第1話 終わりなき転生
もしも、次の瞬間に人生が終わるとしたら、あなたは何を望みますか?
命の灯火が揺らめき、燃え尽きそうな時。
突然の声に願いを聞かれたら、あなたは何を願うのだろうか?
人によっては、愛する者たちの幸せを望む人もいるでしょう。
残された者を、守りたいと強く願う人もいるのでしょう。
負の感情が捨てきれず、その感情を誰かに向ける人もいるかもしれない。
全てのしがらみを忘れ、新しい人生を歩むために転生を願う人もいるだろう。
もしかしたら、死んだことを受け入れられず、その場から動けない人もいるかもしれません。
これは……
自分の人生を後悔し、もう一度同じ人生のやり直しを願った1人の女性が、望んでいなかった13度目の転生をしてしまった物語です。
◇◇◇
広がるのは、ただ真っ暗で静寂な空間。
けれど、突然1ヵ所だけスポットライトに照らされたかのように明るくなり、影から現れたように塞ぎ込む人の姿が浮かび上がった。
『あなたは、何を望みますか?』
不意にそう問いかける声が聞こえるが、微動だにせずにその人物は顔を上げる様子はない。
黒く長い髪はボサボサで光沢を失い、遠目からでもボロボロな状態がはっきりと分かる。
匂いも寒さも感じられない空間で、ただその人物だけが存在しているかのようだ。
体格には似つかわしくない大きめの服は、所々破れ、ほころびている。
そんな服の袖から覗く腕は、やせ細っているように見える。
腕に添えられた手は所々指が歪に変形しており、時折袖を掴んでは諦めたように手放している。
骨格から、その人物が女性であることを推測できる。
空間が微かに振動し、透き通る声だけが続く。
『あなたは、何を望みますか?』
幾度目かの問いかけが聞こえた時、塞ぎ込んでいた女性は勢いよく顔を上げ、叫ぶように答える。
「私は! 人生をやり直したい! バカで物覚えも悪いし、容姿だって自信がなかった! 自分に自信がないから人付き合いも苦手だった! それに……、バカだからいつまでたっても世間知らずで……それが原因で自分から幸せを捨てた……。だから私は、人生をやり直したい!」
あぁ…… “また” 完全に死んだのか……
その光景を見ていた彼女はそう思うと、ゆっくりと目を閉じた。
死ぬたびにこの日の光景が、彼女の前に映し出される。
決して忘れることなんかできないのに……
それでも忘れるなっと言っているかのように。
彼女の最初の人生は、地球という星から始まった。
日本人の親をもちながらも、彼女は海外で生まれた。
そして4歳の頃、両親に2つ上の兄と祖父母の家に置いて行かれた。
けれど6歳の頃、彼女には運命の別れ道が訪れる。
しかし、親からの愛情をほしがった彼女は、棘の道を進むこととなる。
新しい生活に胸を踊らせて旅立ったはずなのに、日本に渡ってから数年後には理想と現実の違いに苦しんでいた。
なぜなら、日本で親と暮らすようになっても、彼女は人として扱われずに搾取され続けたからだ。
日々の努力も報われず、耳を塞ぎたくなる毎日。
それでも、兄だけが彼女を人として扱っていた。
彼が彼女に、何かしたわけではない。
けれど、その事実だけが彼女に生きていてもいいと思わせたのだ。
だが、運命は残酷に襲い掛かった。
ある日忽然として兄が失踪してからは、彼女は心の拠り所もなくしてしまう。
それから、彼女の居場所は本当になくなった。
増える傷と、ボロボロの心。
親からの愛情を知らない彼女は、愛というものが分からない。
そんな彼女は、仕事に向かう途中で倒れ、帰らぬ人となった。
それは、彼女の住む地域では珍しく、大雪警報が出ていた寒い雪の降る日だった。
彼女が初めて転生した時、彼女は酷く混乱した。
そして「そうじゃなあぁあい!」と叫び出したい衝動にものすごく駆られた。
彼女が望んだのは、初めの人生で母の胎内まで戻ってやり直すことだったからだ……
それでも、生きて行こうと決意した初めての転生は、彼女にとって散々なものだった。
彼女は転生する前、空いた時間に図書館で異世界転生の話を読んでいた。
そのため、多少の期待もあったのだろう。
けれど、実際に体験すると彼女の想像と全く違っていた。
