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13度目に何を望む。  作者: 雪闇影
1章

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第11話 暗闇を進む者


 これまで親に恵まれてこなかったレティシアは、親の顔を知っているのにもかかわらず、年齢や名前さえ知らない親がいる。


 子どものことを手放す親には、様々な理由が存在することも知っていた。

 それでも、長期記憶の所有者である彼女が、あえて親のことを調べなかったのは、生まれてすぐの子どもを売った親に、興味が湧かなかったからだ。


(母親という存在に物凄く弱いように感じるわ……。最初の人生を除けば、こんなことはどの転生でもなかったのになぁ)


 彼女は親に愛されたくて、言われたことの全てをやっていた時期もあった。

 彼女は親に愛されたくて、言われてなくても自分ができることの全てをやった時期もあった。

 それでも、親から愛されていると感じたことは、今世まで1度もなかった。



 あの後、今にも泣き出しそうだったエディットはレティシアが頷くと、嬉しそうにパァーっと満面の笑みを浮かべた。

 そして何事もなかったかのように、エディットはルカに笑いかけると、レティシアの頬に触れて指の腹で優しくなでた。


「ルカ、レティのことを頼みましたよ。――レティ、ルカと仲良くするのよ」


 エディットが優しい声で言うと、レティシアを抱き抱えて庭園を歩くこの無愛想な美少年は、それに答えるように口を開き。


「はい! エディット様、お任せください! では、レティシア様と2人で庭園の探索を楽しんできます」


 そう言った彼は、にっこりと笑っていた。



(あんな笑顔で楽しんでくると言ったのに、ずーっと表情がないこの少年はちっとも楽しそうじゃない。はぁ……分かっていたけど、やっぱりお母様の前では取り繕っていたのね。そして、お母様の娘だからという理由だけで、私に対しては取り繕う必要がないっていうことね)


 レティシアはそのことに納得しつつも、心の奥底では彼に対して悪態をつきたくなる。

 しかし、それと同時に、エディットの娘としてではなく、1人の人族として見てもらえたことを嬉しくも思う。


(それよりも、庭園の案内なんてする必要があった? 庭園のどこに何が植えられているか、私よりも知り尽くしているのに……。ルカが私に頼んだ意味よ。そもそも今日以外にも、フリューネ家に来たことがあるの? これは、聞いていいことなの?)


 庭園のことを知り尽くしているなら、わざわざレティシアに頼む必要などなかったはずだと、レティシアは不満に思う。

 けれど、彼が迷いやすい庭園を、迷うこともなく歩いているのを不思議にも感じていた。

 しかし、話し出さないルカに、レティシアはどう声をかければいいのか分からず、何気ない質問をすることも躊躇(ちゅうちょ)している。


「俺さ、お前のことがすっげぇー嫌いだ」


 不意に重たいため息が聞こえたかと思うと、予想もしていなかった言葉が聞こえてレティシアの思考が一瞬だけ止まった。


(え?)


 自分の聞き間違いだと思いたくて、レティシアはそのまま声のした方を見ると、冷めた目で彼女のことを見ていたルカと視線が重なる。


「あんなに俺と父さんを見比べてたのに、やっぱ俺と目を合わせるんだな」


 感情がない顔で、少しだけ首をかしげてルカが冷たい声で言った。

 レティシアは、この時に初めて玄関ホールでの振る舞いが、彼を不快にさせていたのだと気付いた。

 玄関ホールでの自分の振る舞いを思い返しながら、彼女は幼稚で無作法だったことに恥じらいを覚えて、勢いよく俯いてしまう。

 けれど、その行動がルカをさらに不愉快にさせたのか、彼の視線はさらに冷えたように見えた。


(黒髪に気分が高揚していたからって、周りのことが見えていなかった……恥ずかしい。でも……彼の態度から見ていたことを指摘したいのか、それとも質問なのかよく分からない。質問にしたら、質問の意図が分からない。それに……嫌いだと聞こえたのは、聞き間違いじゃなかったのね)


 俯きながらレティシアが何も答えずにいると、不機嫌そうにルカが、ハァっと強く息を吐き出してさらに言葉を続ける。


「テレパシーが使えるんだから、なんとか言えよ。本当にめんどくせぇ」


(はぁ? 今日初めてお会いしましたよね? 確かに私が悪かったけど、なんで私が面倒だって、子どものあなたに言われなきゃならないのよ!?)


 初対面にもかかわらず、少年に「嫌い」、そして「面倒くさい」とまで言われたレティシアは、カッと頭に血が上り、俯いたままで勢いよく気持ちを吐き出してしまう。


『玄関ホールでの振る舞いは、確かにはしたない行動だったと自分でも思っているし、あなたに不快な思いをさせたことも謝るわ! でも、髪の色が漆黒でモーガンより綺麗だと思ったし、ジョルジュやモーガンよりもガーネットのように赤い瞳が綺麗だと思ったの! 顔も整っていて将来はさらに美形になるのかと考えていたら、大人になったあなたを想像するのに、あなたとモーガンを見比べてしまっただけよ! 言い訳にしか聞こえないけど、不快な気持ちにさせて、本当にごめんなさい』


