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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
1章

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第12話 心と護衛


『……ごめんねっ……助けられっ……なくてっ……ごめんねっ』


 結局謝ることしかできず、彼女の口からはまた謝罪の言葉が溢れ、ルカをギュッと抱きしめる腕に力が入る。

 庭園の花々や木々たちは風に揺れ、まるで2人のことを心配しているかのようだ。

 空に浮かぶ雲は流れ、太陽は徐々に時を止めないように位置を変えていく。


 レティシアがずっとルカのことを抱きしめたまま、どのくらいの時間が経ったのか分からない。


『なにも……できなくて……ごめんなさい……』


 レティシアはそう言って、唇を噛み締めた。

 彼に寄り添うことしかできない、今の状況に悔しさでいっぱいだった。

 どんなに寄り添っても、根本的な解決策にはならない。

 そのことを理解しているからこそ、彼女の心を無力感が支配する。


「え? なんで泣いちゃってんの?」


 レティシアの頭上から、どこか慌てたような声が降ってきた。

 声がした方を彼女が見ると、困ったような顔をしながらもルカは彼女を地面へと下ろしていく。

 先程までとはどこか違って、彼の眼からは温かなものを感じられる。


「子どもの泣き止ませ方とか俺、知らないよ……。どうしよう……、泣かないで……」


 彼を困らせるだけだと分かっていても、レティシアの目から溢れる涙が止まらない。

 レティシアはあたふたしているルカをみて、今も無理しているのではないかと考えると余計につらくなる。

 まるで心臓を鷲掴みされたかのように胸が痛んで、彼女はその胸元を押さえた。


 ルカは困ったような、それでいて少しだけ嬉しそうな曖昧な表情を浮かべた。

 泣き止まないレティシアを前にして、彼は彼女の涙を指で優しく拭い始める。

 時間が経つにつれ、ルカの表情は徐々に変わっていく。

 今にも泣き出しそうな表情で、彼は手を伸ばし、レティシアを優しく抱きしめる。


「――ごめん。……君を嫌いだと言ったのは、八つ当たりだった……と思う。俺と違って……君がとても、みんなから愛されていて……、これからも……、愛されて育つんだと……考えたら」


 ルカはそこまで言うと、泣くのを我慢しているような顔をした。

 レティシアの服にはシワより始め、彼女を抱きしめる腕に少しでけ力が入ったのが分かる。


「……でも、もう大丈夫だと思う。……まだ小さな君だけでも、……こんな俺のために、……泣いてくれる人がいるんだって分かったから」


 暫くすると、レティシアを抱きしめていた腕が緩み、ルカが彼女から体を離した。

 泣きそうな顔で微笑んだルカは、まだ泣いているレティシアの頬に触れて指の腹で涙を拭う。


「……ありがとうレティシア」


 そう言ったルカは、軽くレティシアの頭にキスを落とした。


 レティシアは突然の出来事に驚き、いったい何が起きたか理解ができなかった。

 けれど、頬を伝う涙は、完全に止まったことは理解できる。

 だんだんと状況を理解し始めると、今度は体の中から血が沸騰する感覚がしてくる。

 しかし、ルカの体が少し離れていくと、ティシアは手を伸ばして彼から離れないように抱き付く。


(ダメ! 今ルカから離れたら、顔が赤くなっていることに気が付かれるわ! それは絶対にダメ!)