小説の中みたいに誰かに望まれることも、誰かに必要とされることもない。
親が酒代欲しさに彼女を奴隷商人に売ってからは、ただ使い古されたボロ雑巾のように扱われた。
もちろんチートですごい力もなく、彼女にあったのはつらかった前世の記憶だけ。
これで、知っている物語に転生していたのであれば、少しは助けになったのかもしれない。
けれど、全く知らない世界の未来など、彼女が知るわけがなかった。
だけど、その世界で死ぬんだと思った瞬間、やっと解放されたのかと彼女は嬉しくも思った。
ところが、彼女が目を覚ますと、冷たい地面が彼女に生きていることを伝えた。
その瞬間、彼女の頭の中が真っ白になって、目の前が真っ黒になって絶望した。
そして、ただただ……
彼女は、その世界で終わりが来る日を静かに待った。
それからも、彼女は死ぬたびに異なる世界に転生し続けている。
身代わりで姫にもなった。
また、姫だった時の知識を使って商人として世界を周ったり、親の操り人形になって医者や薬師になった時もある。
拾われて裏社会で生きたことも、狩人として生きた時もあった。
メイドとして買われ、主人に仕えた時もある。
時には魔法の世界で、子どものように夢中にもなった。
誰かを守るために、剣も握った。
傭兵、冒険者になって世界を旅したこともある。
どの世界でも、彼女は親からの愛情や、人を愛することを知ろうとしてきた。
幸せとはなんなのか、愛がなんなのか考えた。
本当に自分が何を望んでいたのか、考えて生きてきた。
けれど、いまだにその答えは出ていない。
過去の光景が目の前に映し出され、自然に彼女の口からため息がもれ、足元から深い深い暗闇に落とされる。
どちらが上なのか下なのかも分からない。
時間の感覚もない……
何も聞こえない……
何も見えない……
ただ真っ暗な暗闇の中を、漂うように浮遊していく。
これは夢なのか、それとも現実なのかさえ分からない。
そんな空間を漂っていると、突然頭を鈍器で殴られたかのような強い衝撃を感じ、彼女の脳には今までの経験した全てが流れ始める。
口を大きく開けて叫んでるのに、喉の奥が破けるように痛いだけで何も聞こえない。
激しい痛みに頭を抱えながらうずくまっていると、今度は体を下に引っ張られるような感覚が彼女を襲う。
さらに、突然ドボンッと水中に落とされたかのような感覚に見舞われると、途端に呼吸が苦しくなった。
必死に藻掻くが、藻掻けば藻掻くほど体が圧迫されて、まるで底なし沼の中で溺れてるみたいだ。
苦しい……
苦しいよ……
今度はこの暗闇の中で死ぬのかな?
今度こそ、繰り返される転生もやっと終わるのかな?
続く苦しみの中で、彼女はそう思った。
しかし、今度は押し出されるかのように広い空間へと開放される。
途端に新鮮な空気を取り込もうと、肺が慌ただしく働く。
そして、彼女は赤子の泣き叫ぶ声が聞こえた。
まだ痛む頭のせいで、彼女にはその声がとても耳障りに感じる。
一向に泣き止まないその声に若干の苛立ちを覚えつつも、彼女は「なぜ誰もあやさないの?」と思った。
けれど、声の方へ耳を傾けると、その泣き声は彼女の口から出ているのだと彼女は気が付く。
あぁ……私は “また” 転生したのか。
ぼんやりとする思考の中で彼女は思った。
そして、状況の把握が追いつかない痛む頭で、転生したことに絶望すら感じて、彼女はまた心の中で深くため息をつく。
転生後は、だいたいすぐに状況の把握ができない。
もうこれが彼女の中で、お決まりのパターンだ。
「……!! お生まれになりましたよ! 元気な女の子ですよ!!」
女の人が嬉しそうに言うのが聞こえた。
彼女は考えを巡らせる。
なぜ私は、つらい思いをしてまで、転生を繰り返さなければならないのだろうか?
これは、本当に誰かが与えた試練なのだろうか?
それとも、私は何か罰せられているのだろうか?
死ぬ度に考えてきたことだが、答えなんて分からない。
だけど……ちょっとした手掛かりでも、次の人生で見つけられたらいいなぁ……
そして、彼女は心の中で呆れたように笑う。
――あぁ、新しい世界……初めまして……――