思えないわ」


「まだ一緒に暮らしてないんだろ?」


「まだも何も、これから先も、一緒の屋敷に住むことはないわよ」


「ふーん、何かありそうだな。――そうだ、今度レティシアの家に行っていいか?」


「ええ、構わないわ。それじゃ、私はもう行くわ」


 軽く手を振ったレティシアは、アランに背を向けると前を向いて歩き出した。

 その目は何かを考えているようにも見えるが、彼女の表情からは依然と何も読み取れない。


「ああ、またな」


 アランはそう言うと、足早に教室に戻って行くレティシアを見つめた。

 そして、先程まで座っていた場所に視線を向けると、彼は呆れたように首を左右に振る。


「すぐ隣にいても、気付かないもんなのかねぇ」


 呟いた声は小さく、食堂の音によって搔き消された。

 彼はポケットに片手をしまうと、もう片手で首裏を触りながら食堂を後にした。


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