 レティシアはそう思うと、腕に力を込めて離れないという意思を表した。

 一方、予想していなかったレティシアの行動にルカはビクッと驚いて、彼女の方を見ると耳がほんのり赤いことに気が付いて肩を震わせる。


『笑わないでよ! 私だって、これでも立派なレディーよ!』


 さらにレティシアの耳が赤くなっていくのを見ていたルカは、我慢しきれなくなったのか声を出して少年のように笑う。


 隠しても無駄だと諦めたレティシアはルカから体を離すと、不貞腐れて熱くなった頬を膨らませる。

 けれど、少年のように笑うルカを見ながら、レティシアはどこかホッとしていた。


 ルカは笑いながら目尻の涙を拭うと、レティシアの頭に手を伸ばす。


 笑顔でルカが優しくレティシアの頭をポンポンと2回軽くたたきながら「ごめん、ごめん」と言うと、レティシアの心がふわっと軽くなる。

 きっと何も解決していないが、それでもレティシアはルカが1回でも多く笑ってくれたらと願う。


 程なくしてルカは、ふぅーっと心を落ち着かせるように息を吐き出すと、何か決意したように真剣な面持ちでレティシアの目を真っすぐに見つめる。


「ねぇ、レティシア。俺は今回おまえを護衛する。この屋敷から使用人が少なくなるタイミングで、何が起きるか分からないから」


 レティシアの父親であるダニエルが帰って来るまでに、屋敷で働く使用人たちに暇を出すことは事前に分かっていた。

 けれど、護衛対象は領主であるエディットだとレティシアは考えていたため、自分が護衛対象になっていることに驚いた。

 だけどすぐに驚きの感情は疑問へと変わり、レティシアはルカの顔を見ると彼は微笑みを浮かべる。


「いろいろと気になってるみたいだね。だけど、何があっても俺はおまえを1番に考えて護るよ。オプスブルとか関係なくね。だからさ、気が向いたらでいいんだ。気が向いたらさ……、いつか俺をおまえの専属護衛騎士にしてよ。もちろん今すぐにってのは無理だと思うから、いつかでいいよ。気長に待ってるから」


 そう言って不安気に笑うルカは、普通の少年のようだった。


(この短時間で、どんな心境の変化があったんだろ?)


 レティシアは短時間で起きたルカの変化に驚き、彼にその理由を聞きたい気持ちはあった。

 しかし、彼にそのことについて聞く気にはなれない。

 そして、レティシアはルカの発言から、エディットにはジョルジュとモーガンが護衛に付くことになっていて、1人になってしまう彼女を彼が心配しているのだと思った。


『護衛のことは、分かったわ。でも、私の安全が確保されている時にお母様に何かあったら、お母様のことを守ってほしい。専属護衛の件は考えてみるわ』


「分かった。おまえの安全が確保されている時だけは、エディット様を俺も護るよ。それと……、ありがとう。――それじゃ、そろそろ部屋に戻るか」


 ルカはそう言ってレティシアのことを抱き上げると、歩き出してレティシアの髪に触れる。


「今さらだけど、レティシアとエディット様の髪の毛って綺麗な青みがかかったシルバーだよね。でもレティシアのは毛先に向かうにつれて、瞳と同じロイヤルブルーでとても綺麗だ」


 偽りの仮面を外したルカに優しく笑いかけられて、無駄に顔がいいんだからと思いながら照れてしまったレティシアはぶっきらぼうに言う。


『ルカの髪の方が、漆黒で綺麗よ!』


 また言われると思っていなかったルカは、驚いて目をパチクリとさせてると嬉しそうに「そうだなっ」と言って歯を見せながら笑うと、レティシアの頭をわしゃわしゃとなでた。


『もう! お母様がやってくれたのに!』


「あはは! またやってもえばいいよ、エディット様ならやってくれるよ。ところで、気になってたことがあるんじゃないのか?」


『そうだわ! ねぇ! オプスブル家からフリューネ家まで結構な距離があると思うんだけど、いったいどうやってここまで来たの? あ、もちろん答えられないなら、答えなくても大丈夫だからね』


「あぁ、レティシアはまだ見たことがないのか……ムーブコネックテっていう、移動魔方陣だよ」


『やっぱり、移動系の魔法を使ったのね』


「そうだね。テレパシーが使えるレティシアなら、何度か魔方陣を見たら使えるかもな」


『見せてくれるなら、ぜひ見てみたいわ!』


「残念だけど、エディット様にそこまでの許可を俺はもらってないから、また今度な」


『……本当に、残念だわ』


「期待させてなんかごめん。だけど、仕組みくらいなら教えてあげられるよ」


 それから、レティシアは魔方陣の仕組みや、移動にかかる魔力量を詳しく聞く。

 そして、話の流れから彼の住んでいる領地がどんな所か、屋敷の外にはどんな世界が広がっているのか聞いた。

 レティシアは本では知ることができないことを質問しながら、エディットたちがいる部屋へとルカと一緒に戻っていく。



 ◇◇◇



「だ・か・ら! 子どもに護衛させてレティシアに何かあったら、護り切れないって言っているの!! モーガンを信用していない訳じゃないけど、子どもには無理よ!! あなただって分かっているでしょ!?」


 庭園から戻ったルカとレティシアが客間に入ると、ちょうどエディットがテーブルに手を付けて激昂しているところだった。

 どうやら未だに、レティシアの護衛を誰がやるかで揉めているようだ。


「いや……、だから……」


 そう言ったモーガンがルカをチラッと見ると、エディットは彼が見た方に目をやると首を左右に振って呆れたように息を吐いた。


「あのね、モーガン。自分の子どもなら大丈夫って思いたい、あなたの気持ちも分かるのよ? 私にも、レティシアがいるから。それでもね? これはお遊びでも、模擬訓練でもないのよ? 今はあなたが頭領なんでしょ!? それなら、そういうところは、しっかりしなくちゃ……。もう本当に……モーガンしっかりしてよ……。モーガンができないなら、せめてあなたの義弟でも良いわ。――そもそも子どもに護衛させるって、何を考えているのよ……。信じられないわ」