 レティシアは恥ずかしさも忘れて、マシンガンのように思っていたことを伝えた。


(それにしてもダメだなぁ……魂がこの体に慣れてくればくるほど、たまに気持ちが体の年齢に引っ張られるようになってきた)


 どんな言葉だろうと、1度でも出てしまえば、その言葉は引っ込めることはできない。


 けれど、言ってしまったことで恥ずかしいという気持ちがより大きくなり、レティシアはリンゴのように赤くなっていた。

 しかし、どんなに待ってもルカからの返答が返ってこない。

 そのことに対し、徐々に小さな不満が募り、少しだけ眉間にしわを寄せた彼女は彼の方を見る。


 ルカを見上げたような形になったことで、俯いていたであろう彼の顔をレティシアはしっかりと見ることができた。

 だが、彼女はすぐに顔を逸らすと、ルカの方を見たことをひどく後悔した。


(知ってる……あの眼を……私は、知っている……)


 騒がしいほど、鼓膜が激しい鼓動の音を拾う。

 青白い顔で目を見開いているレティシアの目には、過去の光景が写真のように映し出され、彼女の周りをグルグルと回り出す。

 小刻みに震えている体を、彼女は自分自身を守るかのようにギュッと抱きしめ、目を固く閉じた。



 生まれたこと、それすらも周りから罪のように拒絶され。


 誰からも愛されず。


 そして、誰からも人として必要とされない。


 傷付くことを恐れて孤立し、それでも心の拠り所としていた者にまで見放された。


 死ぬチャンスさえ失い。


 もう死ぬことすら、他者から許されない時の眼を彼はしていた。


 彼は、彼自身にも。

 この世界にも絶望しているのだろう。

 それでも生きなければならない。


 たとえ望まれなくても……。

 たとえ道具であっても……。


 暗い……、暗い……。

 どこまでも続く出口のない暗闇を、ひたすら1人で歩くしか、進む道がない時の光をもたない眼だ。


 戻ることも、立ち止まることも決して誰も許してくれない。


 どんなに図太い人でも感情を持っていたら、どんなに周りを気にしなくても、勝手に心が少しずつ疲弊していくものだ。


 そのため自分を守るために、1つ、1つ、と感情を破壊していくように自分で殺す。


 訓練でする感情のコントロールとは違い、確実に感情そのものを殺すから次第に何も感じなくなる。

 その結果の先にあるのは、自分で思考することをやめて、命令だけに忠実に従うただの人形。


 彼はその感情を殺す道中の暗闇にいるのだと、レティシアは理解した。


 彼の姿が過去の彼女と重なる。


 人から感情を壊されるのではなく、自らその感情を手放すと、その心が癒えるのにも長い長い年月が掛かる。


 レティシアも過去に感情を壊され、その苦痛から逃げようと同時に自ら感情を壊した。


 その心は何度転生しても、未だに全てが癒えることはない。


 絶対に忘れられないから、癒えないわけではない。

 それだけ、心の傷になっているのだ。

 たとえ何度も体が新しくなろうとも、心はずっと変わらずに同じものだ。


 例え忘れることができたところで、その傷口は痛むことを忘れない。


(たった7歳の子どもがしていい眼じゃない!)


 レティシアはさらにギュッと自分を抱きしめる腕に力が入ると、彼は護られる側の人だと無意識に思った。


(そんな場所にいる彼を私は、救い上げることなんてできない! お母様が私を少しずつ癒してくれるように、私は彼を癒す術を知らない……)


 今の彼に何もできない非力な自分に、レティシアは腹が立った。


 彼がどのようにして生きてきたかレティシアは、何も知らない。

 彼が何でそうなったか、なぜそうしようとしたのか、レティシアには聞く立場も権利もない。


 聞けば無理やり彼の傷を抉るだけなのも、レティシアは知っている。


 だけど……


 モーガンとルカの関係性について感じた違和感の正体を理解すると、レティシアは悔しくて唇を噛んだ。


 だから……


 彼に寄り添わなかったオプスブル家に、彼女は強い怒りが湧く。

 彼をこうしてしまったオプスブル家に、彼女は強い憎しみが湧く。


 そして……。


 ただ黒髪に赤目だからという理由だけで、彼のことを忌み嫌う人たちが彼女は嫌いだ。


 いろんな感情が入り乱れ、気が付けば雨のような大粒の涙がボタボタと目から溢れてくる。


 ギュッと自分を抱きしめていた手を広げ、レティシアは代わりに彼をギュッと抱きしめた。


『ごめんねっ……。そこからっ、助けてっ……あげられなくてっ……ごめん……』


 レティシアは嗚咽まじりに、伝えるのがやっとだった。


 彼の本当の苦しみなどレティシアには分からない。


 そもそも人と同じ苦しみなど、他人には分からなくても当然だ。


 それはどの前世でもレティシアが感じたこと。


(奴隷として最後を終えた人生もあったけど、他の奴隷の気持ちなんて私には分からなかった……。最初の人生でよく、同じ立場にならないと分からないって思っていた。だけど、同じ立場になったとこで、心が違うから感じ方も違う。例え私が平気でも、誰かにとっては耐え難い苦痛だったりもすることを知った……)


 それでも……。


 レティシアは彼に寄り添うことはできると思った。


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