 エディットはそう言うと、疲れたように深くソファーに座って頭を抱えた。

 レティシアはその様子をただ静かに見ていたが、ふっとルカが気になり、彼を盗み見るように視線を向けた。

 ルカの目は冷たく、刺すような鋭い視線をモーガンに向けている。

 レティシアはそのままモーガンに視線を向けると、どうしたらいいのか思い悩んでいる様子だ。

 さらにモーガンの後ろにいるジョルジュは、困り果てたような顔をしてモーガンを見ている。

 レティシアはそんな3人の様子を見ながら、エディットが先程言ったことを思い返していた。

 その時、ルカが重いため息をつき、彼が彼女を床に下ろそうとしていることに気付く。


『ルカ、待って!』


 咄嗟にレティシアはルカを止めると、彼はレティシアを見て「どうしたの?」とでも言いたそうに首をかしげる。


『ねぇ、ルカ……。違ったら恥ずかしんだけど、モーガンとジョルジュの様子から考えると、ルカが今の頭領なんでしょ? なんのかは知らないけど……。家督なら普通に考えると、当主とか領主だし……。でもまだ……周りにも、お母様にも、それを知られたくないからその事実を隠している。そして、そのことを知っているのは、オプスブル家と極限られた人たちだけ。それに……庭園で私を護衛することをまるで決定事項のように話していた、その理由もルカが頭領なら説明がつくの。だからジョルジュがモーガンを呼んだのに、子どものあなたまで付いてきた。ジョルジュが本当に呼びたかったのは、あなただったんでしょ? それで、今回はルカが頭領だっていう事実を隠したまま、私を護衛したいってことで合っているかな?』


 レティシアが言い終わると、ルカは驚いたような表情をした。

 けれど「そうだよ」とでも言いたげに、満足そうに目を細めて微笑んだ。


『分かったわ、何とかしてみる』


 レティシアはそれだけルカに伝えると、今度はみんなに伝わるようにテレパシーを使う。


『お母様。私の護衛でしたら、ルカで大丈夫です。むしろ私と行動を共にするのでしたら、ルカの方が変に目立ちません』


「レティシア!! でも彼はまだ子どもなのよ! 何かあった時、大人相手にレティシアを護り切れるわけがないわ!」


 急にレティシアの方を向いたエディットが、苛立ちと不安を含んだ声で言い切った。

 だけど、レティシアはエディットの方を真っすぐに向いて、真剣な面持ちでさらに話を続ける。


『私はまだ乳児ですが、お母様が考えているより自分の身は自分で守ることができます。それに……仮の話ですが……もし襲撃を受けた時に危険だと判断した場合でも、私は護衛を見捨てて1人で逃げるようなことはしないと思います。必ずその場に留まって、護衛とどう切り抜けるか考えると思います。それなら、大人よりも子どもであるルカの方が、もし逃げる時でも私の負担が少ないです。それとお母様、お母様が思っているよりもずっと、ルカは強いですよ?』


 ルカは、レティシアを抱き抱えている腕に思わず力が入った。


「はぁ……。レティがそこまで言うなら分かったわ……」


 エディットは額に手を当てて、ため息をつきながら項垂れる。


『お母様、ありがとうございます。それでは、私の護衛はルカで決まりっということで大丈夫ですか?』


「いいわよ。その代わり、何かあったらすぐに2人で逃げてちょうだい。これは、絶対よ! レティシアに何かあったらと考えるだけでもいやだけど、私はルカにも危険な目にあってほしくないのよ……。だから……ルカ、ちゃんとレティシアと自分のことを守ってね」


「かしこまりました。必ずレティシア様と、私の身を護ってみせます」


 ルカはレティシアがニコッと笑うと、小さな声で「ありがとう」と呟いた。

 それは、レティシアにだけ向けられた言葉ではなく、ルカのことも心配してくれるエディットに対する感謝でもあった。


 モーガンが驚いたように、レティシアとルカを見つめていることにレティシアは気付いたが、あえて知らないフリをした。

 同じような黒髪で赤目にもかかわらず、ルカに寄り添うこともせず、ただ恐れて遠ざけるに留まらず、ルカを追い込んだ。

 その1人だと考えられる人と話せば、責め立ててしまうと彼女は考えたのだ。


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